歴史や民俗の研究は地理、地形、地図とは相互に分かちがたい分野だが、取り扱いは難しかった 研究だけではなく、文化財の管理などでも、所在などの正確な管理が必要とされている 地理情報を持ったデータを可視化したり、分析したり、管理したりに利用できるのがGISツール 今回の発表では、GISツールを使い始める際のハードルを下げるための情報をいくつか紹介する
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日1『歴史民俗研究に活用できる GIS-地図知識の紹介を中心に-』大塚恒平発表者自己紹介専門:情報学、地理学、郷土史。Code for History 代表プロフィール:地図技術者 20 年の経験から、古地図アプリ Maplat を完成させる。Maplat の活用事例検討のために郷土史に取り組み始め、歴史学の諸問題を IT の力も用いて解決する活動 Code for Historyを提唱群馬の Maplat 作品:ぷらっと館林(https://s.maplat.jp/r/tatebayashimap/)ぷらっと玉村(https://s.maplat.jp/r/tamamuramap/)連絡先:[email protected]1. はじめに 歴史や民俗の研究は地理、地形、地図とは相互に分かちがたい分野だが、取り扱いは難しかった 最低でも XY2 軸、場合によっては高度も含む XYZ 軸を持つ空間と情報の関係を分析する必要があり、分析も図化も難しい 球面の地球を平面に表すには種々の「図法」が存在するが、図法が異なれば正確な地図同士でも正確に位置が合わない 研究だけではなく、文化財の管理などでも、所在などの正確な管理が必要とされている 住所や所有者名などによる管理では、正確な場所が管理できない、住所変更や所有者の引っ越し、代替わりなどで容易に見失う 災害対策などで文化財の被災リスクを見積もるにも、ハザードマップなどとの関係性を把握しにくい 地理情報を持ったデータを可視化したり、分析したり、管理したりに利用できるのが GIS ツール 地理空間情報を格納、検索、分析、表現するコンピュータシステムの名称であり、用いると情報を空間的に検索、分析することができ、さらにその結果を地図上に視覚的に表現することができる(地域研究のための空間データ分析入門) 空間の距離や面積を計算し比較するなど、定量的に示すことが難しかった検証を定量的に示したり、逆に地図上に情報を重畳することによって、視覚的に示せば一目瞭然な結果を表現したりすることが可能になる(大塚 2023a) 今回の発表では、GIS ツールを使い始める際のハードルを下げるための情報をいくつか紹介する
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群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日2 まずどのようなことができるかのイメージを持ってもらうために、先行研究での利用例を紹介 次に GIS ツールを学ぼうとする際に、知らないと尻込みするような知識について、基礎を紹介 最後に、使える GIS ツールの紹介と、学ぶための情報などを紹介 細かい使い方などには、それだけで分厚い本になるため、踏み込まない2. どのようなことができるか(先行研究での利用例) 定量的に表すことが難しかったことを、定量的に示した事例 近世大坂における歴史的大火の被害範囲を、絵図から見て取れる範囲を現代地図上のデータに直し、GIS で面積計算して被害規模を算定(川畑 2004) 奈良市のならまち周辺の地蔵と野神の分布について、鹿垣の内外で存在密度を比較(宇野 2023)図 1 近世大坂三大大火の範囲と被害の定量化川畑 2004 の図 2 と表 3 より引用図 2 ならまち周辺の鹿垣内外での地蔵と野神の存在密度を定量化宇野 2023 の図 7 と表 1 より引用
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日3 視覚的に表せば一目瞭然な結果を表現 明治 20 年台の人口集中地域の 5km メッシュによる可視化 当時のメッシュ別人口情報などはないため、明治 23(1890)年行政界データと史料『明治 24 年徴発物件一覧表』の人口情報を元に、メッシュに対して面積按分して人口を割り振っている(渡邉ら 2008) 群馬県館林市でのシベと呼ばれる地名での特徴的な地形を図示(大塚 2023a)図 3 1890 年における 5km メッシュ単位の人口分布渡邉ら 2008 の図 4 より引用図 4 館林市街中心部での、シベと呼ばれる地名周辺の地形検証大塚 2023a の図 9 より引用
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日4 地理的情報の生成、編集、管理 群馬県館林市で継続調査中の、石造物の所在地調査(大塚 2023b)における、結果データの編集、発行 現在作成中の、館林市小字境界ポリゴン(多角形)生成の作業風景 オープンデータの館林市大字境界データと、館林市史の小字境界ページをスキャンしてジオリファレンス(後述)したものを重ね合わせ、手作業でトレース(後述)してデータ作成中 小字名不明の領域や、新住所表記部分の旧小字名情報がないため、作業停滞中図 5 GIS ツールを用いた令和館林石造物悉皆調査(大塚 2023b)でのデータ編集・管理図 6 GIS ツールを用いた館林市小字境界ポリゴンの作成風景
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日5 明治初期関東の迅速測図画像を分析しての、明治初期の土地利用データ生成(岩崎 2016) 100m グリッド単位で土地利用を目視判定し、GIS ツール上でデータ化 ハザードマップなどとの重ね合わせ、検証 地蔵など街角文化財とハザードマップの重ね合わせによる災害予測(後藤ら 2019)図 7 お地蔵さんの位置情報とハザードマップの重ね合わせ後藤ら 2019 の図 5 より引用図 8 明治初期関東の迅速測図画像を解析して生成した、明治初期の土地利用データ(100m グリッド)岩崎 2016 の図 3 より引用
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日63. GIS を学ぶために知っておくとよい基礎知識3-1. データの種別 データの種別の切り口には、ベクタ/ラスタデータ、テキスト/バイナリデータ、ファイル/タイル/クラウド最適化、ベース地図/オーバーレイなどいくつかの切り口がある ベクタ(ベクトル)データとラスタデータ:描く前のデータか、描いた後の画像データか ベクタデータ:描画で表現される前の地図データ 点(Point)、線(LineString)、多角形(Polygon) などの地理形状(Geometry)を持つ それぞれの形状に、名称、種別、その他の属性を持つ(Geometry に Excel の行が結びついているイメージ) 人が閲覧する時に描画されることで地図になる ラスタデータ:地図として描画済みの地図「画像」データ 地図として描画済みの画像データ 属性は画像全体としてしか持てない 衛星写真などは、描画された地図ではないが、画像なのでラスタとして扱う 図5、図6、図7などの例では、石造物やお地蔵さんの位置(点)、小字大字の境界データ(多角形)などがベクタ、背景地図や航空写真、ハザードマップなどがラスタ GIS ツールを用いると、地理座標を通じてラスタデータもベクタデータも重ね合わせできる テキスト(文字)データとバイナリ(二進法、デジタル)データ テキストデータ:人間に可読性のある文字で構成されたデータ Windows のメモ帳等で開くと、何が書いてあるか人間が判別できる図 9 テキストベースのベクタデータフォーマットである GeoJSON の例宙畑ブログ記事より引用
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日7 「文字」で書かれているが、「文章」で書かれているわけではない(ホームページ作成が分かる人は、HTML のようなものを想像すれば分かりやすい) 人が管理しやすいが、必ずしも処理効率やデータサイズは最適にならない バイナリデータ:機械が扱いやすいデジタルデータ アプリなどのツールの力を借りずに人間が読むことは考慮されていない、メモ帳で開いても読めない ラスタデータは全てバイナリデータ、ベクタデータはテキストの場合とバイナリの場合がある 小さなデータセットならばテキストベースのデータ形式(≒GeoJSON)で問題ないが、巨大なデータになると取り回しがしにくくなるのでバイナリ形式を検討すべき ただし古く問題があるデータフォーマットのため ShapeFile 形式は選ばない 単一ファイルフォーマットとタイルフォーマット、およびクラウド最適化フォーマット 単一ファイルフォーマット:1 つのファイルで全部のデータを含むデータ形式 ラスタ/ベクタ、テキスト/バイナリなど形式問わず、基本はこの形式 利点は 1 つのファイルを扱うだけで、配置場所の移動など全部完結する点 欠点はファイルのサイズが大きくなると、アプリがファイル全体をメモリ内に読み込んで維持しないと扱えないため、アプリの処理速度が猛烈に遅くなる 複数ファイルフォーマット:用途別の複数のファイルから構成されるデータ形式 ファイルは複数存在するが、空間で分割されるのではなく用途毎に別ファイルに分けているため、タイルとは異なる考え方 代表例は ShapeFile(.shp だけでなく、.shx、.dbf、.prj など複数のファイルを一緒に運用する必要がある) タイルフォーマット:全世界をズーム毎のタイル画像/データに分割するデータ形式図 10 Microsoft Word のファイルはバイナリファイル >> メモ帳で開いても読めない
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日8 1つのファイルではなく、無数のファイルから構成される 南極北極を除く全世界を 1 枚の正方形画像で表現するのをズーム 0 とし、ズームが 1 上がるごとに縦 2 倍、横 2 倍、画像枚数は 4 倍になるようなタイルに切り刻む GIS ツールが表示している地図のズームや範囲が変わるたび、不要になったタイルをメモリから消し、必要になったタイルだけを新たに読み込む方式 利点:どれだけ大きな地図でも、GIS ツールは一部しか読み込まないため、軽快にアプリが動作する 欠点:多くのファイルから構成されるため、配置場所を移すなどの取り扱いが難しい。図 11 ズームレベルとタイル座標地理院地図ホームページ記事より引用ズーム 0(全世界) ズーム 4(日本全体)ズーム 8(全群馬) ズーム 16(前橋駅前)図 12 ズームレベルと表示縮尺のイメージOpenStreetMap からキャプチャ
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日9また、アプリが一度に読み込むデータ量が小さくなるだけで、全体のデータ量はむしろ大きくなる クラウド最適化フォーマット:タイルをまとめて 1 つのファイルにしたようなファイル形式 ここからここまではこのタイル位置向けのデータ、といったインデックス情報が整備されているので、部分にアクセスすることでタイルのように扱える 利点:1 つのファイルとして扱えて取り回しが簡単であると同時に、部分にアクセスすることで必要な部分だけ読み込めるタイルの利点も併せ持つ 欠点:「部分にアクセス」できる仕組みは Web 経由でしか実現できないため、クラウド上に置かれているファイルに対してしか機能せず、作業パソコン上などに配置されていても機能しない。原理上、テキストデータはこの形式にすることは困難である。また、1 つのファイルとして扱えるデータの大きさには自ら限界があるため、世界全部のラスタデータを 1 ファイルとして扱う、などは困難である ベース地図とオーバーレイ地図 ベース地図:背景に表示される、ベースとなる地図 オーバーレイ:何らかの解析を行うため、ベース地図の上に重ね合わせる(複数可)他の地図や地理情報 使われ方による分類なので、このフォーマットはベース地図用、これはオーバーレイ用ということはなく、どんな形式のデータもどちらにもなりうるが、データによってこちらに使われがち、という傾向はある 例:同じベクタデータでも、MVT はベース地図配信、GeoJSON はオーバーレイに使われがち 代表的なデータフォーマット 基本これから使うならば太字で書かれたフォーマットだけ使うようにすればよいが、過去の蓄積があるので細字のフォーマットも出会いがち 相当新しいフォーマットでない限り、GIS ツールでどれも読み込み可能で、相互変換も可能。自分でデータを作る時だけ将来の拡張性を考えて新しいフォーマットで作成すれば、古いフォーマットについては存在だけ知っていればよい ShapeFile(シェープファイル):ベクタ = バイナリ = 複数ファイル形式 拡張子は.shp、.shx、.dbf、.prj など複数ファイルからなる ESRI 社の定義した古いフォーマット、事実上のかつての業界標準 2GB までのファイルサイズにしか対応していない、複数ファイルで使いにくい、文字コードの扱いに問題があるなどで、最近は使うべきではないとされている
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日10 GeoTiff:ラスタ = バイナリ = 単一ファイル形式 画像フォーマットである TIFF に、地理情報として扱うための属性情報が埋め込まれている 古くから使われているラスタ地理フォーマットの標準 拡張子は普通.geotiff だが、元の TIFF 画像と同じ.tif で運用されることもある GeoPackage:ベクタ = バイナリ = 単一ファイル形式 Shape に代わる地理空間データ保存形式として普及し始めているデータ形式 オープンソース GIS ツールである、QGIS の標準フォーマット 拡張子は普通.gpkg TMS(Tile Map Service):ラスタ = バイナリ = タイル形式 地球全体をスムースなスクロール地図で表現するために生まれたタイル形式 次に述べる WMTS との違いは、タイル座標原点が南西(左下)であること(地理学的な常識で定義されている) WMTS(Web Map Tile Service):ラスタ = バイナリ = タイル形式 TMS と違い、タイル座標原点が北西(左上)である(コンピュータ的な常識による定義) 事実上のタイル技術の標準 データの定義は、たとえば https://example.com/layer/{z}/{x}/{y}.jpg 的な記法でツールに与える(TMS の場合は、最後を{-y}.jpg のような形で表すこともある) GeoJSON:ベクタ = テキスト = 単一ファイル形式 主にオーバーレイ用途程度の比較的量の少ない地理情報データを、取り扱うデータ形式の事実上の標準 テキストベースのデータ形式のため、中を見て人でも理解しやすいが、大きなデータセットを扱うには不向き 拡張子は普通.geojson KML(Keyhole Markup Language):ベクタ = テキスト = 単一ファイル形式 Google(が買収した Keyhole 社)の開発したテキストベースの地理データフォーマット Google の提供するツールの出力としてはよく使われているが、GeoJSON に押されがち 拡張子は普通.kml MVT(Mapbox Vector Tile):ベクタ = バイナリ = タイル形式 Mapbox 社によって定義された仕様、事実上のベクタでのタイル配信標準
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日11 主にベース用途の地図を、描画済みのラスタ画像ではなく、描画前のベクタデータとして、タイル形式で配信 描画されていないため、与えるスタイル次第でどんなデザインの地図にでもなる MBTiles:ベクタ/ラスタ両用 = バイナリ = 単一ファイル形式 WMTS 又は MVT 形式のタイルデータをデータベース形式のファイルに格納したもの。無数のファイルからなるタイルを 1 つにまとめて扱いやすくしている かつては便利だったが、クラウド最適化はされていないため、クラウド最適化されたフォーマットが存在する今はあえて使う理由はない 拡張子は普通.mbtiles PMTiles:ベクタ/ラスタ両用 = バイナリ = クラウド最適化形式 WMTS 又は MVT 形式のタイルデータをクラウド最適化形式に格納したもの。MBTiles の上位互換的に使うことが可能 COG との使い分けは、それ自身が画像として機能する COG と、ベクタ/ラスタ共通で扱える PMTiles あたり 拡張子は普通.pmtiles FlatGeoBuf:ベクタ = バイナリ = クラウド最適化形式 GeoJSON をそのまま、クラウド最適化バイナリ形式に相互変換可能なフォーマット PMTiles との使い分けは、ベース地図配信には PMTiles、オーバーレイ用途にはFlatGeoBuf がよいと思われる 拡張子は普通.fgb COG(Cloud Optimized GeoTiff):ラスタ = バイナリ = クラウド最適化形式 GeoTiff フォーマットを、クラウド最適化動作するように改良したもの。このファイル自体、画像として機能する 拡張子は GeoTiff と同じもの(.geotiff や.tif)が用いられる3-2. 座標系の種別 地図の座標系に関わる要素は、地球を近似する際にどのような回転楕円体で近似するか、立体曲面を平面に描くにあたってどの図法を選ぶか、政治的/行政的な管理のための視点などがあり、その組み合わせで座標系(空間参照系)が定まる 原理を知っていれば独自の座標系なども作ることができるが、よく使われる空間参照系には番号が付与されており、使いそうな空間参照系の番号だけ覚えておけばよい 適切な定義(作り置きの番号含む)を GIS ツールに与えてやれば、空間参照系間の変換は
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日12GIS ツールが行ってくれる 地球の近似としてどのような値を使うか:準拠楕円体の定義 地球は球ではなく、潰れたミカンのような形 極を結ぶ回転軸に対し、遠心力で赤道部が膨らんでいる 表面はデコボコ(形状だけではなく、重力の分布が不均衡な意味でも) この不格好な地球を、どのように近似するかについて、過去からたくさんの基準(回転)楕円体モデルが提唱されている図 13 重力の分布不均衡を主な原因とした地球のデコボコさを強調した図国土地理院ホームページよりジオイド高図を引用、水平方向に対し鉛直方向を 1 万倍に誇張図 14 準拠楕円体と本初子午線を元にした緯度、経度の定義国土地理院ホームページより引用表 1 過去に提唱された代表的な基準楕円体国土地理院ホームページより引用
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日13 異なる基準楕円体に準拠し、本初子午線の位置も異なる経緯度定義は、お互いに違う経緯度の値を持つ 2001 年以前に使われていた旧日本測地系(Tokyo)は、ベッセル楕円体が使われており、GPS(世界的には GNSS)測量で使われている世界測地系(WGS84)の GRS80 楕円体とは異なっていた さらに、明治期の測量精度の問題で、旧日本測地系の楕円体中心は世界測地系の楕円体中心と 860.3m 程ずれていた(x, y, z の 3 値で示すと-146.336m, 506.832m,680.254m)。むしろこれが両者間の座標変換で大きなズレが生じる原因だった 2001 年以降の新日本測地系(JGD2000、JGD2011)では準拠楕円体を GRS80 に切り替え、これにより日本の測量基準座標が GPS で使われる WGS84 と一致するようになった どのような地図図法を使うか 曲面を距離、形状、面積、方角などあらゆる情報を維持しつつ平面に移すのは無理、各地図の用途に応じて地図図法を選ぶ必要がある しかしそうすると、各地図間が重なり合わないので、GIS ツールを使った座標変換が必要 実際問題として、次の 4 つの図法を覚えておけば、日本国内での日常的な GIS 用途としては十分 経度、緯度をそのまま用いる座標系(専門用語では正距円筒図法) Google Map、OpenStreetMap などの Web 上の無限スクロール地図や、WMTS、MVT などのタイル仕様で使われる座標系(Web メルカトル図法などと呼ばれる) 国土地理院の紙版地形図の座標系(ユニバーサル横メルカトル図法:UTM)。日本全国で地域により第 51 帯から第 56 帯まで 6 種の座標定義が使い分けられる 日本の公共測量で用いられる座標系(平面直角座標系)、国土基本図や地方自治体などの地図はほぼこれ。日本全国で地域により 1 系から 19 系まで 19 種の座標定義が使い分図 15 旧日本測地系と世界測地系/新日本測地系の間の経緯度ズレ国土地理院ホームページより引用
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日14けられる これらの 4 図法のうち、Web メルカトルを除く 3 図法に、旧日本測地系経緯度での定義と世界測地系/新日本測地系での定義の双方が存在する。ただし、よほど古い紙地図画像を読み込むのでもない限り、旧日本測地系での地図投影座標は無視できると思われるので、実質旧日本測地系は経緯度定義だけを想定しておけばよい 以上を考慮して、群馬県領域で覚えておくべき空間参照系(経緯度定義と地図図法定義のセット)と、その空間参照系番号(SRID 又は EPSG)は以下の通り 世界測地系(WGS84)での経緯度定義:4326 世界測地系での Web メルカトル座標定義:3857 世界測地系での UTM 座標系、群馬では第 54 帯の定義:32654 新日本測地系(JGD2011)での平面直角座標系、群馬では 9 系:6677 旧日本測地系(Tokyo)での経緯度定義:4301 厳密に扱うならば以下も知る必要があるが、限りなく JGD2011≒WGS84 なので、不動産管理など厳密な用途以外では覚えてもあまり益なし 新日本測地系(JGD2011)での経緯度定義:6668図 16 日本で使われる平面直角座標系 19 種と UTM 座標系 6 種の適用範囲esri ジャパンホームページより引用
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日15 新日本測地系での UTM 座標系、群馬では第 54 帯の定義:6691図 17 GIS ツールによる自動座標変換の例(1)世界測地系経緯度(4326)で定義された文化財の所在情報が、Web メルカトル(3857)ベース地図の上に表示されている図 18 GIS ツールによる自動座標変換の例(2)平面直角座標 10 系(6678)でジオリファレンスされた山形の地図が、Web メルカトル(3857)ベース地図の上に表示されている
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日16 図 17、図 18 に示したように、各地図/地理情報データに適切な空間参照系の定義を与えてやれば、異なる座標系間でも GIS ツールが勝手に座標変換して重ね合わせてくれる 政治的/行政的な管理の視点からの座標系定義:測地成果 2000(JGD2000)と測地成果 2011(JGD2011) どちらも世界測地系(WGS84)に対応する GRS80 準拠楕円体の測地系という点では同じ 何が違うか:時間の経過とその間に起きた地殻変動 2011 年に起きた東日本大震災で、地域によっては数 m にも及ぶ地殻変動が発生 2011 年以前に行われた、JGD2000 の元で行われた公共測量による経緯度は、大きな誤差を含むようになってしまった そこで、JGD2000 の元で行われた測量成果は過去のものとし、新たに 2011 年以降の測量成果を JGD2011 の元での測量成果とした。JGD2000 での測量成果は、簡易の変換テーブルで JGD2011 相当での測量位置に近似変換できるプログラムを用意 大震災がなくとも、日本中の地殻は年数 cm レベルで変動している。一気に大きく変わったとはいえ、地震による地殻変動もその一環と考えれば、わざわざ新しい測地系を定義する必要はないのではという議論もあったようであるが、最終的に新しい測地系の定義で決着した 現在新たな用途に使う場合は、JGD2011 を使えばよく、JGD2000 は使わない4. GIS ツールやデータの紹介4-1. 汎用的 GIS ツール ArcGIS:ESRI 社による商用 GIS ツール 業務で GIS を扱う人はいまだに GIS ツール = ArcGIS の認識である人も少なくない 高機能、高性能だが高価 QGIS:オープンソースの無料で使える GIS ツール 十分に高機能で実務に使える GIS ツール https://qgis.org/ja/site/ こちらでダウンロードできる 汎用 GIS ツールでできること 様々なフォーマットの地図データを読み込んでの重ね合わせ(1 章の各図) 地図の上で描画しての、ベクタデータの生成/編集(図 6) 地図データの様々なフォーマットでの保存、フォーマット変換(図 19) ラスタ、ベクタとも様々なデータへの保存に対応 タイル系のフォーマットにはあまり対応していない(MBtiles 等には対応)
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日17 面積計算など、読み込んだデータへの演算処理実施(図 1~図 3) 地理情報を持たない画像情報に、対応点情報を与えて地理情報を含むデータに変換(ジオリファレンス処理) 「正確な地図画像に図法情報と数点の対応点情報を与えて正確な地図データにする処理」と、「古地図など不正確な地図に可能な限りの対応点を与えて大まかに重ね合わせられるデータにする処理(Warping)」の双方が可能 その他のツール MapTiler:QGIS が不得意なタイル形式フォーマット生成を容易に行うツール 既に地図データ化されている GeoTiff を与えたり、あるいはこのアプリの上でジオリファレンシングを行ったりすると、タイル化地図(WMTS)を出力してくれる ジオリファレンス機能はついているが、日本ローカル空間参照系はうまく扱えないようなので、QGIS でジオリファレンスして GeoTiff 化した地図をこのアプリでタイル化す図 19 QGIS を用いた、様々なフォーマットによるデータの保存左はラスタデータ、右はベクタデータ保存時の、保存フォーマット選択肢図 20 QGIS を用いた、スキャン画像への地理情報付与(ジオリファレンシング)この地図は平面直角座標 10 系で描かれたと情報を与えたうえで、正確な地図との間で対応点をいくつか与えてやる
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日18る使い方を推奨 無償で使える範囲があるが、地図のサイズが大きくなると有償版でないと処理できない https://www.maptiler.com/4-2. 歴史民俗研究に使える地図データや地図サービス類 各データセットを使う際は、出典元やライセンスの表記などに留意し用いること 地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/ 地理院の測量成果としての地図だけでなく、全国の高解像度航空写真、20 世紀初めからの歴代の航空写真、土地利用図、地質図、低湿地情報など様々な地図を切り替えて表示できる 単に地理院地図サイト上で見るだけでなく、QGIS などで読み込める WMTS タイル地図として、各地図を提供している。https://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.html 地理院地図サイト自身が、Web 上で動作する簡易 GIS ツールのように動作し、GeoJSON データを読み込んだり、標高段彩図を作成したり、様々な簡易分析に利用できる 埼玉大学谷謙二研究室:https://ktgis.net/ 故谷謙二先生が提供していた GIS サービス/データの提供場所 時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」:https://ktgis.net/kjmapw/index.html 日本全国都市部の明治から昭和までの旧版地形図を、ジオリファレンスして Web 地図として提供 地理院地図同様、QGIS などで読み込める WMTS タイル地図として、各地図を提供 Web 等高線メーカー:https://ktgis.net/service/webcontour/index.html 自由に設定した等高線を生成し、生成された等高線は QGIS でも読み込める kml 形式でのダウンロードも可能 歴史的農業環境閲覧システム:https://habs.rad.naro.go.jp/ 農業環境技術研究所が提供する、明治初期~中期にかけて関東地方を対象に作成された迅速測図のタイル地図を提供 (図 8)で紹介した、100m グリッドで明治期の土地利用を分類したデータも提供 Geoshape リポジトリ - 地理形状データ共有サイト:https://geoshape.ex.nii.ac.jp/ 国立情報学研究所が提供する、歴史的行政区域境界や国勢調査農業集落境界、農業集落境界などのデータセットを、検索可能な可視化で提供 QGIS などで読み込めるデータ形式(GeoJSON、MVT)なども提供 歴史 GIS:http://codh.rois.ac.jp/historical-gis/
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日19 同じく国立情報学研究所が提供する、歴史的地理空間データセット。江戸時代の文書から情報を抽出した江戸マップβ版、歴史地名マップ、武鑑全集などがある 近代京都オーバーレイマップ:https://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/ModernKyoto/ 立命館大学アート・リサーチセンターによる、近代京都古地図の WMTS タイル地図による重ね合わせサイト データの利用ライセンスは不明だが、技術的には GIS で利用可能な汎用技術を使っている 平安京跡データベース:https://heiankyoexcavationdb-rstgis.hub.arcgis.com/ 立命館大学アート・リサーチセンターによる、平安京の構造と発掘ポイント、また浸水ハザードマップや過去の災害記録情報などを重ね合わせられる Web GIS サイト 一部の GIS データをダウンロード可能な形で提供している 奈良盆地歴史地理データベース:https://nara-hgis.jp/ 奈良盆地の小字、年代別土地利用、前方後円墳、万葉歌碑、延喜式内社などのデータベースを公開 利用規約によるとデータ利用は可能なようだが、データダウンロードの仕組みはなく、また技術的にも汎用 GIS に対応していない、独自データフォーマット(ベクタ=テキスト=単一ファイル形式)のようである。データソースというよりは、歴史研究と GIS の組み合わせの一例として紹介 文化財総覧 WebGIS:https://heritagemap.nabunken.go.jp/ 全国の登録文化財の所在地を WebGIS で一覧化 ソースデータの提供については情報がない。データソースというよりは、歴史研究と GIS の組み合わせの一例として紹介 郡地図研究会:https://gunmap.booth.pm/items/3053727 日本全国の旧郡の境界をポリゴンデータ化して ShapeFile データで提供 明治中期ごろのデータを無料で、幕末時点でのデータを有料で提供(1000 円) 琉球間切地図:https://booth.pm/ja/items/3051229 八鬮不動産による、琉球王国滅亡時点(明治 12 年)の間切地図、ShapeFile データでオープンデータ提供 GIS データパッケージ(歴史災害):https://www.nakasha.co.jp/future/disaster-prevention/gis_data_package.html ナカシャクリエイティブ社による提供、名古屋市周辺の歴史災害情報を GIS データ化したもの
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日20 無料で使えるがオープンデータではないので利用条件には留意すること オープンデータカタログサイト:https://www.data.go.jp/ 地方自治体の提供するオープンデータを一括検索できるようにしたサイト。オープンデータ内には多くの活用できる GIS データが含まれている4-3. QGIS などを学ぶためのデータソース 地図一般の知識: 羽田康祐『地図リテラシー入門―地図の正しい読み方・描き方がわかる』ベレ出版 2021 定価 2090 円 井口奏大『現場のプロがわかりやすく教える位置情報エンジニア養成講座』秀和システム2023 定価 2970 円 QGIS の操作: 喜多耕一『改訂版(Ver.3.22 対応)業務で使うQGIS Ver.3 完全使いこなしガイド』全国林業改良普及協会 2022 定価 7480 円 半井真明『まちの課題・資源を可視化する QGIS 活用ガイドブック: 基本操作から実践例まで』学芸出版社 2022 定価 3850 円 朝日孝輔『【改訂新版】[オープンデータ+QGIS]統計・防災・環境情報がひと目でわかる地図の作り方』技術評論社 2018 定価 3938 円 研究への活用: 愛知大学三遠南信地域連携研究センター『地域研究のための空間データ分析入門: QGIS とPostGIS を用いて』古今書院 正編 2019, 応用編 2022 定価共に 3080 円5. むすびに 歴史民俗の研究において活用できそうな地理情報システム(GIS)について、情報を提供した 限られた時間の中で、詳細な使い方にまで踏み込めなかったため、GIS の活用事例、取り組む際の障害になりそうな基礎知識の紹介、使えるツールやデータ、自学の情報源に絞って説明した 不明点への質問や協力要請などはフォローするので気軽に連絡いただきたい 時間の問題や厳密には GIS と異なる部分もあり、筆者の取り組む古地図を歪めない地図技術のMaplat や、文化財所在調査管理公開ツールの Torii については今回話題に挙げなかったが、GIS の知識があればこれらにも取り組みやすいので、ぜひ GIS に親しんだ後はこれらにも興味を持っていただきたい
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日21≪参考文献≫ 愛知大学三遠南信地域連携研究センター編 蒋湧監修『地域研究のための空間データ分析入門』古今書院 2019 大塚恒平「邑楽館林での「シベ」地形調査と考察」『群馬歴史民俗』第 44 号 群馬歴史民俗研究会 2023a 川畑光功「GIS を用いた歴史資料分析の可能性~近世大坂三大大火を事例に~」『情報学』第 1巻第 1 号 大阪市立大学創造都市研究科情報学専攻 2004 宇野あかね「奈良における地蔵信仰と野神信仰」『地理交流広場』第 6 号 地理屋交流会&みんなで地理プラーザ! 2023 渡邉敬逸, 村山祐司, 藤田 和史「「歴史地域統計データ」の整備とデータ利用―近代日本を中心として―」『地学雑誌』第 117 巻第 2 号 公益社団法人東京地学協会 2008 大塚恒平「石造物調査情報に関するオープンデータ構築の検討―群馬県館林市域における取り組みを例に―」『群馬学研究・KURUMA』第 1 号 群馬県立女子大学群馬学センター 2023b 後藤真, 近藤無滴「デジタルアーカイブ所在調査による文化財防災の可能性:「お地蔵さん」の所在調査を例として」『デジタルアーカイブ学会誌』第 3 巻第 2 号 デジタルアーカイブ学会2019 岩崎亘典「関東地方の過去 130 年間の土地利用・景観変遷データベースの構築と公開」『平成 25~27 年度科学研究費補助金研究成果報告書』https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-25292213/25292213seika.pdf 2016 さくらインターネット株式会社「【ゼロからの Tellus の使い方】GeoJSON のオープンデータをTellus に表示する」『宙畑』(ブログ)2019/2/17 記事 https://sorabatake.jp/3668/(2023/2/24 閲覧) 国土地理院「地理院タイルについて」『地理院地図 ヘルプ』https://maps.gsi.go.jp/development/siyou.html(2023/2/25 閲覧) 同「ジオイドを知る」『地理院ホーム 基準点・測地観測データ 重力・ジオイド』https://www.gsi.go.jp/buturisokuchi/grageo_geoid.html(2023/2/26 閲覧) 同「日本の測地系」『地理院ホーム 基本測量 地球の形をはかる』https://www.gsi.go.jp/sokuchikijun/datum-main.html(2023/2/26 閲覧) 同「日本測地系と世界測地系」『地理院ホーム 測量法 世界測地系の導入に関して 世界測地系移行の概要』 https://www.gsi.go.jp/LAW/G2000-g2000-h3.htm(2023/2/26 閲覧) esri ジャパン「日本で使用される座標系」『esri ジャパン GIS 基礎解説 座標系/空間参照』
群馬歴史民俗研究会例会【123】報告令和 5 年 3 月 26 日22https://www.esrij.com/gis-guide/coordinate-and-spatial/coordinate-system-japan/(2023/2/26 閲覧) 水谷貴行「GIS のための測地成果、測地系、楕円体、投影座標系、EPSG コードのまとめ」『自然環境保全のための周辺技術』(ブログ)2019/12/15 記事https://tmizu23.hatenablog.com/entry/20091215/1260868350(2023/2/26 閲覧)