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ぼのたけ 今井健男 2024.1.11 @ RSGT2024

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フリーランスアジャイルコーチ § スクラム導⼊⽀援、プロダクトマネジメント⽀援、 開発組織づくり⽀援 § 現在は主に ログラス にてスクラムマスター ソフトウェア⼯学研究 § 以前、某電機メーカーの研究所にて企業研究者 § 現在、国⽴情報学研究所 にてスクラムの研究 § 本⽇はこのポジションに就いた経緯の話 2024/1/11 2

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1 2024/1/11

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§ もともとソフトウェア⼯学の研究者だった私 は、気まぐれに⾯⽩そうな論⽂を漁っていま した。 § すると、その年のICSE(ソフトウェア⼯学で 世界最⼤のカンファレンス)に1本だけ、 スクラムの論⽂が発表されていました。 § TOSEM(ソフトウェア⼯学分野でトップクラスの 論⽂誌)と同時採択されたものだった § スクラムの研究なんてまともにできっこない、 と従来から思っていた私は、⼤した期待も せずその論⽂を読んでみることにしました。 2024/1/11 4

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§ 私は50ページを超えるその論⽂を読んで衝撃 を受けました。 § その論⽂は、1⼈のアジャイルコーチとして 読んでも⼀分のスキもありませんでした。 § いやむしろ、どの⾏を読んでも納得感しか ありませんでした。 § ただの研究者ではない、明らかにスクラム 実践者が書いた論⽂としか思えませんでした。 2024/1/11 5

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Christiaan Verwijs § オランダ在住のアジャイルコーチ § Scrum.org トレーナー § The Liberators 共同代表 Daniel Russo § デンマーク Aalborg⼤学 准教授 6 2024/1/11 このうち Christiaan Verwijs は、 『ゾンビスクラムサバイバルガイド』の著者の1⼈だった

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§ 論⽂は、スクラムチームが効果的に機能 するために鍵となる5つの要因 (Key Factor)を研究の末に洗い出した、 というものだった § Key Factor のうち4つは、「ゾンビスク ラム」になる4つの症状と対応していた この論⽂は『ゾンビスクラム〜』の理論的 根拠となっていた 7 2024/1/11

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検証⽤のデータを取るため、5つの Key Factorを元に、スクラムチームの効 果性を客観的に評価するWebサービス Columinity を開発していた § 論⽂時点では2000チームが利⽤ § 現在では約9000チームが利⽤している らしい 8 2024/1/11

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つまり、彼らの研究は § 完成された論⽂として学術界でも認められると同時に § Webサービスや書籍という形で実践者向けにも成果が わかりやすく提供されていて 私の知る限り、最も成功したスクラムの学術研究と いえる 9 2024/1/11

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スクラムチームの効果性(team effectiveness)に 寄与する5つの Key Factorと、その間の関係を説明 する理論モデルを発⾒した 11 2024/1/11

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§ この研究における 理論 とは、観測された現象を説明するための概念的 枠組みのこと § 研究の過程で観測された現象は全て説明できないといけない (少なくとも⽭盾しない) § 観測していない現象について説明できるかどうかはわからない § その点で、物理や数学でいう理論とは違う § 分析⽅法や分析者の着眼点によって「説明」のしかたは変わる § 理論に現れない要因が「意味がない」わけではない § 実質的に「モデル」だが、この研究では統計的な裏付けも取っている 12 2024/1/11

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効果性(effectiveness) … ⽬標をどの程度達成するか の度合い 似てるもの: 効率性(efficiency) … ⽬標をどれだけ少ないリソースで達成するか パフォーマンス(performance) … 効果性 + 効率性 + その他もろもろ 13 2024/1/11

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= アウトカムの質に対する期待に チームがどれだけ応えられるか の度合い アウトカムの指標(indicator)として、 チームの⼠気 と ステークホルダーの満⾜度 を置いている 14 2024/1/11

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1. インタビュー と ワークショップ、観察を通じてデータ収集 o 2014〜2019年の6年間に渡って、13チームを対象に o 最初のワークショップ以降は2ヶ⽉〜1年の間、週1回以上オフィスに 滞在 o 観察によるフィールドノートは155ページに 2024/1/11 15

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2. 質的分析(ジオイア法)を使ってKey Factorの洗い出し、 仮説モデルを作成 2024/1/11 16 1次:観察とコンセプト 2次:テーマ Key Factor スプリントプランニング中にそのスプ リントで何をやるか考えているため、 ⻑引く傾向にある リファインメント 反応性 スプリントで必ず1つはリリース可能 なインクリメントを⽣み出している リリース頻度 反応性 要らなくなったPBIをチームで頻繁に 捨てている 価値への集中 ステークホルダーへ の関⼼

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3. 2で分析したモデルを元に、ア ンケート調査に基づいてチー ムを評価するWebサービス (現 Columinity)を構築 o 最終的に、合計およそ2000チー ムから統計データを収集 2024/1/11 17 https://medium.com/the-liberators/a-guide-on-how-to-improve- your-team-with-columinity-606fc9bf455d から引⽤

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4. 構造⽅程式モデリング (SEM)を使って仮説モ デルを検証、理論モデル を構築 2024/1/11 18 論⽂ Fig. 6 から引⽤

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19 チームの 効果性 ステーク ホルダー への関⼼ 反応性 継続的改 善 チームの ⾃律性 マネジメン トの⽀援 チーム の⼠気 ステーク ホルダー 満⾜度 2024/1/11

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20 • ステークホルダーに対して頻繁に リリースするチームはより効果的 • モチベーションへの効果も⼤きい 先⾏研究 [25, 74, 77] と⼀致 チームの 効果性 ステーク ホルダー への関⼼ 反応性 継続的改 善 チームの ⾃律性 マネジメン トの⽀援 チーム の⼠気 ステーク ホルダー 満⾜度 2024/1/11

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21 チームの 効果性 ステーク ホルダー への関⼼ 反応性 継続的改 善 チームの ⾃律性 マネジメン トの⽀援 チーム の⼠気 ステーク ホルダー 満⾜度 2024/1/11 • 反応性だけでは不⼗分で、 リリースに価値を乗せないとい けない • スプリントレビューからの フィードバック、ゴールの共有、 価値への集中 が重要 • チームの効果性にもダイレクト に効く 先⾏研究 [152] と⼀致

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22 チームの 効果性 ステーク ホルダー への関⼼ 反応性 継続的改 善 チームの ⾃律性 マネジメン トの⽀援 チーム の⼠気 ステーク ホルダー 満⾜度 • 反応性、ステークホルダーへの関⼼ の2つに影響 • 特に反応性への影響が強い • 「チームの学習能⼒が⾼い」とも⾔ い換えられる • チーム/組織の境界をまたぐときに特 に効果的 [36, 78] 先⾏研究 [143] に⼀致 2024/1/11

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23 チームの 効果性 ステーク ホルダー への関⼼ 反応性 継続的改 善 チームの ⾃律性 マネジメン トの⽀援 チーム の⼠気 ステーク ホルダー 満⾜度 • 継続的改善とステークホルダーへの 関⼼ の先⾏条件 • 反応性への影響 … ⾃律的なチーム ほど⾃分たちの開発にオーナーシッ プを持つ [76] • チームの効果性を改善したければ、 ⾃律性向上に投資すべき [40, 104, 107, 109, 110]

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§ ステークホルダーへの関⼼ への直接の影響は 確認できなかった § 何を作るべきかを決める権限をPOが持つチーム と、持てないチームが確認できた § POがそういった権限を持つと、チームが ステークホルダーへの関⼼を持つようになる の では、と予想したが、⽀持されなかった § これは、 § What の意思決定能⼒(”product mandate”) と § How の意思決定能⼒(⾃⼰管理) が互いに独⽴しているからでは § しかし、これを裏付ける⽂献は⾒つからな かった 2024/1/11 24

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§ Moeらの先⾏研究 § ゴールの共有、ビジョンの共有が⾃律性 向上に効果的 [107] § 「スペシャリストの⽂化」は⾃律性を阻 害する[109] 2024/1/11 25

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26 チームの 効果性 ステーク ホルダー への関⼼ 反応性 継続的改 善 チームの ⾃律性 マネジメン トの⽀援 チーム の⼠気 ステーク ホルダー 満⾜度 『ゾンビスクラム〜』に含まれない factor • ⾃律性、継続的改善、ステークホ ルダーへの関⼼ に間接的に影響 • チームの制約を取り除くこと に貢献 • 特に⾃律性、および POの質や 権限に⼤きく影響 • 境界コントロールの好例 2024/1/11

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3 2024/1/11

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§ Verwijs&Russo が研究の過程で作ってし まった、Liberators の Webサービス § スクラムチームの効果性とKey Factorを アンケート調査を元に評価できる § 詳細は “Columinity” で検索 § もしくはMedium “A Guide On How To Improve Your Team With Columinity” で § https://medium.com/the-liberators/a-guide-on-how-to- improve-your-team-with-columinity-606fc9bf455d § 右の図もこちらから引⽤ 2024/1/11 28

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現実の世界 2024/1/11 29 ② 現状の課題を考える ③ ⽬指すべき⽬標を ⽴てる ① 観測してみる ④ ⽬標に向かって がんばる ⑤ nヶ⽉後に もっかい観測してみる as is 単純化された世界

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§ ふりかえりの材料に使う § 定期的に測って⾃分たちを定点観測する 2024/1/11 30

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§ いわゆる開発⽣産性(ベロシティ、Four Keys、etc.)も しばしばチームの効果性の⼀部とみなされる § そして、そういった指標を上⼿く使えていない、 あるいは誤⽤しているチームがとても多い 重要なのは、道具を使いこなすリテラシーを ちゃんと⾝につけること 2024/1/11 31

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私とこの論文の出会い の続き 論⽂の凄さに感動した私は、2⼈にメールを送った 「私はもともと研究者ですが、スクラムの知識体系を 科学的な形で⼀般化することはできないと思い込んで いました。 でも、貴⽅達は私の先⼊観をぶち壊してくれました。 この論⽂を読んで、元ソフトウェア⼯学研究者とし て、⾃分⾃⾝のスクラムに関する知識も科学的に確か めてみたいと強く思いました。」 33 2024/1/11

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そのメールの続きに私⾃⾝のアイデアを つらつらと書いて送ったら、 「え、めっちゃオモロイやん。 やろうぜやろうぜ」(意訳) と、2⼈からノリノリの返事が返ってきた。 その結果、私は研究職に復帰することに して、アジャイルコーチの合間に研究を していくことにした。 2024/1/11 34

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§ Verwijs&Russo論⽂では「ステークホルダー」の区別はない § でも、ひとくちにステークホルダーって⾔っても⾊々いるので は? § ユーザー、顧客、社内のビジネス部⾨、経営層、株主、etc. § いずれも考えることやチームに求めることは異なる § たとえば、同じ社内でのビジネス部⾨と開発部⾨との関係や パワーバランスは多種多様であり、それらの関係がトータルの 効果性に影響しているはず 2024/1/11 35

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ビジネス部⾨にプロダクトマネージャーがいる場合、 開発部⾨のスクラムチームはどう連携するのが 最適なの? 2024/1/11 36

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プロダクトマネージャーとスクラムチームって どういう関係を結べばいいの? 2024/1/11 37

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プロダクトマネージャー(PdM)と スクラムチームの歪な関係 §スクラムチームには、プロダクトオーナー(PO)が いる §スクラムガイドでは § プロダクトオーナーは、スクラムチームから⽣み出されるプロダク トの価値を最⼤化することの結果に責任を持つ。 § プロダクトオーナーをうまく機能させるには、組織全体でプロダク トオーナーの決定を尊重しなければならない。 § プロダクトオーナーは1⼈の⼈間であり、委員会ではない 38 2024/1/11

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しかし実際のところ § POとは別にPdMがいるケースも多い §チーム外のビジネス部⾨にいることも、チーム内にいるこ ともある §複数いたり、独⽴したチームを作っていたりする ……スクラムガイドの要請とは実質的に⽭盾しない? 39 2024/1/11

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§ [Toikkanen+ 2023] では、POがPdMとどういう関係にあるのか実態調査 § 結果、ほぼ企業依存、コンテクスト依存だった 1. 社内ユーザー向けのプロダクトで、POのビジネスへの関与が限定的 2. POがPdMを兼ねる「なんでも屋」になる 3. POはあくまで開発のリーダーで、チーム外のPdM組織とチームとの仲介役になって いる 4. SAFeを採⽤している組織では、PdMがプログラムバックログを作成し、POはそれを 受け取る⽴場 5. SaaSを展開する企業ではPOの役割はむしろPdM的 [Toikkanen+ 2023] Toikkanen, T., Hyrynsalmi, S., & Paasivaara, M. (2023). How does the role of a Product Owner relate to the role of a Software Product Manager? https://doi.org/10.18420/ICSPM2023-007 40 2024/1/11

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§ ISPMA Framework § 「開発」は、PdMが担う7領 域の1つ § つまり、PdMとPOでやるべ きタスクが重複 § [Kittlaus 2012]は、PdMがPOを 兼務することは、プロダクト マネジメント上問題があると 指摘 § POのチーム運営上の責任が PdMが戦略的責任を果たす 時間を奪う可能性 § 特に⼤規模な開発では、PO とPdMは分業すべき、と ⾔われている 2024/1/11 41 [Kittlaus 2012] Kittlaus, H. B. (2012). Software Product Management and Agile Software Development: Conflicts and Solutions. Management for Professionals, Part F393, 83–96. https://doi.org/10.1007/978-3-642-31371-4_5/FIGURES/4

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§ ステークホルダーへの関⼼ において、チームがステークホルダー のニーズを正確に理解するためにPOは重要な役割を果たす § チームの⾃律性 に関連して、POが司るWhatに関する意思決定 は、チームのHowに関する意思決定と独⽴して存在する ……と考察されていた しかしこれらは、PdMが別にいる組織ではむしろPdMが ⼤きな役割を果たすのでは? 42 2024/1/11

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§ PdMとの関係の評価なくして、POが効果的に振る舞えているか 評価をすることは実際には難しいのでは? § ⾔い換えると、PdMとスクラムチームの関係はチームの効果性 に⼤きな影響を及ぼすのではないか? 以上の観点で、Verwijs&Russo論⽂ の理論モデルをPdMを考慮し たものに拡張、あるいは修正する という研究を今進めています 43 2024/1/11

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タケオさんがこのセッションの中で私に⼀⾔話すよう声 をかけてくれました。機会をもらえてとても感謝していま す。 というのも、タケオ=サンは、私たちの業界にもっともっ と必要なものの素晴らしい⾒本だからです。 つまり、科学的研究です。 私たちが科学的研究を⽤いて、思い込みや信念が実際に 科学の精査に耐えられるかどうかをテストすることは、と ても重要なことだと思います。 私たちのコミュニティでは時として、オピニオンリー ダーの意⾒や個⼈的な好み、あるいは単なる直感に頼りす ぎてしまうことがあると思います。 そして、私たちは顧客や、⼀緒に仕事をしているチーム に対して、より良い結果を出す義務があると思います。 科学的な⽅法は、それを可能にします。それは確かに難 しいことですが、だからこそ、タケオさんのような研究者 が必要なのです。 このタケオさんのセッションは、私たちの分野において 科学的⼿法がいかに有益であるかを⽰す、ひとつの明確な 例を⽰しています。 そして、タケオさんや他の研究者と同じように、Daniel Russo教授と私も科学的な研究をさらに発表していくつも りです。 私たちの⽬的は、ただフレームワークや⽅法論を語るこ とから⼀歩進んで、実際に何がより効果的で、何がそうで ないのかを発⾒することです。 そしてそれが、私たちの今後のロードマップとなるで しょう。 あなたにとってRSGTが素晴らしいものになりますように。 私もいつか⽇本を訪れたいし、そうなることを願っていま す。では、また。 2024/1/11 45 ※ 当⽇流したビデオメッセージの字幕から⼀部を省略したものです

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科学における経験主義的アプローチのこと。 実践と観察を通じて得られたデータやエビデンスを元 に事実を実証していくアプローチ。 2024/1/11 46

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私は、スクラムがもっと「エンピリカル」 になると良いなと思っています。

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