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寺沢拓敬 2024. 09. 「言語政策研究と教育政策研究の狭間で英語教育政策を考える」

TerasawaT
September 28, 2024

寺沢拓敬 2024. 09. 「言語政策研究と教育政策研究の狭間で英語教育政策を考える」

第3回言語社会学研究ワークショップ(2024年9月28日)
講演
寺沢拓敬(関西学院大学)

TerasawaT

September 28, 2024
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Transcript

  1. 日本の英語教育政策と言語政策一般の違い 日本の英語教育政策 言語政策一般 学校教育を前提に する 必ずしもしない 政府の存在感 大きい(とくに初等中等教育) 必ずしも大きくない 政策過程のフォーマルさ

    高い 必ずしも高くない 「言語」の定義 自明 基本的には自明だが「言語は不可算」「定 義は流動的」という異議申し立ても 存廃をめぐる論点 少ないかほぼない(英語教育の重要性 は自明視されがち) 重要な論点 →優先順位付けが争点に グローバル化 vs. ドメス ティック グローバル化要因が強い (ただし,最近の現象) 場合によっては,ドメスティック要因のほ うが強いことも 研究者のバックグラウン ド 大学英語教員(日本語L1話者・英語L1 話者いずれも),小中高英語教員,そ れ以外の応用言語学者。(政策学者が 参入することはほぼない) 社会言語学者,応用言語学者(語学教育研 究者含む),少数の政策学者
  2. 学校教育制度の前提性 • 言語政策研究では,「マクロ メゾ ミクロ」の重要性は抽象的には誰もが主張 している • しかし,メゾ(マクロ=社会構造的条件を,ミクロ=具体的施策・実践に変換す る公式的・非公式的制度)を具体的に理解しているかは微妙 •

    「日本の英語教育政策」の論文にも,日本の教育行政制度をあまり理解していな いと思われる研究が散見される • 教育委員会制度 • 学習指導要領の法的位置づけ →メゾレベルの制度を具体的に理解していないと、グローバルに流通している超 国家的なフレームワークにか,あるいは,個人レベルの行為に関するフレーム ワーク(例,政策に対する抵抗,政策と関連付けたアイデンティティ)に依拠 するしかなくなる
  3. 事例1:学習指導要領の拘束力 政府の「命令」を乗り越えるagency Quote: The translation-communication debate is a prime example

    of contradiction in the policy formulation process, where the de jure policies manifest in the senior high school Course of Study through the revisions of its subjects and the creation of textbooks, contrast sharply from the de facto practices found in both public and private academic senior high schools, which privilege juken eigo (or English for the purpose of university entrance exam preparation). ... Therefore, a major challenge for Japan will be to rethink how to bridge the divide between the de jure methods policy (communication) and the de facto methods policy (translation-based methods) (Section 4.1.) (Glasgow & Paller, 2016) 要は,「法制度 vs. 現実」 • → 学習指導要領をもとにAll in English 指導を指示する文科省 vs. それに従わず「受験英語」を堅持する現場 (agency) しかし,学習指導要領は法律ではない • 「学習指導要領の法的拘束力」としばしば言われるものは「大綱」的な拘束力 • したがって,この程度の「逸脱」は,学習指導要領制度が最初から織り込み済みだったものであり,agency の発 露というほど大仰なものではない
  4. フォーマルな政治制度・政策過程 フォーマルな制度 • 学校教育制度が前提 → フォーマルな制度を経由して,政策が審議・決定・実施 されやすい • 「政策は複雑だ」「実際の政治はダイナミックだ」などと(ポストモダン的に?)宣言 するのもよいが,フォーマルかつ静的に理解できる領域を無視するのはよくない

    • 複雑性は,一見単純なものの背後にある「意外な複雑性」に新規性がある。ただ「複雑 だ」で終わるのは理解不可能性の主張と同義(ただし,理解不可能であること自体,実はシビアな論証が 必要だが…) 標準的な政策過程 • 文科省,官僚,各政策会議の位置づけ。および地方自治体の対応物 • 政策の決まり方:手続き,背後で影響する政治的要因
  5. 事例2::政策過程の階層性 並列モデルの例:Butler (2007) • 小学校外国語活動の導入を後押しした要因(計8個。グローバル 化、財界の要求、世論等)の分析。 • 要因間の関係は分析なし。結局のところどのようなプロセスで 外国語活動が構想されたのか、どの要因が最も重要だったのか は不明。

    • なぜ(教科や総合学習ではなく)他でもなく「外国語活動」に なったのかは説明できない 階層モデルの例:寺沢 (2019) • 外国語活動必修化の政策過程は、中教審の運営事務を行う初等 中等教育局の「采配」を分析して初めて説明できる • 特に海外の研究者は、こうした政策過程構造を知らないので は? 審議会 過去の政策 グローバル化 財界の要求 ・・・ 特定の 政策 審議会 過去の政策 グローバル化 財界の要求 ・・・ 特定の 政策 文科省 特定部局 各要因を並列したモデル 各要因に階層性・影響関係を 仮定したモデル
  6. 事例3:小学校英語教科化の政策過程(Terasawa, 2022, Note 3) Ng (2016, pp. 219-220) • 2013年12月,文部科学省「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」(英訳版)

    • グローバル化や東京オリンピックが小学校英語の早期化・教科化を後押ししたと記述。 実際には 教科化の重要な契機は,2013年6月の閣議決定:一転、教科化をトップダウンで決定(江利川, 2018; see also 寺沢 2020) 時系列 • 2023年1-5月:内閣の教育再生実行会議で英語教育改革について審議 • 6月:内閣,教科化をふくむ改革案を閣議決定 • 9月: 2020オリンピック開催地が東京に決まる • 12月:文科省,教科化をふくむ具体案(「グローバル化に対応…計画」)を発表 ※英文文献バイアス:上記閣議も教育再生実行会議も議事録なし。議事要旨は和文のみ。
  7. ローカル文献の軽視 読めない?読まない? • 「日本語が読めない」「読めるけれど読まない」ど ちらもあり,それぞれ微妙に異なる問題 正確性をめぐる問題 • 単純な誤読 • 正本に当たれない

    厳密性をめぐる問題 • 「宣言」的な文書くらいしかバイリンガル化されな い • ほぼ日本語のみ → 例,『学習指導要領解説』,議事 録,2000年以前の超重要教育政策文書 • 依拠する文献(英文 vs. 和文)による政策過程の見え 方の違い →次のスライド 発見性・新規性をめぐる問題 • 「理論天下り型」のような予定調和な研究につなが る • 抽象的なインプリケーション(例,「Agency が大 事!」)がまずあって,それに当てはまる事例を英 文文献という限られたプールからピックアップする 倫理的問題 • 「意図しない剽窃・盗用」の誘発 • 現地語で書かれた先行研究の軽視・無視 • 知的コロニアリズム … ちなみに,「たとえ英文で書かれていても,日本社会 研究だと参照されない」という別の問題も…
  8. 方法論的な話:思想史 / Conceptual Case Study • 理論的文献・英文文献だけで組み立てる • 日本的英語イデオロギーという概念装置 •

    Kokugo ideology, Nihonjinron, native-speakerism, akogare etc. • 本質主義批判・神話批判の再帰性 • 「日本の英語教育政策は,◯◯を本質主義で捉えている」という本 質主義 • 「日本社会は◯◯神話にとらわれている」という神話 • 「日本人の英語観には××へのステレオタイプがある」というステレ オタイプ → なお,方法論的に言うと,この「主語デカ」事例研究は他国にも 韓国:英語熱,英語格差社会(cf..Terasawa, 2024)
  9. まとめ • 学校教育政策と位置づける • 学校教育政策の先行研究の枠組みの重視 • ドメイン知識 → 日本の学校教育政策に関する様々な文献 •

    理論 → 教育政策理論(ドメスティック&グローバル) 政治理論(ドメスティック&グローバル) • 方法論 → 教育政策研究・政策科学方法論 • 言語政策研究には,同時代的(非歴史的)質的データ分析が多い(例,英語教師にインタビュー, 政策文書の批判的談話分析,エスノグラフィー) • 教育政策研究・政策科学には,量的研究および歴史研究の存在感も大きい • 「英文文献しか参照しない研究者」問題(JALTalisation)をどうする?
  10. References 江利川春雄. (2018). 『日本の外国語教育政策史』ひつじ書房. 寺沢拓敬. (2015). 『「日本人と英語」の社会学』研究社. 寺沢拓敬. (2020). 『小学校英語のジレンマ』岩波書店.

    寺沢拓敬. (2019). 「小学校英語の政策過程 (1):外国語活動必修化をめぐる中教審関係部会の議論の分析」 『関西学院大 学社会学部紀要』 132, 13–28. 寺沢拓敬 (2021)「英語教育政策研究の理論と方法:政策過程の記述的分析を中心に」『江利川春雄教授退職記念論集』 (pp. 147-160)渓水社 Bouchard, J. (2016). Monolingual education in policy discourse and classroom practice: A look into Japanese junior high school EFL c lassrooms. In P. C. L. Ng & E. F. Boucher-Yip (Eds.), Teacher Agency and Policy Response in English Language Teaching (pp. 41–5 7). Routledge. https://doi.org/10.4324/9781315646701 Butler, Y. G. (2007). Foreign language education at elementary schools in Japan: Searching for solutions amidst growing diversificatio n. Current Issues in Language Planning, 8(2), 129–147. Glasgow, G. P., & Paller, D. L. (2016). English language education policy in Japan: At a crossroads. In Robert Kirkpatrick (Ed.), English l anguage education policy in Asia (pp. 153–180). Springer. Ng, C. L. P. (2016). Primary school English reform in Japan: policies, progress and challenges. Current Issues in Language Planning, 1 7(2), 215–225. Seargeant, P. (2009). The idea of English in Japan: Ideology and the evolution of a global language. Multilingual Matters. Terasawa, T. (2024). Relationship between English proficiency and socioeconomic status in Asia: Quantitative cross-national analysis . World Englishes, 1–24. https://doi.org/10.1111/weng.12705 21