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予測処理理論による〈痕跡〉概念の再解釈 記号の確率論的理解に向けて 第 回日本記号学会 44 1 谷島貫太(二松学舎大学)

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第 回日本記号学会 44 2 発表の構成 1. 問題意識と目的 2. 予測処理理論predictive processingとは? 3. 内部モデルとパース 4. 予測処理と読解 5. 予測処理とデリダの〈痕跡〉概念 6. まとめ

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1. 問題意識と目的 第 回日本記号学会 44 3

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第 回日本記号学会 44 4 問題意識①:生成系AI時代の記号論の形を考える 問題意識②:確率論的な記号論の形を考える 生成系AIが「あそこまでできてしまう」ということを 記号論としてどのように受け止めるのか 確率論的なアルゴリズムに基づいた認知のモデルと 記号論はどのように接続していけるか (自由エネルギー原理、記号創発システムetc…)

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この発表の目的 第 回日本記号学会 44 5 「わからん」とつぶやきながら難解な哲学書を読む という場面を範例に、内部モデルの調整プロセスとしての 〈読解reading〉モデルを提示 デリダの「痕跡」概念を手掛かりに「差異を生まない 差異」を孕んだものとしての物質的な記号概念の提示

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この発表でやること 第 回日本記号学会 44 6 1)予測処理理論の説明 2)確率論的な記号理解とパースの接続 3)予測処理理論からの〈読解〉のモデル化 4)予測処理理論からの〈痕跡〉の捉え返し

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2. 予測処理理論とは? 第 回日本記号学会 44 7

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予測処理理論 predictive processing 第 回日本記号学会 44 8 脳が「ベイズ脳」仮説に基づき確率推定を行っているとする理論。脳 は内部モデルを用いて感覚入力を予測し、予測と実際の入力との差 異(予測誤差)をフィードバックとして受け取るとされる。脳はこの予 測誤差を最小化するために内部モデルを継続的に更新する。予測 処理理論は、脳が予測誤差を減らしながら環境に適応する認知プロ セスを説明する理論的枠組み。(Clark 2013; ホーヴィ 2021)

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第 回日本記号学会 44 9 世界仮説としての 内部モデル 予測誤差(驚き)の量 予測誤差を最小化する形での 内部モデルの更新 観測 フィードバック そのつど観察される世界の断片は、 中立的なデータではなく、主体が 持っている内部モデル=世界の解 釈に相関するものとして、その修正 を要求する予測誤差=驚きの量だ と位置づけられる

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第 回日本記号学会 44 10 予測処理(PP)と予測符号化(Predictive Coding/PC) 全体として同じような意味として使われることも多いが、前者が理論的フレーム ワークの全体を指すのに対し、後者は感覚データが予測に対する誤差として内 部モデルへとフィードバックされていく具体的なメカニズムを指すという使い分 けもされる。(Hohwy 2020) その上で、PCを数理的に実装化する際の推論モデルは大きく二つに分かれる。 1)変分推論 例:自由エネルギー原理 2)サンプリング生成 例:記号創発ロボティクス

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第 回日本記号学会 44 11 本発表では数理的な実装の手前の大枠のコンセプトの 次元での議論なので一貫して予測処理と呼んでいく

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エコロジカルな主体概念と予測処理 第 回日本記号学会 44 12 イタヤガイの環境(左)と環世界(右)(ユクスキュル 2005) 予測誤差(驚き)という考え方は、世界を主体の利害に関わる手掛かりの束 として主体に立ち現れるというものと捉える環世界論的な主体概念と相性がいい

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エコロジカルな主体と内部モデル 第 回日本記号学会 44 13 エナクティビズムによる表象批判 主体は環境と動的に相互作用しているのであり、 中立的な世界の表象はその相互作用を捉えられない 「認知は、あらかじめ与えられた心によってあらかじめ与えられた表象ではなく、むし ろ世界の存在体が演じる様々な行為の歴史に基づいて世界と心を行為から産出す ること(enactment)」(ヴァレラ他 2001: 31)※訳語は修正 世界の表象としての内部モデルと対立?

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「控えめな表象」(Clark 2015) 第 回日本記号学会 44 14 表象主義: 認知は内部の表象によって媒介されることで成立する エナクティビズム: 認知は主体と環境との直接的な相互作用の過程である 「予測処理は(略)徹頭徹尾、行動志向の表象を呼び出す。このような表象は、基 本的に、感覚運動サイクルの中でアクションを提供することを目的としている。こ のような表象は、行動中立的な方法で世界を描写するのではなく、世界に関与す ることを目的としており、生物と環境の相互作用の歴史にしっかりと根ざしたうえ で、確率的生成モデル組み込んだ感覚刺激を提供する。」(Clark 2015) 命題化された言語をベースとした表象=内部モデルではなく 環境との相互作用の中で組み立てられる行為指向的な内部モデル

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そもそもなぜ「内部モデル」が必要なのか? 第 回日本記号学会 44 15 行為は、このようにふるまえばこうなるという、主体の行為に依存す る複数の可能世界を比較することで選ばれる。可能世界の比較の ためには世界をモデル化し、未来の複数のシナリオをシミュレー ションできなくてはならない 主体 環境 主体と環境の二項関係的相互作用モデル 主体 環境 経験 主体と環境との相互作用を蓄積された経験が 屈折させる三項関係的相互作用モデル そのプロセスの中で 蓄積されていくものとし ての内部モデル

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3. 内部モデルとパース 第 回日本記号学会 44 16

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第 回日本記号学会 44 17 記号論に確率論的なパラダイムを導入する流れは 神経記号論や生命記号論で登場し始めている Biosemiotics誌の“Achievement Award for the Year 2021”に自由エネルギー原理とパースを接続した論文 (Pietarinen and Beni 2021)が選出 また脳と記号論をテーマとしたリーダー The Routledge Handbook of Semiosis and the Brainに も自由エネルギー原理のアプローチから記号論を捉える論文 (Milette-Gagnon and Veissière 2022)が掲載 ただし日本では先立つ事例も

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江川晃「パースの情報記号論: 無意識過程における 脳活動への脳-記号論的アプローチ」(2017) 第 回日本記号学会 44 18 (江川 2017)より転載 「つまり、解釈項の場 ( I m n) とは、直接的・力動的・最終的解釈項のそれぞれに、この情 動的・活動的・論理的解釈項を含んだ全体的状況であり、これらの具現化には確率が伴い、 さらに、記号過程の進化・分岐の各段階でその確率は変化すると考えられる。」 情報をパラレルに処理する多様な解釈項にそれぞれ現働化の確率が割り振られた 内部モデルが構成され、その内部モデルが少しずつ進化していくという見取り図 ※ただ想定されている確率論の手法はベイズ的な主観的な信念に 関するものではなく、物理学的な状態遷移に関わるもの

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“Active Inference and Abduction.” (Pietarinen and Beni 2021) 第 回日本記号学会 44 19 解釈項/ 内部モデル 記号/ サンプル 対象/ 世界 解釈項’/ 内部モデル’ 世界の認知 アブダクション 内部モデル更新 記号/ サンプル 対象/ 世界 世界の認知 アブダクション 解釈項’’/ 内部モデル’’ 内部モデル更新 解釈項を内部モデル、記号を世界のサンプリング、対象をサンプリングの出現を 説明する世界モデルのアブダクションの結果、だと位置づけることでパースの三 項関係をベイズ推定のモデルに書き換える 世界の認知

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第 回日本記号学会 44 20 「生物は、遺伝子の設計図の指示に従うことで行動を起こすような、ルールに従 順な機械ではない。そうではなく、エラーを修正し、新たな恒常性の設定点に到 達することこそが、生命システムの原動力となる方法論なのである。何かがうまく いかないとき、ゲノムの青写真はアドバイスや解決策を探すための主要な場所で はない。生物が特に得意とするのは、環境の状態を予測するだけでなく、そのよう な未来の環境に生息している自分自身を予測すること(あるいは、これらの用語 の適切な規制を緩和した意味での「思い描く」と「想像する」こと)である。つまり、 アブダクション的に導かれた推測の観点から、現在の自分たちの構成と、過去に 記憶している、あるいは将来そうなると予想される構成との間のデルタエラーや 不一致を最小限に抑えることである。」 (Pietarinen and Beni 2021: 505) 予測の出発点であるとともに、予測誤差をフィードバック させるゴールとなるのが解釈項=内部モデル

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4. 予測処理と〈読解〉 第 回日本記号学会 44 21

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デリダの哲学書を読むという範例を 予測処理のモデルで考えてみる 第 回日本記号学会 44 22

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第 回日本記号学会 44 23 ・内部モデル/解釈項:デリダが言いそうなことのモデル(デリダモデル) ・サンプル/記号:読んでいるプロセスにおける次の単語 ・予測誤差(驚き)/対象:自分のデリダモデルを修正する必要の有 無とその程度 デリダが言いそうな事というデリダモデルをもとに、読み進めていく中で次に登場 するだろう言葉の確率をそのつど割り当て、予測誤差の大きい=自分のデリダ理 解だとそのようには言わないと思われる意外な言葉が出てきたら、自分のデリダ モデルが正確ではなかった可能性を想定し、デリダモデルを修正していく デリダ読解の予測処理プロセス

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第 回日本記号学会 44 24 (予測処理理論に従うなら)デリダを理解するとは、どのテクストを読んで も、新しくサンプルされる言葉に驚くことがないという状態を指す デリダを読んでいて、どこを読んでも次にどんな言葉が登場す るかまったく想像がつかないのは、最低限のデリダモデルをま だ持てていないことを意味する

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〈言葉〉の認識はそもそも予測処理 第 回日本記号学会 44 25 (Clark 2023)より転載 (Dehaene 2009)より転載 私たちは文字の全体を読んでいるのではなくコンテクストを踏まえ言 葉の出現を予測し断片的なサンプルをもとに意味を推定している

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(内容面で)わからないものを読む という体験をどのように位置づけるか 第 回日本記号学会 44 26 “Reconsidering the Mind-Wandering Reader: Predictive Processing, Probability Designs, and Enculturation.”(Fabry and Kukkonen 2018) 「文化的予測処理enculturated predictive processing」 ☞予測処理理論に文化的要因を組み込んだもの シンプルな説明文ではなく文学作品を範例とし、内容 の直接的理解を離れて思索をさまよわせる〈マインド ワンダリング〉の働きを予測処理の観点から検討 自身の内部モデルでは文学的テキストを理解できない際に、そのテ キストが理解できるような形で内部モデルを調整していくプロセスと してある種のマインドワンダリングを位置付ける

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第 回日本記号学会 44 27 「文学の進化的機能に関する(ベイズ的な)推測によれば、フィクション の機能のひとつは、現実世界の確率的理解を再調整し特定するために、 可能な限り多くの代替シナリオを心に提示することによって、現実世界に 関する学習プロセスを拡張することである。」 (Kukkonen 2014: 8)

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5. 予測処理とデリダの〈痕跡〉概念 第 回日本記号学会 44 28

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デリダによる〈声〉の形而上学批判 第 回日本記号学会 44 29 フッサールにおける記号と〈声の関係〉 記号を抹消し、〈声〉の自己現前というモデルで意味を捉える 記号/ 外部表現 書き手の 内部表現 読み手の 内部表現 内部表現を 表現する〈声〉 フッサールによる還元 フッサールは、意識に現れた内部表現をそのまま表現することができる 現象学的なメディアとしての〈声〉を想定することで記号の外部性を抹消 (「自分が話すのを聞くje m’entendre parler」)

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第 回日本記号学会 44 30 〈声〉説はテクストを書いた他者の内部表現に 実質的には直接アクセス可能であるとするモデル (〈声〉がそのアクセス可能性を担保) 対してデリダはそのようなアクセス可能性を否定し 記号を〈痕跡〉として位置付ける 記号の痕跡性をひとまずサンプル性とし て読み替えてみる

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サンプリングとしての記号読解 第 回日本記号学会 44 31 読み手の 内部モデル 外部表現記号 / サンプル 書き手の 内部モデル 読み手の 内部モデル’ テクスト読解 アブダクション 内部モデル更新 外部表現記号 / サンプル 書き手の 内部モデル テクスト読解 アブダクション 読み手の 内部モデル’’ 内部モデル更新 テクスト読解 読み手が書き手の言おうとしていることの内部モデルをもち読み進めていく 行為をサンプル採取だと位置づけ、内部モデルでは予測ができなかった(驚 きを与える)文章が登場するたびに内部モデルを調整していくプロセスとして のテクスト理解の深化

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何がサンプルとなるかは内部モデルに依存する 第 回日本記号学会 44 32 サンプルは、内部モデルが持っている 仮説を検証するためのもの テクストのうち読むことができるのは、自分が持っている内部モデルが出 す予測に関与する要素だけ(動くものだけに反応する蛙) 「ハエが止まっている」 動いていないものは存在しない

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なぜ難しい本は読み返すたびに 「わかった」となるのか 第 回日本記号学会 44 33 「差異を生む差異」(ベイトソン)は、それを差異として受け取り別の差異を生 み出すことのできる主体(内部モデル)にとってのみ差異 内部モデルが調整されると、まったく同一の外部表現のなかに 新たな差異(予測誤差)が発見されうる わからない表現に出会い、マインドワンダリングしながら内部モデルの調 整を試み、見えなかった差異を見出せるようにしていく作業がサンプリング としての読解行為

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第 回日本記号学会 44 34 テクスト=外部表現には、「差異を生む差異」の背後に 「差異を生まない差異」が溢れている 同一のテクストを読解する複数の内部モデル同士の比較において「差異を 生まない差異」が現れる(モデルAでは差異として見出されるものが、モデル B)では差異としてみなされない) 「差異を生む差異」と「差異を生まない差異」 Aにとって 差異を生む差異 AとBにとって 差異を生む差異 Bにとって 差異を生む差異 あるテクストの差異のスペクトラム 読み手A 読み手B

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第 回日本記号学会 44 35 記号の痕跡性(サンプル性)をめぐる二つの説 読み手がサンプルを十分に集めていけば書き手の内部表現(あるいは特定の 正解)に限りなく収束していくことが可能 ① 収束説 ② 非収束説 どれだけサンプルを集めても解釈が収束に至ることはなく、むしろ解釈には拡散 のプロセスが原理的に埋め込まれている デリダの痕跡概念は後者を示唆するのでは

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書き手と痕跡としての記号 第 回日本記号学会 44 36 書き手が言葉を選ぶときにも、自分がもつ内部モデルに反応する差異だけを手掛か りとせざるをえないので、選ばれた言葉や表現に知らぬ間に「差異を生まない差異」 が必ず含まれている(「差異を生まない差異」なので原理的に気づかれない) だから後から読み返して、あの時は気づいていなかったけど 「自分が書いたことはこんな風にも読める」という発見がある 内部モデルが変化すると新たな差異を検出できるようになる 書くという行為は、「自分が言いたいこと」とは無関係な差異をその筆記(エ クリチュール)のうちに必ず巻き込んでしまっている

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外部表現としての記号は必ず 「差異を生まない差異」を巻き込む 第 回日本記号学会 44 37 書き手の 内部モデル 書き手にとって 「差異を生む差異 書き手にとって 「差異を生まない差異」 記号/外部表現 読み手の 内部モデル 読み手にとっての 「差異を生む差異」 書かれたものには、書き手にとって「差異を生まない差異」が必ず巻き込まれており 読み手はそこに「差異を生む差異」を見出すことが常に可能 読み手に推定さ れた書き手の 内部モデル

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第 回日本記号学会 44 38 「生ける現在は、自己との非‐同一性と過去把持的痕跡の可能性とから湧出する。 生ける現在は、つねにすでにひとつの痕跡である。この痕跡は、自己に内的である ような生をもつといった類の現在の単純性から出発しては、考えられない。生ける現 在の自己は、根源的に一つの痕跡である。とはいえ、この痕跡はなんらかの属性で あるわけではないから、われわれはそれについて、生ける現在の自己はそのような 痕跡で《根源的にある》などということはできない。この痕跡から出発して《根源‐ 存在》を考えねばならないのであって、その逆ではない。このような原エクリチュール が、意味の根源で働いているのである。」(デリダ 1970)

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第 回日本記号学会 44 39 書くことで自分が何を考えていたかがはじめてわかった、というときには、 自分が書いたものを読み直すというプロセスの中で、書くときに巻き込ま れた「差異を生まない差異」が、自己再読のプロセスのなかで差異として 認知され、それゆえその時点で内部モデルが書き換わっている、という出 来事が起こるのではないか 書かれたテクストという外部表現においては、それを 痕跡として生み出した書き手の内部表現を特定することは そもそも何重にも不可能になっている (書き手の内部モデルは連続的に上書きされていくので バージョン管理は不可能)

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第 回日本記号学会 44 40 読み手の 『声と現象』モデル 読み手の 『声と現象』モデル 読み手の 『声と現象』モデル 読み手の 『声と現象』モデル 読み手の 『声と現象』モデル 読み手の 『声と現象』モデル それぞれの 『声と現象』モデル それぞれの 『声と現象』モデル それぞれの 『声と現象』モデル それぞれの 『声と現象』モデル それぞれの 『声と現象』モデル それぞれの 『声と現象』モデル 家族的類似としての みんなが語る 『声と現象』モデル

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第 回日本記号学会 44 41 「認知的実践を、社会文化的に分散された、認知的道具との身体化された相互作 用として定義するならば、読書は、象徴的言語的なものを含むそのような実践のパラ ダイムケースとなる。読書は社会文化的に分散されている。なぜなら、それは社会文 化的共同体の多くのメンバーによって共有される、規範的に制約された「パターン化 された実践」だからである。さらに、読書は身体化されたものであり、記号の身体的 操作と、言葉と構文の身体化された次元の共鳴に依存しているからである。」 (Fabry and Kukkonen 2018: 7)

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第 回日本記号学会 44 42 「わからない部分」=「差異を生まない差異」をある仕方で多く 含むことで深い洞察(と信じられる何か)の痕跡=サンプルとし て社会のメンバーに受け取られそれぞれの内部モデルの相互調 整の足場scaffoldingとして機能するものとしての哲学

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6. まとめ 第 回日本記号学会 44 43

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第 回日本記号学会 44 44 ・予測処理の枠組みのなかで、読むという行為を内部モデルの調整 作業として位置付ける ・テクスト読解における「差異を生まない差異」を痕跡性と結びつける ・書き手もまた、書く行為のなかで「差異を生まない差異」を巻き込んでお り、書き手の内部モデルは原理的に決定不可能になっている(収束は理 念上も不可能) ・デリダの「痕跡」概念を、それを生み出した何かを確率論的に推定 させるサンプル性を示すものとして捉える ・哲学は、決定不可能な書き手の内部モデルをめぐっての読み手の内部 モデルの調整作業である(という側面がある)

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第 回日本記号学会 44 45 参考文献 Clark, Andy. 2013. “Whatever next? Predictive Brains, Situated Agents, and the Future of Cognitive Science.” The Behavioral and Brain Sciences 36 (3): 181–204. ———. 2015. “Predicting Peace: The End of the Representation Wars.” In Open MIND. Johannes Gutenberg Universität Mainz. ———. 2023. The Experience Machine: How Our Minds Predict and Shape Reality. Knopf Doubleday Publishing Group. Dehaene, Stanislas. 2009. Reading in the Brain, New York. Fabry, Regina E, and Karin Kukkonen. 2018. “Reconsidering the Mind- Wandering Reader: Predictive Processing, Probability Designs, and Enculturation.” Frontiers in Psychology 9: 2648. Hohwy, Jakob. 2020. “New Directions in Predictive Processing.” Mind & Language 35 (2): 209–23. Kukkonen, Karin. 2014. “Presence and Prediction: The Embodied Reader’s Cascades of Cognition.” Style 48 (September): 367–84. Milette-Gagnon, A., and S. P. L. Veissière. 2022. “An Active Inference Approach to Semiotics: A Variational Theory of Signs.” In The Routledge Handbook of Semiosis and the Brain, edited by Adolfo M. García and Agustín Ibáñez. taylorfrancis.com. Olteanu, Alin, and Romanini, Vinicius. 2022. “Biosemiotic Achievement Award for the Year 2021.” Biosemiotics 15 (3): 395–99. Pietarinen, Ahti-Veikko, and Beni, Majid D. 2021. “Active Inference and Abduction.” Biosemiotics 14 (2): 499–517. ユクスキュル, ヤーコプ・フォン and クリサート, ゲオルク. 2005. 『生物から見た世界』. 日高敏隆, 羽田節子訳, 岩波書店. ヴァレラ,フランシスコ; トンプソン,エヴァン; ロッシュ,エレノア. 2001. 『身体化された 心 : 仏教思想からのエナクティブ・アプローチ』工作舎 ホーヴィ, ヤーコプ. 2021. 『予測する心』太田陽., 次田瞬., 林禅之, 三品由紀子, and 佐藤亮司訳, 勁草書房 デリダ, ジャック. 1970 『声と現象』高橋允昭訳, 理想社 江川晃. 2017. “パースの情報記号論: 無意識過程における脳活動への脳-記号論的 アプローチ.” 論理哲学研究= Journal of Logical Philosophy, no. 10: 23–37.