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教科教育研究における研究倫理の諸問題

 教科教育研究における研究倫理の諸問題

日本教科教育学会第48回全国大会
2022年10月8日@愛媛大学

Daiki Nakamura

October 08, 2022
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  1. 教育分野における研究倫理 2 ⚫ 倫理(Ethics)とは何か 「人の行動や活動の遂行を規定する道徳的原則」 (オックスフォード辞典:Simpson & Weiner, 1989) ×法律

    ×絶対的な正解 ⚫ 教育分野の研究倫理規程 • 初期のころは医学分野の研究倫理を参照 • 1990年代から、教育研究に特化した標準的な研究倫理規程が整備される – AERA(1992, 2011): Code of Ethics. [2段組み,12ページ] – BERA(1992, 2018): Ethical Guidelines for Educational Research. [48ページ] • 項目の例 「捏造・改ざん・盗用」「インフォームドコンセント」「危害の回避・最小化」 「プライバシーとデータ保存」「適切なインセンティブ」「研究の透明性」 「問題のある研究実践(QRPs)」「差別の撤廃」「ハラスメント防止」「利益相反」 「オーサーシップ」「研究者の責任」「査読者の責任」「アウトリーチ活動」
  2. 日本の教育研究倫理の課題と本研究の目的 3 ⚫ 日本の課題 • 国内の教育分野では、研究倫理に関する議論があまり進んでいない • 研究倫理規定が示されていないか、示されていたとしても諸外国に比べて非常に簡素 – 日本教科教育学会

    → 規定無し – 日本教育学会 倫理綱領 [1ページ] – 日本社会科教育学会 倫理綱領 [1ページ] • 多くの研究が研究倫理審査を受けることなく実施されている • 学校現場の教員が研究倫理審査を受けることができない ⚫ 本研究の目的 本研究では教科教育研究に固有の研究倫理問題について整理し、議論の活性化を図る。 具体的には「インフォームド・コンセント」「危害の最小化と利益の最大化」の2つの 観点を例に、教科教育研究を行う上で何を検討する必要があるか、どのような倫理上の 問題が残されているかを示す。
  3. インフォームド・コンセントの基本 5 • 人を対象とした研究を実施する上では、研究者と参加者の間で研究参加への合意が 形成されている必要がある(インフォームド・コンセント) • 医学研究の倫理では、インフォームド・コンセントには以下の3つの要素が必要だと 考えられている(Beauchamp & Childress,2001;

    Belmont Report, 1979) – ①十分な情報(参加者は自分が何に同意しているのかを知っている) – ②自発性(参加することを強制されず、どの段階でも参加を取りやめる権利があ ることを認識している) – ③理解(参加への同意が何を含むのかを理解している) • 教科教育研究においてもこれらの要素は重要だが、子供(18歳未満)を対象とした 研究の多い当該分野では、対象者の属性に起因した特有の問題が存在する。
  4. 子供を対象とした研究におけるインフォームド・コンセント 6 • 子供を対象とした研究では「研究の意図や目的、内容、利益と危害の可能性、将来 的な影響」といった情報を子供が理解できるような表現で、十分な時間をかけて、 理解状況も確認しながら丁寧に説明する必要がある(Bessant, 2006; Harcourt & Conroy,

    2011; Vernekar, 2010) – どのような目的の研究なのか、なぜ参加が必要なのか – 参加者は何をするよう求められるのか – 参加者にどのような利益・不利益が想定されるか – 提供した情報はどうように保管・共有・使用・公表されるのか • 特に、低年齢児を対象とした研究においては、研究内容の説明と合意形成をどのよ うに達成するかの工夫に関して議論が続いている – Mayne et al.(2016):対話型ナラティブアプローチ 研究内容を説明する絵本の読み聞かせと対話を通して合意形成を図る • インフォームド・コンセントが有効とみなされるためには、参加者が完全に自律 的・自己決定的な選択をしたことが重要であるが(Miller, Keane, & O'Toole, 2003)、 教育現場でそれを達成することは難しい場合がある
  5. 何が参加者の自発性を損ねるか 7 • 研究者のアプローチの方法や関係性によって、教育研究への参加者の自発性 が損なわれる危険性がある。 ⚫ 授業実践研究の場合 • 授業=研究への不参加が低い成績評価につながるという懸念 •

    代替となる授業を受けられないといった懸念 • 人間関係に悪い影響が出るのではないかという懸念 • 研究参加のリスクが正しく伝えられない • 不参加を申し出にくい方式 (例:不参加の希望者だけ個別に申し出るオプトアウト形式) • 授業と研究の線引きが曖昧な状態 • 年度の初めに包括的な同意を得るという方法 • 研究のことは子供には分からない/分からなくていいという研究者の価値観
  6. 誰の同意を得るべきか 8 ⚫ 多様なステークホルダーの同意 • 教科教育研究では、研究対象となる子供以外にも、その保護者や学校関係者といった多様 なステークホルダーが想定され、研究内容に応じて適切なインフォームド・コンセントを 得ることが考えられる • それぞれのステークホルダーから常にインフォームド・コンセントを得るべきかについて

    は研究者間で意見の対立がある ⚫ 保護者の同意について • 保護者の同意が必要だと考える研究者は、子供の同意能力の低さ、養育における親の責任 (cf. 子どもの権利条約第18条)、訴訟リスクの回避(Fraser, 2004)などを挙げている • 保護者の同意が不要だと考える研究者は、子供の意見表明の能力と権利(cf. 子どもの権利条 約第12条)、研究参加を通した利益を得る権利の侵害、個人の結果が保護者に知らされるリ スクなどを挙げている(Abed, 2015) • インフォームド・コンセントに関する以上の議論は、子供を対象とした教科教育研究にお ける研究倫理を議論する上で重要な観点を示している
  7. 危害の最小化と利益の最大化 10 • 人を対象とした研究の計画・実施・公表のすべての過程において、参加者への 危害が最小、利益が最大になるよう研究者は努力する必要がある • 調査参加者に生じ得る危害には、肉体的な被害に加えて、精神的な苦痛なども 含まれる • 参加者が低年齢であるほど、その保護に関する研究者の責任は大きくなる。

    • 研究者は、研究計画に含まれる潜在的な危害やその生起可能性を精査する必要 がある。 ⚫ 子供を対象とした教科教育研究における危害の例 • 研究参加を通した身体的怪我 – 調査中のケガ、実験中の事故、他の参加者からの傷害 • 侵襲性の高い学習内容・質問内容 • 成果が期待できない介入の実施 • 長時間の時間的拘束と学習機会の損失 • 秘匿性の高い情報の流出
  8. 危害と利益の対立 11 ⚫ 危害と利益の間で対立が起きる場合には、個別の調整が必要となること がある • 研究を通して得られた調査参加者の情報は基本的に保護されるべきであ るが、法令に準じて第三者に提供する必要が生じる場合がある – 法令に基づき関連当局から開示の請求があった場合

    – 虐待を受けていると思われる児童を発見した場合(cf. 児童虐待の防 止等に関する法律第6条) – 情報公開法に基づく開示請求があった場合 • 教科教育研究において危害の最小化と利益の最大化をどのように達成す るかについても、様々な問題が残されている。
  9. 教科固有の研究倫理問題 13 • ここまで教科教育研究に共通した研究倫理問題について議論してきたが、各教科の 研究に固有の問題も考えられる。 ⚫ 理科教育の研究における例 • 「生物の解剖」といった活動が侵襲性の高い内容として問題になる可能性 •

    自然科学の学習内容が参加者の民族的・宗教的な価値観と対立する場合,その学習 内容を強制することは研究倫理上の問題となり得る(Otrel-Cass et al., 2020) – アメリカの大学の研究倫理審査において,ある民族の自然観と対立する科学の 内容を教える指導介入研究が許可されなかった事例(Alderson & Morrow, 2011) • 学校外での研究参加における実験事故は学校保険の適用範囲内か? ➢ これらの事例は、各教科の研究に固有の研究倫理問題が存在する可能性を示唆して いる
  10. まとめ 15 • 本研究では教科教育研究に固有の研究倫理問題として、子供を対象とした研究に おけるインフォームド・コンセントの困難さと問題点、危害と利益の対立、教科 固有の研究倫理問題の一例を示した • インフォームド・コンセントに関しての問い – 子供に研究内容をどのように伝えるか

    – 研究参加の自主性をどのように担保するか – 子供以外に、誰の同意を得るべきか • 危害と利益に関する問い – どのように危害を最小化するか – 危害と利益の対立をどのように調整するか • 教科教育の研究倫理に関する問い – 教科固有の研究倫理にはどのようなものがあるか • 一連の考察は、教科教育分野の研究倫理に関するより活発な議論の必要性を示す ものである。
  11. 主要引用文献 17 • Abed, M. G. (2015). A Consideration to

    Two Main Ethical Issues in Educational Research, and How May These Be Addressed. Journal on Educational Psychology, 8(3), 1-14. • AERA (2011). AERA Code of Ethics. Educational Researcher, 40(3), 145–156. • Beauchamp, T. L., & Childress, J. F. (2001). Principles of biomedical ethics. New York, N.Y., Oxford University Press. • BERA (2018). Ethical Guidelines for Educational Research, fourth edition. • Fraser, S. (2004). Doing research with children and young people. London: Sage Publications. • Harcourt, D., & Sargeant, J. (2011). The challenges of conducting ethical research with children. Education Inquiry, 2(3), 421-436 • Mayne, F., Howitt, C., & Rennie, L. (2018). Rights, power and agency in early childhood research design: Developing a rights-based research ethics and participation planning framework. Australasian Journal of Early Childhood, 43(3), 4-14. • Miller, B., Keane, C., & O'Toole, M. (2003). Encyclopedia and dictionary of medicine, nursing, and allied health (7th ed.). Philadelphia: Saunders. • Otrel-Cass, K., Andrée, M., & Ryu, M. (2020). Examining Ethics in Contemporary Science Education Research. Springer Nature Switzerland.