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クィアアライとしての ベンタムと功利主義 北海道大学情報科学院D3 竹下昌志 2024年12月7日 @ロボット・AIのELSI研究会シリーズ 第2回「ソーシャル・エージェントとフィクトセクシュアルをめぐる状況についての報告と議論」

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目次 ● 自己・倫理学・功利主義の紹介 ● ベンタムの同性愛行為擁護論 ● 功利主義と快楽主義から抑圧的規範への含意 2

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自己紹介 研究分野:自然言語処理(AI)、倫理学(主に応用倫理) AI研究: ● AIの社会的バイアス(ジェンダー、種差別バイアスなど)の分析 ● AIへの道徳の実装 倫理学研究: ● AI倫理・AI哲学 ○ AIの哲学的直観、AIによる道徳的エンハンスメントの倫理など ● 動物倫理 ○ 非ヒト動物の道徳的地位、ヴィーガニズム、動物性愛行為の是非など ● 功利主義の応用的研究:効果的利他主義など 3

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倫理学:道徳的に正しい・間違っている理由を探求 4 功利主義 義務論 徳倫理 行為が 道徳規範に 反する なぜ人を殴ることは 道徳的に間違っているか? 行為者が 悪徳である 苦痛を 増やした

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功利主義とジェレミー・ベンタム Jeremy Bentham (1748-1832) 功利主義の提唱者 功利主義(最大幸福原理): あることが正しいのは、 それが社会全体の幸福を最大化する ときかつそのときに限る 5 https://x.com/ucl/status/1493 638936878534662

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功利主義へのよくある批判:多数のための少数の犠牲 6 功利主義者(?)「多数を救うためなら少数を犠牲にしてもいい」 マイノリティ(少数派)を抑圧?

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ケーススタディ:ベンタムの同性愛行為擁護論 当時のイングランド(英国):男性同士の同性愛行為→死刑 他の哲学者(モンテスキュー、ヴォルテール等)は同性愛行為を批判 ベンタムは功利主義的観点から同性愛行為を擁護 本発表の目標: 1. ベンタムの同性愛行為擁護論を紹介 2. 現代のクィアを巡る議論への倫理的含意を提示 7

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目次 ● 自己紹介・倫理学・功利主義の紹介 ● ベンタムの同性愛行為擁護論 ● 功利主義と快楽主義から抑圧的規範への含意 8

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ベンタムの同性愛行為擁護論:議論の概要 三つの指摘(児玉 2004, 6章; Boralevi 1984, ch. 3) 1. 同性愛行為の危害のなさ・快楽の存在の指摘 a. 同性愛行為の性質の分析 2. 同性愛行為に対する既存の批判への反論 3. 偏見の起源・反感への指摘 同性愛行為=同意のある同性間での性行為 9

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ベンタムの同性愛行為擁護論 1:同性愛行為の危害のなさの指摘 ● 一次的危害:特定個人への危害はない(Bentham 1978a, p. 390=1994, p. 32) ○ 同意がある場合、互いに危害をなしてない。 ○ むしろ快楽を増やしてる ● 二次的危害:社会への危害もない(Bentham 1978a, p. 390=1994, p. 32) ○ 不安という苦痛を生み出さない。恐れるようなものはない。 ○ 犯罪の可能性も高めない 10

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例:ヴォルテール「人口に悪影響」「人類は滅びる」「自然に矛盾」 11 ベンタムの同性愛行為擁護論 2:既存批判への反論 ベンタムの反論 ● 同性愛行為の合法化は、異性愛行為を禁止しない (Bentham 1978a, p. 396=1994, p. 44) ● 歴史上、そんな事例はない (Bentham 1978a, p. 396f.=1994, pp. 45f.) ● 仮に人口に悪影響でも、人口過剰なときには有益 (Bentham 2014, p. 25) ○ マルサスの人口論からの影響 (Boralevi 1984, pp. 48f.)

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なぜ反対するのか→反感(antipathy) (Bentham 1978b, p. 94=1994, p. 68) 反感を感じる理由 (Boralevi 1984, p. 55) 1. 肉体的反感→倫理的反感 2. 禁欲主義 3. 宗教 4. 快楽への嫌悪 5. 徳の称賛を得られる 6. 「不自然」「不純」といった用語による混同 12 偏見由来の反感を持つ者はどうすべきか? ベンタムの同性愛行為擁護論 3:偏見の起源・反感への指摘

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あなたは次のように答えるかもしれない。「私は自分の心のうちで、ある 行為を道徳的な見地から嫌悪するという傾向を感じている。(…)」 (…)私は次のように語るだろう。「(…)あなたが言葉や行為によって他 人がそのような行為をすることを妨げたり、そのような行為をした他人 に苦しみを与えたりするならば、正しくない振舞いをしたのはあなたで あり、そうした行為をした他人ではない。(…)どうしても自分と他人の意 見が一致しなければ満足できないというのであれば、あなたは自分の反 感を克服しなければならないのであって、他人にそのような反感を受け 入れさせようとすべきではないのである」(IPML邦訳上, 2022, pp. 74f.) 13

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ベンタムの議論のまとめ・考察 ベンタムの主張 1. 同性愛行為に有害さはない a. 同性愛行為は一次的・二次的危害を生じない i. むしろ快楽を生み出す b. 同性愛行為に対する批判はすべて根拠がない 2. 偏見の起源への指摘→反感に起因する 3. 反感を克服すべきである なぜ当時にこのような主張ができたのか?→功利主義と快楽主義 14

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目次 ● 自己紹介・倫理学・功利主義の紹介 ● ベンタムの同性愛行為擁護論 ● 功利主義と快楽主義から抑圧的規範への含意 15

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快楽主義:いかなる快楽にも等しく価値を認める ベンタムの観察: ● 立法者の嗜好由来の反感が刑法に反映(Shanafelt 2022) ● 嗜好に対する判断は偏見から逃れられない(Quinn 2017) ○ 「普通じゃない」嗜好に基づく快楽の価値を貶める ○ 誰かの快楽に対して不快に感じる→反感 16 Quinn, M. (2017). Jeremy Bentham on liberty of taste. History of European Ideas, 43(6), 614-627. 竹下昌志. (2023). 「人間とAI・ロボットの親密な関係の価値を擁護できるか?」. 『人工知能学会全国大会論文集 第 37 回 (2023)』. 一般社団法人 人工知能学会. 快楽主義:すべての快楽は等しく価値がある(竹下 2023) →嗜好の自由(liberty of taste)(Quinn 2017)

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功利主義:直観に反することを恐れない ベンタム:反感(=反直観)を批判 現代功利主義者:ピーター・シンガー 1. 自国の人に限定しない、 異なる国の人々への義務(Singer 1972) 2. 人間に限定しない、 非ヒト動物への義務(Singer 1975) 現代功利主義者も人々の反感を批判 17 https://www.petersinger.info/

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功利主義・快楽主義から、抑圧的規範に関する含意 「常識」「自然」「正常」は、道徳的正しさ・価値を示さない 18 非 常 識 不 自 然 異 常 大衆の反感→抑圧的規範

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非 常 識 不 自 然 異 常 大衆の反感→抑圧的規範 功利主義・快楽主義から、抑圧的規範に関する含意 「常識」「自然」「正常」は、道徳的正しさ・価値を示さない 19 反感を 克服せよ! 特定の嗜好・セクシュアリティを非難・排除する 抑圧的規範への抵抗を正当化

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結論 ベンタムの同性愛行為擁護論: ● 同性愛行為の危害のなさ、快楽の増進を指摘 ● 同性愛行為への偏見・反感を指摘、批判 現代功利主義・快楽主義: ● 嗜好の善し悪しを決める抑圧的規範を批判 ● 大衆の共感・反感を批判 変則的な(irregular)嗜好・セクシュアリティの排除を批判 20

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ベンタムの同性愛行為擁護論:一次文献 21 『性的変則性について、および 性道徳に関する他の著作』(2014) 「自己にそむく違反、男色」(1974ab) 土屋・富山(編) (1994) 『ホモセクシュ アリティ』 所収 前期(18世紀末) 後期(19世紀初頭) IPML 前期の著作

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ベンタムの同性愛行為擁護論:二次文献 22 Boralevi (1984) 『ベンタムと被抑圧者』 土屋 (2012) 『怪物ベンサム』 Shanafelt (2022) 『非常識:ジェレミー・ ベンタム、クィア美学、 そして嗜好の政治』 児玉 (2004) 「第6章 功利主義と世論 ―ベ ンタムの同性愛寛容論―」

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補足:ベンタムを読む場合の注意点:自慰行為について ベンタムは自慰行為を結構強く批判してる 「すべての異常性欲のうち、議論の余地なく最も有害なのは、(…)人 が自分ひとりで犯す種類の淫らな行為のことである。」(Bentham 邦訳 1994, p. 83) 安藤(2024, p. 68)によれば、18〜19世紀にかけて、自慰行為の 医学的有害性が指摘されており、ベンタムはそれに影響を受けてい る。ベンタムが今の科学と医学に触れればおそらく撤回しただろう (し私としても積極的に肯定したい)が、読まれる際は注意。 23 安藤馨. (2024). 「ベンタムとジェンダー」. 『法と文化の制度史【第5号】』. 至誠堂書店. pp. 51-73.