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混合物の強さの度合 [論文訂正] [ NLP2025 2025_03_13 発表スライド]

混合物の強さの度合 [論文訂正] [ NLP2025 2025_03_13 発表スライド]

NLP2025において2025年3月13日に発表を行ったものについて、投稿論文の中に誤りがあり 、その訂正を発表スライドの冒頭で行った。

訂正箇所

誤:イェルムスレウの「二重分節」という考えの下、内容も表現と同じように形式をもっているということを強調する。

正:イェルムスレウの考えの下、内容も表現と同じように形式をもっているということを強調する。

投稿論文は言語処理学会によって一般公開されているが、投稿後の訂正はできないため、このような対応を行った。

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March 13, 2025

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Transcript

  1. 混合物 の 強さ の 度合 株式会社 カシェウェブレト Caché et Wavelet,

    Inc. 高橋 速巳 2025年 3月 4日 作成 3月13日 発表 1 E 8 - 1
  2. 3 (1) 「強化」の モニター、 モデル化 は 必要。 その理由: ロジックが分岐するから 「強化」

    またその反対のものとしての「弱化」 が 無いときには 「迷い」が生じない場合、あるいは 「(既にある)迷い」が小さくならない場合がある。 「強化」を経て 「円滑(スムーズ。支障なし)」 ーー 「迷い。拮抗。苦悩」 という ロジック分岐点 が生じることがある。 このポイントは NLP2024の発表slideの中で述べたが 論文の形では 別学会に現在投稿しているものに少し書いた。 今後 事例を多く採取して このポイントを メインテーマとし レポートを出したい。 → この標題とするに至るまで はじめから「混合物の強度」を調べようと思っていたのではなかった。 標題に至るまでには 下の(1)~(5)の経過を経た。
  3. 4 → (2) どうやってモニターするか? モンタージュのロジックの構築 = 越境形式モジュール同士の作用を経て、「強化」「弱化」「越境」 な どが生じるという 操作を設置する仮構

    ⇒ 「強化」という操作は正当なのか? モデルとはいえ、現実・真相との齟齬が大きくては × → (3) そのほか生じた問題に 「モジュール同士の作用」の局面の 図化(動画化) が できても 作用の仕組みの説明が 途切れてしまう という問題があった。 つまり、作用による変化 を動画化できても、変化の根拠づけができていなかった。 その後 DGの「リゾ-ム」の 「逃走線」や「強度」を思い出した。 DGの「強度」概念から、「強化」や「強度」の正当性の根拠づけが得られる可能性があると判断。 調査開始。 この標題とするに至るまで
  4. 5 → (4) ドゥルーズを調べ始めて、ベルクソンが 感情の強さを 「量」 であらわすことを そもそも 批判していることを知る。 この周辺で、ベルクソンの所説に対してドゥルーズが反論しており、「感情の強さの

    量 」 という概念へ 引き続き 依拠するためには、ドゥルーズがベルクソンに反論した根拠を取り込む ( この点で システム間の語の輸入 の正 当性は 関心となる) 必要が高いだろうと判断。つまり、そもそも 感情の強さの量 という概念が正当かどうか、正当 性を否定する意見に反論できるか?という話に 定位・停泊する必要があると認識。 しかし、ドゥルーズのベルクソンへの反論の周辺のことは、スムーズには話が進まないことを、次のスライドで述べる。 現時点では、論文原稿に記載した 「差異は、、、延長のなかでその差異を覆いにくる質、、」 という言い回しの中の 「覆いにくる」 の部分の解釈ができていない。 また、[ベルクソン 1889]の中で言われている 「感情の強さ = 固有のニュアンス(ただし、量ではない)」 という考え について、 ドゥルーズが どの側面を どれくらい維持しているか?の解釈がまだできていない状況にある。 → (5) システム間の語の輸入を適切に施す手続きを経ずに、ドゥルーズの「巻き込み」やDGの「交錯性」のことを「混合」とみ なす、と言うことは、「混合」という形容が適切かどうかという論点も加わって、無理がある。 では、標題で前提しているかのような書き方になっている 「混合物」なるものは何だろうか。 これは、目下、漠然とした形容にすぎない。小説を読むうちに出来事が積層して生成する心象は 単純ではない混合 物の印象があり、その印象をそのまま使ったにすぎない。その「混合物」に「強さ」というものをくっつけているが、これ も、観測の結果の漠然とした印象からのものである。 小説を読むうちに「何かの印象が強くなる」という事態は存在する という前提を認めるとした上でのことになるが、漠 然とではあるが「混合物」のうえに何か「強さ」が「高まる」という事象が存在する という漠然としたイメージのうえで 「混合物の強さ」と言っているにすぎない。 なお、 目下の関心対象である 「小説を読み進める途中で読者の内面に生じる感情」は、「混合物」ではないという立 論も ありうるだろう。 この標題とするに至るまで
  5. 6 (1)ベルクソンの考え (2)ベルクソンの 考え・表現・書き方 の矛盾? (3)ベルクソンの矛盾についてのドゥルーズの考え (4)強度についての、ドゥルーズによるベルクソン解釈。 この解釈は妥当か (5)ドゥルーズのベルクソンへの反論はどういうことを言っているのか。 どこが反論になっているのか?

    (6)(1)を認めたうえで、それならば、 ベルクソンの言う 程度の差異 の部分を使えばよいのでは? (7)ベルクソンの言う 「理論的契約」を行えばよいのでは? p71 (8)現時点の、科学の知見 (9)ベルクソンの考えは、NLP2024の提案論文を否定する。「モデルの資格とは?」の厳密化へ 1968年の強度
  6. 7 45 [=邦訳のページ数] (ある種の表象的感覚、例えば、味覚、嗅覚、温 度の感覚などは、ほとんど常に快不快の感覚を伴っている。異なる苦みを 区別するとき、あなたが識別できるのは質的な差異だけである。これらの 苦み感覚は同じ一つの色のわずかなニュアンスの差に近いものだ。しかし、 これらの質的差異は、、、、、、顕著な身体運動を伴っているがゆえに、直 ちに量的差異として解釈される。) 46(×[=ベルクソンが認めていない]

    それが繰り返される執拗さによって、 その強さを評価しがち、、) 47(× 、、この原因[となった外的事物]は、外的延長をもつものであり、し たがって計測可能なものである。、、、、ある一定の感覚のニュアンスの違 いが、ある一定の外的刺激の量的差異に対応している、、、、、結果の質 のなかに原因の量を見るようになる。) 56(四本のろうそくで照らされた一枚の紙) 72(× 数量には二種類あって、一つは より多いかより少ないかだけを 区別する内的緊張に関するもの、、、考えたところで、、変わりない。なぜな ら、、、、どれくらい増えたか、どれくらい減るのかという、、、自然のなりゆ き、) 1968年の強度 (1)ベルクソンの考え[ベルクソン 1889]
  7. 8 78(〇[=ベルクソンが認めている] 持続可能な痕跡) 88(不可入性は、数観念の誕生と時を同じくしている) 89(外的延長を介してみると、この質はある意味で量化される。その量化された質 を、本書では、内的緊張の強さと呼んでいる。) 89(× われわれが時間について語るとき、たいていはある一つの等質的な場が 想定され、そこにわれわれの意識的事象が、まるで空間のなかに並びたてられる かのように、一列に並置されて、うまいぐあいに一個の独立した多数体になってい

    る、ということだ。このように理解された時間は、われわれの心的状態にとって、真 実の内的持続から絶対的に切り離された記号とか象徴となっている事態と同じで はないだろうか?) 102(〇 純粋持続というものは、ただ単に質的変化の継起でしかなく、それらの 質的変化は互いに融合し、互いに浸透しあって、、、それは、純粋異質性 (l’heterogeneite pure)とでも呼ぶべきものだ。) 108(× 内的持続の記号的表象) 109(運動とは、、) 109(〇 質的統合) 113(× 持続しないもの、つまり空間でしかなく、、) 113(× その軌跡空間とはすなわち不動のもの、、) 1968年の強度 (1)ベルクソンの考え[ベルクソン 1889]
  8. 9 117(内的持続とは、本質的に、それ自身に対して[常に]異質なものであ り、明確な輪郭をもたないものであり、、) 119(× わたしは繰り返し、いくつかの意識状態は互いに有機的に統合 され、相互浸透し、次々に内容を豊かにしてゆき、空間というものを知らな い純粋自我に純粋持続の感覚を与える、と言ってきた。しかし、ここですで に、「いくつか」という語を使ったために、一語で言えば、それらを並置した、 ということになる。こうして、われわれがどうしても使わざるをえない言語表 現そのものによって、時間を空間内に展開するという、われわれに深く根

    付いてしまった馬脚が露わにされるのである。) 123(× 物質化された時間、つまり 空間内に展開されることで量化され た時間) 127(〇感情の反復) 128(〇相互浸透。×等質的な場、×個別化された心的状態) 132(〇 多くの観念が重なり合い、あるいはむしろ 内的融合の状態) 154(×観念連合論、×自我というものを心的状態の集合体として) 1968年の強度 (1)ベルクソンの考え[ベルクソン 1889]
  9. 10 155(×心的諸動機の葛藤、×快楽と苦痛とを天秤、×もろもろの 動機を天秤に乗せること、〇内的状態のニュアンス) 156(〇観念の色調) 157(〇薔薇の香りは、そのままで思い出) 158(すでに先に述べた二つの多性、つまり、並置による多数性 と 融合あるいは相互浸透による多様性 という 区別

    に連れ戻される ことになる。ある一つの感情や観念は、限りなく含みこんでいる。し かし、無限定の複数性は、ある人々はそれを持続と呼んでいるが、 実際には空間にほかならないあの等質的な場への、ある種の展開 によってしか現れるものではない。そのときわれわれは、それぞれの 事項を互いに外的なものとして認知する。) 159(〇 固有の愛、固有の憎しみ) 1968年の強度 (1)ベルクソンの考え[ベルクソン 1889]
  10. 12 179(〇 わたし自身がある心的状態を経験しているとき、わたしは正確に この心的状態の強さとそれ以外の状態との相対的重要さを知っている。そ れは、わたしがその強さを計測したり、他の心的状態と比較検討している からではなく、例えば、今わたしが心中で感じているこの感情の強さは、ま さに感情そのものでしかないからである。) 180(〇 わたしの内的状態の強さは、わたしの意識にとっては、その状態 そのものの表現することのできない[独特の]質として立ち現れている、

    〇 第一章で述べたように、内的状態の強さというものは[数値などで表現され るものではなく]、むしろ、その固有のニュアンス、あるいはそれに固有の色 調なのであり、例えばそれが感情であれば、その感情の強さは、それが感 じられているということそれ自体である。) 181(×この強さの標識は、必然的に、数量的な性格のものにならざるを えない。例えば、この感情はあの感情に比べて、より大きな力があるとか、 よりいっそう重視しなければならないとか、より重要な役割を演じたとか、と いうことになるだろう。) 185(× ピエールの行為条件の物質化) 1968年の強度 (1)ベルクソンの考え[ベルクソン 1889]
  11. 13 149(同じ感覚でも、自らの過去のすべてを呑み込みながら、だんだ んと強くなり、大きくなってゆく) 166(こうして感情の力動的な連鎖が構成され、それらは相互に浸 透し合い、相互に強め合い、その自ずからなる 進展(高橋注:この語はベルクソン の特有の用語) によって、、、) 172(もし、その人がYを選んだとしよう。、、、OXの方向への揺れが いくらか見られたとしても、OYの方向性の優位を内包してはずなの

    だ) 179(わたし自身がある心的状態を経験しているとき、わたしは正確 にこの心的状態の強さとそれ以外の状態との相対的重要さを知って いる。) 182(、、、。なぜなら、例えば同じ感情でも、その効果は、内的持続 のあらゆる瞬間において、[それまでの状態に]追加され、あるいは 強化されているからであり、これらの効果の総体が突然一挙に、、) 1968年の強度 (2)ベルクソンの考え[ベルクソン 1889] の矛盾?あるいは、ベルクソンに特有の語義のため ベルクソンにとっては セーフである言い回し?
  12. 15 1968年の強度 (1)ベルクソンの考え[ベルクソン 1896] 98(記憶力は、権利上ではわれわれは物質を物質自身のうちで知覚して いるのに、事実上はそれをわれわれのうちで知覚するということの原因と なっている) 98(記憶力こそが、自分の主観的な性格を特に知覚に与えているもの) 99(物質は隠された力や認識不可能な力をいっさいもっておらず、本質的 には純粋知覚と一致する、というのがわれわれの主張である)

    186(記憶イマージュというのも、純粋記憶の状態に縮減されているかぎり は効力をもたないままだろう。純粋記憶は潜在的なものであり、自分を引き 寄せてくれる知覚によってでなければ現勢的なものになれない。) 236(精神の内に出現する観念のどれをとっても、精神の それ以前の 状態と類似ないし近接の関係をもっていること、これは異論の余地のない ところである。) 348(考えられるすべての連合の中で、何よりも類似と近接による連合こ そが、 生きていく上で有用な唯一の連合なのである。)
  13. 17 1968年の強度 (1)ベルクソンの考え[ベルクソン 1896] 263(われわれの 具体的な知覚に 次々と現れる異質的な諸性質と、科 学が それらの知覚の背後で 空間内に置く等質的な諸変化

    との差異は、 どこにあるのか。 諸性質は非連続であって相互の演繹は不可能だが、それとは反対に、諸 変化は計算を受け入れる、という点だ。だが、諸変化が計算を受け入れる ためには、それらを純粋な量にしてしまう必要はまったくない。それでは諸 変化を無に還元してしまうも同然になる。ここでは諸変化の異質性がい わば十分に希釈されて、われわれの観点から実際上無視できるものにな れば、それで足りるのである。しかるに、いっさいの具体的な知覚は、どん なに短いものと想定されたところで、すでにして、相次いで生じる無数の 「純粋知覚」が記憶力によって総合されたものであるとすれば、感覚的諸 性質の異質性はわれわれの記憶力における純粋知覚の凝縮に、また客 観的な諸変化の相対的な等質性は知覚のもともとの弛緩に、それぞれ 由来すると考えるべきではないか。もしそうなら、量と質のあいだにある隔 たりは、緊張の考察を通じて狭められうることにならないだろうか。)
  14. 19 1968年の強度 ドゥルーズの説明(参考文献[12]) 強度の第一の特徴( 即自的に 不等なもの ) 例 参考文献[12]p348 無理数:

    (1)有理数に等しくできない = 不等性 ⇜ ここが 即自的に不等 (2)すべての実数は、或る有理数列の収束値となっている = 不等性が消えている 上記(1)= あるタイプの数は、本質的な不等性を保持している 上記(2)= そのタイプの数によって創設される新たなレベルにおい て その不等性は、必ず払いのけられたり取り消されたりする
  15. 20 1968年の強度 ドゥルーズの説明(参考文献[12]) 巻き込み 例 参考文献[12]p343,344 深さ(おくゆき) 延長のなかで 遂行されるもろもろの個体化 を

    当の延長は 説明してくれない。 高低、左右、図(形)と地(背景)、これらは、延長のなかで、上昇下降、横 の流れ、[背景の]沈降 を描き出す個体化 の ファクター。 しかしそれらのファクターは、すでに展開されてしまっている延長の なかで働くのであるから、それらの価値は相対的なものにすぎない。 したがって
  16. 21 1968年の強度 ドゥルーズの説明 ( 参考文献[12] p 343, 344 ) したがって、それらのファクターは、ひとつのより「深い」審廷の

    派生物である。すなわち広がりではなく、純粋な錯綜体である 深さ (おくゆき)から派生するものなのである。 深さが、延長量として捉えられるや、それは、産み出された延長 の一部をなし、もはや、他の二つの延長量(=縦と横:高橋注)に対するお のれ自身の異質性を即自的に含むということをやめてしまう。 、、、わたしたちはもはや、深さが根源的なものだということを理解し なくなっている、、、 それらのファクターの力能がどこに由来するかは理解していないの である。、、 巻き込み: 事例= 深さ
  17. 22 1968年の強度 ドゥルーズの説明 ( 参考文献[12] p 343, 344 ) 、、、わたしたちはもはや、それらのファクターが根源的な<深さその

    もの>を表現しているということがわからなくなっている、、、 この根源的な深さ[おくゆき]こそが、第一の次元 [横] においては左 右として繰り広げられ(=この語は、投稿論文に書いたようにドゥルーズの特殊用語であり、このような 使用法の下にある。誤って日常語として解釈すると文意は闇の中だが、ドゥルーズのシステムの中で与えられている 位置づけを念頭に置きながら読むと闇というわけではなくなる。:高橋注) 、第二の次元 [縦] におい ては高低として繰り広げられ、それらと同質的な第三の次元 [派生 的な 深さ] においては図と地として繰り広げられるのである。 延長は、延長自身の根源[深さそのもの]の非対照的な徴表としての い諸ファクター、つまり左右、高低、深浅を現前させるのでなければ、 現れず、展開させられないのだ。 、、、 延長全体は、或る深さから出現するものなのだ。 巻き込み: 事例= 深さ
  18. 23 1968年の強度 ドゥルーズの説明 ( 参考文献[12] p 344, 345 ) (究極的にしてかつ根源的な)異質の深さこそ、第一および第二の次

    元と等質的であるとみなされた第三の次元[派生的な 深さ]をも含む、 延長の母体である。 、、、、 シェリングはこんなふうに言うすべを心得ていた。 深さは、外側から縦と横に付け加えられるのではなく、縦と横を創造 する抗争という崇高な原理として、埋もれたままになっている。 巻き込み: 事例= 深さ
  19. 24 1968年の強度 ドゥルーズの説明 ( 参考文献[12] p 345 ) わたしたちは延長の発生を立証しようとしているわけだが、その延 長は、延長量[外延量]であり、エクステンスム[空間の広がり]であっ

    て、言い換えれば、すべてのエクステンシオ[強度の広がり]の目印で ある。ところが、その根源的な深さの方は、たしかにまったき空間で あるが、しかしそれは、強度量[内包量]としての空間、、、 、、、 深さは、その本質からして 延長の知覚のなかに 巻き込まれているということは明らかである。 すなわち(次のスライドへ) 巻き込み: 事例= 深さ
  20. 25 1968年の強度 ドゥルーズの説明 ( 参考文献[12] p 345 ) すなわち、深さについても、様々な距離についても、 物の

    外見的な大きさ から 判断が下されるわけではなく 反対に、まず深さが それ自身において もろもろの距離を 包み込んで(=この語はドゥルーズの特殊 用語である。:高橋注) いて それら距離が今度は、外見的な大きさとして 繰り広げられ 延長として展開されるのである。 巻き込み: 事例= 深さ
  21. 26 1968年の強度 ドゥルーズの説明 ( 参考文献[12] p 345 ) また 深さと距離

    は そうした巻き込み の状態にあるときには、 基本的に 感覚の 強度 に 結び付け られているということも明らかである。 すなわち 深さの知覚 を 与えるもの は (あるいはむしろ、 知覚 に 深さ[おくゆき] を 与えるものは)、 感覚される 強度の 漸減の 力 である ということだ。 知覚される質 は、強度を 前提としているのである。 ※このページは、原語と英語翻訳 で訳語を確認する必要がある。 巻き込み: 事例= 深さ
  22. 27 (1) イェルムスレウを取り入れて 新概念 (内容の形式 と 表現の形式 との相互性) を 構築した

    DGは [ソシュール]には [語と物 モデル]と 同類である 局面があると みているようだ。 投稿論文の補完意見
  23. 28 (2) ドゥルーズやDGは 他のシステム(先哲など) からの 語・概念 の 輸入(移植、接ぎ木) を盛んに行っている。 見方を変えると、外部の諸概念の「合体」

    の事例とも言える。 語の輸入に当たって、語・概念 の 輸入先のシステム(今は、ドゥ ルーズやDGのシステム) に抵触する部分は、意外に少ないようにもみえ るが、どういう接合が行われているか を個別に調べることが 求められる。 また、上記(1)のDGの説が 新概念である と見られること から、DG特有の造語群を支障のない限りで捨象し、その新規 性の核の部分を取り出すことが、理論の流通性のためには要 ると思われる。その中核抽出の試みにおいても、システム間の 語の輸入という理論枠組みが現れる。 投稿論文の補完意見
  24. 29 (3) 「実験科学」の諸知見はそれぞれ、暗黙の前提に立脚した一 つのシステムである。 任意のシステムが、 「実験科学」の知見も、ドゥルーズの概念装置 も両方を 取り入れよう(ドゥルーズからは「語の輸入」。しかし、通常、実験科学の知見を取り 入れることは「語の輸入」というようにはみない。)とすることは想定される。その際、3 つのシステムが関わっている。任意のシステム(=Aとする)、実験科

    学の知見(=B)、ドゥルーズ(=C)の3つである。 まず、Aは考えにいれずに、BとCとだけを考えることにして、BとC の間の「語の輸入」において抵触する部分が 或る点だけで 何か 「みなし」などの操作(仮に操作 P とする)を 経て 抵触しなくなる ということがわかるならば、この局面を仮に F と名づけるとすると、 逆に、DGの「強度」概念が照射されて、「局面Fでの、みなし操作 P で、 実験科学抵触フリーとなる」ということを、DGの「強度」概念の特性と できる。 投稿論文の補完意見
  25. 31 補完意見に、下のようなことを書いた。 イェルムスレウを取り入れて新概念(内容の形式と表現の形式とが相互的な前提状態にあること)を構築 したDGは [ソシュール]には [語と物 モデル]と同類である 局面がある とみているようだ。 このことは見方を変えると、諸言語の共通の性質を探索する

    「一般言語学」という枠内での新説ということになるのではない だろうか? 「一般言語学」という枠には、[ソシュール]との違いを述べる点 を持つことからも、載ってくると言い得るだろう。 内容の形式と表現の形式の相互性
  26. 二重分節 34 この語は、アンドレ・マルティネが初出か 「、、、 ただ単に分節されているだけでなくて、二重に分節されているというか、二つの面の上で分節されているのである。日常の用語を用いて言えば 一つは 言表が 語に 分節される面であり 一つは

    語が 音に 分節される面である。 」 [マルティネ 1965] DGは、この考え方を翻案・拡張して 第一の分節=分子状 第二の分節=モル状 ただし、つねに、この割り振りが可能なわけではない という使い方をしていると思われる。 さらに、イェルムスレウの 「表現」と「内容」 についての概念を取り入れ 第一の分節=内容 第二の分節=表現 これも、つねにこの割り振りができるわけではない とする。 このように 「二重分節」 という語は、イェルムスレウが初出であるというわけではないが、 DGは [イェルムスレウ 1943]の第13章「表現と内容」p72 の 最後に来ている段落全部を 参考文献[12][千のプラトー]p64 でそのまま引用し、「二重分節」 の周辺での「イェルムスレウによる警告」であるとしている。 また [イェルムスレウ 1943]の第13章「表現と内容」p71にある「合同作用」という語の周辺の記述は、 DGの翻案した「二重分節」の概念の影を 読み込めないわけでもない と思われる。
  27. 35 [イェルムスレウ 1943] イェルムスレウが、ソシュールを解釈している個所からの抜粋。 茶色と空色の着色は高橋。 「 ソシュールは記号機能を明確にするために、記号機能のことは考慮しないで、表現 と内容をそれぞれ別々に考察してみようという巧妙な方策をあえて試み、、、 、、、 (高橋注:ここに「星雲」の比喩を使ったソシュールの著名な文章の引用が来る。ソ

    シュールのこの文章は本邦でもどういう解釈を行うか話題となった。) 、、、 「内容実質」つまり思想、あるいは「表現実質」つまり音連鎖、、、、、、 もしソシュールの用語をそのまま使うことにする場合には、次のような点、つまり実 質はもっぱら形態の恩恵を受けて生きているのであって、どんな意味であるにしろ、 独立した存在を持っているとは言えない。それほど実質は形態に依存しているので あるということ、、、 」
  28. 36 [イェルムスレウ 1943] イェルムスレウの 用語の定義の周辺の文章 および 立論 を抜粋する。 「、、、 原意をこのように考えると、それはさしあたり無形の塊であり、、、、

    原意は、言語が異なればそれに応じて異なるやり方で、秩序立てられ、分節され、形成 されている、、、 このように、、、、原意は、それぞれの言語で、それぞれ独自のやり方で形成されるとい うことが分かる。それぞれの言語は、この無定形な「思想の塊」の中に自分の 境界を 定め、その中に 異なった要因 を 異なった順序 で 浮かび上がらせ 異なった場所 に 重心 を置き、これら 重心 に 異なった強調 を与える。 」
  29. 37 [イェルムスレウ 1943] イェルムスレウの 用語の定義の周辺の文章 および 立論 を抜粋する。 「 、、、

    同じ 砂粒が 異なる 模様を 形 作って 置かれることができるように また 同じ 雲が たえず 新しい姿をする ことができるように 、、、 、、、 したがって われわれは 言語の 内容 の中に つまり 内容の過程 の中に 特定な形態 す なわち内容形態を確認する。 これは原意からは独立したもので また 原意に対しては 恣意的な関係に立ち ま た この原意に 形を与えて 内容実質とする。 」
  30. 実験科学 参考文献15 [鈴木 1996] 3種類の類似性 対象レベルの類似性: 2つの対象の間の類似。2つのものの間で特徴がどれだけ共有されているか。 例:りんご と みかん

    関係レベルの類似性: ベースに存在する関係とターゲットに存在する関係との間での共有の度合い。 例:電気回路 と 水流 プラグマティックな類似性: 問題の解法、あるいは目標構造レベルでの類似性。 例:この問題と前に解いたあの問題は、三平方の定理を使うので似ている。 40
  31. 実験科学 参考文献15 [鈴木 1996] ゲントナーの構造写像理論 41 下の3つの原理を満たすものを適切な写像とする。 ・属性の非写像: 対象の属性は写像されない。 ・構造的一貫性:

    構造的に整合しているものが一対一に写像される。 ベース中の あるひとつの 対象 や 関係は ターゲット中の ひとつの 対象 や 関係のみに対応する。 関係が 写像されれば、その 項 も必ず写像される。 ・システム性原理: 高次の 関係が 優先的に写像される。 一次の 関係の中でも、 高次の 関係の 引数 であるものが写像される。
  32. 実験科学 参考文献15 [鈴木 1996] ゲントナーの構造写像理論 42 「太陽系の構造」(ベース)と「原子の構造」(ターゲット) ・属性の非写像: 太陽や惑星の、色や温度は、写像されない ・構造的一貫性:

    ベースにおける 「より熱い(太陽>諸惑星)」 「より重い(太陽>諸惑星)」 「周りを回る(惑星が太陽の周りを回る)」 が写像の候補になる。 ・システム性原理: 上の三候補のうち、「より熱い」という関係は写像されずに、 残りの2つのみが写像される。その理由は、「より重い」という関係と「周りを回 る」という関係は、因果的な関係にあり、「引き起こす」という高次の関係の項と なっているため。 類推 の 例
  33. 参考文献( 一つを除き 投稿論文に記載の無いもの ) [マルティネ 1965] アンドレ・マルティネ 「 共時言語学 」

    (渡瀬嘉朗 訳) 1977年、 白水社 (原文は1965 年) [イェルムスレウ 1943] ルイ・イェルムスレウ 「 言語理論 の 確立 をめぐって 」 (竹内孝次 訳) 1998年、 岩波書店 (原文は 1943年) [ベルクソン 1889] アンリ・ベルクソン 「 意識に直接与えられているものについての試論 」(竹内信夫 訳) 新訳ベルクソン全集1 2010年 白水社 (原文は1889) [ベルクソン 1896] アンリ・ベルクソン 「 物質と記憶 」(杉山直樹 訳) 2019年 講談社 (原文は1896) [ベルクソン 1907] アンリ・ベルクソン 「 創造的進化 」(松浪信三郎 高橋允昭 訳) ベルクソン全集4 2001年 白水社 (原文は1907) [ドゥルーズ 1956] ジル・ドゥルーズ 「 差異について (原題 La conception de la difference chez Bergson) 」 (平井啓之 訳) 1992年 青土社 (原文は1956) 44