Slide 1

Slide 1 text

量子力学入門(1) 〜 量子コンピュータを勉強するための基礎知識勉強会 〜 Pre Nielsen - Chuang シリーズ ver1.2 2019/12/27 中井 悦司 (Etsuji Nakai) 量子コンピューター仲間

Slide 2

Slide 2 text

この資料の目的 2 ● Nielsen - Chuang の量子コンピューターの教科 書を「しっかりと腹落ちして理解する」ために必 要な基礎知識を広く勉強するための資料の一つで す。 ● この資料では特に「量子力学」について、説明し ています。(全体像は次ページを参照)

Slide 3

Slide 3 text

量子回路計算の手順と 量子アルゴリズムを理解する 量子デバイスの 動作原理を理解する 線形代数 古典物理学(解析力学) 量子力学 量子回路計算 量子アルゴリズム 量子デバイスの実装

Slide 4

Slide 4 text

この勉強会の目的について 4 https://twitter.com/enakai00/status/1201412246817009664

Slide 5

Slide 5 text

GIF 動画について ● 本資料のグラフには、GIF 動画形式のものが含まれています(  マーク) ● 次の Colab ノートブックで動画を作成して、再生することができます。 ○ https://gist.github.com/enakai00/d0921f56b968256886d06b462b287b76 5

Slide 6

Slide 6 text

粒子の波動性

Slide 7

Slide 7 text

ヤングの実験 7 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%81%AE%E5%AE%9F%E9%A8%93 https://youtu.be/ZdszupETOrg?t=35

Slide 8

Slide 8 text

電子ビームの二重スリット実験 8 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E9%87%8D%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E5%AE%9F%E9%A8%93 電子の振る舞いには何らかの波動性がある。

Slide 9

Slide 9 text

量子力学における解釈 ● スクリーンに衝突する(スクリーンを構成する分子と相互作用する)まで、 電子がどこにあるかは、観測者には分からない。 ● 個々の電子に対して、その電子を観測した際に、「特定の場所 x に発見され る確率」を表す波動が存在する。 ● 確率を表す波動が二重スリットで干渉した結果、スクリーン上で電子が観測 される確率に濃淡が生じる。 ⇨ この解釈の下に組み立てられた量子力学によって、さまざまな実験結果を  説明できるので、大部分の物理学者はこれが正しいと信じている。 9

Slide 10

Slide 10 text

補足:「波動」と「関数」の関係 ● 古典的な波は、たとえば、 三角関数で表現できる。 ● 時間変動を加えると、進行 波が表現できる。 10 2π の幅に k 個の波が入る の場合 https://gist.github.com/enakai00/d0921f56b968256886d06b462b287b76

Slide 11

Slide 11 text

補足:「波動」と「関数」の関係 ● 左右双方向の波を重ねると定常波ができる。 (二重スリットによる干渉縞はこれと同じ原理。) 11 https://gist.github.com/enakai00/d0921f56b968256886d06b462b287b76

Slide 12

Slide 12 text

補足:「波動」と「関数」の関係 ● 波長の異なる正弦波・余弦波を合成することで、任意の波形が表現できる。 12 https://gist.github.com/enakai00/d0921f56b968256886d06b462b287b76

Slide 13

Slide 13 text

波動関数と状態空間

Slide 14

Slide 14 text

量子力学の基本原理(シュレーディンガー形式) ● 物質の運動は、(複素数値を取る)波動関数    によって記述される。 ● 物質の位置を観測した際、座標 x に発見される確率密度は次で与えられる。 ○ たとえば、区間    に発見される確率は、 ○ 一般に、次の規格化条件を満たす。 14 ※ ここでは、簡単のために1次元空間に   束縛された粒子のみを考えています。

Slide 15

Slide 15 text

座標の固有状態 ● 座標    の位置に100%の確率で発見される状態の波動関数は、次のよ うに構成できる。 ※ ここでは時刻 t は固定して考えている。  この波動関数が、この後、時間の経過に伴って  どのように変化するかは後ほど説明。 15 ディラックのデルタ関数 https://gist.github.com/enakai00/d0921f56b968256886d06b462b287b76

Slide 16

Slide 16 text

複素フーリエ級数を用いた波動関数の構成 ● 周期境界条件        を満たす空間を考える。 ● 任意の関数   は、複素フーリエ級数によって展開できる。 ● この時、フーリエ級数を構成するそれぞれの関数は、すべての位置に等確率 で存在する状態を表している。 16 (規格化条件)

Slide 17

Slide 17 text

複素フーリエ級数とヒルベルト空間 ● 先ほどの関数   と   を形式的に            と表すこ とにすると、次の関係が成り立つ。(「ブラケット記法」と言う。) ● これは、先の周期境界条件を満たす関数全体は、 を基底とする無限次元の複素ベクトル空間を構成することを意味する。 17

Slide 18

Slide 18 text

複素フーリエ級数とヒルベルト空間 ● このベクトル空間に     の内積を次で定義すると・・・ ●             は、次を満たす正規直交基底になる。 ● これにより、波動関数は、「(大きさ1に規格化された)ヒルベルト空間の 元」とみなすことができる。また、波動関数全体を含むヒルベルト空間を 「状態空間」と呼ぶ。 ⇨ 内積から誘導される距離が完備であるベクトル空間をヒルベルト空間と言う。 18

Slide 19

Slide 19 text

ブラケット記法に関する補足 ● 先ほどの関数   と   を形式的に            と表すこ とにすると・・・・ ・・・というのは、厳密には正しい言い方ではありません。 ● シュレーディンガーは、「物質の状態は波動関数で表される」と考えましたが、その後の議論に見 たように、波動関数はヒルベルト空間の元であることが分かりました。 ● そこで、考え方を改めて、「物質の状態は、抽象的なヒルベルト空間(状態空間)の元で表され る」と考えて、これを量子力学の根本原理とみなします。(古典解析理学では、質点の状態は「相 空間」の点で表されると考えたのと同様ですね。) ● ブラケット記法は、この抽象的な「状態空間」の元を表します。ただし、波動関数全体がなすベク トル空間と状態空間は、同型なベクトル空間なので、波動関数とケットベクトルは、(同型ベクト ル空間の元として)同一視することができます。(具体的な同型写像の取り方は後述) ● ・・・というあたりの厳密性にこだわる方は、波動関数とケットベクトルの間の「=」は、「同型 ベクトル空間の元として同一視する」という意味の記号と解釈してください。 19

Slide 20

Slide 20 text

運動量演算子

Slide 21

Slide 21 text

運動量の固有状態 ● 唐突ですが、信じてください。 ● 先ほどの基底となる関数       は、運動量を観測すると必ず同じ値 が観測される、運動量の固有状態になっている。 ● 一般の状態は、さまざまな運動量の状態が、重み   で混ざっていると考 えられる。 21 の運動量は、必ず      が観測される。 :ディラック定数

Slide 22

Slide 22 text

運動量の固有状態 ● したがって、一般の状態          に対する「運動量の期待値」 は次で計算される。 22

Slide 23

Slide 23 text

運動量の固有状態 ● さらに、次の「運動量演算子」 を用いると、運動量固有状態   から運 動量の値を取り出すことができる。 ● これを用いると、状態  に対する運動量の期待値は、運動量演算子を用い て次のように、ダイレクトに計算できることがわかる。 23

Slide 24

Slide 24 text

座標演算子

Slide 25

Slide 25 text

一般の物理量への拡張 ● 運動量演算子の考え方は、その他の物理量にも拡張できる。 ● 任意の物理量 には、対応する線形演算子 があり、その物理量の値が   に確定した固有状態   は、次の関係を満たす(と信じる。) ● 一般の状態は、固有状態を基底として展開できて、物理量 の期待値が次の ように計算できる。(これは数学的に導出可能。) 25 ⇦ 数学的に言うと「固有ベクトル」

Slide 26

Slide 26 text

● 逆にこれに対応する演算子 を探すと、座標 x の固有状態であることから、 ● 上式が任意の  について成り立つことから、次の結果が得られる。     (単純に x を掛けるという操作をする演算子) 座標演算子 ● 座標 x の固有状態は、(波動関数の確率解釈から)ディ ラックのデルタ関数(の平行移動)と自然に決まった。 26

Slide 27

Slide 27 text

座標演算子 ● 任意の波動関数   は、座標 x の固有状態        を用いて、確 かに展開できる。 ● ブラケット記法に直すと次のように書ける。つまり、波動関数は、座標の固 有状態で展開した時の展開係数とみなすこともできる。 ⇨「波動関数が作るベクトル空間」と「ブラケット記法による抽象的な状態空間」を厳密に区別する立場では、  これ(状態空間の元を位置の固有状態を基底として展開した時の展開係数)が波動関数の定義であり、  (抽象的な)状態空間と、波動関数が構成するベクトル空間の同型写像を与える。 27

Slide 28

Slide 28 text

不確定性原理

Slide 29

Slide 29 text

不確定性原理 ● 運動量の固有状態は、すべての座標が同じ確率で観測される。(座標がまっ たく不確定) 29 ● 逆に、座標の固有状態は、すべての運動 量が同じ確率で観測される。(運動量が まったく不確定) https://gist.github.com/enakai00/d0921f56b968256886d06b462b287b76

Slide 30

Slide 30 text

不確定性原理 ● つまり、運動量と座標が同時に確定した状態(運動量演算子と座標演算子の 同時固有状態)は存在しない。 ● 一般に、2つの物理量   の観測値の分散を     として、任意の状態 に対して、大雑把には、次の関係が成り立つ。 ● 運動量と座標の場合は、次のようになる。 30

Slide 31

Slide 31 text

観測による波動関数の収束 ● 座標値が確定していない状態(例えば、運動量の固有状態)に対して、座標 を観測すると、確率的にある値  が観測されて、それと同時に波動関数 は、座標    の固有状態(デルタ関数)に変化する。 ● 同様に、運動量が確定していない状態(例えば、座標の固有状態)に対し て、運動量を観測すると確率的にある値  が観測されて、それと同時に波 動関数は、運動量    の固有状態に変化する。 ● 他の物理量についても同様。 31

Slide 32

Slide 32 text

演算子の可換性と同時固有状態 ● 一般に、2つの物理量   が可換      であれば、両方の同時固有状 態(の集合)が存在して、それらが状態空間の正規直交基底となる。 ● 証明(線形代数が分かる方向け・・・) ○ 状態空間に任意の正規直交基底(例えば、運動量の固有状態)を入れて、成分表示すると、 線形演算子は、行列で表示できる。この時、線形演算子が可換であることは、対応する行列 が可換があることと同値。可換行列は、あるユニタリ変換(直交変換の複素数版)で同時対 角化できる。このユニタリ変換で基底全体を変換すると、これらは、両方の演算子の同時固 有状態となる。 32

Slide 33

Slide 33 text

ハミルトニアンと シュレーディンガー方程式

Slide 34

Slide 34 text

エネルギー演算子(ハミルトニアン) ● 古典力学(解析力学)では、系のエネルギーは運動量と座標を変数とするハ ミルトニアンで表現された。 ● ハミルトニアンの運動量と座標を演算子に置き換えれば、エネルギーに対応 する演算子が得られるものと自然に考えられる。 34 :量子力学版のハミルトニアン

Slide 35

Slide 35 text

自由粒子 ● 位置エネルギーが存在しない自由粒子の場合、ハミルトニアンは、運動量演 算子と可換。 ● 従って、エネルギーと運動量の同時固有状態が存在。というか、運動量の固 有状態は、そのままエネルギーの固有状態にもなっている。 35

Slide 36

Slide 36 text

波動関数の時間発展 ● 結論から言うと、任意の物理系において、波動関数の時間発展は次の微分方 程式によって決まる。 ● あまりにも唐突なので、これを導く経験的な議論をしておきます。。。 ● 光量子(光の粒子性)に関する実験から、光子のエネルギー E と振動数 f に は、次の関係があることが知られていた。 36 :シュレーディンガー方程式

Slide 37

Slide 37 text

波動関数の時間発展 ● 従って、光子の「波動関数」があるとすれば、次で時間発展するはず。 ● 同じ関係が自由粒子にも当てはまると仮定すると、運動量固有状態(=エネ ルギー固有状態)   の時間発展は次になるはず。 ● これは、次の関係式を満たす。 37 (マイナス符号の理由は後ほど説明)

Slide 38

Slide 38 text

波動関数の時間発展 ● 任意の状態   は、運動量固有状態   を基底として展開できるので、 それぞれの   は、先の時間発展に従うと仮定すると、次が成り立つ。 ● これより、任意の状態について、次の関係が成り立つ。 38

Slide 39

Slide 39 text

自由粒子の波動関数

Slide 40

Slide 40 text

自由粒子の波動関数 ● 運動量の固有状態 ● 各点 x の値は、複素平面上の円を等速回転する。 ● 全体として、運動量方向に平行移動していく。(ネジを真横から見ながら回 転させると、ネジ山が平行移動するのと同じ。) ●     とすると、右に行くほど位相は進んでいる(=左の方が位相が遅れ ている)。時刻が少し進むと、ある点の位相は戻る(=左の位相が自分の場 所にやってくる)ので全体として右に平行移動するように見える。 40

Slide 41

Slide 41 text

自由粒子の波動関数 ● 正の運動量の固有状態のみを重ね合わせた波動関数 ● 波束が広がりながら、全体として正の方向に移動。 ● 時間とともに位置の不確定性が広がる。 41 https://gist.github.com/enakai00/d0921f56b968256886d06b462b287b76

Slide 42

Slide 42 text

自由粒子の波動関数 ● 座標 x の固有状態 ● 全体として左右に波束が広がる。 ● 時間とともに位置の不確定性が広がる。 42 https://gist.github.com/enakai00/d0921f56b968256886d06b462b287b76

Slide 43

Slide 43 text

応用問題(調和振動子)

Slide 44

Slide 44 text

調和振動子 44 ● バネ定数 k のバネに接続された質点には     の力が働くので、対応す る位置エネルギーは ● ハミルトニアンとシュレーディンガー方程式は、 x 0

Slide 45

Slide 45 text

エネルギー固有状態による解法 45 ● エネルギー固有状態を求めれば、任意の状態は、これらを基底として展開で きて、時間発展も自動的に決まる。(シュレーディンガー方程式を直接に解 く必要はない。)

Slide 46

Slide 46 text

エネルギー固有状態による解法 46 ● エネルギー固有状態は、次の2階微分方程式を満たす。 ● 数学的には解法が知られており、無限遠方で 0 になるという境界条件を付 けると、その解はエルミート多項式 を用いて次で表される。

Slide 47

Slide 47 text

エネルギー固有状態による解法 47 ●        に対応する波動関数をグラフに描 くと右図のようになる。(エネルギー固有状態 は、位相を除いて時間変動しない点に注意。) ● それぞれに対応するエネルギー固有値は、 ● 古典的には任意の正のエネルギーを取れたが、量 子系では、離散的なエネルギーのみが存在する。 (エネルギー量子化)

Slide 48

Slide 48 text

古典状態との対応 48 ● 複数のエネルギー固有状態を重ね合わせると、時間的に変動する(左右に移 動する)状態を作ることもできる。 ● 次は、「コヒーレント状態」と呼ばれる有名な重ね合わせ状態で、波束の形 を保ったまま左右に単振動を続ける。(古典的な単振動状態に対応。) (α は任意の複素数) https://gist.github.com/enakai00/d0921f56b968256886d06b462b287b76

Slide 49

Slide 49 text

● 量子力学に従う物質(現象)は、運動量やエネルギーなどの物理量がとびとび の離散値をとることがある。 ● 任意の状態の波動関数は、なんらかの物理量の固有状態(値が確定した状態) の重ね合わせで表現される。 ● エネルギーの固有状態で展開すると時間変動がわかりやすく、特にエネルギー 固有状態は(各点の位相を除いて)状態が変化しない「定常状態」となる。 量子コンピュータへのヒント 49

Slide 50

Slide 50 text

● たとえば、調和振動子の物理系をうまくコントロールして、最低エネルギー状 態(基底状態)とその1つ上の状態(第一励起状態)だけを含むようにする と、その状態は次式で表される。 ● これをブラケット記号で書き直すと・・・・量子ビットが完成! ● 2種類のエネルギー状態を使用することが本質で、量子ビットの作り方には、 さまざまな方法が考えられる。 量子コンピュータへのヒント 50

Slide 51

Slide 51 text

Thank You.