「コードは上から下へ読むのが一番」と思った時に、思い出してほしい話

プログラミングを始めたばかりの頃、私たちは「コードは上から下へ動く」と教わります。
その「一本道」のアプローチは直感的で楽しいものですが、コードの規模が大きくなると、やがて「認知の限界」という壁にぶつかります。

なぜ私たちは、直感的な一本道を捨てて、一見すると複雑な「アーキテクチャ」や「関心事の分離」を選ぶ必要があるのでしょうか？

本スライドでは、その理由を技術的な優劣ではなく、「人間の脳のスペック（System 1 / System 2）」という認知心理学の観点から紐解きます。

【アジェンダ】
・「一本道」コードの正義と、訪れる限界
・脳内メモリ（RAM）の枯渇とSystem 2の消耗
・アーキテクチャ＝脳のための「地図」
・カプセル化とは「詳細を忘れる自由」である
・「わかりやすさ」とは、読み手への思いやり

技術的な詳細に入る前に、「なぜ設計が必要なのか」という根本的な問いに向き合いたいエンジニアの方へ。

Transcript

1. 「コードは上から下へ読むのが一番」 と思った時に、思い出してほしい話 ～「一本道」と「迷路（アーキテクチャ）」の選択～ @kitaohx 2025.12
2. 誰もが通る「一本道」 プログラミングを始めるとき、こう教わりました。 「プログラムは上から下へ動く」
3. 「いかに作るか」 全くの新規で開発する場合 まず「上から下への一本道」で書く のは正義です。 迷わない。 探さない。 ただ書き下す。 プログラミング楽しい！ 0100 START. 0110 MOVE 0. ... ... ...
4. 楽しい時間は短い コードが 1,000行、5,000行...と育った時。 かつての「快感」は「苦痛」へと変わります。 「認知の限界（Cognitive Limit）」の到来です。
5. 脳内シミュレーションの崩壊 一本道を維持するために、 あなたは巨大な文脈を脳に積み上げ続けます。 ＋ Status = Active Count = 99 User = A001 Items = [A, B, C]... 0100 START. 0110 MOVE 0. ... ... ...
6. 脳のメモリが溢れる ここで、もし電話が鳴ったら？ 変数がもう一つ増えたら？ 「あれ、今の状態(State)どうなってた？」
7. 一瞬で積み上げたコンテキストが崩壊(Reset)します この経験を経て、私たちはある決断に至ります。
8. 決断：「分ける」ということ 限界を迎えた我々は、コードを クラスやモジュールに分割し始めます。
9. なぜか？「綺麗だから」ではありません。 「人間のスペックの限界だから」です。
10. 現代のジレンマ しかし、分割したことで 新たな壁に直面します。 「バラバラに分かれていて、逆に読みにくい...」
11. どちらが「読みやすい」か 一本道 (Procedural) 地図不要。 ただし「記憶力」で殴る。 関心事の分離 (SoC) 記憶不要。 ただし「地図」が必要。
12. 私たちが選んだ道 なぜ私たちは、直感的な一本道を捨てて 複雑な「関心事の分離」を選んだのか？
13. それは、人間の脳の仕様上 「記憶力」よりも「地図」の方が スケールするからです。
14. 脳の2つのモード この選択を、認知心理学の System 1 / System 2 で紐解きます。 System 1 (速い) System 2 (遅い) 特徴 直感的・無意識 論理的・意識的 コスト 省エネ 激しい消耗
15. 脳内メモリ(RAM)は有限 一本道コードで、System 2 を 「変数の記憶」で使い果たすと... 変数の記憶・追跡 (80%) 空き ▲ 限界：ビジネスロジックを考える余地がない
16. アーキテクチャ（地図）の効果 構造化し、詳細を隠蔽することで 脳のメモリを解放します。 地図の把握 ビジネスロジック (80%) ▲ 解放：脳を「記憶」ではなく「思考」に使う
17. では、どう戦うか 理論はわかりました。 では、明日から我々はどうコードを書けばいいのか？
18. 武器は一つではない 抽象化レイヤー、DI、境界づけられたコンテキスト... SoCを実現する武器は多くあります。 しかし、その目的は同じです。 「詳細を、安全に忘れること」
19. 最も身近な武器：「カプセル化」 今回は１つだけ、もっとも身近な 「カプセル化（隠蔽）」 について、触れます。
20. これは単なる「データ隠し」ではありません。 読み手に対する思いやりです。
21. カプセル化＝「忘れる自由」 中身がどうなっているか 「知らなくても使える」状態にすること。 つまり、読み手に 「詳細を忘れていいんだよ」 と伝えるメッセージです。
22. 💊 カプセル 苦い薬（複雑なロジック）を 飲みやすく（使いやすく）包 む技術 詳細を隠し、脳のメモリを節約する。
23. 明日からの問いかけ コードを書くとき、自分に問うてみてください。 「この設計は、未来の読み手が 中身を『忘れる』ことを許しているか？」 許していれば、それは良い設計です。
24. 結論 「わかりやすさ」とは 読み手の脳への「思いやり」である。 未来の誰かが、System 1 で スラスラ読めるように整えること。 それが、設計手法を学ぶ理由です。