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需要推定+構造推定入門 & イノベーターのジレンマについて

Kaede Hanazawa
December 20, 2023
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需要推定+構造推定入門 & イノベーターのジレンマについて

需要推定+構造推定入門 & イノベーターのジレンマについてゼミで発表したもの。共同執筆。

Kaede Hanazawa

December 20, 2023
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  1. 需要推定は見た目より難しい • ミクロ理論の一番最初(の方)に出てくる需要関数 • 需要関数を推定できたら嬉しいことがいっぱい • 価格をいくらにしたら消費者がどんくらい買ってくれるかわかる • 利潤を最大化する価格を設定することができて嬉しい •

    消費者余剰・生産者余剰がわかる ⇒ 政策評価ができて嬉しい • 企業の合併後に市場がどう変化するかわかる ⇒ 合併を止めるべきか どうかわかる ⇒ 消費者がより幸せに • 例:どうしたら売り上げや利益が増える? • 商品価格を変えたら?(250ml のコーヒーを 150 円 →130 円にしたら どうなるか?) • 商品のバリエーションを増やしたらどうなる?(100ml のコーヒーを 出してみるとどうなる?) ⇒ 売り上げ量と価格やその他の属性の関係を表す需要関数が知り たい! 4 / 23
  2. 線形回帰してみる • ある商品の価格を変えたら売り上げ量がどうなるか? ⇒ 数量 on 価格で回帰してみる (t = 1,

    ... , T は期間や市場) ln Qt = 𝛼 ln Pt + 𝜖t • 消費者はいろんな属性を見て判断してそう ⇒ 味・売られている場 所・時間など他の変数を回帰式に突っ込んでみる ln Qt = 𝛼 ln Pt + X⊤ t 𝛽 + 𝜖t 5 / 23
  3. 線形回帰してみる • 消費者がこの商品 j を買うかどうかは、他の商品の価格も考慮して 決めてるはず ⇒ 他の商品の価格も突っ込む (商品は j

    = 1, ... , J あるとする) ln Qjt = 𝛼j ln Pjt + X⊤ jt 𝛽j + k≠j 𝛾jk ln Pkt + 𝜖jt • この時点で全部で J2 以上のパラメータがある... • 他の商品の特徴も全部入れないとだめじゃない? ⇒ 推定しないといけないパラメータの数がとんでもないことに... 6 / 23
  4. • 価格と誤差項の相関もありそう(ある)⇒ 内生性バイアス • そもそも、現実で売れている商品の数量は需要と供給の均衡で決まっ ているはずなので同時性バイアス(simultaneity bias)の問題がある Figure: from 北野

    (2012) • 手元の売り上げデータを良い感じに近似する曲線を出してもそれは 需要関数とはいえない • 操作変数を J2 以上の変数に対して用意すれば識別できるが、操作変 数は見つけるのが困難で、そんなに都合よく存在しない ⇒ 別のアプローチ(構造推定)を考えてみる 7 / 23
  5. 構造推定とは • IO の実証分析で主に使われる • 実際の状況に応じたモデルを作り、そのモデルそのものを推定する アプローチ • モデルに関係する結果変数を利用し、モデルのパラメータ(効用関 数や需要関数、生産関数)を推定する

    • 推定したモデルを通して、 まだ実現していない政策を、もし実行したらどうなるか?をシミュ レーションすることができる(反実仮想シミュレーション) • いわゆる RDD や DID などのアプローチは政策の事後的な評価のみ 9 / 23
  6. 離散選択モデル 消費者 i が製品 j の購入から得られる効用 Ui を次のように定義する; Ui =

    𝛽0 + K k=1 𝛽kxk j − 𝛼pj + 𝜀ij j = 1, · · · , J 𝜀i0 j = 0 • (𝛼, 𝛽0, · · · , 𝛽K ) は消費者の選好を表し、𝛽k は属性 k の相対的な重要 性をとらえている • j = 0 は「その財を購入しない」という選択を表す • 𝜀ij は確率変数であり、定量化できない属性も含め、個人・製品ごと に特有の選好へのショックを表す( 「同じ製品の集合を見て、誰もが 同じ製品を選ぶ」ということは考えにくく、このことを表している) • ここでは、𝜀ij は第一種極値分布という分布に従うとする • 消費者の選択 di は以下の通り。 di = argmaxj∈{1,··· ,J}Uij 11 / 23
  7. • パラメータを推定するときのアイデアとして、顕示選好の考えを用 いる • つまり、実際に i が選択した製品 di は di

    = argmaxj∈{1,··· ,J}Uij を満たす、と仮定する • このアイデアを、最尤推定法によってこのアプローチに落とし込む 尤度関数は次のようになる; L(𝜃) = N i=1 J j=0 pr{di = j}1{di =j} 12 / 23
  8. • この尤度関数を 𝜃 = (𝛼, 𝛽0, · · · ,

    𝛽K ) について最大化することで、パ ラメータの推定量を得られる • pr{di = j} は (𝛼, 𝛽0, · · · , 𝛽K ) を含み、i を含まない式であるが、上の ようにしてその値を求められる • 今扱っているマーケットの潜在的な消費者を M とすれば、pr{di = j} は i に依存しないので、 qj = M × pr{di = j} により第 j 財の需要を推定できる。具体的には、 qj = M × exp(𝛽0 + K k=1 𝛽kxk j − 𝛼pj + 𝜀ij ) 1 + J j=1 exp(𝛽0 + K k=1 𝛽kxk j − 𝛼pj + 𝜀ij ) で財 j の需要関数が推定できる。1導出は Train (2009) を参照。 1これは Berry(1994) によるモデルで、IIA など財の間の代替を捉えることができてい ない。Berry, Levinsohn, Pakes (1995) による BLP アルゴリズム(ランダム係数モデル) に拡張することでより柔軟なモデルを推定することができる 13 / 23
  9. 離散選択モデル:まとめ • 仮定 1: 消費者は効用を最大化するように財を選択する(顕示選好) • 仮定 2: 財 j

    の需要関数を知りたいとき、財 j の市場シェアを sj とすると、ア ウトサイドグッズの市場シェアとの比を計算することで、 log sj s0 現実に観察される = 𝛽0 + K k=1 𝛽kxk j − 𝛼pj 現実に観察されない と効用関数のパラメータ(観察されない)を市場シェアの比(観察 される変数)で表現することができる。 (Berry の逆インバージョン) ⇒ 市場シェアのみから効用関数を推定できる。 • 仮定 3:個人ごとの観察されない誤差項 𝜀ij が第一種極値分布に従う 14 / 23
  10. イノベーターのジレンマ : Igami (2017) • Christensen (1997):新技術の導入がそれほど難しくない場合でも、 既存企業は参入企業に遅れをとる傾向があると論じた • なぜか?

    どんな理由で? どう実証分析するか? ⇒ 構造推定! • Igami (2017):構造推定によってハードディスク産業で起こっていた イノベーターのジレンマが発生する理由を解明 Figure: Figure 1 of Igam (2017) 16 / 23
  11. Igami (2017)の仮定と結果 • 仮定 1:企業は毎期、{exit, stay, innovate, potential entrant}の 4

    つか ら 1 つの状態を選択する • 仮定 2:企業にとって将来に関する不確実性がない • 仮定 3:将来を見越して毎期クールノー(数量)競争をする • 結果:需要の共食い(カニバリゼーション)が既存企業と参入企業 とのイノベーションのギャップの約 57%を説明した • i.e., 既存企業はイノベーションをしてしまうと、従来の市場にある自 社製品と新しい製品の間で需要が分裂してしまうことを考慮して、イ ノベーションを控えていた • 反実仮想 1:特許制度を最強にして、最初にイノベーションした企業 のみがその技術を使える場合の経済厚生・企業の利潤をシミュレー ション • 反実仮想 2:特許の使用料を特定の値に調整したときの、企業数や経 済厚生・利潤などをシミュレーション 18 / 23
  12. 実務・研究での活用例 • Jean-Pierre Dubé and Sanjog Misra (2022): SaaS 企業で

    A/B テストと需要推定モデルを組み合わせて最適価格設定を 提案してついでに消費者厚生も分析した論文 • Malika Korganbekova and Cole Zuber (2023): オンライン小売のデータを使って、AB テストでデータを作り、深層学習で 抽出した画像特徴量やユーザーのマウスの動きのデータを使って構造推定、 反実仮想は企業のアルゴリズムを実際に改良した論文 • Kawai, Toyama, and Watanabe (2021): • 「もし全員が投票」したら、選挙結果はどのように変化するか? • 投票行動モデルを構築し、選好と投票コストを推定。そのうえで反実 仮想シミュレーション • Fowlie, Reguant, and Ryan (2016): • 排出権取引の政策ルールを変更したら、どのような均衡が実現す るか? • 動学的な寡占競争モデルを用いた構造推定アプローチ • セメント産業を描写する理論モデルを構築し、その要素 (需要関数・ 費用関数など) を推定 • 結果: 排出権取引などの環境政策が必ずしも社会厚生改善に寄与しない 22 / 23
  13. 参考文献 • Steven T. Berry (1994). Estimating Discrete-Choice Models of

    Product Differentiation. The RAND Journal of Economics, Vol. 25, No. 2, pp. 242-262 • Igami, M. (2017). Estimating the Innovator’s Dilemma: Structural Analysis of Creative Destruction in the Hard Disk Drive Industry, 1981. Journal of Political Economy, 125(3), 798-847. • Steven T. Berry & Philip A. Haile (2021). Handbook of Industrial Organization, Volume 4, Chapter 1, Foundations of demand estimation. • 上武康亮, 遠山祐太, 若森直樹, 渡辺安虎 (2023). 『実証ビジネス・エコノミ クス』. 日本評論社 • 北野泰樹 (2012). 『需要関数の推定- CPRC ハンドブックシリーズ No. 3 -』 • Train, K. (2009) Discrete Choice Methods with Simulation, 2nd ed., Cambridge University Press. 23 / 23