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実況中継映像の時間アスペクトをめぐって ―指標性の概念を切り口に― 2024年日本メディア学会秋季大会 デュアルモーダルなスポーツ実況中継の方法論的研究WS 二松学舎大学 谷島貫太

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本発表の二つの問い 1)中継映像独自の時間性とはどのようなものか? 2)その時間性と結びついた表現をどう理解するか?

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1)中継映像独自の時間性とはどのようなものか?

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現象学的な時間相(時間アスペクト) ・客観的な時間ではなく、主観的な体験としての時間 ・体験の〈いま〉として、過去と未来が交差しつつ流れていく 未知なる未来と接しているという体験のtension(緊張)をはらみながら、 目の前の世界のattention(注意)を向けつつ、そこに過去把持(retention)と 未来予持(protention)が交差・浸透している(フッサール『内的時間意識の現象学』)

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「言語、映像、図像、音声、身ぶり」(伊藤 2006)といった個別の表現 のモダリティは、現象学的な時間アスペクトという体験の形式から切り 離して理解することはできないのではないか? 同じ映像が、体験における現象学的時間アスペクトの形式に よってまったく違う意味をもつ 例)緊迫した場面からのゴールシーン(サッカー)というまったく同じ映像が 中継とニュースのスポーツコーナーでは異なる現象学的な時間アスペクト においてまったく別の体験を生み出す ※解釈のフレームの差異には還元できない時間的経験の形式の差異

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1962年刊行の『開かれた作品』に収録された記号学者エーコのテレ ビ論である「偶然と筋」ではテレビ的美学を、サッカー中継を例に挙げ ながら、次に何が起こるか不確定であるという「偶然」と、リアルタイム でそこに意味を与えていく「筋」の二重の運動として捉えている。 「テレビの実況放送の場合、自然的出来事は、それらを予見させた形 式的枠組みの中へ挿入されるのではなく、枠組みが出来事と同時に 生じ、枠組みが出来事によって規定されるまっさにその瞬間に出来事 を規定することを要求するのである。」(エーコ 1984: 248) ウンベルト・エーコ『開かれた作品』篠原資明・和田忠明訳、青土社、1984年

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前提) スポーツ中継は、次に何が起こるかわからない、という不確定な 未来と接した現在という時間性の中で展開されている 仮説1) スポーツ中継の言葉と映像は、そのような実況的時間性を 効果的に組織するように構築されているはず 問い) 具体的にどのような言葉やどのような映像が、 どのように中継の時間アスペクトを作り上げていっているのか?

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2)その時間性と結びついた表現をどう理解するか?

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指標性indexicalityという補助線

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ステップ① 映像実況的ダイクシスについて考える 映像実況的ダイクシスとは: ダイクシス表現のうち、映像実況の時間アスペクトを有するもの a)不確定な未来に接する〈現在〉が共有されている b)潜在的指示対象が映像としてリアルタイムで知覚されている 〇 映像実況的ダイクシスの基本的な構成要素 次に何が起こるか不確定である、というリアルタイムの現在性が 実況映像と受け手とで共有されている ※この場合ダイクシスは、狭義の指示詞等に限定せず 言及対象の特定がコンテクスト依存となる発話一般とする 指示されている対象が中継映像の中で知覚可能である

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ステップ② 映像実況的指標について考える 映像実況を構成する音声記号は言語には還元できない Cf) チャンスを前に感情的に張り上げられた アナウンサーや解説者の声、観客の歓声 α)指示的解釈 すぐ後に大きな出来事(得点など)が起こるかもしれないということを指標 γ)情動的解釈 その事態が主観的に大きな意味を持っていることを指標 ☞直近の未来のありうる事態がその指標の対象として解釈される ☞起こりうる事態に対する価値を伴った緊張(tension)が情動的に感染する 〇指標の解釈の二つの形式

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仮説2) 実況中継映像固有の時間アスペクトは 情動的に解釈される指標と結びついているのではないか? 仮説2.1) 実況中継という映像ジャンルに固有の強力な情動喚起力を 未知の未来とリアルタイムで接する時間アスペクトをもつ指標の働きと いう観点から理解することができるのではないか?

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仮説2.2) 実況中継映像の時間アスペクトに関わる指標の力は 未来の不確定性に対して、何らかの大きな意味持つ何か(良いもの であれ悪いものであれ)が時間的に迫ってきている、という緊張をは らんだ時間性に受け手を巻き込むという点にあるのではないか?

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以上の問題意識から、スポーツ実況からは離れて 実況中継的映像の働きに焦点を当てることを目的として 東日本大震災時の原発事故報道のある場面を事例として取り上げる

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事例となる映像の説明 映像① 2011年3月12日の14時16分頃のNHKの映像 映像② 同17時5分頃のNHKの映像 福島第一原発からセシウムが検出されたという一報が入り緊迫度が一気に高 まったタイミングで、アナウンサーが空撮映像(中継ではなく14時頃のもの)を見 ながらダイクシスを用いて映像に映っているものに言及する 水素爆発によって建屋の外壁が吹き飛んだ状態と、それ以前の状態とが並べら れた映像が映されるなか、アナウンサーがそこに映っているものを実況的な発話 形式でひたすら説明していく

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① 3月12日14時16分頃 ダイクシスの使用 セシウム検出

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② 3月12日17時5分頃 アナウンサーが実況中継をはじめる 骨組みだけになった一号機

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アナ:「えー山崎さん、いまテレビの画面で福島第一原発の様子が写っ ていますが、向かって一番右側が一号機ですね。一、二、三、四つの 建物が見えますけども、向かって一番右側が、大津波警報の、見え てきました、これが一号機ですね」 映像①の発話の一部書き起こし ダイクシスが用いられて映像に映っているものが言及される (地震発生後の24時間弱の間で、このような発話形式の出現はここが最初)

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映像②の発話の一部書き起こし アナ:画面でご覧いただいているのは、午後4時半過ぎの福島第一原発の様子です。いま、 小さく四角のなかに映っているのが、午前中の映像です。比べてみますと、画面の一番左に 見えています、この建物が、明らかに、外壁が、なくなっていると、いうことがこの画面から読 み取れます。(間)画面が、上と下の二分割になりました。上が、午前中の、福島第一原発 の様子です。そして、下が、午後四時半時点の映像です。上下で比べてみますと、この、四 つの四角い建物が並んでいますが、一番左側の建物、上と下で比べてみますと、外壁が、 なくなっているように見えます。構造体、骨組みが見えているのが、下、午後四時半現在の 映像です。福島第一原子力発電所の映像です。福島県の太平洋側にあります。大熊町と 双葉町にまたがるところにあります。福島、第一原子力発電所の映像です。いま、上に映っ ているのが、午前中の、今日午前中の様子です。そして下が、午後四時半時点です。(間) 画面に向かって、一番左側が、一号機です。一号機、二号機、三号機、四号機という順に並 んでいます。いま、注目しておりますのは、この一番左側の、一号機です。上の段にある、午 前九時前の、福島第一原子力発電所、一号機の、建物、この建物には、外壁が見えます。そ れに比べますと、午後四時半ごろの映像では、下の段ですが、外壁が、はがれて、中の骨組 みが、表面に出ていると、いう状況が見て取れます。

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ニュース的な時間形式: 扱われている事柄が、その後の未来の時点から あらかじめ意味を与えられている 対して上に挙げた事例では、原発の重大事故という理解を超えた事態の発生に際して、 画面に映されている事柄を解説し、意味を与えることができなくなっている (解説の東大教授は、説明を促されて「ちょっとよくわかりませんね」としか答えられない) 目の前に迫っている重大事に意味を与える(理解の秩序の中に位置づ ける)ことが不可能になった瞬間に、実況中継映像的な時間アスペクト が一気に前景化して、アナウンサーもニュース的語りを維持できなくな り、実況中継的発話を開始する

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仮説3) 実況中継映像的な時間アスペクトに受け手が巻き込まれて いくという事態は、未来の不確定性に直面しているという事 態を指標する表現によって実現されているのではないか? 仮説4) こうした指標がさまざまな形で使われることで、実況中継的 映像は視聴者を特定の〈いま〉へと巻き込むとともに、独自の 情動喚起力を獲得しているのではないか?

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スポーツ: ゲームの枠組みによって出来事の不確実性をあらかじめ縮減する (起こりうることの幅を大きく制限する)ことで、未来の不確実性を 遊びとして消費可能にするジャンルの一つ ちなみに、上記のような問題設定から出発すると スポーツの映像中継: スポーツにおける未来の不確定性の遊びを展開させるリアルタイム の時間アスペクトを、中継映像によって共有することで成立する映 像コンテンツのジャンル と整理することができるのではないか

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本発表の仮説まとめ 仮説1) スポーツ中継の言葉と映像は、実況的時間性を効果的に組織するように構築されているはず 仮説2) 実況中継映像固有の時間アスペクトは情動的に解釈される指標と結びついているのではないか? 仮説2.1) 実況中継という映像ジャンルに固有の強力な情動喚起力を未知の未来とリアルタイムで接する時間アスペクト をもつ指標の働きという観点から理解することができるのではないか? 仮説2.2) 実況中継映像の時間アスペクトに関わる指標の力は未来の不確定性に対して、何らかの大きな意味持つ 何か(良いものであれ悪いものであれ)が時間的に迫ってきている、という緊張をはらんだ時間性に受け手 を巻き込むという点にあるのではないか? 仮説3) 実況中継映像的な時間アスペクトに受け手が巻き込まれていくという事態は、未来の不確定性に直面していると いう事態を指標する表現によって実現されているのではないか? 仮説4) こうした指標的表現がさまざまな形で使われることで、実況中継的映像は視聴者を特定の〈いま〉へと巻き込 むとともに、独自の情動喚起力を獲得しているのではないか?