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教育研究における研究倫理問題の論点整理

 教育研究における研究倫理問題の論点整理

2023年8月19日
全国英語教育学会第48回香川研究大会
課題研究フォーラム:中部地区(CELES)
全21枚

Daiki Nakamura

August 19, 2023
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  1. 教育研究における研究倫理問題の論点整理
    中村 大輝 (宮崎大学)
    2023年8月19日
    全国英語教育学会
    第48回香川研究大会
    全21枚
    課題研究フォーラム:中部地区(CELES)

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  2. 教育分野における研究倫理 2
     倫理(Ethics)とは何か
    「人の行動や活動の遂行を規定する道徳的原則」
    (オックスフォード辞典:Simpson & Weiner, 1989)
    ×法律 ×絶対的な正解
     教育分野の研究倫理規程
    • 初期のころは医学分野の研究倫理を参照
    • 1990年代から、教育研究に特化した標準的な研究倫理規程が整備される
    – AERA(1992, 2011): Code of Ethics. [2段組み,12ページ]
    – BERA(1992, 2018): Ethical Guidelines for Educational Research. [48ページ]
    • 項目の例
    「捏造・改ざん・盗用」「インフォームドコンセント」「危害の回避・最小化」
    「プライバシーとデータ保存」「適切なインセンティブ」「研究の透明性」
    「問題のある研究実践(QRPs)」「差別の撤廃」「ハラスメント防止」「利益相反」
    「オーサーシップ」「研究者の責任」「査読者の責任」「アウトリーチ活動」

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  3. 日本の教育研究倫理の課題と本研究の目的 3
     日本の課題
    • 国内の教育分野では、研究倫理に関する議論があまり進んでいない
    • 研究倫理規定が示されていないか、示されていたとしても諸外国に比べて非常に簡素
    – 全国英語教育学会 → 規定無し
    – 日本教育学会 倫理綱領 [1ページ]
    – 日本社会科教育学会 倫理綱領 [1ページ]
    • 多くの研究が研究倫理審査を受けることなく実施されている
    • 学校現場の教員が研究倫理審査を受けることができない
     本研究の目的
    本研究では教育研究の研究倫理問題について論点を整理し、議論の活性化を図る。
    具体的には「インフォームド・コンセント」「危害の最小化と利益の最大化」「問題のある
    研究実践(QRPs)の回避」「データの適切な公開」の4つの観点を例に、教育研究を行う
    上で何を検討する必要があるか、どのような倫理上の問題が残されているかを示す。

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  4. インフォームド・コンセント
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  5. インフォームド・コンセントの基本 5
    • 人を対象とした研究を実施する上では、研究者と参加者の間で研究参加への合意が
    形成されている必要がある(インフォームド・コンセント)
    • 医学研究の倫理では、インフォームド・コンセントには以下の3つの要素が必要だと
    考えられている(Beauchamp & Childress,2001; Belmont Report, 1979)
    – ①十分な情報(参加者は自分が何に同意しているのかを知っている)
    – ②自発性(参加することを強制されず、どの段階でも参加を取りやめる権利があ
    ることを認識している)
    – ③理解(参加への同意が何を含むのかを理解している)
    • 教育研究においてもこれらの要素は重要だが、子供(18歳未満)を対象とした研究
    の多い当該分野では、対象者の属性に起因した特有の問題が存在する。

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  6. 子供を対象とした研究におけるインフォームド・コンセント 6
    • 子供を対象とした研究では「研究の意図や目的、内容、利益と危害の可能性、将来
    的な影響」といった情報を子供が理解できるような表現で、十分な時間をかけて、
    理解状況も確認しながら丁寧に説明する必要がある(Bessant, 2006; Harcourt &
    Conroy, 2011; Vernekar, 2010)
    – どのような目的の研究なのか、なぜ参加が必要なのか
    – 参加者は何をするよう求められるのか
    – 参加者にどのような利益・不利益が想定されるか
    – 提供した情報はどうように保管・共有・使用・公表されるのか
    • 特に、低年齢児を対象とした研究においては、研究内容の説明と合意形成をどのよ
    うに達成するかの工夫に関して議論が続いている
    – Mayne et al.(2016):対話型ナラティブアプローチ
    研究内容を説明する絵本の読み聞かせと対話を通して合意形成を図る
    • インフォームド・コンセントが有効とみなされるためには、参加者が完全に自律
    的・自己決定的な選択をしたことが重要であるが(Miller, Keane, & O'Toole, 2003)、
    教育現場でそれを達成することは難しい場合がある

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  7. 何が参加者の自発性を損ねるか 7
    • 研究者のアプローチの方法や関係性によって、教育研究への参加者の自発性
    が損なわれる危険性がある。
     授業実践研究の場合
    • 授業=研究への不参加が低い成績評価につながるという懸念
    • 代替となる授業を受けられないといった懸念
    • 人間関係に悪い影響が出るのではないかという懸念
    • 研究参加のリスクが正しく伝えられない
    • 不参加を申し出にくい方式
    (例:不参加の希望者だけ個別に申し出るオプトアウト形式)
    • 授業と研究の線引きが曖昧な状態
    • 年度の初めに包括的な同意を得るという方法
    • 研究のことは子供には分からない/分からなくていいという研究者の価値観

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  8. 誰の同意を得るべきか 8
     多様なステークホルダーの同意
    • 教育研究では、研究対象となる子供以外にも、その保護者や学校関係者といった多様なス
    テークホルダーが想定され、研究内容に応じて適切なインフォームド・コンセントを得る
    ことが考えられる
    • それぞれのステークホルダーから常にインフォームド・コンセントを得るべきかについて
    は研究者間で意見の対立がある
     保護者の同意について
    • 保護者の同意が必要だと考える研究者は、子供の同意能力の低さ、養育における親の責任
    (cf. 子どもの権利条約第18条)、訴訟リスクの回避(Fraser, 2004)などを挙げている
    • 保護者の同意が不要だと考える研究者は、子供の意見表明の能力と権利(cf. 子どもの権利条
    約第12条)、研究参加を通した利益を得る権利の侵害、個人の結果が保護者に知らされるリ
    スクなどを挙げている(Abed, 2015)
    • インフォームド・コンセントに関する以上の議論は、子供を対象とした教育研究における
    研究倫理を議論する上で重要な観点を示している

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  9. 危害の最小化と利益の最大化
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  10. 危害の最小化と利益の最大化 10
    • 人を対象とした研究の計画・実施・公表のすべての過程において、参加者への
    危害が最小、利益が最大になるよう研究者は努力する必要がある
    • 調査参加者に生じ得る危害には、肉体的な被害に加えて、精神的な苦痛なども
    含まれる
    • 参加者が低年齢であるほど、その保護に関する研究者の責任は大きくなる。
    • 研究者は、研究計画に含まれる潜在的な危害やその生起可能性を精査する必要
    がある。
     子供を対象とした教育研究における危害の例
    • 研究参加を通した身体的怪我
    – 調査中のケガ、実験中の事故、他の参加者からの傷害
    • 侵襲性の高い学習内容・質問内容
    • 成果が期待できない介入の実施
    • 長時間の時間的拘束と学習機会の損失
    • 秘匿性の高い情報の流出

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  11. 危害と利益の対立 11
     危害と利益の間で対立が起きる場合には、個別の調整が必要となることがある
    • 研究を通して得られた調査参加者の情報は基本的に保護されるべきであるが、
    法令に準じて第三者に提供する必要が生じる場合がある
    – 法令に基づき関連当局から開示の請求があった場合
    – 虐待を受けていると思われる児童を発見した場合(cf. 児童虐待の防止等に
    関する法律第6条)
    – 情報公開法に基づく開示請求があった場合
    • 教育研究において危害の最小化と利益の最大化をどのように達成するかについ
    ても、様々な問題が残されている。

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  12. 教科固有の研究倫理問題 12
    • ここまで教育研究に共通した研究倫理問題について議論してきたが、各教科の研究
    に固有の問題も考えられる。
     理科教育の研究における例
    • 「生物の解剖」といった活動が侵襲性の高い内容として問題になる可能性
    • 自然科学の学習内容が参加者の民族的・宗教的な価値観と対立する場合,その学習
    内容を強制することは研究倫理上の問題となり得る(Otrel-Cass et al., 2020)
    – アメリカの大学の研究倫理審査において,ある民族の自然観と対立する科学の
    内容を教える指導介入研究が許可されなかった事例(Alderson & Morrow,
    2011)
    • 学校外での研究参加における実験事故は学校保険の適用範囲内か?
     これらの事例は、各教科の研究に固有の研究倫理問題が存在する可能性を示唆して
    いる

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  13. 問題のある研究実践(QRPs)の回避と
    データの適切な公開
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  14. 再現性の危機(Reproducibility Crisis) 14
    52%
    大いに危機的
    状況にある
    38%
    やや危機的
    状況にある
    3%
    危機的状況
    にはない
    1576人
    の研究者が回答
    7%
    分からない
     Baker(2016)
    Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 8
    doi: 10.1038/ndigest.2016.160822 を基に作成
     Makel & Plucker(2014)
     Gordon et al.(2020)
    教育分野の高IF雑誌に掲載の追試論文を分析
    ・再現に成功した追試 → 70%
    ・異なる著者が追試した場合 → 54%
    「再現性の危機はありますか?」
    教育分野の
    再現成功率は
    42%
    と予測されている
    Fig.1 (b)

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  15. 再現性の危機の原因 15
    1. 問題のある研究実践(Questionable research practices, QRPs)
    • p-hacking : サンプルの不正な追加・除去によって有意にする
    • cherry picking : 有意になった項目だけ報告
    • 誤った多重比較 : 補正のない検定の繰り返し →危険率αのインフレ
    • HARKing : 結果が分かった後で仮説を設定
    • 偏った成果報告 : 有意であった場合のみ成果報告 →出版バイアス
     Makel, Hodges, Cook, & Plucker(2021)
    1488名の教育学者を対象にQRPsやデータ公開の経験を調査
    • 有意にならなかった研究や変数を報告しなかった経験がある → 61.69%
    • 有意な結果が得られるよう複数の統計分析法を試した経験がある → 49.75%
    • データをオンラインでオープンに公開したことがある → 45.61%
    • コードやマテリアルをオンラインでオープンに公開したことがある → 58.94%
    2. 透明性の低さ
    多くの論文で研究の生データが公開されておらず,著者に問い合わせてもデータ提供が拒否され
    ることが多い(Minocher et al., 2020; Wicherts et al., 2006)→研究手続きの適切さが検証できない。
    QRPs
    オープン
    サイエンス

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  16. 教育研究のガイドラインとオープンサイエンスの推進 16
     NSF & IES (2018)
    “Companion Guidelines on Replication & Reproducibility in Education Research”
    (訳:教育研究における複製可能性と再現可能性の共通ガイドライン)
    B-9:同意書と治験審査委員会(IRB)の承認書には、可能な限り、
    将来のデータ公開に言及し、被験者のプライバシーを保護するた
    めの条件を明記すべきである。
     研究データマネジメントについて(日本学術振興会,2021)
    令和6(2024)年度の科研費以降、採択された研究課題の研究代表者に対し、
    交付申請時に、当該研究課題における研究成果や研究データの保存・管理等
    に関するデータマネジメントプラン(DMP)の提出を求める予定
     公的資金による研究データの管理・利活用に関する基本的な考え方(統合イノベーション戦略推進会議,2021)
    公的資金による論文のエビデンスとしての研究データは原則公開とし、
    その他研究開発の成果としての研究データについても可能な範囲で公開することが望ましい。

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  17. データ公開の問題点 17
     データ公開と研究倫理問題
    • 個人情報に配慮した適切なデータ公開のあり方
     オリジナルのデータと同様の統計的特性をもつ疑似データを生成し,それらを公開
    する手法も提案されている(Nowok, Raab, & Dibben, 2016; Quintana, 2020)
    • データ公開に関する議論やガイドラインの不足
    • スモールデータの集積と、将来的な統合に向けたデータ管理計画
     データの標準化
    • 可読性の高い整然データ
    • データ規格の統一(e.g., 文部科学省 教育データ標準)
    • 質的研究のデータの適切な公開方法に関する議論(Aguinis & Solarino, 2019; Chauvette,
    Schick-Makaroff, & Molzahn, 2019)
     インセンティブの問題
    • 公開して得られるメリットよりデメリットの方が多いように感じる?
     研究者育成の問題
    • オープンサイエンスに関する指導を受けてきていない

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  18. まとめ
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  19. まとめ 19
    • インフォームド・コンセントに関しての問い
    – 子供に研究内容をどのように伝えるか
    – 研究参加の自主性をどのように担保するか
    – 子供以外に、誰の同意を得るべきか
    • 危害と利益に関する問い
    – どのように危害を最小化するか
    – 危害と利益の対立をどのように調整するか
    • 問題のある研究実践(QRPs)の回避に関する問い
    – QRPsはなぜ問題なのか
    – どのようにQRPsを防止するか
    • データ公開に関する問い
    – どのようにデータを公開することが望ましいか(データの形式、種類、範囲など)
    – 何がデータ公開を妨げているのか
     一連の考察は、教育分野の研究倫理に関するより活発な議論の必要性を示すものである。

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  20. 謝辞 20
     教育分野の研究倫理に関する議論にお付き合いいただいた教育
    研究倫理研究会(EREC)の皆様に感謝申し上げます。
    https://sites.google.com/
    view/eduethics

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  21. 主要引用文献 21
    • Abed, M. G. (2015). A Consideration to Two Main Ethical Issues in Educational Research, and How May These Be Addressed. Journal on Educational
    Psychology, 8(3), 1-14.
    • AERA (2011). AERA Code of Ethics. Educational Researcher, 40(3), 145–156.
    • Aguinis, H., & Solarino, A. M. (2019). Transparency and replicability in qualitative research: The case of interviews with elite informants. Strategic
    Management Journal, 40(8), 1291–1315.
    • Baker, M. (2016). 1,500 scientists lift the lid on reproducibility. Nature News, 533(7604), 452.
    • Beauchamp, T. L., & Childress, J. F. (2001). Principles of biomedical ethics. New York, N.Y., Oxford University Press.
    • BERA (2018). Ethical Guidelines for Educational Research, fourth edition.
    • Chauvette, A., Schick-Makaroff, K., & Molzahn, A. E. (2019). Open data in qualitative research. International Journal of Qualitative Methods. 18, 1–6.
    • Fraser, S. (2004). Doing research with children and young people. London: Sage Publications.
    • Gordon, M., Viganola, D., Bishop, M., Chen, Y., Dreber, A., Goldfedder, B., Holzmeister, F., Johannesson, M., Liu, Y., Twardy, C., Wang, J., & Pfeiffer, T.
    (2020). Are replication rates the same across academic fields? Community forecasts from the DARPA SCORE programme. Royal Society Open Science, 7(7),
    200566.
    • Harcourt, D., & Sargeant, J. (2011). The challenges of conducting ethical research with children. Education Inquiry, 2(3), 421-436
    • Makel, M. C., Hodges, J., Cook, B. G., & Plucker, J. A. (2021). Both questionable and open research practices are prevalent in education research. Educational
    Researcher, online first, 1–12.
    • Makel, M. C., & Plucker, J. A. (2014). Facts are more important than novelty: Replication in the education sciences. Educational Researcher, 43(6), 304–316.
    • Mayne, F., Howitt, C., & Rennie, L. (2018). Rights, power and agency in early childhood research design: Developing a rights-based research ethics and
    participation planning framework. Australasian Journal of Early Childhood, 43(3), 4-14.
    • Miller, B., Keane, C., & O'Toole, M. (2003). Encyclopedia and dictionary of medicine, nursing, and allied health (7th ed.). Philadelphia: Saunders.
    • Minocher, R., Atmaca, S., Bavero, C., McElreath, R., & Beheim, B. (2020, June 24). Reproducibility improves exponentially over 63 years of social learning
    research.
    • National Science Foundation & Institute for Education Sciences. (2018). Companion guidelines on replication & reproducibility in education research.
    • Nowok, B., Raab, G. M., & Dibben, C. (2016). synthpop: Bespoke creation of synthetic data in R. Journal of Statistical Software, 74, 1–26.
    • Otrel-Cass, K., Andrée, M., & Ryu, M. (2020). Examining Ethics in Contemporary Science Education Research. Springer Nature Switzerland.
    • Quintana, D. S. (2020). A synthetic dataset primer for the biobehavioural sciences to promote reproducibility and hypothesis generation. eLife, 9, e53275.
    • Wicherts, J. M., Borsboom, D., Kats, J., & Molenaar, D. (2006). The poor availability of psychological research data for reanalysis. American Psychologist,
    61(7), 726–728.

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