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認知的閉じと指標性:ネガティブ・フィードバックとしての指標と集合的記号実践

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July 14, 2026
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 認知的閉じと指標性:ネガティブ・フィードバックとしての指標と集合的記号実践

日本記号学会第46回大会での研究発表。
本発表は、認知が自己の状態を通じてしか世界に関われない「認知的閉じ」を前提に、閉じた個体が集合的記号実践へ参与し、現実を共有する仕組みを問う。世界や他者から返される予期の破れ・抵抗・齟齬という「否定」を、主体の仮説や行為図式を修正するネガティブ・フィードバックとして捉え、これをパースの指標概念に結びつける。また共有現実の基盤を主体間の類似ではなく、位置・向き・役割・発話状況などのフレームを指標を介して相互に「較正」し続ける過程に求める。指標は対象を静的に指すものではなく、ズレの検出と適合の目印として働き、その反復が安定した社会的時空間を立ち上げ、集合的認知を記号論的に基礎づける、と結論づける。

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July 14, 2026

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Transcript

  1. 3 / 27 第 1 部 認知的閉じ 認知的閉じ / 理論動向

    / 制約と調整 / パースとの整合
  2. 前提を共有する理論動向 5 / 27 いずれも認知的閉じを出発点とする、ひとつの理論群がある。 自由エネルギー原理/ 能動的推論 エナクティビズム オートポイエーシス/ 二次サイバネティクス

    集合的予測符号化 (CPC) 本発表の足場 西田洋平『人間非機械論』 構造 いずれも認知的閉じを前提とする。本発表は西田洋平『人間非機械論』を足場に議論を進める。
  3. 制約——外部は「否定」としてのみ現れる 7 / 27 閉じたシステムにとって、外部は写し取られる対象ではなく 「できないこと」として現れる制約である 失敗時に顕著に現れる——水中で呼吸できない・食べられない(西田 2023, p.198) 内容を告げない——否定形で認知主体を拘束するだけ(同,

    pp.207-208) 引き金(trigger)にすぎない——変化の仕方はシステム自身の構造が決める(同, p.165) 制約と調整はワンセット——「否体」を受けてシステムが変容する 「制約は、出来ないことを指示するだけで、唯一無二の真理を告げるわけではない」 — 同(p.209)
  4. 調整——同化・調節、そして適合(fit) 8 / 27 「否定」を契機としてシステムの側が変容するというプロセスを 西田はピアジェの「同化・調節」を踏まえて以下のように整理する(p.199)。 同化(assimilation) 状況を既知の図式に取り込む 特定の状況の「再認」から始まる(p.203) 差異は無視されるか、予期へと同化される

    例:いつもの目印を「再認」して歩き続ける 調節(accommodation) 期待が破れたとき、図式の側が変わる 行為図式は攪乱され、変容を迫られる (p.204) 繰り返しが認知的適応=均衡化に至る (p.199) 例:目印が現れない——道順の想定を組み替える 「知識が実行可能であるために必要なのは、外的なものとの『一致(match)』ではなく、その状況への 『適合(fit)』である」 — 西田(2023, p.209)。適合(fit)=実行可能性(viability)の核 要点 同化も調節も、期待の成立/不成立——つまり「否定」の検出を軸に回る作動
  5. 指標=ネガティブ・フィードバック 9 / 27 伝統的な像——煙は火を、足跡は獲物を、風見鶏は風向きを、因果的連結によって指す。 「ただ『そこ!』と言うだけ」(CP 3.361)——だが、動的な定式もパース自身にある。 “Anything which startles

    us is an index, in so far as it marks the junction between two portions of experience.” 「我々を驚かせるものは何であれ、指標である——経験の二つの部分の接合点を標識す る限りにおいて」 — C. S. Peirce, CP 2.285 “It is by surprises that experience teaches all she deigns to teach us.” 「予期どおりに終わった実験からは、何ひとつ学ばれえない——経験は驚きによって教える」 — CP 5.51(1903年ハーバード講義) 対象の指示ではなく、主体の変化のトリガーとしての指標
  6. 同じ作動の、二つの記述 10 / 27 西田による制約・調整の記述は、指標のネガティブ・フィードバック解釈と整合する 西田:システム論の記述 制約——「否定」を返す外部 調整——同化・調節 適合(fit)=実行可能性 *認知的閉じを保ったままの記述

    パース:記号論の記述 二次性——抵抗・驚き 指標——「否定」の接合点を標識する記号 仮説の訂正——ズレの検出と修正 *CP 2.285・5.51(前スライド) ネガティブな制約・抵抗から出発する作動の二つの記述(に見える)
  7. ナビゲーションの例① 一人で進む 11 / 27 一人のナビゲーションは、仮説・衝突・修正というズレ検出の反復 仮説 「この先に川がある」 予測をたよりに歩く 衝突

    川が現れない 世界からの「否定」——驚き・攪乱 修正 引き返す・組み替える 仮説の側が調整される 「三人の男性が独立に、遠方へ旅したとき、太陽が東以外から昇っていると確信するようになった、 という逸話を自発的に語った」 — Levinson 1997: 108–109。世界を把握するためのフレームの訂正 操舵はサイバネティクスの語源。指標=ネガティブ・フィードバックという定式の原型とも言える ナビゲーションに際して何を目印/指標とするかが修正されていく
  8. 現実の共有の支点としての「類似」 14 / 27 「そうした共同的な現実は、なぜ実行可能性をもち得るのだろうか。……我々にとって他者とは、多 少なりとも自分と類似した存在である。……我々はそのような類似の他者と現実をつくるのだから、 それがある程度うまくいくのは当然である」 — 同上 類似を前提として、言語=調整(ランゲージング)が扱われる

    「各主体の行為図式の同化と調節のプロセスを経て達成されるはずである。だが究極的には、我々が 互いに類似しているということによって、それは支えられていると言える」(西田 2023) — 西田(2023, p.218) なぜ認知的に閉じているのに類似しているとわかるのか?
  9. 分岐——類似(イコン)か、指標(インデックス)か 15 / 27 共同的現実/社会的時空間は、何に支えられているのか 西田:類似(イコン)による基礎づけ あらかじめ似た主体が、同じ世界を持つ 根拠は「内容の似姿」=類似性 現実は、似た主体のあいだに在る *類似(イコン)もパース自身のカテゴリー

    パース+言語人類学:指標(インデックス) 似ていることから出発しない(類似も重要) 位置・向き・役割・発話状況を較正し続ける 現実は、相互行為のなかで立ち上がる *「似姿」ではなく「共-定位」の問題=二次性 社会的時空間=誰が・どこから・誰に対して・どの位置/役割/権限/履歴において語るのかが、相互行為のなかで配置される場 → 空間指示・方位・敬語・呼称・スタンス・レジスター・メタ語用論的調整へ 分岐 共有現実は、似た主体が同じ世界を持つから成立するのではなく 指標を介した相互調整の反復が、それを立ち上げるのでは
  10. 間主観への拡張:制約/抵抗としての他者 16 / 27 同じネガティブフィードバックの作動を 個体 世界から主体 主体へと拡張する 個体 世界

    世界との衝突 仮説が支えられないことの検出 主体 主体 他者との齟齬 もう一つのネガティブ制約源 同じ作動 構造 他者もまた、私のフレーミングに反証を与える制約源である。 他者との齟齬は、世界をどのフレームで捉えているかの齟齬として現れる (〈私〉と〈他者〉がどのくらい似ているかの齟齬)
  11. ナビゲーションの例② 他者との調整 17 / 27 他者が加わると、ズレの源は世界と他者の二重になる。 1 「そこを右」と指示する 私は自分のフレーム——私の右——で発話している 2

    相手が動けない 私の右か、あなたの右か——フレームのズレが露呈する 3 「どっちの右?」と問い返される ズレそのものが言説の中で指標される(メタ語用論的機能の作動) 4 「あ、自分から見ての右」と言い直す 投錨の原点と向きが明示され、指示が通る ダイクシスをめぐって、どのオリゴ(ビューラー)を 基点とするべきかをめぐる調整が働く 指示対象が何であるかの調整ではなく 何を基点として設定するかをめぐる調整:非言及的指標 (Silverstein, 1976)
  12. 較正(calibration)という調整プロセスの機構 18 / 27 較正:ズレを介した相互調整によって参照されるフレームを適合(fit)させる機構 入力 フレーミングのズレ 主体間の齟齬・反証 帰結 記号システムの

    集合的な構築・維持 相互調整 「較正(calibration)」は言語人類学者のマイケル・シルヴァスティンの用語 本発表はこれをやや単純化し、主体間のフレーミングのズレを調整し続けるプロセスとして用いる。 ※ 原義はより広く、出来事間——発話の出来事と、そこで語られる出来事の構造——の関係の型として定義される(Silverstein 1993: 48–49)。本発表はこれを主体間の調整へ焦点化している。またこの調整は、個体 世界の水準(Part 1の制約・調整)にも同 型に及ぶ(→まとめ「二つの体制」)。 命題 較正は“微調整”ではなく、システムを成り立たせる土台である。 このフレーム調整の目印となるのが(ある種の)指標
  13. 社会的指標性 19 / 27 シルヴァスティンは、指標を言及的/非言及的に分ける。 ——後者は、指示に貢献せず、相互行為のフレームを指標し、調整する。 言及的指標(referential) 「私」「ここ」「今」・時制など——指示に貢献しつつ、同時に発話状況を指標する(=ダイクシス/シフ ター)。 非言及的指標(non-referential)

    ★フレームを調整する 敬語・呼称・レジスター・スタンス——指示には貢献しない。誰が・誰に・どの関係で語るかという相互行為 のフレームを指標し、調整する。 「社会的指標性」は、この非言及的指標の秩序化(indexical order)として展開される ——本発表の較正が問題とするのはこの層 — 指標秩序は Silverstein 2003。言及的/非言及的の区別は Silverstein 1976
  14. ナビゲーション③ フレームの動的較正/安定 20 / 27 ナビゲーションを支えるフレーム自体が、絶えざる較正によって維持されている。 1 グーグ・イミディル語は空間記述に絶対方位(東西南北)を用いる 「タバコは西のテーブルの南の縁に」——小物の位置まで方位で記述される(Levinson 1997:

    100) 2 指差しも絶対方位で読まれる 話者は絶えず方位を計算し、互いの記述と身振りを方位で読み合う(Haviland 1993) 3 較正が止まれば、フレームは維持できない 方位語の使用が衰えた世代では、方位感覚も崩れつつある(Haviland 1998, 注1)——維持は較正の産物 「伝達システムに従う必要こそが、認知の収束を要求する」 — Levinson 1997: 125。 類似が認知の収束を可能とするのではなく、指標を介したフレーム の相互調整プロセスがと、時間をかけて安定した参照フレームを形 成していくことで認知の(十分な)収束が可能となる
  15. 同一の作動の異なるレイヤー 22 / 27 同じネガティブフィードバックの作動が 非反省的な摩擦と反省的な較正というそれぞれのレイヤーで機能 非反省的な摩擦(類似による世界の共有?) 世界との衝突 ズレは一方向に検出される (個体

    世界) 例:目印が現れない——世界からの「否定」 反省的・相互的な較正 他者との齟齬 他者もフレーミングし較正する主体 ズレが相互に検出・調整される 例:「どっちの右?」と問い返される ——他者からの「否定」 反省的体制の内部を分節する道具立て: シルヴァスタインの較正類型(reportive / reflexive / nomic) 構造 作動は同一、体制が異なる。協調は“選択”ではなく“作動”になる。
  16. 指標概念の再定位 23 / 27 パースの指標概念を、静的な関係から“ズレを介した較正的作動”として捉え返す 従来 対象との実在的関係 (静的な定式) 本発表 ズレを介した較正的作動

    世界投錨と間主観調整を貫く 再定位 “An Index or Seme (σῆμα) is a Representamen whose Representative character consists in its being an individual Second.” 「指標すなわちセーマとは、その表意的性格が個体的二次であることに存する表意体である」 — C. S. Peirce, CP 2.283 指標は「個体的二次」であり、それ自体で何かを指し示すのではなく、 むしろそれ自体が驚きを生み出す抵抗として出会われる
  17. 結論——本発表の主張 24 / 27 本発表の主張は、三点に集約される。 1 指標をネガティブフィードバックに駆動される動的なものとして捉え返す 2 フレームを相互調整する作動の目印として指標を位置づける 3

    絶えざる相互調整として、社会のなかて安定して参照されるフレームが(十分に)定まってい く 要点 冒頭の問いへの答え:閉じた主体は、世界や他者から返される「否」を通じて記号実践を較正し、 その反復が共有される現実を立ち上げる。
  18. 意義と射程 25 / 27 本発表は、集合的認知の記号論的基礎づけであり、その伝統の可能性の探索である。 意義 ① CPC をはじめとする集合的認知モデル への、記号論的基礎づけ(と拡張)

    意義 ② ネオサイバネティクス的伝統における、 認知的閉じから出発する記号論の可能性 結び 閉じた個体は、世界との衝突と他者との齟齬——「否定」——の検出を通じ てしか、自らの記号実践を較正できない。その較正の作動を支えるのが、 「否定」の検出であるとともに、「適合 fit」の目印として機能する指標記号
  19. 参考文献 26 / 27 Peirce, C. S. Collected Papers.(CP 2.248,

    2.283, 2.285, 5.51 ほか) Silverstein, M. (1976) Shifters, Linguistic Categories, and Cultural Description. In K. Basso & H. Selby (eds.), Meaning in Anthropology. School of American Research Press, 11–55. Silverstein, M. (1993) Metapragmatic Discourse and Metapragmatic Function. In J. A. Lucy (ed.), Reflexive Language. Cambridge UP, 33–58. Silverstein, M. (2003) Indexical Order and the Dialectics of Sociolinguistic Life. Language & Communication 23: 193–229. Silverstein, M. (2021) The Dialectics of Indexical Semiosis. IJSL 272: 13–45. 西田洋平(2023)『人間非機械論』講談社選書メチエ Brier, S. (2008) Cybersemiotics: Why Information Is Not Enough. U of Toronto P. Haviland, J. B. (1993) Anchoring, Iconicity, and Orientation in Guugu Yimithirr Pointing Gestures. J. Linguistic Anthropology 3(1): 3–45. Haviland, J. B. (1998) Guugu Yimithirr Cardinal Directions. Ethos 26(1): 25–47. Haviland, J. B. (2000) Pointing, Gesture Spaces, and Mental Maps. In D. McNeill (ed.), Language and Gesture. Cambridge UP. Levinson, S. C. (1997) Language and Cognition. J. Linguistic Anthropology 7(1): 98–131. Taniguchi, T. (2024) Collective Predictive Coding Hypothesis. Frontiers in Robotics and AI 11.