初期研修医のための急性咽頭炎鑑別入門〜伝染性単核球症を中心に〜

この資料は2025年6月の院内勉強会で使用したものです。咽頭所見から研修医が鑑別、診断、治療を行うための方法をまとめています。
後半は咽頭所見ではないものもありますが、見逃してはいけないkiller sore throatを示すRed Flagsについて解説しています。

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1. 初期研修医のための急性咽頭炎診断入門 〜伝染性単核球症を中心とした鑑別と戦略〜 独立行政法人国立病院機構西埼玉中央病院 耳鼻咽喉科 初期研修医 村上玉実 / 指導医 橋田祐樹 2025/06/18 17時 5階カンファレンス室
2. 急性咽頭炎とは のどに生じる炎症。ウイルスや細菌が原因となる。 のどが痛い のどがヒリヒリしたり違和感を感じる のみこむ時にのどが痛い 口が開きにくい のどの痛みが耳に伝わって耳が痛い 喋りにくい
3. 症例 22歳女性 【主訴】咽頭痛、発熱、倦怠感 【現病歴】 2025年X月Y日頃より咽頭痛の増悪と寛解を繰り返していた。 Y+3日 蕁麻疹が出現し、近医皮膚科を受診した際、 扁桃肥大を指摘され、耳鼻科受診を勧められた。 Y+4日 近医耳鼻科を受診。 急性扁桃炎(伝染性単核球症疑い)の診断で、 ジェニナックとトラネキサム酸処方を受け、当科紹介された。 処方された薬を10日ほど内服し安静にしていたが、 高熱が続き、倦怠感強く、咽頭痛により食事がすすまないため Y+14日に当科受診した。
4. 症例 22歳女性 【既往歴】1型糖尿病 ※今年診断がついたばかり 【内服薬】フェキソフェナジン塩酸塩錠60mg2T2×朝夕食後 インスリンリスプロ(2-4-5-0単位) インスリングラルギン 眠前3単位 【生活歴】喫煙:なし、飲酒:機会飲酒 【家族歴】特記事項なし 【アレルギー】特記事項なし
5. 入院時現症 体温 40.5度、血圧 96/46mmHg、心拍数 98回/分、SpO₂ 96% 身長 158.6cm 体重 48.8kg BMI 19.4 口腔 : 開口障害なし、頬粘膜や舌に明らかな異常なし 両側扁桃肥大Ⅲ度、白苔著明に付着 頸部 : 後頸部優位に小指頭大の柔らかく 可動性のある腫大したリンパ節を複数触れる 鼻腔 : 明らかな異常なし 耳 : 耳介・外耳道・鼓膜に異常なし
6. 入院時現症 <喉頭内視鏡所見> 喉頭粘膜は色調・形態ともに明らかな異常なし 声帯は左右対称で運動良好、 発赤・腫脹・白苔などの異常所見なし
7. 生化学 血算 免疫血清学的検査 TP 7.6 g/dL T-chol 99 mg/dL WBC 13,200 /μL EBウイルス抗VCA IgG 160 Alb 3.9 g/dL HDL-C 32 mg/dL NEUT 44 % EBウイルス抗VCA IgM 10 T-bil 1.3 mg/dL TG 88 mg/dL Lymph 50.9 % EBウイルス抗EBNA <10 AST 68 IU/L Na 137 mmol/dL Mono 4.4 % A群溶連菌抗原 (−) ALT 63 IU/L K 4.0 mmol/dL 異型リンパ球 12.4 % 咽頭アデノウイルス抗原 (−) ALP 64 U/L Cl 9l mmol/dL RBC 458 /μL インフルエンザA抗原 (−) LDH 737 U/L Glu 168 mg/dL Hb 13.8 g/dL インフルエンザB抗原 (−) CK 37 IU/L HbA1c 6.4 % Plt 11.7 万 /μL SARS-CoV-2抗原 (−) Γ-GTP 18 IU/L CRP 4.72 凝固 BUN 11.7 mg/dL PT 秒 20.3 Cre 0.84 mg/dL PT % 40.1 eGFR 71.45 ml/min PT INR 1.62 μg/mL APTT秒 40.2 Dダイマー 1.2 μg/mL 血液生化学所見 白血球↑、CRP↑ トランスアミナーゼ↑ 異型リンパ球↑ EBV抗VCA-IgM抗体↑ EBV抗VCA-IgM抗体↑ 抗EBNA抗体→
8. 腹部超音波検査(第4病日) 肝臓 : 両葉ともに大きさは正常上限。 内部は均一で描出範囲内に明らかな腫瘍性病変部なし 脾臓 : 軽度脾腫を認める 胆嚢、総胆管、膵臓、腎臓に特記すべき所見なし
9. 治療方針 伝染性単核球症を疑い、安静補液で経過を観察することとした。 また、糖尿病発覚後、初めての体調不良であった。 夜間を中心に低血糖になっており、 シックデイの教育も行うこととした。
10. 血液生化学所見(第6病日) 生化学 血算 TP 7.4 g/dL BUN 11.7→7.0 mg/dL WBC 13,200→4900 /μL Alb 3.6 g/dL Cre 0.84→0.58 mg/dL NEUT 44→25.4 % T-bil 1.3→0.6 mg/dL eGFR 71.45→109.21 ml/min Lymph 50.9→63.7 % AST 68→218 IU/L Na 137→142 mmol/dL Mono 4.4→7.4 % ALT 63→215 IU/L K 4.0→4.4 mmol/dL RBC 458→441 /μL LDH 737→442 U/L Cl 9l→104 mmol/dL Hb 13.8→13.1 g/dL CK 37→15 IU/L CRP 4.72→0.36 Plt 11.7 万→22.2万 /μL Γ-GTP 18→31 IU/L 入院時と比較して炎症反応改善 トランスアミナーゼ軽度上昇
11. 経過 咽頭痛、倦怠感は経時的に改善 第8病日 経過良好で退院。 0 1 2 3 4 5 6 7 8 34 35 36 37 38 39 40 41 1 2 3 4 5 6 7 8 体温と咽頭痛NRSの推移 体温 NRS
12. 急性咽頭炎の診察はどうする？ 救急外来の発熱はとりあえず全部インコロ？ 問診で風邪っぽければ解熱鎮痛薬を処方し帰宅？ 患者さんには我慢してもらい何本も鼻腔や咽頭検査する？
13. 咽頭所見から戦略を考え鑑別できるようになろう
14. 咽頭所見から戦略を考え鑑別できるようになろう •①伝染性単核球症 •②細菌性扁桃炎 •③アデノウイルス 白苔を伴う 扁桃肥大 •① 口腔咽頭カンジダ •②麻疹 •③ジフテリア 白色の 口腔粘膜疹 •①手足口病 •②ヘルパンギーナ 水疱を伴う アフタ性 口内炎
15. 白苔を伴う扁桃肥大 ①伝染性単核球症 ②細菌性扁桃炎 ③咽頭結膜熱
16. 白苔を伴う扁桃肥大①伝染性単核球症 【特徴】 EBV(一部CMV)が原因。 発熱、リンパ節腫脹、咽頭炎を三徴とし、 白苔を伴う扁桃腫大、肝脾腫、発疹を生じる。 kissing diseaseともよばれる。 【所見】 血液検査:白血球↑、異型リンパ球↑、AST↑、ALT↑、ALP↑、γ-GTP↑ 確定診断は血液検査で抗VCA-IgM抗体、抗VCA-IgG抗体、抗EBNA抗体 CMVが原因の場合は… 血液検査:CMV-IgM抗体、CMV-IgG抗体ペア血清
17. 白苔を伴う扁桃肥大①伝染性単核球症 【治療】 安静と対症療法(解熱鎮痛薬、補液)が主体。 ※ペニシリン系薬は皮疹を生じさせるため禁忌。 【補足】 EBVは3歳までに約80％が初感染を受けるが、不顕性感染に終わることが多い。 CMV感染はEBVと比べ軽度である。
18. 白苔を伴う扁桃肥大②細菌性扁桃炎 【特徴】 A群β溶連菌(一部黄色ブドウ球菌、肺炎球菌、インフルエンザ桿菌、緑膿菌など)が原因。 発熱、咽頭痛、白苔を伴う扁桃肥大がみられる。 全身リンパ節腫脹や肝脾腫はみられない。 【所見】 咽頭迅速A群溶連菌抗原検査 確定診断咽頭培養検査 【治療】 ペニシリン系抗菌薬
19. 白苔を伴う扁桃肥大③咽頭結膜熱 【特徴】 アデノウイルスが原因で、プール熱とも呼ばれる。 急な発熱で発症し咽頭炎(白苔を伴う扁桃肥大)、結膜炎を認める。 【所見】 咽頭や結膜迅速アデノウイルス抗原検査、遺伝子検査 確定診断ウイルス分離、ペア血清 【治療】 安静と対症療法(補液、解熱鎮痛薬)が基本。
20. 白色の口腔粘膜疹 ①口腔咽頭カンジダ ②麻疹 ③ジフテリア
21. 白色の口腔粘膜疹①口腔咽頭カンジダ 【特徴】 免疫能低下や菌交代現象により、口腔内にCandida属菌が増殖することが原因。 白色の口腔粘膜疹を形成し，ときに潰瘍を生じる。 【所見】 白苔がこすって取れるか(偽膜性) 確定診断病変部培養検査によるCandida属菌の分離 顕微鏡による仮性菌糸の確認 【治療】 フルコナゾール，イトラコナゾールの経口投与
22. 白色の口腔粘膜疹②麻疹 【特徴】 麻疹ウイルスが原因で「はしか」とよばれる。 発熱、上気道感染症状、結膜炎症状の終わりに 両側頬粘膜に白色粘膜疹(koplic斑)が出現。 やや解熱後再び発熱し、顔面・体幹中心に融合性の発疹を生じる。 【所見】 血液検査で白血球数↓ ツベルクリン反応検査(ツ反)陰転 確定診断血清抗体検査、遺伝子検出、ウイルス分離培養 【治療】 対症療法
23. 白色の口腔粘膜疹③ジフテリア 【特徴】 ジフテリア菌のジフテリア毒素が原因。 白色の口腔粘膜疹(偽膜) 、心筋炎、多発神経炎などを合併。 【所見】 咽頭・扁桃に灰白色の偽膜(剥がすと出血) 確定診断培養、遺伝子検査(PCR法) 【治療】 抗毒素血清 抗菌薬(ペニシリンまたはエリスロマイシン)
24. 水疱を伴うアフタ性口内炎 ①手足口病 ②ヘルパンギーナ
25. 水疱を伴うアフタ性口内炎①手足口病 【特徴】 コクサッキーウイルスA群やエンテロウイルス71型が主な原因。 夏季に乳幼児に流行し，口腔内，手，足に水疱、潰瘍をきたす。 【所見】 特別な検査は行わない。 問診や視診で診断する。 【治療】 対症療法
26. 水疱を伴うアフタ性口内炎②ヘルパンギーナ 【特徴】 コクサッキーウイルスA群が原因。 夏季に乳幼児に流行し，口腔粘膜にのみ水疱疹をきたす。 【所見】 特別な検査は行わない。 問診や視診で診断する。 【治療】 対症療法
27. イチゴ舌 ①猩紅熱 ②川崎病
28. イチゴ舌①猩紅熱 【特徴】 A群β溶連菌が原因。 高熱、咽頭炎・扁桃炎、毒素による全身性の赤い発疹を伴う。 口囲蒼白、イチゴ舌がみられる。 【所見】 血液検査:白血球数↑、CRP(＋)、ASO↑，ASK↑を認める． 確定診断咽頭培養による菌の同定、 迅速診断キットによる抗原検出 【治療】 ペニシリン系薬が第一選択．
29. イチゴ舌②川崎病 【特徴】 原因不明に乳幼児の皮膚・粘膜・リンパ節などが侵される。 【所見】 ①発熱 ②両側眼球結膜の充血 ③口唇の紅潮、苺舌、口腔咽頭粘膜のびまん性発赤 ④発疹(BCG接種痕の発赤を含む) ⑤四肢末端の変化 ⑥非化膿性頸部リンパ節腫脹 【治療】 冠動脈瘤の予防を目的に免疫グロブリン静注(IVIg)療法、アスピリン
30. 危険な咽頭痛 Killer sore throat ①扁桃周囲膿瘍 ②咽後膿瘍 ③急性喉頭蓋炎 ④Lemierre症候群 ⑤Ludvig’s angina 放置すると上気道閉塞をきたすRed Flags 流涎→唾液の飲み込みが難しくなる 呼吸困難・声の変化(muffled voice) 嚥下困難 吸気性喘鳴 Tripod position(頸部進展)
31. Killer sore throat①扁桃周囲膿瘍 【特徴】 扁桃炎が被膜を越え波及した扁桃周囲炎が、さらに増悪し膿瘍を形成したもの。 発熱、片側性の強い咽頭痛、嚥下痛、嚥下困難、脱水、開口障害(牙関緊急)、 構音障害(含み声)。 【所見】 片側口蓋扁桃周囲の著明な発赤・腫脹、口蓋垂の健側偏位 喉頭ファイバースコープで咽喉頭の炎症、浮腫 頸胸部造影CTで膿瘍の部位や進展範囲を評価
32. Killer sore throat①扁桃周囲膿瘍 【治療】 原則入院で抗菌薬の全身投与、切開排膿。 排膿が困難な場合や効果が見られない場合膿瘍即時扁桃摘出術。 治癒後に扁桃摘出術を行うことも。
33. Killer sore throat②咽後膿瘍 【特徴】 A群β溶連菌、黄色ブドウ球菌、嫌気性菌などによる 扁桃炎、上気道感染、う歯の膿瘍が咽頭後隙にある 咽頭後リンパ節にできたもの。 【所見】 高熱、咽頭痛、嚥下痛、開口障害、呼吸障害や頸部腫脹、 異常な頭位をきたす。 X線やCTで頸部にガス壊疽を認める場合は重篤 【治療】 切開排膿、抗菌薬
34. Killer sore throat③急性喉頭蓋炎 【特徴】 レンサ球菌，黄色ブドウ球菌などが原因。 喉頭蓋に限局した急性蜂窩織炎。 気道が閉塞し、窒息死する場合もある。 高熱、咽頭痛、嚥下痛、嚥下障害(流涎)、含み声など。 その後急速(数時間以内)に吸気性喘鳴、努力性呼吸へ症状が悪化する 【所見】 喉頭鏡や喉頭内視鏡で : 喉頭蓋の著明な発赤や腫脹 頸部X線(側面)像で，喉頭蓋の著明な腫脹(thumb sign)や 喉頭蓋谷の消失(vallecula sign)を認める．
35. Killer sore throat③急性喉頭蓋炎 【治療】 ⒈薬物療法 抗菌薬 ステロイド吸入・全身投与 ⒉気道確保 気管挿管 輪状甲状靱帯穿刺 気管切開
36. Killer sore throat④Lemierre症候群 【特徴】Fusobacterium属(嫌気性菌)が原因。 口腔咽頭感染が内頸静脈へ波及し、血栓性静脈炎や敗血症性塞栓に。 【治療】抗菌薬
37. Killer sore throat⑤Ludvig’s angina ほとんどが歯科領域の口腔底感染が原因。 顎下・舌下間隙を経由して両側頸部蜂窩織炎に。 【所見】下顎〜頸部にかけて腫大し、木のように硬くなる 舌の腫大と前方偏位「二枚舌サイン」 【治療】+外科的ドレナージ
38. 放置すると上気道閉塞をきたすRed Flag ・座位にしてモニター管理 ・Aの確保 →バッグバルブマスク換気 →同時に輪状甲状靱帯穿刺・切開、気管挿管、緊急気管切開の準備 ・専門医にコンサルト(救急科、麻酔科、耳鼻咽喉科) ・血液検査培養採取、抗菌薬準備 非専門医ができること…
39. 考察 風邪 咽頭痛 問診 視診 粘膜病変 あり なし 白苔 白色 病変 培養 診断キット 血液検査 ウイルス 視診 培養 診断キット 血液検査 ウイルス 細菌 真菌 アフタ ウイルス 細菌 伝染性単核球症 咽頭結膜熱 細菌性扁桃炎 麻疹 口腔咽頭カンジダ ジフテリア 手足口病 ヘルパンギーナ 視診 問診
40. 考察 咽頭炎の治療は基本的に… 抗ウイルス性または軽症：アセトアミノフェン，NSAIDs、補液などによる対症療法 細菌性または中等症以上：抗菌薬 口腔咽頭カンジダ : 抗真菌薬 ジフテリア : 抗毒素血清、抗菌薬 川崎病 : 動脈瘤予防に免疫グロブリン、アスピリン
41. 考察 上気道閉塞＝怖い咽頭痛 Red Flags(流涎、呼吸困難・声の変化、嚥下困難 吸気性喘鳴、Tripod position)をみたら Killer sore throat①扁桃周囲膿瘍②咽後膿瘍 ③急性喉頭蓋炎④Lemierre症候群⑤Ludvig’s anginaを疑う 座位にしてモニター管理、酸素投与、ルート確保
42. ご清聴いただき、ありがとうございました！