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[C14]ポストメタデータ時代のデジタルアーカイブ ―ジャック・デリダの〈痕跡〉概念をめぐって― 発表:谷島貫太(二松学舎大学) デジタルアーカイブ学会 第9回研究大会 一般研究発表[セッションC14] 1

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発表の構成 1. 発表の目的 2. レコード・コンティニュアム理論と〈痕跡〉 2.1. RCにおける〈痕跡概念〉 2.2. 〈痕跡〉としての日記資料の事例 2.3. オントロジーと検索可能性 3. ユーザーとオントロジー 3.1. DAのオントロジーに合わせる人間 3.2. 大規模言語モデルと〈痕跡〉としての資料 3.3. ユーザーの関心に直接寄り添うことのできるDA 4. まとめ 2

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1. 発表の目的 生成AI時代の来たるべきデジタルアーカイブの在り方を考える際の 概念ツールの一つとして〈痕跡〉概念を検討する ユーザーとデジタルアーカイブとの関係性の新たな形 DAのユーザー/主体について考えるという コンセプトワークの一環 ※ 昨年度第8回大会での発表 「ミシェル・フーコーのデジタルアーカイブ論: アーカイブをめぐる権力を考えるための理論的整理の試み」 ※※今年度大会オープニングアクトでのライトニングトーク 「生成AIと対話型インターフェースから考える〈ユーザー〉の未来」 3

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2.レコード・コンティニュアム理論と〈痕跡〉 4

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2.1. RCにおける〈痕跡概念〉 レコードコンティニュアム理論: 記録の生成から管理、利用に至る過程を一体的・連続的に 捉え、記録を固定的なモノではなく動的なプロセスとして理 解する枠組み 〇 デジタル資料 複製・アクセスが容易 用途や更新の頻度が高く リアルタイムな更新や検索が求められます デジタル資料の柔軟な管理・活用を可能にし、持続的かつ 連続的な情報管理を支援 5

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2.1. RCにおける〈痕跡概念〉 イメージ モデル図 資料が記録として位置付けられる 手前の段階が〈痕跡〉 図1. Upward (2000)より.強調は引用者 •痕跡:活動や出来事が記録として残る最初 の段階で、記録の存在基盤。 •捕捉:痕跡を記録として正式に取り込む段 階で、管理可能な形にするプロセス。 •組織化:記録を体系化し、アクセスや利用を しやすくする段階。 •多元化:記録が複数の文脈や目的で利用 され、さまざまな意味や価値を持つ段階。 6

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2.1. RCにおける〈痕跡〉概念 もともとはフランスの哲学者ジャック・デリダの〈痕跡〉 概念に由来 ☞「発⾒不可能な内部性」(アップウォード2023: 218) 〈痕跡〉: 資料/ドキュメントが特定の記録には還元不可能であること (いかなるオントロジーからも逃れていく部分) 7

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2.2. 〈痕跡〉としての日記資料の事例 米山日記(愛媛大学図書館蔵) 高橋治郎「三輪田米山日記にみる安政の東海・南海地震」(『愛媛大学教育学部紀要』59巻)より転載 米山日記は、愛媛県の日尾八幡神社の神主であった三輪田米山 (みわだべいざん:1821-1908)が書き残した300冊以上の日 記。当時の松山を知るための貴重な資料となっている。 ※下記松山市のHP「三輪田米山生誕二百年記念事業(実施終了)」参照 https://www.city.matsuyama.ehime.jp/shisei/machizukuri/kotoba/miwa dabeizan.html 1)痕跡:書き残された日記 2)捕捉:松山市(?)による収集 3)組織化:松山市の歴史を知るための 記録として『松山市史料集』に収録 ※左の日記は『松山市史料集 第8巻』 (松山市史料集編集委員会編,1984)に収録 8

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2.2. 〈痕跡〉としての日記資料の事例 米山日記は松山市によって〈松山の歴史の記録〉という 特定の記録性を付与されたが〈痕跡〉としてはその記録 性には還元不可能 別の何かの記録として再文脈化される可能性に開かれている 9

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2.2. 〈痕跡〉としての日記資料の事例 地震資料としての日記 「江戸時代には,全国各地で藩の役人,寺社の役職者,村の庄屋,商家の主人など,さまざま な人々が日記をつけていたが,それらに記載された地震の揺れに関する記述を集成してゆけば, 観測機器のなかった時代の有感地震の日別のデータベースができるのではないか. (中略) 江戸時代の個人の日記はそれほど重要な史料としては扱われてこなかった.効率よく必要な情 報を得られる史料は他にあるからだ.県史や市町村史などで活字化されることは少なく,大量 にありながら,どちらかといえば持て余されてきた史料ともいえる.しかし,今の私には各地の日 記史料は宝の山に見える.日記をめくって震動記録を収集していると,地震以外の事件や当時 の人々の日常などについても思わぬ収穫を得ることがある.地震研究は埋もれていた史料をよ みがえらせる可能性があると思う.」 榎原雅治「地震研究と歴史学――異分野連携のもつ可能性」(『科学』2018年5月号) https://www.iwanami.co.jp/news/n24584.html 10

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2.2. 〈痕跡〉としての日記資料の事例 東京大学地震研究所 編『新収日本地震史料』第5巻 (安政元年十一月四・五・七日) /別巻5-2,東京大学地震研究 所,1987.3. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12212136 (参照 2024-10-25) 11

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2.2. 〈痕跡〉としての日記資料の事例 https://materials.utkozisin.org/articles/search?q=%E7%B1%B3%E5%B1%B1%E6%97%A5%E8%A8%98 「地震史料集テキストデータベース」で「米山日記」で検索 12

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2.2. 〈痕跡〉としての日記資料の事例 https://materials.utkozisin.org/articles/detail?id=J1900404 13

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2.2. 〈痕跡〉としての日記資料の事例 松山の記録として組織化されていた資料が 地震の記録として多元化される 松山の記録であると同時に地震の記録 「発見不可能な内部性」において、複数のオントロジーを横断できるとともに どのオントロジーにも還元されないという在り方が資料の〈痕跡性〉 1)痕跡:書き残された日記 2)捕捉:松山市(?)による収集 3)組織化:松山市の歴史を知るための 記録として『松山市史料集』に収録 4)多元化:地震の記録として再文脈化 14

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2.3. オントロジーと検索可能性 資料=〈痕跡〉は組織されることによって特定のオントロジーに 組み込まれ、メタデータを介して検索が可能となる そのオントロジーが浮かび上がらせる図しか検索す ることができない ※『松山市史料集』は米山日記を地震 の記録〈として〉は組織していない 15

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2.3. オントロジーと検索可能性 アーカイブを組織化する視点から漏れてしまう不可 視化された部分は人間が地道に目を通してその意 味を発掘する必要がある 人間の解釈者の仕事 松山の記録として組織化された資料の地の部分に 過去の地震の記録を見出していく 特定のルールに従って作動する巨大なサーチライトシステムとそのシス テムが照らし出さない闇の部分をヘッドライトを付けて探索する人間 16

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2.3. オントロジーと検索可能性 実際には「組織化」の手前に多元化の芽はある 日記資料を「地震の記録」として誰かが解釈し始めた瞬間にすでに資 料は多元的なものとなっており、組織化はその後にくる 「日記をめくって震動記録を収集していると,地震以外の事件や当時 の人々の日常などについても思わぬ収穫を得ることがある」 榎原雅治「地震研究と歴史学――異分野連携のもつ可能性」再掲 17

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3. ユーザーとオントロジー 18

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3.1. DAのオントロジーに合わせる人間 資料/情報 検索システム オントロジー(メタデータ) ユーザー 構造化 これまではユーザーが検索システムに 合わせるのが基本だった 19

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3.1. DAのオントロジーに合わせる人間 〇「として法」(レファレンス本の目的外使用) ユーザーの「関心」と記録を空間のオントロジーとを 仲介する専門家としてのレファレンス担当 20 ユーザーの関心: 「丸善の雑誌カタログはないか?昭和戦前期に日本で どんな美術の洋雑誌が読めたのか知りたい」 ☞図書館では販売書誌は所蔵していない 「『日本美術年鑑』の昭和2年版から7年版には、文献の項に「外国美術雑誌」 がありますよ。それに載っていれば、当時、国内でその洋雑誌が読めたことにな ります」(小林 2022: 137) 記録空間のオントロジーにユーザーの関心を適合させる

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3.2.大規模言語モデルと〈痕跡〉としての資料 LLM(大規模言語モデル): 特定のオントロジーにもとづいた意味空間に依拠しない トークン(≒言葉)をベクトルとして数値化し、トークン同士の 関係を深層学習を通して計算することで統計的な意味空間 を作り上げる 21

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3.2.大規模言語モデルと〈痕跡〉としての資料 ・資料の表現を構成する単位(言葉ならトークン、画像ならパッチ/ 領域)がベクトル化(表現の特徴の数値化)される ・表現同士の関係が深層学習によって学習される LLMと同じ枠組みでDAの資料が扱われると 図と地の分割の手前で、表現同士の相関のネット ワークとして資料群検索可能になる ☞〈痕跡〉としての資料 潜在的アーカイブarchives virtuelles (ジャック・デリダ『アーカイブの病』) 22

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3.3. ユーザーの関心に直接寄り添うDA 資料の図と地がオントロジーによって事前に決定されない 検索のアクションに相関して直接資料が提起される 「潜在的アーカイブ」においては、どのような検索アクションが可能になるのか 23

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3.3. ユーザーの関心に直接寄り添うDA 対話型インターフェース: 自然語による会話からユーザーの関心が抽出され しかるべき資料が提案される(ことが可能になる) たとえば図書館のリファレンス担当がやっていたようなこと 24

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3.3. ユーザーの関心に直接寄り添うDA これまではユーザーがDAのシステムに寄り添う必要があった しかし ・資料を構成する表現が直接ベクトル化され、表現同士の関 係のネットワークの深層学習による構築 ・システムに適応した検索語ではなく、自然語での対話から検 索要件が抽出される対話型インターフェース ☞システム自体がユーザーに寄りそう たとえば子どもや高齢者でもアクセス可能になる 25

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4. まとめ 26 1.〈痕跡〉概念の可能性 「痕跡」概念は、資料の多元的な価値を捉えるツールとして有用であり、記録が一 つのオントロジーに限定されない可能性を示す 2.大規模言語モデルと〈痕跡〉概念 大規模言語モデル的パラダイムとDAをつなぐ際に〈痕跡〉概念は導きの糸になる のではないか 3.ユーザーとDAの新たな関係性 LLMと対話型インターフェースを組み合わせは、ユーザーのニーズにより寄り添う DAを構想することを可能になる 4.ユーザー概念の問い直し これまでのDAが暗黙のうちに想定していたユーザーをいったん括弧に入れ、DAと ユーザーとの関係改めて問い直す必要があるのではないか

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参考文献 榎原, 雅治. (2018). 地震研究と歴史学――異分野連携のもつ可能性. 科学, 88, 429. 小林, 昌樹. (2022). 調べる技術 国会図書館秘伝のレファレンス・チップス. 皓星社. 高橋, 治郎. (2012). 三輪田米山日記にみる安政の東海・南海地震. 愛媛大学教育学部紀要, 59, 187-190. 東京大学地震研究所 (編). (1987). 新収日本地震史料 第5巻 (安政元年十一月四・五・七日) / 別巻5-2. 東京大学地震研究所. 松山市史料集編集委員会 (編). (1984). 松山市史料集 第8巻. 松山市: 松山市役所. デリダ, ジャック. (2017). アーカイヴの病〈新装版〉. 福本修 (訳). 法政大学出版局. アップウォード, フランク.レコード・コンティニュアム.続アーカイブズ論 記録の仕組みと情報社会.スー・ マケミッシュ/マイケル・ピゴット/バーバラ・リード/フランク・アップウォード編, 安藤正⼈監修, ⽯原 他訳, 明⽯書店.2023, p.218. Upward, F. H. (2000). Modelling the Continuum as Paradigm Shift in Recordkeeping and Archiving Processes and Beyond-a Personal Reflection. Records Management Journal, 115 - 139. 27