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意志の弱い⾃分を許せるかもしれない Aug 27th, 2022 Ogasawara Shinya EC Incubation Development Dept. Rakuten Group, Inc.

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2 ⾃⼰紹介 楽天グループ株式会社で楽天ラクマの開発をやっています スクフェス三河の実⾏委員(今年は9/16,17に開催します) 仙台好き 特に⽤事がなくても定期的に仙台に来ます <スクフェス仙台への想い> 2014年に仙台で⾏われたEbackyのScrum Master研修を受けた⽅が当時のチームにいて、 チームでScrumをやりたいと⾔ってもらったのが⾃分がScrumをはじめたきっかけです。 ⾃分⾃⾝も2015年にEbackyのScrum Master研修を受けたのが⼤きなターニングポイントだったので、 そんなEbackyがキーノートのスクフェス仙台で発表できるのは個⼈的に⼤変感慨深いです。

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3 本⽇の流れ 「意思決定」についての話がしたいのですが、 みなさんが私の発表を聞いて「へ〜」となって終わりというよりは、 最初に私が学んで「へ〜」となったことを話しますので、 それを基に疑問とか感想とかを⾔い合って楽しむ会にしたいと思っています。 だいたい前半の20分で私が話して、後半の20分はみなさんで分かれて話す時間、 みたいな形で進められたらと考えています。

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4 注意事項 意思決定について網羅的に説明するとか、 書籍に書かれていることを分かりやすく噛み砕いて説明する、 といったことは、やりたくても出来ませんので、 あくまでも私の学習した範囲での偏った話になっていることをご了承ください。 あと、はっきりとした結論や落ちがある話でもないです。 参考⽂献は記載しますので、より詳しく正確な情報が知りたい場合には活⽤下さい。

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5 合理的な意思決定がしたい 何かの⽬的や⽬標に対して、それが達成できるように意思決定したい。 健康のためにダイエットしたいなら、体重を減らすことができる意思決定がしたい。 画像︓いらすとや

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6 ⼀番期待値が⾼いものを選ぶ 単純には、合理的な意思決定をするというのは、 期待値(確率×得られる成果)が⼀番⼤きいものを選ぶということになります。 50%の確率で10万円、50%の確率で1万円もらえるAと 100%の確率で5万円もらえるBがある場合、 報酬の期待値はAが5.5万円で、Bは5万円なので、Aを選ぶのが合理的となります。 画像︓いらすとや

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7 合理的な意思決定を邪魔してくるもの 世の中の情報が全て数値化されていれば分かりやすいですが、 期待値の判断を主観に依存することが多く、 合理的ではない選択をすることがあります。 合理的な判断を妨げる代表的なものがバイアスやヒューリスティックです。 画像︓いらすとや

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8 バイアスの例︓ギャンブラーの誤謬 表と裏が出る確率が五分五分である公平なコインを投げたところ、 5回連続で表が出ました。 6回⽬についてどう考えますか︖ • 表よりも裏の⽅が出そう • 裏よりも表の⽅が出そう • 表が出るのも裏が出るのも⾒込みは同じ 画像︓いらすとや キース・E・スタノヴィッチ(2017) 『現代世界における意思決定と合理性』( ⽊島泰三訳) pp.133-134 太⽥出版. を参考に作成

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9 ヒューリスティックの紹介︓代表性ヒューリスティック(リンダ問題) 『リンダさんは31歳、独⾝で、率直に意⾒を⾔う、頭脳明晰なタイプである。 彼⼥は⼤学時代に哲学を専攻していた。また学⽣時代には、差別や社会正義の問題 に強い関⼼をもち、反核のデモに参加していた。』 リンダさんが⾏っている確率がより⾼いものはどちらだと思いますか︖ A. 銀⾏の窓⼝で働いている B. 銀⾏の窓⼝で働き、かつフェミニスト運動を積極的に⾏っている 画像︓いらすとや 本⽥秀仁(2021) 『よい判断・意思決定とは何か』 pp.34-37 共⽴出版. を参考に作成

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10 合理的な意志決定を⾏うために バイアスやヒューリスティックを完全に排除することを⽬指すというよりは、 そういうものが存在しているという前提で、どう付き合っていくかを考えたい。 最初の⾃分の判断を疑って、別の可能性がないかを考えてみたり、 偏⾒を持ってしまっていないか、他の⼈の意⾒を聞いてみたり、 メタ認知的に⾃分を俯瞰しながら、良いやり⽅を探していく。 たとえ失敗しても、やり⽅を修正することで、意思決定が上⼿になっていく。

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11 ここまでが説明の前半パート

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12 駄⽬と分かっていても、ついつい⾮合理的な選択をしてしまうことがある • ダイエット中なのに⽬の前に⽢いものが出てくるとついつい⾷べてしまう • 今⽇は勉強するぞと決意したが、スマホゲームがやめられない • 貯⾦しなきゃと思っているが、次々と欲しいものが現れてお⾦が消えていく やっては駄⽬だと分かっているけど、ついついやってしまう。 駄⽬だと分かっているので、バイアスやヒューリスティックとも違いそう。 画像︓いらすとや

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13 現在もらえる報酬と将来もらえる報酬を⽐べる 年利が10%でインフレは考慮しないとして、 どちらをもらえるのが嬉しいですか︖ ジョージ・エインズリー(2006) 『誘惑される意志』( ⼭形浩⽣訳) pp.53-55 NTT出版. を参考に作成 今すぐ3万円 3年後に5万円 画像︓いらすとや 画像︓いらすとや

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14 現在の価値と3年後の価値を考える 0 1 2 3 4 5 6 7 現在 1年後 2年後 3年後 4年後 5年後 3年後に5万円もらう 今すぐ3万円もらう

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15 将来にもらえる報酬ともっと将来にもらえる報酬を⽐べる 年利が10%でインフレは考慮しないとして、 どちらをもらえるのが嬉しいですか︖ ジョージ・エインズリー(2006) 『誘惑される意志』( ⼭形浩⽣訳) pp.53-55 NTT出版. を参考に作成 5年後に3万円 8年後に5万円 画像︓いらすとや 画像︓いらすとや

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16 5年後の価値と8年後の価値を考える 0 1 2 3 4 5 6 7 5年後 6年後 7年後 8年後 9年後 10年後 8年後に5万円もらう 5年後に3万円もらう

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17 「今」は特別魅⼒的に感じる 同じ3年後でも、今から3年後か、将来の3年間なのかで魅⼒が変わる。 つまり、将来的には得することは分かっていても、 今すぐ⼿に⼊れられることが特別な魅⼒を持っている。 これが「双曲割引」という考えで説明されます。 画像︓いらすとや

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18 指数割引と双曲割引を⽐較するイメージ 結構前 ちょっと前 今 ちょっと未来 結構未来 かなり未来 指数割引 双曲割引 今の⼀瞬だけ 指数割引を超えて 魅⼒的に感じる ジョージ・エインズリー(2006) 『誘惑される意志』( ⼭形浩⽣訳) pp.46-55 NTT出版. を参考に作成

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19 ちなみに、これは⼈間だけではないそうです 『たとえば、ハトは近い将来の⼿軽な少量なエサよりも、遠い将来の⼤量のエサを選ぶ。でもその 近い将来のエサがいますぐ⽬の前にある場合には、そちらを選んでしまう。』 画像︓いらすとや どちらかというとデフォルトは今の魅⼒に負けるようになっていて、 意志の⼒で合理的な意思決定を⾏えるようにする必要があるようです。 ジョージ・エインズリー(2006) 『誘惑される意志』( ⼭形浩⽣訳) p. 49 NTT出版. から引⽤

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20 意志の⼒で誘惑に打ち勝つ 最終的な⾏動を決めるのは常に今なので、今時点で魅⼒的なものを選択しないため には意志の⼒で対抗する必要になります。 画像︓いらすとや

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21 個⼈的なルールを設定して、⾃分との交渉を⾏う 「毎⽇⽢いものを⾷べると太ってしまう」 1⽇だけのことではなくて積み重ねの⾏動として捉える。 「ここで⾃分を⽢やかしたら、⾊んなことに中途半端な⼈間になってしまう」 守らなかった場合のデメリットを⼤きくする。 画像︓いらすとや ジョージ・エインズリー(2006) 『誘惑される意志』( ⼭形浩⽣訳) pp.119-128 NTT出版. を参考に作成

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22 誘惑に勝っても負けても別の問題が起きるかもしれない ただ、誘惑に打ち勝つために強い意志を持つ結果、その意志の強さが裏⽬に出てし まうこともあります。 画像︓いらすとや

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23 誘惑に負けた場合、⾃分を信⽤できなくなっていく 画像︓いらすとや どうせ我慢できなくて ⾷べてしまうなら、 最初から我慢しなくて 良いんじゃないか ジョージ・エインズリー(2006) 『誘惑される意志』( ⼭形浩⽣訳) pp.214-230 NTT出版. を参考に作成

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24 誘惑に勝った場合、想いが強迫観念のようになっていく 画像︓いらすとや ⽢いものを⾷べたら、 ⾃分は弱い⼈間に なってしまう。 絶対に駄⽬だ。 ジョージ・エインズリー(2006) 『誘惑される意志』( ⼭形浩⽣訳) pp.214-230 NTT出版. を参考に作成

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25 なぜわざわざ誘惑に打ち勝たなくてはいけないの︖ 頑張って誘惑に打ち勝つのではなくて、最初から合理的な意思決定がしたいように しておいてくれれば良いのでは︖ なぜ進化の過程で、誘惑に負ける気持ちが滅んでいないのか。 画像︓いらすとや

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26 合理的な⾏動を続けていくと、感動が減っていくことがある 例えば、以下の⽅法で合理的に情報を取得することを考えてみます。 • 3倍速で映画を観る • スポーツはダイジェストしかみない • ミステリー⼩説で犯⼈とトリックをさらっと読んで終わる 必要な情報は得られるかもしれませんが、 じっくり観た場合と⽐べると感動は減ることが多そうです。 画像︓いらすとや ジョージ・エインズリー(2006) 『誘惑される意志』( ⼭形浩⽣訳) pp.239-257 NTT出版. を参考に作成

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27 みんな合理的な⾏動を取ると危険なことがある それ以外の⾏動を取らなくなってしまったら社会として困りそうなこともあります。 結婚したり⼦どもを持つことに合理性はないと判断されてしまったら 持ち家や⾃家⽤⾞を持つことに合理性はないと判断されてしまったら 画像︓いらすとや ジョージ・エインズリー(2006) 『誘惑される意志』( ⼭形浩⽣訳) pp.230-237 NTT出版. を参考に作成

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28 欲求を維持する必要がある 合理化を突き詰める中で、馴れや飽きが出てきてしまうと、 さらなる改善をしていく気持ちがなくなってしまったり、 その活動⾃体を⾏いたい気持ちがなくなってしまいます。 ⾮効率な⾏動の中に、感情的な報酬を与えてくれる重要なものがあり、 時には意志に対抗して⾮効率な⾏動を取ることで、欲求を維持できる。 画像︓いらすとや ジョージ・エインズリー(2006) 『誘惑される意志』( ⼭形浩⽣訳) pp.261-293 NTT出版. を参考に作成

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29 ここからは個⼈的な感想中⼼です

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30 過ぎたるは及ばざるが如し ⾃分の経験談です。 メタ認知について学んでから、⾃分の認知について⾊々と考えていたら、 それまでは怒っていたようなケースでも冷静でいられるようになりました。 でも、それを続けていくうちに、冷静になりすぎてしまって、 怒ることがなくなった代わりに、⼤喜びすることも減ってしまいました。 画像︓いらすとや

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31 失敗は成功へのスパイス これも⾃分の経験談です。 今年からキャンプを始めたのですが、とにかく失敗しないように、 テントの⽴てかた、焚き⽕の起こし⽅、現地でのマナー、などなど、 事前に動画で学習していったので、 最初からほとんど失敗せずに過ごすことができました。 でも、多少失敗した⽅が、思い出に残るキャンプになったかもしれないです。 ガイドブック通りの旅⾏、攻略本通りにプレーするゲーム、 失敗しないようにすることが、楽しさを減らしているかもしれない。 でも、わざと失敗するのは興ざめなので、難しい。 画像︓いらすとや

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32 ⼈間万事塞翁が⾺ そもそも⾃分の考えている期待値はどれくらい正しいのでしょうか︖ その⾏動の成果を評価するのにどのくらい待てば良いのでしょうか︖ 私たちが合理的だと思っている⾏動を取っても、 実際にそれが合理的かどうかすら分からないかもしれない。 画像︓いらすとや

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33 ⼈間万事塞翁が⾺︓タイムリープできたら幸せな⼈⽣が送れるか 「あー、あの時こうすればよかった」と思うことは何度もありますが、 実際に戻れるとしたら、どのくらい⼈⽣が幸せになるものでしょうか。 何か⼤きな出来事があった⼈は、今より幸せになる期待が持てるかもしれません。 でも、変えた後の⼈⽣で起きることも複雑なので、その問題⾃体が解決しても、 変化した⼈⽣を幸せに過ごすことは単純ではないかもしれません。 画像︓いらすとや

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34 ⼈間万事塞翁が⾺︓陸から海に戻ったクジラ クジラは進化の中で海から陸に出て、また海に戻っていきました。 ⽔中では呼吸ができなくて、それでも⽔中で睡眠を取る必要はあって、 どう考えても不利そうですが、それでも⽣き残っています。 進化において、優れたものが⽣き残るのではなくて、 ⽣き残ったものが滅びたものよりはひどくない、と⾔われます。 海に戻った選択が合理的だったのかどうか、 いつ判断できるでしょうか︖ 画像︓いらすとや

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35 ⾼速道路を⾛るだけが正解ではない、はず 効率的な学習が「知の⾼速道路」と表現されることがあって、 そこから降りると⼀気に置いていかれるような不安を感じてしまいます。 もちろん⾼速を⾛ることも重要ですが、サービスエリアで美味しものを⾷べたり、 下道を⾛って思わぬ発⾒をしたりと、多少寄り道しながら楽しむこともできます。 ⽬的地に最短で着くことも良いですが、出⼝が渋滞しているかもしれないです。 混雑の中で疲弊するより、寄り道した⽅が案外充実した時間を過ごせるかも。 意志の弱さがなければ、サービスエリアで⾷べるソフトクリームの美味しさを、知 ることがないかもしれないですね。 画像︓いらすとや

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36 私の話はここまで

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37 トークテーマ(例) 1. 意思決定におけるバイアスやヒューリスティックの影響について。メリット、デメリット。 2. 割引現在価値について。双曲割引は納得できる︖現在の価値を⾼く感じた経験があるか。 3. 誘惑 vs 意志について。誘惑に勝っても負けても問題があるかもしれないって本当か︖ 4. 合理的な⾏動の結果で感動が減ってしまったり、おもしろみがなくなった経験があるか 5. 合理的な⾏動を続けた場合に弊害があるかもしれないって本当か︖ 6. 過ぎたるは及ばざるが如しについて、あなたの経験談や意⾒ 7. 失敗は成功へのスパイスについて、あなたの経験談や意⾒ 8. ⼈間万事塞翁が⾺について、あなたの経験談や意⾒ 9. 「知の⾼速道路」が整備されて、どんどん効率化されていく現代に思いを馳せる 10. ⾃分の意志の弱さについての考えに何か変化があるか 現地の⼈は現地の⼈同⼠で、Zoomの⼈はZoomの⼈同⼠で、ランダムに4〜5⼈のグループに分かれて話します。 ファシリテーションはそれぞれのグループに任せますので、残り時間いっぱいまで話してください。 各グループで話した内容は、共有できるものはDiscordにも書いてもらえると、他のグループの学びが深まるか もしれません。

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38 参考⽂献 キース・E・スタノヴィッチ『現代世界における意思決定と合理性』(太⽥出版、2017) 本⽥秀仁『よい判断・意思決定とは何か』(共⽴出版、2021) ジョージ・エインズリー『誘惑される意志』(NTT出版、2006) 三宅芳雄、三宅なほみ『教育⼼理学概論』(放送⼤学教育振興会、2014) グレゴリー・ベイトソン『精神と⾃然』(岩波⽂庫、2022)

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