本発表は、リアルタイムに進行する出来事を記号論はいかに記述できるのか、という問いを出発点に、〈未完了〉な経験とテクノロジーの関係を検討する。前半では、実況中継におけるインデックス、ダイクシス、反復が、受け手を生成中の出来事の〈いまここ〉へ投錨する過程を分析する。後半では、スティグレールの第三次記憶論を手がかりに、〈いま〉の開かれ方や記憶の呼び出しが、技術的配置やプラットフォームによって重層的に条件づけられることを論じる。最終的には、〈未完了〉は意識の内部だけで生じるものではなく、記号と技術的環境によって開かれ、管理され、社会的ランドスケープへ接続されるものとして捉え直される。