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職業奉仕委員会セミナー 「ロータリーにおける職業奉仕について」 職業奉仕委員会 委員長 玉木義裕 委員 浦田幸一 資料提供 パストガバナー 篠原 一行 “ 浦田幸一

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1905年 シカゴ シカゴは南北戦争 (1861-1865) と大陸横断鉄道の開通 (1869) を契機に発展 シカゴの人口は1900年に170万人に達し、ニューヨークに次ぐアメリカ第二の大 都市になりました。

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ロータリーの始まり 荒涼とした世情の1905年2月23日、雪と氷に閉ざされたシカゴの夜に 友を求めて肩を寄せ合った。 ポール・ハリス ハイラム・ショーレー シルベスター・シール ガスターバス・ローア の 4人 その語らいの集いから、ロータリーは始まりました。 SIRU PORU GAS HIRM

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シカゴの20世紀前後 シカゴは急速な発展を遂げて 大陸横断鉄道の要衝となり、シカゴはまたたく間にニューヨークに次 ぐ全米第二の都市になりましたが、その反動の歪みも大きかったよう です。 1880年には87%が移民とその子供で占められた移民都市でした。 最初に1840年以降アイルランド系が入植してきて、次にドイツ、 ポーランド系・・・。 シカゴで移民というとイタリアのイメージが強いですが、実際にイタリ ア移民が増えたのは1890年代以降だそうです。 政治家の多くはアイルランド系で、警官もアイルランド系が非常に多 かった。(消防も多い) そして、シカゴは「ボス・マシン政治」だったようです。

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シカゴの「ボス・マシン政治」 【ボス政治】 影の政党組織マシーンの最高指導者によって牛耳られた政治。 ボスたちの多くは市会議員や市長といった地位についていた。 【マシン】 ボスが大量の新移民に対する慈恵的援助と引き換えに彼らの票集め を行っていた。 移民は、市民権獲得・就職から葬式まで、あらゆる面で政治家に 依存していた。20世紀初頭、ボス政治家に牛耳られたシカゴは、貧困や売春や衛 生面、そして犯罪などさまざまな問題を抱えていました。当然、汚職議員ばかりでは なく、それを改革しようとしている人たちはいたわけですが、 シカゴにはアルカポネ のようなマフィアのボスが台頭する下地が、もうすでに出来上がっていたのです。 【シカゴ・マフィア】 1910年代 「ジェームズ・コロシモ」→ 920-1925年 「ジョニー・トーリオ」→ → 1925-1932年 「アル・カポネ」

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ロータリー誕生の時代は 商売は情け無用 同業者は敵! 1人でも少なくなれば儲かる。 . 利己と悪意に満ちていた。 こんな時、友情を深め、商売を発展させるために 友情と商売の二つを混ぜ合わせたクラブを創った <当時のスローガン>正直(誠実)、道徳、禁酒

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1905年 この集いはポールハリスによってROTARYと名付けられ、30名の仲間が 集まってシカゴロータリークラブが創設されました。

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親睦例会

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ドナルド・カーター 社会に貢献することが自分が存在する証し 初めての社会奉仕 1909年に市役所と公立 図書館の横に二つの公衆便所

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アーサー・フレデリック・シェルドン 職業奉仕理論誕生!

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職業奉仕 シェルドンのスピーチ 1910・シカゴ全米ロータリー・クラブ連合会でスピーチ(16RC ) 1911・ポートランド大会でのシェルドンの寄稿に基づいて、シェルドンの考え 方を「ロータリーの奉仕理念として採択」その考え方は職業奉仕となって今に 続いている。この考えは人間に対するサービス学であることを理解し、最も奉 仕した者が最も報われる。このことを理解することです。 この考えで、もたらされた成功はあなただけのものではない、多くの関係者が あってのものだ。その利益をシェアすることによって、業界が発展し社会に繁 栄がもたらされる。 利益は関係者に分配されることが業界・社会が発展し繁栄がもたらされる。

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超我の奉仕 1910年に創立 されたミネアポリス・ロータリークラ ブ会長のベンジャミン・フランクリン・コ リンズが 語った言葉が「Service, not self」である。 従来は会員同士でおこなっていた相互取引を、 ロータリアン以外の人にも広げていこうという発想。 自己の存在を認めた上で他人のために奉仕する ということで、現在我々が慣れ親しんでいるスロー ガン「Service above self」を作り、それがロータ リー・ モットーとして、1950年のデトロイト大会で承 認された。 ベンジャミン・フランクリン・コリンズ

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真実か・皆かに公平・好意と友情・皆のため

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エドガー,アレン Edgar Anen 社会奉仕運動<実戦派> ロータリー運動は実践的活動をする場 一般奉仕概念を探究する精神的な場としてではなく、 実際的な社会奉仕活動をする場として捉え、具体的 な社会奉仕活動を提唱。 それを実践するためにロータリークラブに入った、オハ イオ州エリリア・クラブのエドガー,アレン Edgar Anen がいました。 ロータリークラブ入会の条件として、彼が進める 身体障害児の総合的対策事業をクラブが積極的 にバックアップすることを申し出て、ロータリアンと しての生活のすべてを身体障害児対策に捧げ、 遂に、国際身体障害児協会を設立しその組織を 全世界に広げました。(1915) 現在のロータリー社会奉仕運動-ポリオ根絶に繋 がる

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理念派と実践派の対立 1915年~決議 23-34まで 〈理念派〉ロータリー活動の基本は優秀な職業人である。 例会に出席してロータリーの哲学である奉仕の心を学び親 睦を深め、ロータリアン個人がそれぞれの家庭、地域社会、 国際社会で奉仕を実践に移すこと。 〈実践派〉社会で苦しみ困窮する人達を、クラブとしての 金銭的奉仕や身体的奉仕の実践をもつて積極的にする救 うこと。

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決議23-34 (日本ロータリーの原点) 1922年のロサンゼルス大会で身体障害児救済事業 に関する決議案・決議22-17が採択された。実践派 の動きはますます活発になり、理念派との対立が深ま り、ロータリーは分裂の危機に瀕します。 国際ロータリー理事会は、収拾がつかない状態になる ことを回避するために過去の活動から、いろいろな奉 仕の考え方や行動を整理・調和させる努力を繰り返 します。 最終的には、1923年セントルイスの国際大会で、決 議23-34の採択によって論争の終止符が打たれ、両 派の対立は解消しました。

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ロータリーの原点とは 綱領 ‐‐‐‐‐ ‐奉仕の理想 (The ideal of service) 決議23-34 ‐‐‐‐2つのモット- 超我の奉仕 最もよく奉仕する者、最も多く報いられる 職業奉仕‐‐‐‐‐4つのテスト

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知り合いを広めることによって奉仕の機会とする

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1947-48 ケンドリック・ガーシーRI会⻑

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「ロータリーにおける職業奉仕について」 第一部を終了いたします。 お疲れ様でした。