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SpaceXのロケット構造とその革新性 ──なぜ今、人類は再び宇宙を目指せるのか

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August 03, 2025
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SpaceXのロケット構造とその革新性 ──なぜ今、人類は再び宇宙を目指せるのか

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Atsushi Ishii

August 03, 2025

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  1. 石井 敦 | Atsushi Ishii クーガー CEO couger.co.jp 日本IBMを経て、楽天やライコスの大規模検索エンジン開発を担当。その後、 日米韓を横断したオンラインゲーム開発の統括、Amazon

    Robotics Challenge上位チームへの技術支援、ホンダへのAI学習シミュレーター提供、 NEDOクラウドロボティクス開発統括などを務める。現在、人型AIプラット フォーム「LUDENS」の開発を進めている。スタンフォード大学2018年AI 特別講義の講師。電気通信大学 元客員研究員。Enterprise Ethereum Alliance日本支部代表。 2 自己紹介
  2. • 2015年:87回(政府主導中心) • 2020年:114回(SpaceXが38回、33%) • 2023年:223回(SpaceXが96回、43%) • 2024年:260回以上見込み(SpaceXが134回超) 出典:https://ourworldindata.org/space-exploration •

    この10年で世界の打ち上げ数は3倍に。主因は以下: - 再使用技術の確立 - 通信衛星需要(Starlink) - 打ち上げコストの劇的低下 ここ10年のロケット打ち上げ推移
  3. • 2022年:61回 • 2023年:96回 • 2024年(予定):134回 出典:https://spacexstats.xyz/ • Falcon 9は2024年時点で300回以上の打ち上げ成功。再使用されたブースターは22回の飛行

    実績もあり、部品信頼性が高い。 • 競合比較: - 中国(CASC)60〜70回/年 - ロシア(Roscosmos)約20回 - 米国(ユナイテッド・ローンチ・アライアンス)10〜15回 トップ企業:SpaceXの打ち上げ実績
  4. • かつて宇宙はSFの世界や国家の夢だったが、今は経済圏として成立し始めている。 【従来】 • スペースシャトル:約20億ドル/回(NASA予算の最大項目) • 年間数回の打ち上げ(1990年代平均:6回) 【今】 • Falcon

    9再使用時:約5,000万ドル/回 • Starlinkの拡大により、1企業で年間100回以上の需要確保 https://www.cnbc.com/2021/12/10/spacexs-elon-musk-on-starship-launch-cost.html なぜ今、再び宇宙を目指せるのか?
  5. • NASAやESA(European Space Agency)が主導していた宇宙開発は以下の特徴を持つ: - 官主導で開発サイクルが10〜20年 - 安全最優先で試験に失敗が許容されない - 費用は国家予算に依存(米NASA予算:年間約2.5兆円)

    - ロケットは100%使い捨て • 民間企業は資金・ノウハウ不足で参入不可。発注元・ベンダー・下請構造が硬直的だった。 SpaceX登場前の宇宙開発
  6. SpaceXの主要プロダクト一覧 打ち上げ機(ロケット): 宇宙に何かを運ぶための推進力 • Falcon 9:再使用可能な主力ロケット。商業・政府衛星の打ち上げに使用。 • Falcon Heavy:Falcon 9を3本束ねた超重量ロケット。大型衛星や月探査に対応。

    • Starship(開発中):完全再使用型の次世代ロケット。火星移住も視野。 宇宙船: 宇宙空間の乗り物 • Crew Dragon:人をISSに送る再使用型の有人宇宙船。 • Cargo Dragon:物資補給専用の無人宇宙船。 • Starship(宇宙船としても):将来的に月・火星に人や貨物を運ぶ大型宇宙船。 通信インフラ • Starlink:数万基の小型衛星によるインターネットサービス。個人向けでも提供中。 地上設備 • ドローン船:ロケットの第1段を海上で回収する無人船。 • Starbase:テキサスのロケット開発・発射基地。
  7. • NASA: - 安全重視 - 分業体制(ロッキード、ボーイング、ノースロップ) - 予算→設計→実装に10年 • SpaceX:

    - CEO主導での高速意思決定 - 内製(エンジン・衛星・インフラ) - 不具合は“飛ばして学ぶ”文化 → スペース・ローンチ・システム(NASA)の開発に約10年・300億ドル。 Starshipは3年・20億ドル以下で実験開始 NASAとSpaceXの違い
  8. • ULA(ユナイテッド・ローンチ・アライアンス): - アトラスV/バルカンロケット(米国) - 打ち上げコスト:1億ドル以上/再使用なし • Arianespace(欧州): - アリアン5/6:年6回以下・再使用なし

    • CASC(中国): - 年70回前後/大半が政府依存 • SpaceX: - 打ち上げ頻度:週2回以上 - コスト:5,000万ドル未満(再使用) - 民間契約:Starlinkや通信衛星多数 既存プレイヤーとSpaceXの違い
  9. • Falcon 9 Block 5: - 再使用実績200回以上 - 最大再使用数:22回(1機体) -

    着陸成功率:99%(2023年) 出典:https://www.nasaspaceflight.com/ • Starship: - 全段再使用、貨物100t搭載想定 - 1回あたり打ち上げコスト1000万ドル以下を目指す SpaceXの優位性①:再使用ロケット
  10. • Falcon 1(2006)→ Falcon 9(2010)→ Falcon Heavy(2018) → Starship試作機(2020) →

    わずか15年で3世代進化 • 要因: - CEO直轄で高速意思決定 - テスト重視文化(爆発を歓迎) - テスラと人材流通/同一文化 比較:NASA スペース・ローンチ・システム:開発に17年/初飛行2022 SpaceXの優位性②:開発スピード
  11. 1. 打ち上げコストを劇的に下げられる 例:Falcon 9 の打ち上げコスト 新品:約6,200万ドル → 再使用時:約3,000〜4,000万ドル(最大50%オフ) 例:Starship(全段再使用)は、将来的に1回1,000万ドル以下を目指す(従来の1/20〜1/30) 航空機のように“運行”できる時代に近づく

    2. 打ち上げ頻度を増やせる • 製造に半年〜1年かかっていたロケットが、「整備すれば2週間で再打ち上げ」可能に • Falcon 9 の再使用成功例(2024年):1体で22回使用、再整備時間の大幅短縮に成功 年間100回以上の打ち上げを可能にする唯一の方式 3. 廃棄物(デブリ)を減らせる • 通常ロケットは1回で地球に落下/宇宙に放置される • 再使用すれば、大気圏再突入・着陸で「回収と再投入」が可能 環境面・安全面でも理想的 なぜ「再使用ロケット」は有効なのか?
  12. 1. 設計思想が根本的に異なる • 通常ロケット:コスト・重量最適化のため「一発限り」で設計される • 再使用:何度も衝撃・熱・摩耗に耐える必要があり、最初から「頑丈&制御可能」に設計 する必要がある 例:Falcon 9 は着陸制御のため「グリッドフィン(落下してくるロケットを空中で操縦する

    ための羽)」「着陸脚」「逆噴射」「オートナビゲーション」搭載 → これらの構成要素は通 常の使い捨てロケットには不要であり、設計の複雑度が大きく異なる 2. 再使用向けのエンジン技術が難しい • 高い燃焼圧・熱耐性・再点火性能が必要 • SpaceXのMerlinエンジン(Falcon 9用)やRaptorエンジン(Starship用)は、再使用を 前提に設計・製造されており、信頼性が段違い • 通常の液体燃料エンジン(Ariane 5、Atlas Vなど)は「単発構造」で再点火を想定してい ない なぜ他社が真似できないのか?
  13. 1. 「製造」プロセスが毎回不要になる • 使い捨て:毎回新しいロケットを設計・製造・試験 → 最短でも数ヶ月〜半年必要 • 再使用:基本構造は既に存在。必要なのは点検・整備・燃料補給 → 最短2週間で再打ち上げ

    Falcon 9の記録:11日間で同じ機体が再打ち上げ成功(2021年) 2. 「在庫」リスクが消える • 使い捨てロケット:製造に遅延があれば、その期間打ち上げできない • 再使用ロケット:同一機体を整備して再投入できるので、予備の在庫が不要/柔軟に対応可 SpaceXは2023年に1つのブースターを8回以上使いまわして運用計画を安定化 3. 「打ち上げ準備」が標準化できる • 同じ機体を繰り返し使うことで、整備・検査プロセスも自動化/効率化される • 自動着陸 → 自動点検 → 自動診断 → 翌月再打ち上げ、というループが可能 物流業界でいう「定期配送トラック」と同じ仕組みが可能に 再使用だと打ち上げ頻度を増やせる理由
  14. 1. 製造と検査に毎回数ヶ月以上かかる • 新造するたびに部品製作、組み立て、燃焼試験、安全審査などが必要 • 製造施設の生産能力にも限界がある(例:Ariane 5 は年間6機ペース) 製造ラインが「打ち上げの上限」になる 2.

    部品の個体差が多く、経験値が蓄積されない • 使い捨てロケットは毎回“違う個体” → 故障予測・整備ノウハウが蓄積しにくい • 再使用ロケットは同一個体の繰り返し → 点検ポイントや劣化傾向が読める 「経験値が貯まる」のは再使用だけの利点 3. 打ち上げごとのコストとリスクが高く、頻度を上げると損失リスクも増す • 使い捨ての場合、1回の失敗で数千万〜数億ドルの損失+長期遅延 • 頻度を上げようとするとコスト・リスクが跳ね上がる 「高価で緊張感が高い作業」を繰り返す構造に限界がある 使い捨てロケットだと打ち上げスピードが出ない理由
  15. SpaceXの再使用ロケット:着陸制御の仕組み ① ブーストバック噴射(Boostback Burn) • Falcon 9の第1段は、第2段と分離後すぐにエンジンを再点火し、飛行方向を反転させて 「地球への帰還軌道」に乗せる。 • この噴射により、第1段はそのまま宇宙へ飛び去るのではなく、発射地点または海上ド

    ローン船へ戻るコースを取る。 • ブーストバックは地上着陸(Cape Canaveral)時に実行され、海上着陸(ドローン船) の場合は行わないこともある。 ② グリッドフィン展開と空力制御(Grid Fin Control) • 高度70〜100kmで「グリッドフィン」と呼ばれる格子状の舵を4枚展開。 • この金属製フィンは、再突入後の大気中で空気抵抗を利用し、機体の姿勢・進行方向・横 移動を微調整する役割を持つ。 • ロシアの弾道ミサイル技術にヒントを得たもので、極めて高精度な制御が可能。 • 実際に、着地点から±10m以内に着地する精度を達成している。
  16. SpaceXの再使用ロケット:着陸制御の仕組み ④ 着陸バーン(Landing Burn) • 地表またはドローン船から高度約1km前後で最後の着陸用噴射。 • 通常1基のMerlinエンジンのみを使用し、垂直着地のために微細な推力制御を行う。 • この段階では、エンジンの推力と重力を釣り合わせて「ふわっと止まる」ように速度を

    ゼロに近づける。 • この時点でもグリッドフィンは細かく動いて姿勢を安定させている。 ③ エントリーバーン(Entry Burn) • 再突入前に再点火して機体の速度を大幅に減速。 • これにより、大気圏に突入する際の空気との摩擦熱や衝撃力を抑えることができる。 • 着陸脚やエンジン周辺の破損を防ぐための重要なブレーキングステップ。 • 通常、3基のMerlinエンジンを使い、15〜20秒間噴射。
  17. SpaceXの再使用ロケット:着陸制御の仕組み ⑤ ランディングレッグ展開と着地(Landing Legs Deployment) ・地表から数百メートルの地点で4本の着陸脚(カーボンファイバー複合材)を展開。 ・展開は爆発ボルトとスプリングで一気に行い、緊急時でも確実にロックされるよう設計。 ・地上またはドローン船にソフトランディングし、そのまま回収。 ・着陸脚には振動吸収のショックアブソーバーが内蔵されている。 支援システム(Supporting

    Systems) • 誘導システム:GPS+慣性航法(IMU)による3次元リアルタイム制御 • ソフトウェア:SpaceX独自の自律飛行アルゴリズム(秒間数百回の姿勢調整) • ドローン船(ASDS):海上に設置された無人着陸プラットフォーム。航行可能で目 標地点に自動で移動可能。 • 再利用性:1機あたり10〜20回の飛行実績あり。2024年時点での最長使用回数は20 回超。