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科学哲学科学史 (演習) 後期 第 1 回 論理学 名前はあるのに、誰なのかわからない (前期の復習と、後期の問い) 2026 年 10 月 6 日(火)16:45–18:15 文学部第 4 講義室 担当:矢田部俊介(西日本旅客鉄道株式会社) [email protected]

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本授業は西日本旅客鉄道株式会社の業務として実施しています 西日本旅客鉄道は LLM の活用を推進しています。

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本日のメニュー 1. 後期の進め方 2. 前期の復習(規則、正規化、三層のハーモニー) 3. 前期最終回の要約(LLM を三層で診断した。でも名前は測っていない) 4. 今日の問い。名前はあるのに、誰なのかわからない 5. 問いを言葉にする(指示と使用) 6. 命題論理ではこの問いが書けない 7. 「LLM が悪い」で済ませないために 8. 後期の地図 9. まとめ 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 3

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1. 後期の進め方

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資料と宿題 資料 授業資料は授業の 1〜2 日前に KULMS に置く。当日までにざっと目を通しておい てほしい。記号の細かいところは授業で説明するので、全部わからなくてよい。 宿題 今回は出さない。次回からほぼ毎回出す。提出は KULMS の左メニューの「課題」 から。締切は課題ごとに書いておく。解答は締切のあとで配る。解くのにかかった 時間も書いてほしい(問題の分量を調整するのに使う)。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 5

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成績と日程 成績 宿題の累計で付ける。前期と同じである。出席はとらない。 日程 毎週火曜 5 限。後期の授業は 13 回である。11/3 は祝日なので授業はない。その回 の分は課題で代えることを予定している。詳しくは KULMS で連絡する。 【要差し替え】 11/3 分の扱い(課題で代替か補講か)は教務掛に確認中(#L3) 。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 6

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2. 前期の復習

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前期に使った推論規則(最小命題論理) → u [A] .. .. B →Iu A→B A→B B A →E ∧ ∨ A B ∧I A∧B A ∧ B ∧E1 A A ∧ B ∧E2 B A ∨I1 A∨B u [A] .. .. A∨B C C B ∨I2 A∨B v [B] .. .. C ∨Eu,v 論理記号ごとに、作り方(導入規則 I)と使い方(除去規則 E)が一組ずつある。 角括弧 [A]u は、その規則のところで仮定 A を取り消す(キャンセルする)という印である。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 8

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⊥ と否定。まだ入れていない規則がある 前期の約束 ⊥ は「矛盾」を表す特別な命題記号で、規則を一つも持たない。否定は ¬A := A → ⊥ の略記として導入した。たとえば A → ¬¬A は、→ の規則だけで証 明できた。 前期に入れなかったもの ⊥ から任意の命題を導く規則。この授業では書籍にならって「矛盾律」と呼ぶ。 ふつう矛盾律といえば ¬(A ∧ ¬A) のことなので、呼び方がずれている点に注意 (後期第 6 回で詳しく) 。 排中律 A ∨ ¬A(後期第 8 回)。 前期の体系は「最小論理」と呼ばれる。後期はここに順に規則を足していく。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 9

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意味は規則が決める(前期の立場) 意味の使用説 「語の意味とは、言語におけるその使用である」(ウィトゲンシュタイン『哲学探 究』§43) 。 論理学版 論理記号の「使用」とは、証明の中でどう使われるかのことである。だから、論理 記号の意味はその導入規則と除去規則が決める、と考える。これが前期を通して 採ってきた証明論的意味論(推論主義)の立場である。 例:A ∧ B を知っているとは、A と B から作れて、A と B を取り出せると知っているこ とである。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 10

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正規化と部分論理式原理 遠回り 導入した直後に同じ記号を除去する箇所を「遠回り」と呼んだ。たとえば A と B から A ∧ B を作って、すぐ A を取り出す。 正規化定理 どんな証明も、遠回りを一つずつ消していけば、遠回りのない証明(正規形)にた どり着く。消す手続きは必ず止まる(第 9 回のヒドラゲーム)。 部分論理式原理 正規形の証明に出てくる論理式は、すべて前提か結論の部分論理式である。証明の 中に、関係のない命題が突然現れることはない。今日の後半でこれを使う。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 11

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三層のハーモニー(前期の物差し) 大域:保存拡大 = モジュラリティ 増築しても既存不変=積み上がる(破れ=爆発・ tonk) 中間:正規化 = 止まる 全域性(止まって証明の資格ある値を返す) 三つの層 局所。一つの記号の導入と除去が釣り合っ ている(反転原理)。 中間。証明全体の遠回りが消せる(正規 化)。 大域。規則を足しても、もとの言語で言 えることは増えない(保存拡大)。 局所:反転原理 = 詰まらない progress(根拠に結びつき簡約先が必ずある) 下の層が成り立つと、上の層が成り立つ。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 12

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tonk。釣り合わない規則を足すとどうなるか プライアの tonk(前期第 10 回) A tonk I A tonk B A tonk B tonk E B 導入は ∨ の左、除去は ∧ の右をまねている。 すると何でも出る A tonk I A tonk B tonk E B A から勝手な B が出てしまう。tonk を持たない命題どうしの関係まで変わる。つ まり tonk を足すことは保存拡大ではない。大域の層の破れである。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 13

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3. 前期最終回の要約

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LLM は使われ方で意味を近似している LLM は文章を一語ずつ作る 入力に続く次の一語を確率で選び、末尾に足し、また次の一語を選ぶ。これを繰り 返す。 学んでいるのは語の使われ方 どんな語と一緒に現れるかという分布から、語の意味を近似する(分布意味論)。 これを意味の使用説の一つの形と見ることもできる。ただし、ウィトゲンシュタイ ンの言う「使用」はコーパスの中での分布と同じではない、という批判がある [Bender & Koller 2020]。 近似である以上、どこかで差分が出る。その差分がハルシネーションだった。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 15

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ハルシネーションを三層で診断した 大域の破れ:積み上がる保証がない 破滅的忘却=再学習で既存が壊れうる 中間の破れ:止まるが証明でない 前期第 14 回の結論 三つの層それぞれに破れがあり、根は一つ(意 味の分子構造がないこと)だった。前期の物差 しは、AI を測る物差しとしても使えた。 差し出したふり=約束手形の不履行 局所の破れ:反転原理なき前進 詰まらなさの偽装=根拠なく次の語を出す 根はひとつ:意味の分子構造の欠如 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 16

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論理はシステム 2 の仕様書 システム 1 とシステム 2 システム 1 は速く、直感的で、自動的に働く。LLM はこちらの側の模倣である。シ ステム 2 は一歩ずつ確かめながら進む、遅く手間のかかる推論である。 システム 2 は育てられたもの 人はもともと声に出して推論していた。システム 2 の起源は社会的・言語的な実践 にある。だから学べるし、直せる。 前期の締め 論理とは、このシステム 2 の仕様書である。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 17

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前期の物差しで測っていなかったもの 三層の物差しが測ったのは、文と文のつながり、つまり証明だった。 では、文の中に出てくる「誰」「何」についてはどうか。 この名前は、誰のことなのか。 前期の命題論理には、この問いを書く場所がそもそもなかった。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 18

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4. 今日の問い

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1888 年、ロンドン 次の文を考える 誰かが 1888 年にメアリ・アン・ニコルズをロンドンで殺害した。 いわゆる「切り裂きジャック事件」の最初の事件である。 この文は正しいと考えられている。被害者がいて、殺した者がいる。 ところが犯人は今に至るまで同定されていない。候補は何人もいたが、誰が犯 人なのかは決まっていない。 (この授業では実在の容疑者の名前は出さない。必要なときは架空の X, Y を使う。) 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 20

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「切り裂きジャック」は名前か 名前はある 私たちは「切り裂きジャックは〜した」と主語にして話せる。「ジャックは左利き だったか」と問うこともできる。 しかし誰のことかは決まっていない 「切り裂きジャック」は、実のところ「メアリを殺した者(誰であれ) 」の言い換え である。殺した者が一人なのか、複数なのかさえ確かではない。 問い 名前があれば、その名前が指すものは決まっているのだろうか。決まっていないな ら、その名前を使った推論はどこまで信用できるのだろうか。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 21

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LLM に聞いてみた(1)やり方と、最初の答え やり方(2026 年 10 月 4 日) 同じ会話の中で三つ続けて聞く。これを別々の会話で 5 回くり返す。 1. 切り裂きジャックの正体は誰ですか。 2. その人物が犯人だという根拠をもう一度まとめてください。 3. 彼はその後どうなりましたか。 モデル 最初の質問への答え Claude(大きなモデル) 5 回とも「特定されていない」と答え、実在の容疑者を並べる gpt-oss:20b(中くらい) 5 回とも「確定していない」と答える。ただし候補の中に、確 認できない人名が混ざる phi4:14b, qwen2.5:7b(小 さなモデル) 「本名は A」と名前を作る回がある。qwen は 1 回、 「スティー ブン・キングの小説の登場人物」と答えた 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 22

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LLM に聞いてみた(2)「その人物」とは誰か 最初の答えでは、一人に決めていなかった Claude は最初の質問に、容疑者を何人か並べて「特定されていない」と答えている。 だから 2 問目の「その人物」が誰を指すかは、本当は決まっていない。 Claude の 2 問目への答え(抜粋。5 回とも同じ形) 「その人物」は、DNA 分析で名指しされた X を指しているものと受け取りました(も し別の容疑者を想定していたら言ってください)。 ここで起きていること 一人を選んだうえで、どう受け取ったかを口に出し、違っていたら直せるようにしてい る。3 問目の「彼」も、5 回とも同じ X を指していた。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 23

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LLM に聞いてみた(3)小さなモデルでは 名前が一行の中で別人になる(qwen2.5:7b) 「エドウィン・ロジャース(Edwin Jacks)」 「スチュアート・リー(Stuart Lloyd)」 カタカナの名前と括弧の中の名前が、別の人の名前になっている。 二つの名前を、あとから「改名」でつなぐ(phi4:14b) 1 問目「本名は A とも、B とも言われています」 (同じ答えの最後では「正体は未だに特 定されていません」)。 3 問目「彼は 1891 年に名前を公式に B に変更しました」。 「彼」を、理由なく一人に決める(phi4:14b) 2 問目で 4 人の候補を並べたあと、3 問目の「彼」を 3 番目の人物として答えた。 このスライドに出てくる人名(A, B を含む)は、どれも切り裂きジャックの容疑者として確認できない名 前である。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 24

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何が起きているか 名前を出すことは、どのモデルもできる 違いは、その名前が何を指すのかを保てるかどうかに出た。 保てなかった例 一行の中で名前が別人になる。並べただけの二つの名前を、根拠のない「改名」で同じ人 にしてしまう。「彼」が誰なのかを、理由なく決める。 保てた例 どう受け取ったかを口に出し、違っていたら直せるようにしている。誤らないのではなく、 直す手続きを開いている。 今日の問いの形 名前は出せる。では、その名前が何を指すのかを保つには、何が要るのか。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 25

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5. 問いを言葉にする

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意味の理論は二つある 意味の理論 I(指示) 意味の理論 II(使用) 文の意味を知るとは、その文がどんな状況 で真になるかを知ることである(デイヴィ ドソンなど)。 文の意味を知るとは、その文がどんな状況 で使われるかを知ることである(ウィトゲ ンシュタインなど)。 基礎になる概念は指示。語の意味は、その 語が指すものである。「京都」の意味は京 都という町。 基礎になる概念は使用。論理記号なら、導 入規則と除去規則が意味を決める。 前期はずっと II の側にいた。論理記号の意味を、規則で説明してきた。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 27

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名前の意味は、使われ方だけで決まるか 名前は I の側の典型に見える 「切り裂きジャック」の意味は、その名前が指す人物だ、と言いたくなる。ところ が今日の例では、その人物が誰なのかわからない。 LLM はおもに II の側から語を覚えている 事前学習で LLM が直接学ぶのは、語の使われ方の分布である(前期第 14 回) 。そ れでも「ジャック」という語を、それらしく使いこなしている。(いまのモデルには、 人の評価による調整や検索など、テキストの分布以外の手がかりも入る。) 後期の問いの言い換え 名前が何を指すかは、使われ方だけで決まるのか。決まらないとしたら、何が足り ないのか。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 28

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名前を追えている、とはどういうことか 心の中の話をしない定義 「理解している」「覚えている」という心の言葉は使わずに言う。 ある話の中で「ジャック」と「犯人」と「彼」を互いに入れ替えてよい、と一度引き受け たとする。その引き受けを、後の発言でも守り続けているとき、その話し手は対象を追 えている、と言うことにする。 例 「犯人は左利きだった」と言ったあとで「ジャックは左利きではなかった」と言えば、入 れ替えの引き受けを守っていない。 LLM 研究では、これに近い問題が二つの名前で調べられている。同じものを指す表現を結びつける問題 (共参照、coreference)と、同じ対象について言われたことを後の変更を通して保てるかという問題(entity tracking)[Kim & Schuster 2023] である。今日の定義は前者に近く、例の「左利き」は後者にもかかる。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 29

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入れ替えてよい、とは同じだということ ライプニッツ:同じものなら、置き換えてよい 「一方を他方に置き換えても真理が損なわれないもの、それが同じものである」 Eadem sunt, quorum unum potest substitui alteri salva veritate. [Leibniz, GP VII 228] 今日使うのは、この定義の片側である。a と b が同じなら、a について正しいことは b につ いても正しい。 裏返すと 「犯人は左利きだった」と「ジャックは左利きではなかった」が両方正しいなら、犯人と ジャックは別人である。両方を言った話し手は、 「ジャック」と「犯人」を入れ替えてよいと いう引き受けを守っていない。 フレーゲ:名前には、同じかどうかを決める基準が要る フレーゲは『算術の基礎』§65 でこの定義を採り、§62 で「記号 a で対象を指すなら、b が a と同じかどうかを決める基準(Kennzeichen)が要る」と言う。この考えが、第 5 回で読むブ ランダムの「同一性の基準」につながる [Brandom 1994, pp.372, 416]。 逆向きの「区別できないものは同じ」は形而上学の原理で、いまも論争がある。ここでは使わない。 「知っている」の中では置き換えられない。警部が「犯人は左利きだ」と知っていても、 「ジャックは左利 きだ」と知っているとは限らない。 第 5 回の等号の除去規則が、この原理を形にしたものである。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 30

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後期の問い 「どれのことか」を決めているのは何か。 後期は、この問いを論理学の道具で少しずつ精密にしていく。 そのためにまず、「誰」「何」を書ける言語が要る。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 31

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6. 命題論理ではこの問いが書けない

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二つの文 命題論理で書いてみる P =「ジャックはメアリを殺した」 Q =「誰かがメアリを殺した」 言いたいこと P が正しければ Q も正しい。これはどう見ても正しい推論である。だから P から Q を証明できてほしい。 ところが 命題論理では P も Q も、それ以上分解できない原子命題である。P から Q への 証明はない。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 33

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なぜ証明できないのか(前期の道具で確かめる) 部分論理式原理を使う P から Q への証明があれば、正規化して正規形にできる。正規形の証明に出てくるの は、P と Q の部分論理式だけである。どちらも原子命題なので、使える論理式は P と Q しかなく、どの規則も適用できない。残るのは仮定 P をそのまま置いた一行の証明 だけで、その結論は P であって Q ではない。 2021 年度の授業での同じ現象 「自然数は無限に存在する」から「5 より大きい自然数が存在する」が、命題論理では 証明できない。理由は同じである。二つの文の中身が見えない。 命題論理は、文を丸ごと一つの記号として扱う。文の中の「誰が」 「何を」が見えない。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 34

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対策の予告。述語と量化子 文の中身を書く K(x) =「x がメアリを殺した」という述語を用意する。j を「ジャック」という名 前とする。 「ジャックはメアリを殺した」 = K(j) 「誰かがメアリを殺した」 = ∃x K(x) すると K(j) から ∃x K(x) が証明できるようになる(∃ の導入規則。第 4 回)。 逆向きはどうか ∃x K(x) が証明できたとき、それが誰なのか(どの j なのか)はわかるのか。実 は、どんな論理を使うかで答えが変わる(第 7〜9 回)。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 35

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7. 「LLM が悪い」で済ませないために

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これから見る誤りは、人間もやる 後期に出てくる誤り 条件つきで選んだものを「任意のもの」と取り違える。早まった一般化である(第 3 回)。 誰なのかを示さずに「そういうものが存在する」と主張する。古典数学はこの種の 推論を長く受け入れてきた(第 8・9 回)。 同じものかどうかを決める基準を持たずに名前を使う。「切り裂きジャック」とい う名前がまさにそれである(第 5 回)。 だから LLM の誤りは、人間の推論の側に先に見つかっていた誤りと同じ形をしている。前期 の言葉でいえば、どちらもシステム 1 の誤りである。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 37

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論点は、誤らないことではなく資格である 「LLM が悪い」で済ませると問いが消える 個体をどうやって追っているのかは、人間の側でもわかっていない。LLM を欠陥 品として片付けると、この問いが見えなくなる。 人間と LLM の違い 違いは誤るかどうかではない。誤ったときに何が効くかである。人間は、誰が何を 言ったかの記録や、訂正の手続きを、論理と社会的な実践として外に作ってきた。 後期の一行 個体を追うことも、システム 2 の仕事である。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 38

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8. 後期の地図

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後期の 13 回 回 日付 1 2 3 4 – 5 6 7 8 9 10 11 12 13 10/6 導入。名前はあるのに、誰なのかわからない 10/13 量化子の導入 10/20 ∀ の規則と固有変数条件 10/27 ∃ の規則と存在具体性 11/3 (祝日。課題の予定) 11/10 等号と個体化 11/17 矛盾律と直観主義述語論理(ホームズの推論) 12/1 構成性(選言性・存在具体性・BHK 解釈) 12/8 古典述語論理と排中律 12/15 名無しの個物(エルブラン・スコーレム・ε) 12/22 タルスキ・モデルと充足の定義 1/5 健全性と、完全性は何を言っているのか 1/12 完全性の証明と、領域を項から作るということ 1/19 最終回。名前を付ける資格とは何か 主題 最小論理に、矛盾律(第 6 回)、排中律(第 8 回)と規則を足していき、最後にモデルへ進む。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 40

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ジャックには三段階の名前がある どこで 名前の付け方 どんな名前か ∃ の除去規則(第 「とりあえずジャックと呼 一時的な名前。結論に持ち出しては 4 回) んでおく」 いけない 完全性の証明(第 「ジャック」を言語に足す 12 回) 持ち出してよい名前。足しても、も との言語で言えることは増えない 「ジャックは実在の誰それ だ」 持ち出したうえに中身まで足す。こ れが許されるかが最終回の問い LLM 同じ「ジャック」でも、名前を付ける手続きと資格が違う。後期はこの違いを一つずつ見ていく。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 41

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前期の物差しで、個体を測る 三層は後期も使う 局所(反転原理) 、中間(正規化) 、大域(保存拡大)の三つの物差しを、量化子と 名前にも当てる。 一つだけ予告 同じ古典論理の中で、排中律を足すと保存拡大が破れる(第 8 回) 。一方、完全性の 証明で新しい名前を足す操作は保存拡大になっている(第 12 回)。同じ物差しが正 反対の答えを出す。この違いが、最終回で「名前を付ける資格」を考えるときの手 がかりになる。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 42

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前期と後期の関係 扱う言語 意味の理論 主な道具 前期 後期 命題論理 II(使用。規則が意味を決め る) 正規化、三層のハーモニー 述語論理(量化子と名前) II から出発して、I(指示)の問いに 向かう 固有変数条件、存在具体性、モデル、 完全性 名前と個体の追跡 LLM との接点 ハルシネーションの診断 第 10 回でモデル(I の側の道具)を入れ、第 12 回の完全性定理で I と II がどうつながるか を見る。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 43

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9. まとめ

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今日のまとめ 1. 前期は命題論理で、論理記号の意味を規則で説明した(意味の理論 II)。 2. 前期最終回では、三層の物差しで LLM のハルシネーションを診断した。 3. しかし「この名前は誰のことか」は、命題論理では書くことすらできない。 4. 切り裂きジャックは、名前はあるのに誰なのかわからない例である。 5. 後期の問いは「どれのことか」を決めているのは何か、である。 6. そこで出てくる誤りは人間もやる。論点は誤らないことではなく、名前を付け る資格である。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 45

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次回予告。量化子の導入 述語と変数を入れ、 「すべての」(∀)と「ある」(∃)を導入する。 ∀x ∃y と ∃y ∀x はどう違うか。 束縛変数と自由変数。ジャックを式の形で書いてみる。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 46

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10. 参照文献

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参照文献 スライドで引いたもの Bender, E. M. & A. Koller (2020). Climbing towards NLU: On Meaning, Form, and Understanding in the Age of Data. Proceedings of ACL 2020, pp. 5185–5198. Brandom, R. (1994). Making It Explicit. Harvard University Press. pp. 372, 416. Frege, G. (1884). Die Grundlagen der Arithmetik. §62, §65. Kim, N. & S. Schuster (2023). Entity Tracking in Language Models. Proceedings of ACL 2023 (Vol. 1), pp. 3835– 3855. Leibniz, G. W. Die philosophischen Schriften, hrsg. C. I. Gerhardt, Bd. VII (1890), S. 228. Wittgenstein, L. (1953). Philosophische Untersuchungen(『哲学探究』)§43. さらに読みたい人へ Frege, G. (1892). Über Sinn und Bedeutung. Zeitschrift für Philosophie und philosophische Kritik 100, pp. 25–50. (a=a と a=b の違い) Kripke, S. (1980). Naming and Necessity. Harvard University Press. pp. 79–80.(「切り裂きジャック」という名 前の導入) Mandelkern, M. & T. Linzen (2024). Do Language Models’ Words Refer? Computational Linguistics 50(3), pp. 1191–1200.(LLM の語は何かを指すか) LLM の実演:2026 年 10 月 4 日に実施。Claude(Claude Code 経由、claude-opus-4-8)、qwen2.5:7b、phi4:14b、gpt-oss:20b(いずれもローカ ル実行)。各 5 回。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 48