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日本語史から見た聖書の日本語訳

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May 11, 2026
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 日本語史から見た聖書の日本語訳

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Yasuhiro Kondo

May 11, 2026

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  1. 聖書の日本語翻訳の流れ 2 日本語による聖書翻訳の歴史は、四百年を超える長さを持っている。 • 16世紀後半〜17世紀初頭 : イエズス会宣教師による翻訳(はじめての翻訳・文語体) • 1880年 :

    明治元訳新約聖書(明治文語文の典型) • 1887年 : 明治元訳旧約聖書(その後の長い規範) • 1917年 : 大正改訳新約聖書(文語体としての完成) • 1955年 : 『口語訳聖書』( 戦後の国語国字改⾰の流れ) • 1978年 : 『共同訳』 (エキュメニカルな表現) • 1987年 : 『新共同訳』 (定着しやすい日本語) • 2018年 : 『聖書協会共同訳』 (正確さと典礼性) 本発表では、この翻訳史を日本語史、とくに文体史・敬語史の流れの中に位置づけて考える。
  2. キリシタン時代の翻訳 3 • 日本語による聖書翻訳の最初期は、16 世紀後半〜17 世紀初頭にさかのぼる。 • フランシスコ・ザビエルの渡来以降、宣教師たちは布教のために福音書の一部や祈祷文 を日本語に翻訳した。 •

    聖書全体を翻訳したものが公刊されたかどうかは不明である。 • 刊本の『どちりいなきりしたん』 『ぎや・ど・ぺかどる』 、および宣教師バレトによる 『バレト写本』 『日葡辞書』などから、当時の翻訳の実態を知ることができる。 最初期の翻訳史料は、日本語による聖書受容の出発点を⽰している。
  3. 明治・大正期の翻訳事業 4 • 幕末・明治期になると、プロテスタント宣教師たちによる翻訳が本格化した。 • 中心的な事業は、当時の聖書会社(聖書協会の前身)が担った。 • ヘボン(J. C. Hepburn

    ) 、ブラウン(S. R. Brown )らが主要な役割を果たした。 • 1880 年に新約聖書、1887 年に旧約聖書が完成し、これらがいわゆる『明治元訳』である。 • 1917 年には新約部分が改訂され、より洗練された文語体として広く読まれることになった。 主要人物 ヘボン(J. C. Hepburn, 1815–1911) : ブラウン(S. R. Brown, 1830–1912) : 明治・大正期は、⽇本語の文語訳聖書が形を整えた重要な時代である。 グリーン(D. C. Greene, 1843–1913) マクレイ(R. S. Maclay, 1824–1907)
  4. 戦後の口語化と共同訳 5 • 戦後になると、国語の平易化への運動が進み、 聖書翻訳にも口語化の流れが及んだ。 • その中で、1955 年に『口語訳聖書』が刊⾏された。 • さらに、プロテスタントとカトリックの共同事業として

    翻訳が進められた。 • 1978 年『共同訳』 、1987 年『新共同訳』 、 2018 年『聖書協会共同訳』へと展開してきた。 戦後の翻訳史は、 「平易な日本語」と「教派を超えた共同性」という⼆つの軸で捉えられる。
  5. 具体的な例 ― 「主の祈り」の変遷― 7 • 各時代の翻訳の差異を端的に示す例として、 「主の祈り(主禱文) 」の冒頭部分を比較す る。 •

    対象は、マタイ6 章9 〜13 節に相当する箇所である。 • キリシタン版、幕末・明治期の訳、文語改訳、口語訳、現代の共同訳を並べる。 • 「天にまします」 「願はくは」 「御国を来らせ給へ」などの定型句が、時代ごとの文体規範 を映す。 「主の祈り」は、聖書日本語訳の文体変化を観察するためのよい定点である。
  6. 最初期資料としての『バレト写本』 8 • 最初期の聖書翻訳として、キリシタン期の『バレト写本』 (1591 年頃写、ヴァチカン図書館所 蔵)がある。 • ポルトガル人宣教師マヌエル・バレトがローマ字で書写した福音書抄訳である。 •

    当時の日本語聖書翻訳の資料として、その価値はきわめて高い。 • バレトは『日葡辞書』の作成にも関与したと考えられ、当時のポルトガル人として最高水準の 日本語能⼒があったと思われる。 キリシタン期資料は、翻訳語だけでなく、当時の日本語理解の水準も示している。
  7. 比較する翻訳資料 9 「主の祈り」冒頭部を、次の流れで比較する。 1600 『どちりなきりしたん』 キリシタン教義書の文体 1858頃 ベッテルハイム訳 漢和対照馬太伝福音書草稿 1868

    プチジャン訳 聖教日課・明治元年版 明治 明治元訳 漢文訓読的な文語 大正 大正改訳 洗練された文語訳 1955 口語訳 平明な戦後口語 2018 聖書協会共同訳 現代共同訳の表現 同一箇所を縦に並べることで、文語から⼝語への推移が⾒えやすくなる。
  8. キリシタン版と幕末訳 10 どちりなきりしたん・1600(ぱあてるのすてる) てんにましますわれらが御おや、御名をたつとまれたまへ、御代きたりたまへ。てんにをひておぼしめすまゝなるご とく、ちにをひてもあらせたまへ。 Pater noster, qui in caelis

    es,sanctificetur nomen tuum,adveniat regnum tuum,fiat voluntas tua, sicut in caelo et in terra. ベッテルハイム・漢和対照馬太伝福音書草稿・6・9・1858頃 ワレラガ チゝ、テンニ イマシテ、ナンヂガ 名 聖ト ナリタイ、ナンヂガ クニ クダリテ、ナンヂガ ヲヘセ ナルコトヲ ヱタイ チニ アッテモ テンニ アルガ コトグ。 Πάτερ ἡμῶν ὁ ἐν τοῖς οὐρανοῖς ἁγιασθήτω τὸ ὄνομά σου ἐλθέτω ἡ βασιλεία σου γενηθήτω τὸ θέλημά σου, ὡς ἐν οὐρανῷ καὶ ἐπὶ γῆς· 初期訳には、宣教現場における日本語理解の原型と、⼝語的把握の痕跡が残る。
  9. 「主の祈り」に見る文体変化 13 • 「天にまします/天にいます∕天におられる」の変化は、敬語表現と⼝語化の両⾯を⽰す。 「まします」は和文的、 「います」は訓読文的。キリシタン時代に、⽇本語訳のプロトタイプ ができあがっている。 • 「願はくは」などの漢文訓読的祈願表現は、 「〜ますように」という現代的な形式へ移る。

    • 「御名」 「御国」 「御心」は定型性を保ちながら、周囲の文体が変化している。ちなみに「御 国」の古例「⽣ける仏のみくにとおぼゆ」 (源氏物語・初音) 「み」は、帝や神物に使う。 • 翻訳の変遷は、単なる語句の置き換えではなく、日本語の文体規範の変化を反映している。 聖書翻訳の日本語は、信仰のことばであると同時に、⽇本語史の貴重な観察対象である。
  10. 明治元訳における敬語 ◆ 16 明治期の小説や新聞の地の文では、一般に尊敬語・丁寧語は用いられない。 ところが明治元訳では、神・イエスについて限定的な敬語が用いられる。 本動詞「たまふ」 其証を衆の人に予たまへば也 (使徒行伝・17 ・31 )

    補助動詞「たまふ」 イエスの彼等に命じ給ふ所の山 に至り (マタイ伝・28 ・16 ) 接頭辞「み」 イエスの御霊これを許さゞりけ れば (使徒行伝・16 ・7 ) ここでの敬語は、その場ごとの自然な敬意表現ではなく、 神あるいはイエスに対して統一的に施された、意識的な文体操作である。 明治元訳の敬語は、 「たまふ」と「み」による限定的・体系的な運用であった。
  11. 翻訳委員会の方針 ◆ 17 明治元訳の敬語方針は、翻訳委員会の方針として明文化されていた。 明治16 年(1883 年)のミッショナリー会議プロシーディングズに、 ヘボンの “PRINCIPLES OF

    TRANSLATION INTO JAPANESE” が収められている。 その第7 条が、敬語の使用について規定している。 7 To avoid the use of honorific terms or phrases, especially the change in the voice of the verb; the only exception to this rule being in the use of Mi and Tamau in speaking of a Divine person. 敬語を避けることを原則とし、神格に限って “Mi” と “Tamau” を例外とした。
  12. 第7 条の意味 ◆ 18 第7 条の趣旨 敬語や敬称の使用、特に動詞の態(voice )の変更を避ける。 唯一の例外は、神格について語る際の「給う(Tamau )

    」や「御(Mi ) 」の使⽤である。 「る・らる」型の敬語や、広範な敬称の使用は避ける。 神・イエスに関してのみ、 「給ふ」と「御(み) 」を用いる。 元訳の本文は、この原則に沿ってかなり一貫して運⽤されている。 これは、敬語を「入れすぎない」ための統制であり、同時に「入れるべき敬語」を定めた方 針でもある。 明治元訳は、それまでの敬語を排除したのではなく、最小限の形式に限定して制度化した。
  13. 比較:バレト写本と明治元訳 ◆ 20 マタイ9 章1 〜2 節に相当する箇所を比べると、キリシタン期の敬語の豊かさと、 明治元訳の敬語の抑制的な運用が対照的に⾒える。 バレト写本 ゼズス御舟に召して、御在所に着かせ給ふに、

    中風を病んで床に就きける者を具し奉れば、 その者共のヒイデスを御覧あって、病人に…… と宣ふ に 明治元訳 イエス舟に登わたりて故邑に至ければ、 癱瘋にて床に臥たる者を人々舁來れり。 イエス彼等が信ずるを見て癱瘋の者に⽈けるは…… キリシタン期:御舟・御在所・着かせ給ふ・具し奉れば・御覧・宣ふ ∕ 明治元訳:主に「イエス」の⾏為を 尊敬語で限定的に処理 敬語の量と種類の違いは、時代ごとの物語文体・翻訳方針の違いを示している。
  14. 聖書翻訳と言語の標準化 ◆ 22 ― ルター訳と明治元訳― 聖書翻訳が、文体の創成となることがある。 その好例が、ルターのドイツ語訳聖書である。 新約は1522 年、全訳は1534 年に刊行された。

    ルターは「民衆の口元を見る」と述べ、官庁用語を骨格としつつ、 市井の生きた⼝語を流し込んだ。 その結果、地域差を超えた新しい書きことばが構築された。 Dem Volk aufs Maul schauen —— 「民衆の口元を⾒る」 聖書翻訳は、単なる訳文作成を超えて、標準的な文体の形成に関わりうる。
  15. 翻訳委員会の意識 ◆ 24 1872 年(明治5 年) 、翻訳委員会はアメリカ聖書協会本部に報告を送っている。 そこでは、翻訳を各教派に送り、許可を得ることなどが定められていた。 つまり、聖書翻訳は委員会内部だけで決定されたものではなかった。 教派を超え、多くの読者に受け入れられる「日本語の聖書」を作ろうとする意識があっ

    た。 1876 年の記事に見る証言 Christian Intelligencer に紹介された S. R. Brown の書翰には、 翻訳委員会の文体意識が明確に述べられている。 明治元訳の背後には、 「理解しやすさ」と「文学的な尊重」を両立させる意図があった。
  16. S. R. Brown の書翰 ◆ 25 1876 年の Christian Intelligencer

    に転載された書翰では、翻訳委員会の目標が次のように述べられている。 原文 They desire to produce a version of the Scriptures that shall not only be intelligible to the people, but commend itself to their respect as a literary production, and so become in time as King James' version has affected the English-speaking portion of mankind. 訳 彼等は、この聖書を単に民衆に理解しやすいというだけではなく、 文学作品としても尊重されるものとし、 欽定訳聖書が英語圏の人々に及ぼしたのと同じような影響を、 日本においても成し遂げることを意図していた。 「分かる日本語」であると同時に、 「尊重される文学的⽇本語」であることが求められていた。 明治元訳は、日本語の標準的文体をめぐる近代的な企図の中に位置づけられる。
  17. 中国における Term Question 19 世紀の漢訳聖書では、God の訳語をめぐり二つの潮流が並立した。 代表委員会訳(代表訳) BC 訳 1852

    〜54 年 英国系宣教師を中心 God を「上帝」と訳す 1859 年初版 1861 〜62 年再版 ブリッジマン・カルバートソン訳 God を「神」と訳す 「上帝」か「神」かという対立は、漢訳聖書研究では周知の論点である。 27
  18. 28 日本における従来の理解 ヘボン・ブラウンら米国系宣教師は、初期から BC 訳を採⽤した。 明治元訳以降の和訳聖書は、一貫して「神」を⽤いることになった。 そのため、日本では中国のような訳語対立は回避された、というのが従来の通説であ る。 “The term

    for God is not debatable.” ブラウンは1868 年の英国聖書協会報で、God の訳語は論争の対象ではないと述べてい る。 しかし、訓点聖書の現物資料を見ると、この通説は再考を迫られる。
  19. 29 訓点聖書の調査結果 訓点旧約聖書では、聖書会社と底本の関係がほぼ完全に対応している。 刊行主体 底本 God の訳語 米国聖書会社 BC 訳

    神 北英国聖書会社・大英国聖書会社 代表訳 上帝 1883 年には、米国会社版『箴言』 (BC 訳・神)と、北英国会社版『箴言』 (代表訳・上帝)が並⾏して刊⾏ された。 明治18 年刊『創世記』 (北英国聖書会社版)は「太初ノ時ニ、上帝天地ヲ創造セリ」と始まる。 中国の英米宣教師間の訳語対立は、⽇本国内でも同時並⾏的に再現されていた。