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変更を楽で安全にする設計 2021年7月30日(金) 増田 亨

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自己紹介 有限会社システム設計 増田 亨 C言語 UNIXネットワークプログラミング ↓ PL/SQL, Pro*c OracleのSI部門 ↓ Java/Spring Eコマース, 業務系Webアプリケーション 著書

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書籍のもとになった体験 ⚫大炎上中のプロダクトの火消し役に呼ばれた ⚫マルチテナントの人材採用業務のSaaSでリリース済 • 重大な不具合だけで100件以上 • 毎日のように重大な不具合が追加される • 次年度の新卒採用業務に導入したため使うしかない(ちゃんと動いている機能の評 価は悪くはない) ⚫不具合の例 • 他のテナントの応募者情報が見える • 集計表が一時間待っても出力されない(408 リクエストタイムアウト) • 選考プロセスを進めると登録した応募データが消える、消えたと思ったら別の検索 条件で復活する

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書籍のもとになった体験 コード(クラス設計)の品質 • 共通機能クラスのコードを修正するとほぼ間違いなく壊れる • 個別機能クラスはほとんどが複製して編集したコード(そうやって作 れという指示がでていた) テーブル設計とSQLの品質 • 制約が見当たらない100カラムを超えるテーブルの群れ • JOINがうまくできないので、DISTINCTやUNIONが横行 • カラムの意味(特に区分)が複数の意味・用途で使われている

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設計の体験学習の日々 リリース事故の不安よりも重大バグの修正に賭ける毎日 正午(お昼休み)と18:00、毎日2回停止して修正版リリース マルチテナントのSaaSでも、そうするしかなかった(許された) 設計アンチパターンの巣窟 プログラムの初歩的なリファクタリングとテーブル設計の基本的 な改善活動の結果を、即座に大きな効果として実感できる日々

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やったこと(効果があったこと) クラス設計とパッケージ設計のリファクタリング ✓名前の変更 ✓メソッドの抽出 ✓クラスの抽出 ✓カプセル化(getterの撲滅) ✓イミュータブルなオブジェクト(setterの撲滅)

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やったこと(効果があったこと) テーブル設計とSQLのリファクタリング ✓制約がほぼ皆無→制約追加の試み→ほとんどエラー→制約可能に ✓さまざまな関心事・用途の混在したテーブルを分割 ✓SQLの単純化 ✓SQL⇔オブジェクトのマッピングを透明に(MyBatis)

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影響の大きかった本 『リファクタリング』 マーチンファウラー 『実装パターン』 ケントベック 『ドメイン駆動設計』 エリックエヴァンス 『理論から学ぶデータベース実践入門』 奥野幹夫 『オブジェクト指向入門』バートランドメイヤー これらを参考にしつつ、現場での実験を通してうまくいったやり方とその背景に ある考え方(なぜそうするのか)を言葉にしてみたのが 『現場で役立つシステム設計の原則』 ~変更を楽に安全にするオブジェクト指向の実装技法

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学んだこと ① 良い設計は変更を楽で安全にする(設計に投資する効果) ② 関心を分離する効果(クラス設計、テーブル設計) ③ 要点に時間とエネルギーを重点配分する(全体を平坦に扱わなない) ④ 費用対効果を考える(設計ドキュメント、テスト、ログ…)

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学んだこと・効果があったこと 変更を楽で安全にする設計 小さなクラス イミュータブルな クラス getter/setter 撲滅 型による モジュール化 名前へのこだわり パッケージ構造の 価値 一意制約 NOT NULL制約 外部キー制約 イミュータブル データモデル 画面の分割 用途別の画面 値オブジェクト 区分オブジェクト ドメインモデル ビジネスアクショ ンクラス アクティビティク ラス 範囲オブジェクト コレクション オブジェクト 関心の分離 自己文書化

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関心の分離の枠組み ビジネスアクション 通知と記録 計算判断の実行 ビジネスルール 事業活動の決め事 計算判断ロジック データベース 通信 変数、計算式 if 文、for 文 戻り値

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関心の分離の枠組み ビジネスアクション 通知と記録 計算判断の実行 ビジネスルール 事業活動の決め事 計算判断ロジック データベース 通信 変数、計算式 if 文、for 文 戻り値 ドメインオブジェクト カプセル化 データソース層 アプリケーション層

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変更を楽に安全にするために 効果の大きかった関心の分離 ① ビジネスルール(計算判断ロジック)の記述を独立させる • 計算判断ロジックの複雑さ=アプリケーションの複雑さ • 計算判断ロジックを分離できれば他の部分は単純化・定型化できる ② ビジネスアクション(通知・記録・計算判断の実行)の関心事と ビジネスルール(計算判断ロジック)の記述を分離する ③ ビジネスの関心事の記述にデータベース操作を持ち込まない ④ 画面のごちゃごちゃ感(関心の混在)をクラス設計に持ち込まない

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計算判断ロジック(ビジネスルール) を扱うクラスの設計 実践的で役に立つオブジェクト指向プログラミング ① 型(ビジネスで扱う値の種類)によるモジュール化 ② カプセル化(インスタンス変数とメソッドの強結合) ③ 宣言的に記述(イミュータブル) ④ 業務の関心事で抽象化(パッケージ名・クラス名・メソッド名・変数名)

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計算判断ロジックを扱うクラスの設計 型とカプセル化 型 ⇒ビジネスで扱う値の種類の分類(クラス名=関心のある値の名前) ⇒適切な値の範囲を限定(BigDecimalやLocalDateの値の範囲の異様さ) ⇒適切な操作(計算・判断)に限定 カプセル化 ⇒計算判断に使うデータ(インスタンス変数)と計算判断ロジック(メソッ ド)を一つのクラスに集める ⇒インスタンス変数と計算判断ロジック(メソッド)を強く結合する ⇒getterはなくなる(他のクラスのインスタンス変数を使わなくなる)

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計算判断ロジックを扱うクラスの設計 宣言的な記述(イミュータブルな設計) クラスをイミュータブル(不変)に設計する ⇒一度作ったオブジェクトの内部状態は変えない(setterがない世界) ⇒あるオブジェクトのメソッドは常に同じ結果を返す ⇒イミュータブルに設計すると実行時の挙動が安定する ビジネスルールの記述 ⇒ビジネスルールに基づく計算判断は、同じ事実に対して常に同じ結果 を返す必要がある ⇒ビジネスルールを記述するクラスはイミュータブルがMUST

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計算判断ロジックを扱うクラスの設計 業務の関心事で抽象化する 業務の関心事 ⇒事業活動で使われている言葉 ⇒事業活動の説明に使われる言葉(業務では使われていないこともある) 抽象化 ⇒細かいことをまとめて、一つの名前で表す (細かいことを気にしなくてよいようにする) ⇒パッケージ名・クラス名・メソッド名・メソッドの返す型名を事業活動の仕組みや 決め事の名前に抽象化する ⇒実装の詳細や計算判断の詳細は気にしなくてよいようにする ⇒どこに何が書いてあるか業務の関心事からの検索性があがる ⇒変更の影響範囲が事業活動の構造や関連性と連動する ソースコードがビジネスルール記述書になる

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ドメインオブジェクト ビジネスルールを記述する基本部品 値オブジェクト 基本データを使う計算・判断ロジック をカプセル化 金額、数量、率 日付、日数、時刻、時間 区分オブジェクト 区分の列挙(enum) 区分ごとのデータとロジックや区分の 判定ロジックのカプセル化 顧客種別、配送区分、 在庫区分、… 範囲オブジェクト 値の範囲内・範囲外の判定や範囲どう しの演算をカプセル化 金額範囲、数量範囲 期間、時間帯 コレクション オブジェクト 値・区分・範囲のコレクションの リスト処理・集合演算・写像操作のカ プセル化 受注明細 スキルセット 価格表

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複合オブジェクト ✓ドメインオブジェクトを組み合わせたオブジェクト ✓複雑な計算判断を集約する ✓一つのアプリケーションで複雑な複合オブジェクトは数個 例 • 値決め(価格体系、割引ルール、…) • 与信(取引のリスク判定) • サービス提供ルール(提供可否の判定、提供レベルの設定) • キャンセルポリシー

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ビジネスアクションのクラス設計 シナリオクラス 主要な活動の流れを表現(数は少ない) 詳細はアクティビティクラスで記述 予約受付シナリオ アクティビティクラス 商流・物流・金流などで、事業活動をグ ルーピングしたクラス群 要素サービスクラスを組み合わせて記述 受注アクティビティ 出荷アクティビティ 請求支払アクティビティ 要素サービスクラス リソースごとのアクションを表現 原則として一つのリポジトリを持つ 注文の記録と参照 出荷時の通知 関心事が異なる:視点・粒度

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テーブル設計の考え方 テーブル設計が悪いとプログラムが複雑になる ⇒ 変更がやっかいで危険になる ⇒ データの品質が劣化→プログラムが複雑になる 良いテーブル設計 ⇒ 関心事を徹底的に分離する(第6正規形まで分解可能であることを意識) ⇒ 事実の記録と状態の参照を分離する ⇒ 発生タイミングが異なる事実、参照単位が異なる事実は別テーブルに分ける ⇒ 事実の記録テーブルは更新と削除不可(イミュータブル) ⇒ 状態参照用のテーブルはインデックスやキャッシュと同じ位置づけ

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テーブル設計のやり方 事実を記録するテーブル(主) ① 事実の発生のタイミングごとのテーブル ② NOT NULL 制約(NULLという事実はない) ③ 更新・削除不可 ④ 外部キー制約(事実と事実の関係の記録) 状態を参照するためのテーブル(補助:インデックスやキャッシュと同じ扱い) ① 状態が事実の記録から動的に導出可能であれば補助テーブルは作らない ② 削除あるいは有効性は、事実の記録とは別のテーブルで表現して結合する ③ 最新を表現するテーブル(ポインタ式 or 完全な実体) 共通 ① スキーマ名・テーブル名・カラム名を日本語(文書化、スキーマで名前空間の整理) ② 更新日時カラムは作らない(すべてINSERT:作成日時のみになる)

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ソースコードの自己文書化 ⚫大量のドキュメント作成と更新は費用対効果が悪い ✓ 費用がかかる ✓ 効果は? ⚫ソースコードの自己文書化で多くのドキュメントの作成・更新が不要になる ✓ 常に最新かつ設計と実装が完全に同期している ✓ より現実的で具体的な進捗管理と品質管理が可能 ⚫段階的な詳細化の活動は、ソースコードの段階的な改善活動になる ✓ ソースコードを設計文書として書き始めレビューと改善を繰り返す ✓ ソフトウェアの変更活動が開発の初期から常に回っている状態

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自己文書化の実際 仕様記述と 詳細設計 プログラミング言語で記述する(正確、IDEで高度な編集環境) ツールで可視化(依存関係や全体構成の俯瞰、構造化された用語集) ドキュメントの作成と更新=コードの作成とリファクタリング(設計改善) テーブル定義 DDL文で記述→実データベース構築 実データベースのデータカタログからツールを使って設計を可視化 スキーマ名・テーブル名・カラム名は日本語(文書化) 品質管理 コードレビュー=設計レビュー(関心の分離のレビューに重点) コードレビュー=要件や仕様の理解度のレビューを兼ねる コンパイラやコードインスペクションで記述の正確性・妥当性を常に検査 進捗管理 ソースコードリポジトリの変化を可視化 issueでタスク分解、commitでタスク完了(分析設計の進捗もソースコード) 早い段階からCI/CD : 動くプロダクトで進捗を確認