エンジニアのための刑事手続入門
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エンジニアのための 刑事手続入門 2019年4月26日 弁護士 平野 敬 1
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何者? ● ネットやシステム関係の事件を主に扱っている弁護士。 顧問先はゲーム会社など。担当事件はUQ WiMAX訴訟など。 ● 2014年に弁護士登録(第二東京弁護士会) 2018年に町田市で電羊法律事務所を開設。 ● 高校時代に一般商用化まもないインターネットに出会い,入りびたる。 大学は法学部。卒業後にSIerに勤務。夜間ロースクールで弁護士に転身。 2
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本日の流れ 1. 自己紹介(済) 2. ITエンジニアが罪に問われるとき 3. 刑事手続の流れ 4. 罪に問われたときの防御 5. 弁護士との関わり 3
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本日の流れ 1. 自己紹介(済) 2. ITエンジニアが罪に問われるとき 3. 刑事手続の流れ 4. 罪に問われたときの防御 5. 弁護士との関わり 4
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主要な罪名 ● わいせつ物陳列罪 ● 著作権法違反 ● 不正指令電磁的記録作成・保管・供用罪 ● 私電磁的記録不正作出罪 ● 電子計算機損壊等業務妨害罪 ● 偽計業務妨害罪 ● 不正アクセス禁止法違反 5
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事例(1) 【わいせつ物陳列罪】 →1996年ベッコアメ事件。わいせつ画像をWebにアップロードした。 ISPも家宅捜索を受けた。日本最初のネット犯罪摘発事例。 1996~1998年にかけてわいせつ画像関連の摘発が続く。 1998年ベッコアメ事件では,顧客IDリストを差押えた警察の行為が 違法として,裁判所に取り消される展開に。 6
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事例(2) 【著作権法違反】 →Winny事件 【不正指令電磁的記録】 →Coinhive事件,WizardBible事件 【私電磁的記録不正作出】 →マンガワン事件 7
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事例(3) 【電子計算機損壊等業務妨害】 →リネージュ2事件。中国から接続するためのプロキシを国内に設置したところ負荷増 大でサーバが落ちた。 【偽計業務妨害罪】 →Librahack事件 【不正アクセス禁止法違反】 →ACCS事件。公開のセキュリティイベントでWebサイトの脆弱性を指摘。 8
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本日の流れ 1. 自己紹介 2. ITエンジニアが罪に問われるとき 3. 刑事手続の流れ 4. 罪に問われたときの防御 5. 弁護士との関わり 9
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刑事手続の全体構造 1. 捜査 2. 公判 3. 刑の執行 10
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捜査/警察段階 1. 警察が事件を認知する(端緒) 2. 証拠を収集する a. 逮捕 b. 取調べ c. 捜索差押 d. 実況見分 etc 3. 検察庁に送致する(送検) 11
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身柄事件と在宅事件 身柄事件(みがら) →被疑者が逮捕勾留された場合。時間制限があるので全てが急ペースで進む。 全体の約36.1% 在宅事件(ざいたく) →被疑者が逮捕勾留されない場合。時間制限がないため月単位でゆっくり進む。 サイバーの大半はこちら。 12
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捜査/検察段階 1. 警察から事件を受け取る 2. 証拠を補充する 3. 終局処分を決定する a. 公判請求(起訴) b. 略式起訴 …罰金のみ,かつ被疑者の同意があるとき c. 不起訴(起訴猶予/嫌疑不十分/嫌疑なし) 13
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公判 1. 検察官から起訴 2. 証拠調べ a. 書証 ※大半は書証 b. 物証 c. 人証 3. 論告・弁論 4. 判決言い渡し 14
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架空事例(1) 1. S県警はネットパトロール中,Pというプログラムについて認知。不正指令電磁的記 録にあたるのではないかと考えた。Pの開発者Xを発見。捜査に着手した(端緒) 2. S県警はXの自宅を家宅捜索し,PCなどを差押えた。またXを警察署に呼び出して 取調べをおこなった(証拠収集)。逮捕はしなかった(在宅事件) 3. S県警はXをS地方検察庁に書類送検した。 捜査(警察) 捜査(検察) 公判 刑の執行 15
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架空事例(2) 4. S地検は警察から送られてきた記録を検討した上で,不足している証拠を警察に指 示して集めさせた(補充捜査)。 5. S地検はXについて起訴相当と考え,公判請求することにした(終局処分) 捜査(警察) 捜査(検察) 公判 刑の執行 16
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架空事例(3) 6. S地検はXをS地方裁判所に不正指令電磁的記録作成罪で起訴した。 7. S地裁は検察と弁護人の主張を踏まえ,書証,物証,人証を取り調べた(証拠調 べ)。 8. 証拠から,S地裁はXの行為を有罪と認定し,懲役1年執行猶予2年の判決を言い 渡した。Xは控訴せず確定した。執行猶予が付いているため今すぐ刑務所に行く必 要はない。 捜査(警察) 捜査(検察) 公判 刑の執行 17
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本日の流れ 1. 自己紹介 2. ITエンジニアが罪に問われるとき 3. 刑事手続の流れ 4. 罪に問われたときの防御 5. 弁護士との関わり 18
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覚えておきたい最大原則 憲法31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその 他の刑罰を科せられない。 →捜査機関は,法律に根拠のあることしかできない 19
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覚えておきたい3つのルール ● 黙秘権 ● 令状主義 ● 弁護人選任権 20
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黙秘権 憲法38条1項 何人も,自己に不利益な供述を強要されない。 →捜査段階においても公判段階においても適用される 21
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捜査段階の黙秘権 刑事訴訟法198条 検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の捜査をするについて必要があるとき は,被疑者の出頭を求め,これを取り調べることができる。 但し,被疑者は,逮捕又は勾留されている場合を除いては,出頭を拒み,又は出頭後, 何時でも退去することができる。 2 前項の取調に際しては,被疑者に対し,あらかじめ,自己の意思に反して供述をする 必要がない旨を告げなければならない。 22
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公判段階の黙秘権 刑事訴訟法311条 被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。 23
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供述することの意味 刑事訴訟法198条 3 被疑者の供述は,これを調書に録取することができる。 4 前項の調書は,これを被疑者に閲覧させ,又は読み聞かせて,誤がないかどうかを 問い,被疑者が増減変更の申立をしたときは,その供述を調書に記載しなければならな い。 5 被疑者が,調書に誤のないことを申し立てたときは,これに署名押印することを求め ることができる。但し,これを拒絶した場合は,この限りでない。 →後の裁判の証拠となる 24
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調書の作成 取調べで情報収集 →取調官が,一人称で「私は……」という書面を作成する →被疑者に音読して「読み聞け」をおこない,内容が正しいか確認する →署名押印させる ※いわゆる「作文調書」問題 25
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調書をとられることの意味 刑事訴訟法322条1項 被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押 印のあるものは,その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであると き,又は特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り,これを証拠とすること ができる。… 法律の発想は「悪いことをしていないのに自白するはずがない。よって自白調書は証拠 になる」 26
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黙秘権の価値 供述調書をとられた場合,あとで覆すのはきわめて困難 →任意性や信用性がないことを証明しなければならない →密室で録音録画もなされていない状況での取調べについて,後から取調官の発言な どを証明するのはほとんど無理 いったん黙秘しておけば,弁護人と相談してから供述内容を決められる 27
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令状主義 憲法33条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ 理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない 35条1項 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない 権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する 場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。 28
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任意の原則 刑事訴訟法197条1項 捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の 処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。 犯罪捜査規範99条 捜査は、なるべく任意捜査の方法によつて行わなければならない。 29
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本当に「任意」なのか? 強制処分としての「押収」は令状がなければできないが,関係者が任意に提出したもの を「領置」するのはOK(刑訴法101条) 強制処分としての「逮捕」は令状がなければできないが,関係者を警察署に任意に同行 させて取り調べるのはOK(警察官職務執行法2条2項) →「任意」に応じてしまった場合,あとから争うのは困難 30
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令状に基づく処分なのか,単なる「お願い」なのか 犯罪捜査規範100条 任意捜査を行うに当り相手方の承諾を求めるについては、次に掲げる事項に注意しな ければならない。 1 承諾を強制し、またはその疑を受けるおそれのある態度もしくは方法をとらないこと。 2 任意性を疑われることのないように、必要な配意をすること。 →警察は聞かれたら嘘をつけない 31
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よくある「お願い」 PCやサーバを押収した際に「ログインIDとパスワードを教えて」 →応じる義務はない 捜索差押えの令状,執行中の現場について「写真や録画はやめて」 →応じる義務はない 「指紋や唾液とらせて」 →応じる義務はない 取り調べ中に「録音しないで」「今とった録音のデータ消して」 →応じる義務はない ※警察署の中だと施設管理権が及ぶ? 32
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本日の流れ 1. 自己紹介 2. ITエンジニアが罪に問われるとき 3. 刑事手続の流れ 4. 罪に問われたときの防御 5. 弁護士との関わり 33
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弁護人選任権 憲法37条3項 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告 人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。 刑事訴訟法30条1項 被告人又は被疑者は、何時でも弁護人を選任することができる。 →捜査段階でも公判段階でも弁護人を選任できる 34
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弁護士は何をしてくれるのか 捜査弁護 ● 事件の筋読み,対応方針の決定 ● 有利・不利とわず証拠収集 ● 違法捜査の監視,抗議 ● 処分に関する意見 公判弁護 ● 公判期日における対応 無罪/より軽い処分の獲得 35
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Coinhive事件の捜査弁護(1) ● 事件の筋読み,対応方針の決定 →受任時に事実と法解釈をチェック →暗号通貨について調査 →複数のエンジニアにコードレビュー依頼 →高木先生をはじめ,刑法学者などにインタビュー →無罪を求める方向で決定 36
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Coinhive事件の捜査弁護(2) ● 証拠収集 ・Coinhiveの挙動に関する調査報告書 ・他のスクリプトはどうか,他のウェブサイトはどうか …一般慣行 ・証人の確保 37
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Coinhive事件の捜査弁護(3) ● 違法捜査の監視,抗議 ・取調べの立会い ※弁護人の立会いを求める「権利」はないが,弁護人の立会いを禁止する規定もない (cf.犯罪捜査規範180条2項) 取調室の前の長椅子で待機。1時間ごとに被疑者と打合せ。 ・捜索差押えへの立会い ・押収された物に関する還付請求,準抗告 38
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Coinhive事件の捜査弁護(4) ● 処分に関する意見 終局処分意見書を検察庁に提出 39
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Coinhive事件の公判弁護 ・公判前整理手続で,裁判官と検察官に事案説明 参考資料なども全て挙げる ・証拠に関する論争 取調時の録音再生で揉める ・尋問準備 40
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国選弁護制度 資力が50万円に満たない AND (公判段階 OR 身柄事件の捜査段階) →サイバー関連の多くを占める「普通の会社員やフリーランサーが在宅事件の対象と なっている」ケースには適用できない →私選弁護人をつける必要がある 41
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弁護人の選び方 ● ITに強い弁護士は少なくないが,刑事事件をやっていないパターン ● 刑事事件をやっている弁護士も多いが,ITがよくわからないパターン ● Webサイト,検索エンジンはあまりあてにならない →紹介がベスト →弁護士は他の弁護士の実績をよく知っているので,まずは分野問わず近い弁護士に 相談してみるというのも手 →ハッカー協会に加入する 42
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おわりに 憲法12条「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、 これを保持しなければならない。」 カント「みずから虫けらになる者は、あとで踏みつけられても文句は言えない」 43