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解析力学入門 〜 量子コンピュータを勉強するための基礎知識勉強会 〜 Pre Nielsen - Chuang シリーズ ver1.4 2019/12/10 中井 悦司 (Etsuji Nakai) 量子コンピューター仲間

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この資料の目的 2 ● Nielsen - Chuang の量子コンピューターの教科 書を「しっかりと腹落ちして理解する」ために必 要な基礎知識を広く勉強するための資料の一つで す。 ● この資料では特に「解析力学」について、説明し ています。(全体像は次ページを参照)

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量子回路計算の手順と 量子アルゴリズムを理解する 量子デバイスの 動作原理を理解する 線形代数 古典物理学(解析力学) 量子力学 量子回路計算 量子アルゴリズム 量子デバイスの実装

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この勉強会の目的について 4 https://twitter.com/enakai00/status/1201412246817009664

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解析力学の歴史

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よくある誤解(?) 6

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実際のニュートンの仕事 ● 天体の運動を「幾何学的操作」 によって導出する方法を整備 ● 「幾何学的操作」を解析学(微 積分)の言葉で表現し直して一 般化したものが「解析力学」 ● 解析力学から得られる公式の一 つが有名な 7 https://digital.library.sydney.edu.au/nodes/view/7166

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解析力学の始祖「ラグランジュ」 ● 力学の根本法則を「ラグランジュ方程式」として定式化 ● 「幾何学的発想」に基づいた「最小作用の原理」からラ グランジュ方程式が導出されることを発見 ● 大雑把にいうと「与えられた2点を移動する物体の軌跡 は、ある量(作用)を最小にする軌跡に一致する」とい う原理 ● 現在は「ラグランジュ形式」の解析力学と呼ばれる 8

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ハミルトン形式の解析力学 ● 「ラグランジュ方程式」と数学的に同等な「ハミルトン方程式」を利用 ● 「座標と運動量」を用いた相空間での運動の記述、「エネルギー(ハミルト ニアン)」を用いた物理系の定義など、解析力学の「物理的意味」がより明 らかになる ● 統計力学や量子力学など、より現代的な物理学の基礎を与える ● 「多体系においても、単一のハミルトニアンで系全体の振る舞いが統合的に 制御される」という視点は、量子ビットのエンタングルメントを理解するポ イントになるかも? 9

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力学系の記述方法

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力学のゴール ● 物体の「状態」が時間と共にどのように変化するかを数学的に予測する。 ● 物体の「状態」を数学的に記述する方法が必要。 ● 広がりのある物体の場合、物体の位置に加えて、配置方向や回転状態なども 考える必要がある。 ● ここでは、広がりを無視して、物体の位置のみを記述することを考える。 ○ 広がりを考えない物体を「質点」と呼ぶ。 ○ 広がりのある物体は、多数の質点が集まったものとみなすこともでき る。 11

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質点の記述方法 ● 質点の位置は、「座標値」で記述できる。 ● 座標の取り方は色々あるが、すべて互いに相互変換できる。(なので、どれ か一つの座標で問題を解けば十分。) 12 デカルト座標 極座標

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質点の運動法則に対する要請 ● 時刻   における座標値      が分かれば、次の瞬間       の座標値は決定できるか? ● できない。次の瞬間の位置は、その瞬間の速度      にも依存する。 (*) 一般に時刻 t の関数を t で微分したものをドット記号で表す: ● (デカルト座標とは限らない)質点の座標を       として、質点の 運動を決定する根本法則は、             を用いて表される はずである。(厳密には、これに加えて、質点に加わる力も含まれる) 13

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最小作用の原理と ラグランジュ方程式

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最小作用の原理 ● 唐突ですが。信じてください。 ● 時刻  に座標   にあった質点が、時刻  に   に到達したとする場合、 ある関数      があり、この質点は、次で計算される値 S が最小にな る経路を通って運動する。 (*) ここでは複数の座標      をまとめて  と表記しています。) 15 ラグランジアン 作用

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ラグランジュ方程式 ● 最小作用の原理は、微分方程式の形に書き直す事ができる。 ● 作用を最小にする経路を  として、途中の経路をわずかに変化させる。 ● この時、作用の微小変化は次で計算される。 (具体的な計算は後ほど) 16

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ラグランジュ方程式 ● もしも        だとすると、   となる変化   が作れるので、 最小作用の原理に反する。 ● したがって、すべての時刻において、次が成り立つ必要がある。 17 :ラグランジュ方程式

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作用変分の計算 18

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● 外部からの力を受けずに   平面上を運動する質点のラグランジアンは、 次で与えられる。 ● ラグランジュ方程式は、次の2つになる。 自由粒子のラグランジアン 19 等速直線運動 質点の運動エネルギーに一致

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● y 軸方向に重力 mg を受ける質点のラグランジ アンは、次で与えられる。 ● ラグランジュ方程式は、次の2つになる。 放物運動 20 「運動エネルギー」-「位置エネルギー」 ニュートンの運動方程式

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運動量保存則の一般化

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● y 軸方向に重力 mg を受ける質点のラグランジアン ● x に対するラグランジュ方程式 ● 一般にラグランジアンに変数 q が含まれない時、    は保存量になるこ とがわかる。 一般化運動量 22 x 方向の運動量保存則 一般化運動量

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● 原点からの距離 r のみに依存する位置エネルギー   を持つ平面上の質点 ● 上式は、デカルト座標と極座標が混在しているので、極座標に統一すると次 が得られる。(計算は次ページ) ● これは θ を含まないので、次の保存則が成り立つ。 中心力を受ける質点 23 角運動量保存則

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運動量の極座標表示 24

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● ラグランジュ方程式は、最小作用の原理(「幾何学的」な原理)から得られ るもので、座標の取り方に関係なく同じ形が使える。 ● ラグランジアンが与えられると、その系の振る舞いは、原理的にすべて決定 される。(たとえば、運動量保存則が成り立つかどうかは、ラグランジアン を見ればわかってしまう。) ラグランジュ形式のポイント(まとめ) 25

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ハミルトン形式への移行

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● ラグランジアン   は、 と を独立変数とみなした関数 ● 新しい変数(一般化運動量)を次で導入して・・・ ● これを について解いて、   という形に変形すると、 を   で書き 直す事ができる。 独立変数の取り替え 27

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●   を変数とする新しい関数(ハミルトニアン)を次式で定義する。 ● この時、ラグランジュ方程式と等価な次の方程式が得られる。 (証明は次ページ参照。数学的にはルジャンドル変換に相当。) 独立変数の取り替え 28 :ハミルトン方程式

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ハミルトン方程式の導出 29

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放物運動 30 運動エネルギー 位置エネルギー ハミルトニアンは、 系全体のエネルギーに一致する

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放物運動 31 ● x 方向のハミルトン方程式 ● y 方向のハミルトン方程式 通常の意味での運動量の定義 x 方向の運動量保存 通常の意味での運動量の定義 y 方向のニュートン方程式

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中心力を受ける質点 32

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中心力を受ける質点 33 ● θ 方向のハミルトン方程式 ● r 方向のハミルトン方程式 通常の意味での角運動量の定義 角運動量保存 遠心力! 一定半径を保って 運動する条件は・・・ 遠心力=向心力

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エネルギー保存則と 相空間による運動の記述

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エネルギー保存則 35 ● ハミルトニアンの値は変数   のみを通じてのみ変化するとする。(たと えば、位置エネルギーが時間に陽に依存する場合は除く。) ● この時、ハミルトン方程式より次が成り立つ。 ● ・・・ハミルトニアンは、必ずエネルギーに一致するの??? エネルギー保存則!

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エネルギー保存則の考え方 36 ● 「すべての物理系には、対応するハミルトニアンが存在して、その系はハミ ルトン方程式にしたがって運動する」と、まずは信じる。 ● ある系の運動を観測して、その運動を正しく導くハミルトニアンを発見す る。 ● 得られたハミルトニアンをその系の「エネルギー」と定義する。この定義に より、系のエネルギーは必ず保存する。

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(参考)時空間の対称性と保存則の関係 37 ● ハミルトニアンがある座標に依存しない時、対応する一般化運動量は保存す る。 ● 中心力を受ける質点の場合、ハミルトニアンは θ に依存しないので、それに 対応して、角運動量が保存した。 ● つまり、空間をある方向に動かしても、系の性質(ハミルトニアン)が変化 しなければ、対応する保存量が必ず存在する。 ● 同様に、ハミルトニアンが時刻に依存しない、すなわち、時刻を変えても系 の性質が変わらないことに対応して、エネルギーが保存すると言える。

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調和振動子 38 ● バネ定数 k のバネに接続された質点には     の力が働くので、対応す る位置エネルギーは ● ハミルトニアンとハミルトン方程式は x 0

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調和振動子 39 ● 一般解は、A と δ を任意の定数として、 ● この時、ハミルトニアン(エネルギー)の値は、 ● これより、点    は、ある楕円上を回転運動 することがわかる。(楕円の大きさはエネルギー によって決まる。)

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多体系(練成調和振動子) 40 結合項 (質点間の相互作用を記述)

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相空間 41 ● 一般に多数の質点が存在する「多体系」においても、すべての質点の一般化 座標・一般化運動量          で表される「単一のハミルトニア ン           によって、系全体の運動は決定される。 ● さらに、系全体の運動は、         を座標とする「多次元空間上 の1点」の動きとして捉える事ができる。この空間を相空間と言う。 ● エネルギー保存則により、この点は、相空間上の「等エネルギー曲面」上を 移動する。

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(参考)リウビルの定理 42 ● 相空間の連結部分の各点が運動方程式に従って移動する時、連結部分の体積 は不変に保たれる。 ● 一次元   の場合で証明する ○ 密度    で相空間に分布する点の集合の運動は、連続方程式を満たす ○ これを用いると密度関数の時間発展は次式になる ○ ハミルトン方程式を代入すると、上記は 0 になる。つまり、相空間に分布する点 は密度を一定に保って運動するので、体積が増減することはない

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● 多体系の振る舞いは、その系のハミルトニアンによって一意に決定される。 ● 言い換えると、その系のハミルトニアンを決定することが、その系の運動を 決める根本原理を理解することにつながる。(ハミルトン方程式から決まる 運動が、実際に観測される運動に一致するようなハミルトニアンを探す。) ● 多体系の運動は、相空間の等エネルギー曲面上の「点」の運動として理解で きる。 ハミルトン形式のポイント(まとめ) 43

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● 量子力学においても、系の運動はハミルトニアンによって一意に決定される。 ● 量子力学では、エネルギーの値は自由にとることができず、一定の条件を満た すエネルギー値のみが存在する。(エネルギーの量子化) ● 量子力学では、座標と運動量の値を同時に決定することができない。つまり、 相空間上の点として、系の状態を記述することはできない。代わりに、ヒルベ ルト空間上の点、もしくは、波動関数を用いて、系の状態を記述する。 量子力学へのヒント 44

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Thank You.