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考古学・人類学・文献学のための 次世代GISの開発 ―時間情報とAgent-based modelの活用― 地理空間と言語処理 Geography & Language

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はじめに スマートフォンやインターネットが社会に普及した現在 どの分野でも急速に情報化の波が来ている 考古学も例外ではなく 3次元記録や報告書のインターネット公開等の 様々な情報工学に関連した技術が使用されている

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情報考古学とは 情報科学と考古学の学際領域を指す呼び名 用語は1995年頃から用いられ始める※ 情報考古学の研究者が集う日本情報考古学会が1995年に 日本学術会議の学術研究団体として開始 ※千原國宏・金谷一朗 2003『情報考古学―遺跡・遺物のデジタルアーカイブ―』日本バーチャルリア リティ学会誌第8巻1号

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情報考古学のテーマ例 ・遺物・遺構の形状に関する計測技術 ・形状計測データの計量分析や解析 ・文化財の物性に関する理化学的データの計測・測定 ・物性計測・測定データの計量分析や解析※ ※日本情報考古学会ホームページ https://www.archaeo-info.org

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情報考古学のテーマ例 ・遺跡の地理・歴史的情報に関する計測・測定 ・遺跡時空間情報に関する計量分析や解析 ・歴史的現象をめぐるコンピュータシミュレーション ・文化モデルの理論的・方法論的研究 ・インターネットによる情報の公開や利用促進※ ※日本情報考古学会ホームページ https://www.archaeo-info.org

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情報考古学のテーマ例 ・考古・歴史、および文化現象理解のための情報理論 ・ヒトの認知システムに関する考古学的・人類学的研究 ・情報考古学を活用・応用した考古学的研究 ・情報考古学の教育的活用に関する研究※ ※日本情報考古学会ホームページ https://www.archaeo-info.org

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情報考古学のテーマ例 ・文化財の物性に関する理化学的データの計測・測定 ・バーチャルミュージアム ・ 2D・3Dデータアーカイブ・データベースに関する 技術的研究※ ※日本情報考古学会ホームページ https://www.archaeo-info.org

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今回話す抜粋テーマ 1.考古学のための地理情報システム(GIS)とその応用 2.歴史的事象の分析・推定のためのシミュレーション

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考古学と地理情報システム

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地理情報システムとは 地理情報システム(GIS)とは地理情報や位置情報を作成, 編集,保存,管理,検索し視覚的に表示するシステム技術 遺物や遺構等の考古学データは出土地点という 位置情報を持ち,遺跡は立地や眺望といった 地理情報を持つため考古学はGISと相性が良い

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GIS の事例 ・文化財総覧WebGIS (2021年7月20日に公開): 奈良文化財研究所が提供する,全国の文化財を オンラインマップ上で表示する無料のサービス ・QGIS: 無料のGISソフトウェア

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文化財総覧WebGIS 約61万件の日本全国の文化財データが対象(高田2022) 文化財の所在地,種別,時代等によって検索し, 遺跡立地や遺物の出土状況の分布等の調査研究に活用でき また報告書のウェブサイトへ移動して報告書を閲覧できる

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文化財総覧WebGIS 文化財に関する調査報告書は 全国遺跡報告総覧事業によって電子公開が進んでいるが 文化財は地域や場所に根差した存在であり報告書では その位置情報を把握しづらいという課題があった そこで全国の文化財に関するデータを取りまとめ 文化財総覧 WebGISとして構築し公開された (奈良文化財研究所文化財情報研究室・渡辺2021)

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考古学とGISの課題 文化財総覧WebGISは縄文時代,弥生時代,古墳時代等の 大きい時代区分で分けられているが, 研究に用いるにはより詳細な時間区分 (例えば縄文時代晩期初頭や須恵器編年TK209型式期, 和銅元年等)に対応する必要性が高い

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考古学とGISの課題 また,文化財総覧WebGISのような報告書抄録に記載された 簡易的な情報だけでなく研究者によって詳細な細分が された遺物・遺構ごとのデータベースを自由に入力し 可視化できるGISがあると考古学研究に役立てられる

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考古学とGISの課題 しかし,各遺物・遺構の集成は様々な研究者や組織が 別々に作成しており形式が不一致である 集成が書籍になっているものや,論文内に表として 載っているもの,組織のウェブサイトにWordやExcelで 読み込む形式のデータとして載っているもの等がある

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考古学とGISの課題 問題点は複数あり,紙媒体やPDF文書に載っているデータは そのままでは地理情報システムで可視化することも シミュレーションに用いることもできない

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考古学とGISの課題 また,配布されているデータは必ずしも 時間情報と空間情報が載っているわけではない 特に空間情報は住所だけのものが多く緯度・経度まで 載っているデータは少ない

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考古学とGISの課題 仮に緯度・経度が載っていても整数の度分秒形式だと 20~30m程の誤差がある報告書に記載された位置情報は 整数の度分秒形式が多いためあまり精度が期待できない 遺跡の立地分析や眺望分析の用途を考えると GISを用いて位置情報データの修正を行う必要がある

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考古学とGISの課題 また,文化財総覧WebGISは研究者が自由に 編集をリクエストすることができない 研究者同士でデータベースの共有をする際には 閲覧の他に編集リクエストの機能があると より便利であり誤りを修正しやすい

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考古学とGISの課題 他に歴史的事象の分析を得意とするGISは少ないという問題 一般のGISは空間情報の扱いに長けているが 歴史にとって重要な時間情報の扱いは不向きなことが多い 以上の問題を解決するため,既存のGISが持つ複数の欠点を 克服した考古学のための新しいGISを開発した

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PAX SAPIENTICA 文献学・考古学・人類学データを用いた ABS & GIS 各国・各時代の暦表示機能や各時代の環境復元機能を持つ XYZ タイルや地物を自由に追加することが可能

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補足(学問) 文献学:日本書紀,古事記等の文字資料から歴史を考察 考古学:遺跡から出た遺物・遺構から歴史を考察 人類学:人骨の形質や遺伝子の情報から歴史を考察

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補足(用語) ABS:Agent-based Simulation(後に解説) GIS:地理情報システム - Geographic Information System XYZタイル・地物:GISで表示する地図や点のこと

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PAX SAPIENTICA 文献学・考古学・人類学データを用いた ABS & GIS 各国・各時代の暦表示機能や各時代の環境復元機能を持つ XYZ タイルや地物を自由に追加することが可能

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PAX SAPIENTICA オープンソース 無償で提供 コードのLicense CC0 https://github.com/ AsPJT/PAX_SAPIENTICA

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時代ごとの地物を表示

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開発期間 2023年1月10日から現在まで(1年ちょっと) 927 コミット / 96 プルリクエスト 2024年1月10日 ソフトウェア正式リリース

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開発意義 歴史的事象の分析を得意とするGISは少ない 一般のGISは空間情報の扱いに長けているが 歴史にとって重要な時間情報の扱いは不向きなことが多い

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開発意義 そのため,歴史的事象の分析のためのABSとGISの 双方の機能を持つソフトウェアを開発した 時間情報,空間情報,シミュレーションの3つの機能を 持つ汎用性・拡張性の高いソフトウェアを目指した

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開発者(2人体制) 企画の立案が得意 Windows環境で開発 厳密な設計が得意 Mac環境で開発 私 相方

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開発担当 データ作成・デザイン 描画関連・仕様の作成 暦と地図機能の作成 Windows/Android 対応 CI/CD・自動化周り CMake・ビルド環境整備 シミュレーションの作成 Mac/Linux 対応 私 相方

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サポート環境 両方が担当

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対応言語 C++17 をサポート 【理由】スマホ対応のためAndroid NDKに合わせた ※最近C++20に対応した噂を聞いている(要確認) いずれC++20や23へと対応していきたい 両方が担当

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コンパイラ GCC・Clang・MSVCをサポート CI (GitHub Actions) ではGCCとClangでビルド実行 私の手元ではMSVCでビルド実行 相方の手元ではClangでビルド実行 主に相方が担当

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CI/CD関連 CI は GitHub Actionsを使用 単体テスト,全体ビルド等がある 現在は6種類存在 テストはGoogle Test を使用 相方が担当

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スクリプト一覧 CodeCounter.py:コード行数をカウント / CTest.*: CTestを実行 DevelopmentBuild.sh(.bat): MapViewerの開発ビルドを行う ProductionBuild.sh(.bat): MapViewerの本番ビルドを行う SyncSubmodule.sh(.bat): submoduleを同期する UbuntuBuild/Build.sh: Ubuntu上でのビルドを行う UbuntuBuild/docker-compose.yml: build環境を 構築するためのdocker-composeファイル 相方が担当

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ライブラリ行数 内製ライブラリの行数の合計は 「10803行」 意外とたくさん書いている (大規模なのか,それとも無駄が多くて汚いコードなのか) 両方が担当

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ライブラリの構造 3種類用意 PAX_SAPIENTICA:描画ライブラリに依存しないもの PAX_GRAPHICA:描画ライブラリをラップするもの PAX_MAHOROBA:描画ライブラリに依存するもの 私が担当

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描画Libraryのラップ 書籍のように100年後も扱える製品にしたい 大きい外部ライブラリの依存を少なくしたい 長方形の描画など基本的な機能を追加 マクロ分岐で自由に描画ライブラリを選択 私が担当

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対応した描画Library OpenSiv3D・SFML・DxLibに対応 DirectX, Vulkan, Metal 等を直接使用はしていない 時間がかかるので簡単に描画できるものを使用 Qt などにも対応したらより便利かも 本質じゃないのであまり時間はかけたくない 主に私が担当

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開発時の主な描画 OpenSiv3Dが便利で使いやすいので愛用 スマホ対応で究極のC++描画ライブラリになると期待 Android対応でDxLib,外で人前で作品を見せるときに スマホやタブレットで動くものがあると便利 私が担当

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その他のライブラリ Google Test:テストに使用 stb:画像の入出力に使用 OpenMP:並列化に使用(ただしほぼ未使用) 今後更に追加される可能性あり 両方が担当

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対応OS(GUI) Windows・Mac・Android・Linuxをサポート iOS はサポート無し(いずれサポートしたい) 入力デバイスも自由:マウスのみ,キーボードのみ, タッチのみでも基本動作はほぼすべて対応 両方が担当

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開発環境(GUI) 【 SFML 】 CMake,ソリューション (.sln) 【 OpenSiv3D 】 ソリューション (.sln) 【 DxLib (Windows) 】 ソリューション (.sln) 【 DxLib (Android) 】 Android Studio 両方が担当

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地図機能 私が担当

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地図の描画 GISなので地図を描画する機能が必要 様々な地図投影法が存在するが,メルカトル図法のみ使用 メルカトル図法とは経度と緯度が常に直交する図法 メルカトル図法の地図を分割して表示する形式が望ましい その形式である「XYZタイル形式」をサポートした 私が担当

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XYZタイルとは 世界測地系の経緯度が正方形に変換されるよう極域の 一部地域(北緯及び南緯約85.05112878度以上)を 除外した範囲をメルカトル投影を使って変換された地図 地図をコンピュータで管理しやすくした形式 Z(Zは0以上の整数)がズームレベル,2のZ乗が分割数 私が担当

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XYZタイルの座標 私が担当

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初期の地図表示 二次元 std::vector で管理 表示範囲が変わった時に画像全て読み直し トンデモ実装・めちゃくちゃ重い 私が担当

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初期の地図表示 表示範囲が変わった時に 元々読み込んであるものを保持しつつも 新しい画像を読み込んで管理する良い方法ないかな std::unordered_map を使えば簡単にできるのでは? 私が担当

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地図の仕組み std::unordered_map の Key の型は uint64 を使用 Z=8bit, Y=24bit, X=24bit としている(※8bit 余っている) XYZタイルのズームレベルとX・Y座標を入れるだけで 簡単かつ高速に管理が可能となった 私が担当

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地図の仕組み Z=7が約1km間隔,Z=17が約1m間隔 つまり、Z=24が約7.6mm間隔 基本的にタイルはZ=17までのものがほとんど Z=24まで対応しているが24まで使用することはほぼ無い 私が担当

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列挙型撲滅プロジェクト 私が担当

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enum定義の問題点 ユーザが自由に定義できない点 ソースファイルに直接書き込んでしまう点 数値で管理するため,文字列と相性が悪い点 などなど 私が担当

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文字列で管理 自由にユーザが追加しやすい 一方でenumや数値管理よりも処理が重くなる 自由度を保ち,処理を軽くするには 文字列を数値へ変換すれば良い 私が担当

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文字列を数値へ変換 文字列を数値へ変換して管理する MurmurHash3関数という 文字列をuint32へ変換する機能を用意 コードの大部分を改修 私が担当

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TSV読み込みと管理 ・画像 ・地名/人名 ・言語/テキスト ・暦 ・シミュレーション ・その他設定 私が担当

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TSV読み込みと管理 1行目を読み込む→MurMur3で数値に変換し,数値で保持 対応する構造体へ変換,2行目以降を格納 文字列データを数値として保持することによって 高速にもなり,汎用性も上がった 私が担当

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時間情報の扱い 歴史データは文献学・考古学・人類学等のデータがある 文献学では暦,考古学では編年(相対年代), 人類学では炭素(較正)年代等の絶対年代が用いられている これらの年代を統合して表示する機能があると望ましい 今回は暦に偏っていたが,今後の機能追加で 時間情報をうまく扱えるようにしたい

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環境復元 また地理的環境は時代によって変化するため 時代ごとの環境を復元する機能があると より精密な分析・推定が可能である よって,年代と環境復元の機能を併せて導入する

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人物の位置の可視化 人物の位置を可視化 することもできる 可視化することで 歴史学習に利用できる

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歴史的事象の分析のための エージェントベースシミュレータ

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地理情報及び弥生時代の推定人口を用いた エージェントシミュレーションによる 単位集団を最小要素とする人口動態推定

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原史時代の人口推定 原史時代の人口動態を解き明かすことは重要である 各地域の人口数や人口変動,人口の過密・過疎がわかると 文化の伝播速度の可視化や小国の統合過程の再現, 古代の交通網の予測などの様々な分野に応用できる

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原史時代の人口推定 しかし原史時代は文字記録が少ないため 人口の把握が困難である よって文字記録以外の要素から人口を推定する必要がある

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小山人口推定 原史時代の人口は原史時代と歴史時代の 遺跡数の比で算出される。小山修三がこの手法 (以下,小山人口推定)を提案(Koyama 1978,小山・杉藤1984) して以来 直近では北東北や北海道の縄文時代の人口推定にも 用いられている(中村2018・2020)

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小山人口推定 だが,小山人口推定は狭い領域の人口数の算出において 遺跡のサンプル数の少なさから誤差が大きく生じる点や 完全に痕跡が消滅した遺跡や未発見遺跡が 考慮されていないため風土や発掘調査数などによって 地域差が出やすい点が挙げられる そのため,狭い地域の人口を求めるのは不向きである

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人口動態推定の手法 時間と空間を細分化できる人口推定の手法として エージェントベースシミュレーション (Agent-based Simulation,以下ABS)が挙げられる 本研究では地理データと考古学データを入力とし ABSで,当時の集落動態と人口動態の可視化を行う

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ABSとは エージェントを用いた仮想実験(シミュレーション) 日本ではマルチエージェントシミュレーション(MAS)と 呼ばれることが多い 「マルチエージェントシステム」や 「エージェントベースモデル」等の似た用語がある

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エージェントとは

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ABSとGISの関係 ABSは地理空間上でエージェントの動態を可視化 そのため,地理情報システム(GIS)と相性が良い ABSとGISの双方の機能を持ったソフトウェアがあれば 多くの地理オープンデータを入力変数として読み込め 歴史的事象の検証や推定の裏付けに使用できる

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既製品の問題点 しかし,既製品ではABSとGISの双方の機能を持ち 歴史的事象の分析に適したソフトウェアは少ない 歴史的事象の分析のためのABSとGISの双方の機能を持つ ソフトウェアがあれば,考古学研究において シミュレーションを用いる敷居が低くなり 新たな発見につながることが期待される

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既製品の問題点 しかし,既製品のABSでは歴史研究のハードルが高い 例えば,構造計画研究所が提供するABSの artisoc では 地理情報の取込等,中級者向けの操作を行う必要がある また artisoc は歴史に特化していないため暦の表示や 編年の管理など実装が複雑で難しくなりやすい点が多い

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その他の問題 artisoc は Closed Source な有料のソフトウェアであり QGIS のようなオープンソースソフトウェア(OSS)ではない ABSのソフトウェアでOSSなのはいくつか存在するが 日本でも一定の利用者がいるQGISと違い ほとんど知名度がなく artisoc 一強となっている 日本製でABS・GISの機能を持つOSSがあるのが望ましい

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OSS推奨の理由 オープンソースソフトウェア(OSS)が望ましい理由 非公開ソースのソフトウェアはサポートが終了すると 新しいOSで動かなくなる可能性がある 考古学では50年前の文献を参照することもあり サポートが打ち切られてしまうと 数十年後以降の人が同一条件で試せない可能性が高い

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OSS推奨の理由 今後、デジタル化が進みソースコード付きの論文や 3Dデータ付きの報告書がより多く出る可能性がある 100年後の人も動かせるような環境整備が必要 考古学におけるABS&GISはOSSである必要性が高い

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既製品の問題点 オープンソースのGISであるQGISではプラグインを 用いることによってシミュレーションの機能を追加できる しかし,ABSの機能を既存のGISに追加するのは 実装コストも高く処理性能上の問題がある ABS は基本的に処理が重いためGISにABSを実装するより ABSの上にGISを実装するほうが簡単

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実装の問題点 ABSの機能とGISの機能の比較では ABSの方が処理負荷が高いため,ABSを基盤に GISの機能を追加していくのが望ましい 近年,WebGISが流行っているがWebアプリでは ABSに必要な速度を出すのが難しい(出来なくはない) そのため高速に動作するソフトウェアが望ましい

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新規OSSの開発 そこで,本研究では歴史的事象の分析のための ABSとGISの双方の機能を持つソフトウェアを開発する 時間情報,空間情報,シミュレーションの3つの機能を 持つ汎用性・拡張性の高いソフトウェアを目指す

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古代の環境復元 公開された地理情報のほとんどは現代に観測されたデータ 現代の陸地は干拓・埋め立て等によって変化している 古代の環境を復元するには 埋め立て地のデータを削除する必要がある 今回は20万分の1日本シームレス地質図 V2を用いた

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古代の環境復元 香取海や河内湖,巨椋池等のかつて存在した巨大湖は 今回のシミュレーションでは再現していない 地質データから一括で削除できる 埋め立て地や干拓地のデータと違い 過去の水面データは自分でデータを作る必要がある

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本研究の時空間情報 シミュレーション対象地域:本州・九州・四国 最小セル:約125m四方(XYZタイルのZoom = 10 の 1px) 地理データ:傾斜・令制国・埋め立て/干拓地を除く陸地 最小時間:1ヶ月( = 365.2425 12 ) ※グレゴリオ暦 時代:弥生時代末期 ~ 奈良時代初期 (主に201年1月~725年12月の範囲を想定)

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空間の最小単位 集落の最小要素は研究者により異なる 単位集団,基礎集団,複合型集落など 様々な単位が考えられてきた 今回はよく使用されかつ小さい「単位集団」を基準とする 単位集団を表現でき,かつシミュレーションが 負荷に耐えられる大きさを最小サイズとした

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空間の最小単位 Zoom9 = 約250m,Zoom10 = 約125m,Zoom11 = 約63m 単位集団よりも大きい基礎集団が100~200m四方とされるため 250m・Zoom9は基礎集団よりも大きくなる 一方,63m・Zoom11はより細かくなり処理負荷が大きい 2次元空間なのでサイズを半分にすると処理負荷は4倍になる そのため,125m・Zoom10を選択した

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空間のイメージ

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空間のイメージ

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サブモデル 1. 集団移動 2. 渡来 3. 婚姻 4. 出産

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集団移動 金井東裏遺跡人骨の歯を用いたストロンチウム同位体比 分析による出身地の推定を参考とした 群馬県埋蔵文化財調査事業団編(2019) この分析では,渡来系1号人骨と在地系3号人骨が 同じ地域で3~15歳頃まで生活しており 大人になってから群馬県へ来たことが判明した

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集団移動 地質データと分析データを照合すると 1号人骨と3号人骨は長野県西部から愛知県を経由して 岡山県周辺まで広がる地域の地盤の分析値であり 群馬県より西の地域で生まれ育った可能性がある 最短距離である長野県の松本市周辺で生まれ 金井東裏遺跡へ移動したと考えると少なくとも 約130kmの移動が想定される

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集団移動 また,渡来人を表現したと考えられる筒袖の人物埴輪が 千葉県の山倉1号墳から出土していることや日本書紀には 「百済人の男女2000人以上を東国に移住した」と記述 今回のシミュレーションでは毎月1%の確率で 800セルから8000セルの位置をランダムに移動すると定義

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移動先 移動先は重み付きランダム選択で決定する 傾斜4.0度以下が重み9 傾斜8.9度以下が重み10 傾斜17.6度以下が重み4 とする

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渡来 今回のシミュレーションでは遺伝子情報を持たないため 渡来人口の推定は不可能 今回はシミュレーションの定義には含めない (だが,本来は必要な定義)

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婚姻 鷲尾祐子による3世紀の東アジアの婚姻研究を参考とする 女性は13歳以上60歳未満の間で婚姻可能とし 男性は17歳以上で婚姻可能とする 女性の90%が20代までに,女性の約97%が30代までに 結婚し,98%の女性は生涯に一度以上は結婚する

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婚姻 婚姻時,女性は周囲60セルの男性をランダムに選ぶ 選ばれた男性は女性のセルへ移動する 配偶者が亡くなったら再婚可能とする 一夫多妻制は複雑になるため,今回は一夫一妻制のみ

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居住形態 実装が1番単純な母方居住婚とする 文化や遺伝子情報を用いていないため 婚姻の居住形態は今回のシミュレーションでは ほとんど影響がないと考えられる

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寿命 (金隈遺跡データを寿命モデルとする) 年齢 年齢下限 年齢上限 年齢平均 男性 女性 不明 計 1 未成人 乳児 0 0 0 6 6 2 未成人 幼児 1 5 3 22 22 3 未成人 小児 6 11 8.5 5 5 4 未成人 若年 12 19 15.5 2 2 5 未成人 不明 2 2 6 成人 成年 20 39 29.5 19 14 2 35 7 成人 熟年 40 59 49.5 19 26 1 46 8 成人 老年 60 80 70 0 4 0 4 9 成人 不明 4 2 8 14 10 計 42 46 48 136

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出産 出産判定の10ヶ月後に人間(赤ちゃん)が生成される 赤ちゃんは母親と同じセルに居住する 配偶者と死別している場合は出産判定されない

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婚姻と出産の式 𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤(𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎𝑖𝑖 ) = 1 2𝜋𝜋𝜎𝜎2𝑥𝑥𝑖𝑖 𝑒𝑒𝑒𝑒𝑒𝑒 − ln 𝑥𝑥𝑖𝑖 2 2𝜎𝜎2 , 𝜎𝜎2 = 0.25 𝑥𝑥1 = 𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎1 − 13 8.5 𝑥𝑥1 > 0, 初婚 , 𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚(𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎1 ) = 0.98 𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤(𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎1 ) ∑𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚=13×12 59×12+11 𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤 𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚 12 𝑥𝑥2 = 𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎2 − (15 − 1) 8.5 𝑥𝑥2 > 0, 出産 , 𝑏𝑏𝑏𝑏𝑏𝑏𝑏𝑏𝑏(𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎2 ) = 16 𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤(𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎𝑎2 ) ∑𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚=15×12 49×12+11 𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤𝑤 𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚𝑚 12

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婚姻と出産の図

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シミュレーション結果

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今回の定義の結果 渡来を含めない結果では,移動800~8000セル 移動確率1%、婚姻出産は前述の式の通り 死産率10~14%で次のような図になった おおよそ指数関数的に人口が増えていることがわかった

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死産率10~14%でこのような図になった おおよそ指数関数的に人口が増えていることがわかった

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今回の定義の結果 今回はセルごとの土壌や気候の条件がないため シンプルな式で表せる数値曲線になった 噴火や感染症などのモデルを定義することで よりダイナミックな人口曲線になると考えられる

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今回の定義の結果 死産率の少しの違いで人口増減が大きく変動する 婚姻・出産が正確と仮定して 死産率が正確な値になるほど渡来人口も正確になる

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今回の定義の結果 渡来数や年齢,性比を推定するのは 今回のシミュレーションの定義では不可能 上記の項目を推定するには、分子人類学のデータも必要 データは青谷上寺地遺跡の出土人骨DNA分析等

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改善点・今後の展望 今回は複数の文化の定義をしていないため 農耕文化を前提に変数を定義している しかし,古墳時代の北東北も対象地域としているため 農耕以外の文化もあわせて定義する必要がある

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改善点・今後の展望 今は母方居住婚のみ実装しているが文化や遺伝子の情報を 持つと居住形態で大きく結果が変わる ※例えば,土器の継承やY染色体ハプログループ・ mtDNAハプログループの拡散等 そのため,複数の居住形態を実装する必要がある

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改善点・今後の展望 今回は河川データを使用していない 今回のシミュレーションだと川から数百km離れて暮らす 農耕文化人がいるかもしれない 河川は古代の環境を復元する必要があり 現代の河川データの改変が必要

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改善点・今後の展望 居住地の選定に傾斜の情報しか用いていないため たくさんの人々が東北に移住してしまう 北海道をシミュレーションに含めると 北海道に人々が大量に移住してしまう 気候や土壌のデータが必要

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改善点・今後の展望 今回のシミュレーションだと ポドゾルが多く含まれる地域で農耕しているかもしれない 低地土の農耕とポドゾルの農耕が同じ収穫量なはずがない 当時の稲が栽培できないような気候条件や 気候による収穫量の増減を考慮する必要がある 食料生産が人口増減に直結する

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改善点・今後の展望 今回のシミュレーションは実在の遺跡を考えていない 実在の遺跡データを入れることによって より当時の環境を再現できると考えられる 巨大な古墳の体積データを用いるとその古墳の周囲に 居住している最小人口を求められる

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最後に 今回は昨今の情報考古学における手法を解説した 3次元記録や全天球写真,GIS,ABS等の様々な技術が 活用されているが,これらの技術を組み合わせることに より今まで考えられてこなかった考古学の新たな手法が 生じると考えられる

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最後に また今回は取り上げていないが2020年代に入り 人工知能の新しい技術が生まれ新しいサービスが登場 今後は3DやGIS,シミュレーションだけでなく考古学におけ る人工知能の活用方法もあわせて議論されると思われる

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最後に 新しい技術に考古学だけが置き去りにされないよう,日々 新技術をどう考古学へ活用するか考えていく必要がある 今後の情報考古学の発展に期待したい

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PAX SAPIENTICA 文献学・考古学・人類学データを用いた ABS & GIS 各国・各時代の暦表示機能や各時代の環境復元機能を持つ オープンソース・無償・ソースコードのLicenseはCC0