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実況の記号論のための試論―指標の三層構造から出発して―

 実況の記号論のための試論―指標の三層構造から出発して―

本発表では、現代の多様な「実況」文化を分析するための新たな記号論的枠組みの提案する 。コミュニケーションを「いま・ここ」に投錨させる記号「指標」に着目し、従来のテレビ記号論を拡張 。メディア技術に由来する①「技術的指標性」、時空間を指し示す②「ダイクシス」、そして言葉遣い等で社会関係を構築する③「社会的指標性」からなる《指標の三層構造》モデルを構想する 。

この分析視角から、マスメディアにおける本田圭佑のサッカー解説と、ネット配信におけるVTuber宝鐘マリンという対照的な事例を分析 。前者が「内輪」の語りによってナショナルな一体感を立ち上げるのに対し、後者はファンとの双方向的なやり取りの中でローカルな指標資源を共同で創出していく様子を明らかにする 。本研究は、多様な実況が生成する「いま・ここ」の社会的な多層性を、指標のミクロな働きから解明する視座を提示するものである 。

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Kanta Tanishima

August 04, 2025
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Transcript

  1. ビューラーのダイクシス論と 「主体定位subjective orientierung」 「紙の上で二つの線分が垂直に交わるとき, それはひとつの座標系を示し, 0 に よって示された交点は座標の出発点, つまり原点〔Origo〕を表わしている. この

    図式が人間の言語の指示の場を表示しているとすれば, 0 の位置には三つの指 示語, つまりここ [ hier ],いま[ jetzt ],私[ ich ] が置かれていなければな らない, というのが私の主張である. 」(ビューラー 1983: 120) 指示の基点となる〈いま・ここ・私〉としてのOrigo(小山 2011) 図1. 「ダイクシス野(Deictic Field)」の模式 ダイクシスは発話の文脈としてのオリゴに依存して機能する 「われわれの場合,「主体定位die subjektive Orientierung」という座標系を設け, そのなかで はいかなる対話者も拘束されかつ拘束をうけ続けると考えてみることは,なんら支障のないことであ る.だれでもその定位を自分なりに行ない,そして他人のふるまいを理解している.」 (同上: 121) オリゴは発話の投錨地点(主体定位)
  2. Silverstein(1976)の非言及指示的指標性 ・非言及的指標 nonreferential indexes ☞ジェンダー指標、敬意指標、言語変種 ☞特定のジェンダーを指標する男性/女性らしい語尾、社会的関係性 を指標する「先生」「先輩」などの敬称、出身地を指標する方言 ・言及的指標 referential indexes

    特定の対象を参照referする指標 ☞時間/空間/人称ダイクシス ☞「さっき」/「ここ」/「わたし」 どのコンテクストに発話を投錨するかを制御 8 特定のコンテクストに依存した指示
  3. if it's your birthday here's where the birthday file starts

    with your Horriblescope coming up in just a second もし今日があなたの誕生日なら、ここから〈バースデー・ファイル〉のコーナーを始めるよ。 すぐ後には君の“ホリブルスコープ(恐ろしい星占い)”が登場するからね。 “I wish you could see this place” 「ここを君にも見せてあげられたらなあ。」 I(t)s now fourteen minutes to two: - on Gary's-Bit-in-the-Middle and hi to Bob Sproat in erm Charford Bromsgrove - in Worcestershire (0.5) ただいま 2時14分前です――〈Gary’s-Bit-in-the-Middle〉のコーナーからお届けしてい ます。それでは、えーと、ウスターシャー州チャーフォード=ブロムスグローヴにお住まいの ボブ・ スプロートさん、こんにちは。 Montgomery (1986)におけるダイクシス分析 ☞空間ダイクシス(+人称ダイクシス) ☞時間ダイクシス(+人称ダイクシス) ☞社会ダイクシス(+空間ダイクシス+時間ダイクシス) ダイクシスを通しての親密なコミュニケーション空間の創出を分析
  4. Scannell (1991)と「二重の文脈」 •Continuity talk(曲紹介・時刻告知・DJ自己紹介で枠組みを整える) •Audience message(リスナー間の私的メッセージを電波に載せる) •Telephone chat(リスナーとDJの通話による対話セグメント) 〇 三つのルーティン

    「この双方向トークは、番組とその司会者のアイデンティティが、放送機関(制度)と聴取 者との対話によって部分的にかつ相互的に支えられていることを強調している。したがっ て番組のアイデンティティは、ブラックバーンが語りかける公的な制度空間と、発信者が語 りかける私的な家庭・職場空間とを横断する関係として理解できる。」(Scannell 1991: 222,223)※下線は引用者 ダイクシスを含む言語的諸要素や番組のフォーマットを通じて、 私的親密性が公共空間に織り込まれる過程を示す(「二重の文 脈double context」の接合)
  5. Tolson (2006)と疑似現前liveliness 〈いまここ〉を自明の現実としてではなく、技術を基盤とした社会的及び文化 的で具体的な実践の効果として捉える(Auslander 1999) 〇 livenessからlivelinessへ 〇 範例としてのリプレイ動画 “that

    is a fantastic free kick … it sat up there” 「あれは実に見事なフリーキックだ……ボールが高々と舞い上がっていたね。」 「リプレイ解説では、過去の出来事(then)の再映像を提示しつつ、現在(now)の語りとして 二つの時間帯を同時に占有する。その結果、解説者と視聴者の双方にとって一種の「共有知 覚空間shared perceptual space 」が形成される。したがってテレビ実況では、解説が視聴 者と共に目撃したライヴ映像を結び付け、共臨在を示すダイクシスマーカー(「that free kick」「it sat up there」)が慣習的な形で機能するのである。」(Tolson 2005: 111) 遂行的に〈いまここ〉を生み出すものとしてのダイクシス (技術および制度次元と結びつきながら)
  6. ダイクシスと投錨の関係 1. Montgomery (1986): スタジオでの親密な〈いまここ〉にリスナーを投錨させる 2. Scannell (1991): 親密な〈いまここ〉への投錨と公的な空間への投錨との接合 3.

    Tolson (2006): ダイクシスおよびその他の要素(技術、番組フォーマット、視聴者との相 互行為)による多元的で創出的な投錨 より最近の包括的な方法論の提起としてはBonnet & Lochard (2015)
  7. 社会指標的投錨の例 カテゴリー 具体例(日本語の場合) 指標する社会的次元・ニュアンス モダリティ/語尾形式 終助詞「〜ね/〜よ/〜わ」「〜ぜ/〜さ」など 親密度・ジェンダー・世代感・カジュアル /フォーマル 人称形の選択 1人称「私/僕/俺」、2人称「あなた/おまえ/君」

    ジェンダー・上下関係・親疎 スタイル化された語彙セット 若者語(エモい、ガチ)/ビジネス敬語(ご査収ください) 年齢層・職業領域・サブカル文化 コード選択・コードスイッチ 日本語 英語の切替え、在日コリアンの混合使用など エスニシティ・教育歴・国際志向 音声変異・プロソディ ピッチの高さ、語頭無声化、語末伸ばし ジェンダー・地域・感情スタンス スクリプト・表記法 全角カナ語/ひらがな多用/絵文字・顔文字 オンライン文化・親密度・ジェンダー 呼称・敬称のレパートリー 先生/さん/ちゃん/殿/社長 など 職階・親疎・儀礼度 談話標識・フィラー 「ていうか」「まあ」「あの〜」 カジュアル度・世代・スタンス ジャンル化したレジスター アニメファン語、ビジネスメール文体、YouTuber口上 コミュニティ所属・役割定位 社会指標を使うことで特定のポジションに投錨する
  8. アイデンティティ構築と指標 Bucholtz, M., & Hall, K. (2005). Identity and interaction:

    a sociocultural linguistic approach コミュニケーションにおいて指標がアイデンティティ構成identity-makingの 役割を果たしているという観点からエスノグラフィー的な研究を展開 アイデンティティ表示identity-markerではなく アイデンティティ構成identity-making(嶋田, 三上 2023) ※Bucholtz&Hallはidentity constructionという表現 言語変種と社会属性との関係の研究における、第一波・第二波では指標は言語における 社会属性のmarkerとして位置付けられていたのに対し第三波(その中心がBucholz& Hall 2005)では指標はidentity making/constructionの役割を果たすものと位置づ けられ、それに応じて指標性がより重要な概念として浮上してくる(Eckert 2012) 25
  9. アイデンティティ構築と指標 コミュニケーションにおけるアイデンティティ構築の5つの原則 (Bucholtz and Hall 2005) Emergence(創発): アイデンティティは言語的・非言語的実践の結果であり、内的な 心理的現象ではなく、社会的・文化的な現象 Positionality(位置性):

    アイデンティティは年齢や性別などのマクロレベルのカテゴリ 、場面ごとのスタンス、地域固有の文化的ポジションなど、多層的に構成される Indexicality(指標性): アイデンティティは言語形式やスタイル、暗示、ラベル付けを通 じて指標的に構築される Relationality(関係性): アイデンティティは他者との類似や差異、正当性や権威など の関係性を通じて構築される Partialness(部分性): アイデンティティは一部は意図的であるものの、完全に意識さ れたものでなく、他者の認識やイデオロギー的プロセスの影響を受けるため常に変動的 27
  10. 投錨レイヤー 主たる 投錨先 主要手続き 視聴者に生じる効果 〈いまここ〉 メディアが構築する “ここ・いま” の舞台 (スタジアム/スタジ

    オ) - 同時中継・マルチカメラ - カメラ位置の固定/切替え - 背景音(歓声)のサラウンド化 物理的には離れていても「その 場に立ち会っている」感覚 (liveliness) 〈出来事〉 進行中のプレー・得 点など具体的なアク ション - 実況の時制・指示詞「今」「ここ」 「このシュート」 - スローモーション/リプレイで出来 事を再焦点化 視線と注意を「出来事そのもの」 に集中させ、共有感情を同期 〈関係性〉 解説者=視聴者/ 選手間を媒介する “社会的ポジション” - ファーストネーム呼称・タメ口調 - 専門略語・仲間語り - 逸話提示「彼とは代表合宿で…」 視聴者が「チーム内輪」の一員 として包摂される。出来事を“仲 間の物語”として体験 投錨の三つの層 区別可能でありながら相互に浸透
  11. なぜ宝鐘マリンか 所属 :ホロライブプロダクション 3期生 キャラクター:海賊船長(愛称「船長」)・自称17歳 初配信 :2019 年 8 月

    11 日 YouTubeデビュー 人気 :国内VTuber初のチャンネル登録者 400 万人 その他 :2023-24 年 FNS歌謡祭 2 年連続出演(地上波音楽特番) トップクラスの人気(一般的な代表性) 生身のライフヒストリーのバーチャルライフヒストリーへの越境 口癖や言い回しなどの指標資源の集団的な登記プロセス
  12. 設定指標 ├─ 視覚設定指標:キャラクターの視覚的固有性の投錨 └─ 人物設定指標:ペルソナの基点となる投錨 語用指標 ├─ 語用スタイル指標 :〈設定〉を具体化する声・語彙・語り口等を投錨 └─

    関係性指標:他VTuberとの関係性を投錨 └─ メタ語用指標:リアルライフヒストリーを資源化する/しないのスタンスを投錨 連帯形成指標 ├─ 呼びかけ指標:同期的なコミュニティ形成の働きかけ └─ タグ・名称サブ指標:非同期的なコミュニケーションの集約 いずれの指標も社会的・身体的制約から 脱埋め込みされている VTuberを構成する基本的な指標タイプ
  13. 本田圭佑の事例と宝鐘マリンの事例の対比 メディア ローカリ ティのス ケール 指標資源の 生成プロセ ス 〈いまここ〉の形成 スケール移動

    本田圭佑 マスメディ ア/一方向 的 ナショナル 一方向的な 「盗み聞 き」 ①放送技術の同時性 ②実況ダイクシス ③本田の「内輪」語り →国民的現前空間 内輪感 → ナショナル 物語 (選手との近さが国民 的一体感に拡張) 宝鐘マリン ネット/双 方向的 細分化ロー カル 配信者 ファン の インタラク ティブ共創 ①ライブ配信の同時性 ②コメント/スパチャ のリアルタイム応答 ③ファンとの掛け合い →コミュニティ内現前 空間 個人ネタ → サブカル /ミーム文化 (配信ごとに細分化 ローカリティが派生)
  14. 小山亘(2011)「オリゴ,あるいは指標野の中心: コミュニケーションの地平と出来事の視点」『人工知能』,26巻 (4号),pp. 334-343. https://doi.org/10.11517/jjsai.26.4_334 石田英敬(2003)「テレビ記号論とは何か」(『思想』岩波書店、十二号)五八一九。 嶋田珠巳, 三上剛史. (2023). 言語使用とアイデンティティ構成―社会言語学と現代社会論の交差―.

    社会言 語科学, 25(2), 9–24. 水島久光(2008)「テレビ的『存在と時間』――「現存在」と「空談」のプラグマティックス」(水島久光・西兼志 『窓あるいは鏡―ネオTV的日常生活批判』慶應義塾大学出版会.) ビューラー, K . (1983)『言語理論 : 言語の叙述機能 上巻』脇坂豊訳, クロノス. Auslander, P. (1999). Liveness: Performance in a Mediatized Culture. https://doi.org/10.5860/choice.45- 6582 Bucholtz, M., & Hall, K. (2005). Identity and interaction: a sociocultural linguistic approach. Discourse Studies, 7(4–5), 585–614. Montgomery, M. (1986). DJ Talk. Media Culture & Society, 8(4), 421–440. Silverstein, Michael, 1976. “Shifters, linguistic categories, and cultural description.” In: Keith H. Basso and Henry A. Selby, eds., Meaning in Anthropology, pp. 11-55. University of New Mexico Press:Albuquerque. Scannell, P. (1991). Broadcast Talk. SAGE Publications. Tolson, A. (2005). Media Talk. Edinburgh University Press. 参考文献
  15. 酒井信一郎. (2024). メディアディスコースとしてのスポーツリプレイ: H・コリンズによる「ユビキタスな専門知」を再 考する. メディア研究, 105, 73–90. 多々良直弘. (2014).

    好まれる事態把握と移動表現: 実況中継における移動表現と視点に関する一考察. 桜美林 論考. 言語文化研究,5, 21–35. 劉礫岩 & 細馬宏通. (2016). カーレースにおける実況活動の相互行為分析:出来事マーカーとしての間投詞と実 況発話の構成. 社会言語科学, 18(2), 37–52. Bonnet, V., & Lochard, G. (2015). TV broadcasting: Toward a pluri- and inter-semiotic approach. In P.M. Pedersen (Ed.), Routledge handbook of sport communication (pp. 38–45). Routledge. Gerhardt, C. (2008). Turn-by-turn and move-by-move : a multimodal analysis of live TV football commentary.In E. Lavric, G. Pisek, A. Skinner, & W. Stadler (Eds.), The linguistics of football (pp. 283–294). Gunter Narr. Kuiper, K., & Lewis, R. (2013). The effect of the broadcast medium on the language of radio and televisionsports commentary genres: The rugby union lineout. Journal of Sports Media, 8(2), 31– 51. その他実況に関する文献