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情報学の基礎概念: 情報

情報学の基礎概念: 情報

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saireya

May 19, 2025
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  1. 情報の定義に向けて: 辞書における「情報」の項目 じょう-ほう【情報】 1. ある物事の内容や事情についての知らせ。イン フォメーション。「事件についての—を得る」「—を 流す」「—を交換する」「—がもれる」「極秘—」 2. 文字・数字などの記号やシンボルの媒体によって 伝達され、受け手に状況に対する知識や適切な

    判断を生じさせるもの。「—時代」 3. 生体系が働くための指令や信号。神経系の神経 情報、内分泌系のホルモン情報、遺伝情報など。 4 (参考) デジタル大辞泉「情報」(2024/12時点) https://dictionary.goo.ne.jp/word/情報 複数の内容が書かれており、 「情報」という概念の中核が 何であるのか分かりにくい
  2. 情報の定義に向けて: 「情報」という日本語 • 日本語の「情報」の初出は1876年 • 当初の「情報」は軍事的な文脈で、「情状の報知」の 省略語のような趣旨で使われることが多かった • 現在における「諜報(intelligence)」にあたる用法 (情報収集手法のOSINTもintelligence)

    • そのため「情報」は軍事・スパイなどのイメージがあり、 第二次大戦後まで、いい印象を与えない言葉だった • 「情報」が現在の意味で広く使われるようになっ たのは第二次大戦後になってから • 「情報」は「information」の訳語という位置づけ • 日本語の「情報」という語からは、 「情報」の本質を明らかにすることは難しい • 原語の「information」に着目する必要がある 5 (参考) 小野「情報という言葉を尋ねて(1),(2),(3)」(2005) http://id.nii.ac.jp/1001/00065304 http://id.nii.ac.jp/1001/00065331, http://id.nii.ac.jp/1001/00065360
  3. 情報の定義に向けて: 「information」 • 「information」は動詞「inform」の名詞形 • 「inform」 = in + form

    • 「in」: 「対象(生命)の内側に」 • 「form」: 「~を形成する・形作る」 (「ピッチングフォーム」などの名詞formの動詞) • 「inform」は「生命の内側に何かを形成する」 • 名詞形の「information」は、 「生命の内側に何かを形成する何か」 • 1つ目の「何か」: 生命の内側に形成されるもの(内容) • 2つ目の「何か」: 生命の内側に形成させるもの(表現) ⇒ 情報は「内容と表現の組」(記号)とみなせる 6 (参考) 西垣『基礎情報学――生命から社会へ』NTT出版(2004), p.24-30
  4. 情報の定義: 「記号」と「情報」の違い 「記号」といえないものが「情報」とされることがある • 「内容」がない「表現」だけのもの: 数値・ビット列などの「データ(data)」 • 「表現」がない「内容」だけのもの: 生命の内部にある信号・記憶など •

    これらは、記号論では「記号」とみなされない • 「表現のない内容はなく、内容のない表現はない」 (Hjelmslev『言語理論序説』p.36) ⇒ これらも含められるように、「記号」の概念を拡張 7 (参考) 大西「コミュニケーション/メディア概念と関連付けた情報概念の形式化」(2017) https://www.scribd.com/doc/385336249
  5. 情報の定義: 「記号」概念の拡張 情報(information): 表現𝜶と内容𝜷の組(𝜶, 𝜷) • ただし、𝜶または𝜷の一方は空列𝜺でもよいとする • 空列𝜺は「何もない」ことを表す (言語理論やオートマトンの分野で用いる記号)

    ※「表現と内容のどちらを1つ目の成分と定義する か」には、理論上の意味はない 8 (参考) 大西「コミュニケーション/メディア概念と関連付けた情報概念の形式化」(2017) https://www.scribd.com/doc/385336249
  6. 情報の分類: 生命情報・社会情報・機械情報 定義から、情報には3種類のものがあることが分かる 情報 = 生命情報 ∪ 社会情報 ∪ 機械情報

    10 (参考) 大西「コミュニケーション/メディア概念と関連付けた情報概念の形式化」(2017) https://www.scribd.com/doc/385336249
  7. 情報の分類: 辞書における「情報」の項目 じょう-ほう【情報】 1. ある物事の内容や事情についての知らせ。イン フォメーション。「事件についての—を得る」「—を 流す」「—を交換する」「—がもれる」「極秘—」 2. 文字・数字などの記号やシンボルの媒体によって 伝達され、受け手に状況に対する知識や適切な

    判断を生じさせるもの。「—時代」 3. 生体系が働くための指令や信号。神経系の神経 情報、内分泌系のホルモン情報、遺伝情報など。 11 (参考) デジタル大辞泉「情報」(2024/12時点) https://dictionary.goo.ne.jp/word/情報 複数の内容が書かれており、 「情報」という概念の中核が 何であるのか分かりにくい 社会情報に近い内容 機械情報に近い内容 生命情報に近い内容
  8. (参考) 西垣の基礎情報学における「情報」概念 今回扱っている「情報」の定義・分類は、 西垣らの基礎情報学を記号論に近づけたもの • 西垣の情報の定義・分類では、次の関係が成立 情報 = 生命情報 ⊃

    社会情報 ⊃ 機械情報 12 (参考) 西垣『基礎情報学――生命から社会へ』NTT出版(2004), p.27, 125-126 西垣『生命と機械をつなぐ知 基礎情報学入門』高陵社書店(2012)
  9. 情報の分類: 生命情報 生命情報: 組(𝜺, 𝜷) (𝜷: 内容) • 内容𝜷のみで、内容に対応する表現がない情報 •

    生命情報の存在により生命が思考・判断を行う ことが可能になるため、生命活動が成り立つ • 内容の大きさ(価値)は客観的な測定が困難 13
  10. 情報の分類: 生命情報が関係する現象の例 • 福祉・医療分野における「もやもや(する)」: • 言語化できない思考が心の中に滞留している状態 • 精神的な「しんどさ」の原因になる • 言語学における「double

    limited」: • 「この言語なら自分の思いを表現できる」といえる 言語を十分に習得できていない状態 • BilingualやMultilingual(多言語話者)で起こりや すい 14
  11. 情報の分類: 社会情報 社会情報(記号): 組(𝜶, 𝜷) (𝜶: 表現, 𝜷: 内容) •

    表現𝜶と内容𝜷が対応している情報 • 社会情報の存在により生命間でのコミュニケー ションが可能になるため、社会が成り立つ 15
  12. 情報の分類: 社会情報の例 • 言語(language): 単語と概念の対応 • 日本語 = {(ネコ, ),

    (音, ♪), (家, ), …} • 英語 = {(cat, ), (sound, ♪), …} • 非音声言語(点字・手話・指文字) • 「やさしい日本語」「plain English」 • 口笛言語・トーキングドラム • ジェスチャー・アイコン • 鳴き声・マーキング 16 ※恣意性があるため、実際は表現と内容は1:1に対応しないが、ここでは単純化して対応例を示した
  13. 情報の分類: 社会情報の例 • 記数法: 数字と数の対応 • 2進法 = {(1, •

    ), (10, •• ), (11, ••• ), …} • 10進法 = {(1, • ), (10, •••••••••• ), …} • 符号(code): • モールス符号 = {(・・・, S), (---, O), …} 「・・・ --- ・・・」は遭難信号(SOS) • 文字コード・手旗信号・ピクトグラム(pictogram) • 楽譜・カラーコード・バーコード • 文字・符牒(符丁)・隠語 • 暗号・誤り訂正符号・Huffman符号・難読化法 • お札の突起・点字ブロック • 図(UML)・プログラミング言語 • 化学式・数式 18
  14. 情報の分類: 社会情報の例 • 安全色: 色と標識・マークの目的の対応 • ISO 3864, JIS Z9101,

    Z9103で規格化 • 色覚の多様性に配慮した配色(JIS Z9103) 19 (参考) JIS Z9103, https://www.jisc.go.jp/app/jis/general/GnrJISSearch.html 色 R G B 意味 赤 255 75 0 防火、禁止、停止、危険、緊急 黄赤 246 170 0 注意警告、明示 黄 242 231 0 注意警告、明示、注意 緑 0 176 107 安全状態、進行、完了・稼働中 青 25 113 255 指示、誘導、安全状態、進行、完了・稼働中 赤紫 153 0 153 放射能、極度の危険 白 255 255 255 黒 0 0 0
  15. 情報の分類: 社会情報の例 • ピクトグラム(pictogram): 図記号と対象物・状態などの対応 • ISO 7001, JIS Z8210で規格化

    • 色は安全色を使用 • 国土交通省「案内用図記号(JIS Z8210)」 https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/ barrierfree/content/001727468.pdf 20 (参考) JIS Z8210, https://www.jisc.go.jp/app/jis/general/GnrJISSearch.html
  16. 情報の分類: 社会情報の例 • 視覚障害者誘導用ブロック(点字ブロック): ブロックの形状と方向指示・注意喚起の対応 • ISO 23599, JIS T9251で規格化

    • 1965年に考案され、1967年に岡山市に初設置 21 (参考) 日本視覚障害者団体連合「点字ブロックについて」(2024/12時点) http://nichimou.org/impaired-vision/barrier-free/induction-block/
  17. 情報の分類: 機械情報 機械情報(データ): 組(𝜶, 𝜺) (𝜶: 表現) • 表現𝜶のみで、表現に対応する内容がない情報 •

    機械情報の存在により機械で処理することが可 能になるため、情報システムを構築できる • 内容の部分がないので、生命の外にも存在可能 • 内容の部分がないので、量を測定できる • 2進法の1桁分に相当するbitと、 1B=8bitで定義されるByte(バイト, 単位:B) 22
  18. データの量: 表現に要する文字の数 データの「量」は、その表現に必要な「文字の数」 • 例1: 「kaede」 「sakura」という文字列は、 それぞれ5つ・6つの文字で表されている ⇒ この「5つ」「6つ」をデータの量だとみなせる

    • 例2: 「1024」「65536」という数字の並びは、 それぞれ4つ・5つの数字で表されている ⇒ この「4つ」「5つ」(桁数)がデータの量 ※ここで扱っているのは「表現に要する文字の量」で、 「内容の量」ではないことに注意 (つまり、この議論では「情報の量」を測れない) 23
  19. (参考) 桁数と対数 ある数の「桁数」を表す数学的な道具は対数 • 𝑎𝑥 = 𝑏となるときに、𝑥 = log𝑎 𝑏と記す数を考え、

    𝑥を「𝑎を底(base)とする𝑏の対数」という • 𝑥は「𝑎を何乗かして𝑏になるような数」 • 例1: 102 = 100なので、 2 = log10 100 (10を何乗かして100になるような数は2) • 例2: 23 = 8なので、 3 = log2 8 (2を何乗かして8になるような数は3) • 各種の公式 (今回は省略) • 𝑎log𝑎 𝑀 = 𝑀, log𝑎 (𝑏𝑀) = 𝑀 log𝑎 𝑏 • log𝑎 (𝑀 + 𝑁) = log𝑎 𝑀 × log𝑎 𝑁 (𝑎𝑀+𝑁 = 𝑎𝑀𝑎𝑁) • log𝑎 𝑀𝑁 = log𝑎 𝑀 + log𝑎 𝑁 (𝑎𝑀𝑁 = (𝑎𝑀)𝑁) 24
  20. (参考) 桁数と対数 対数を使うと、ある数の桁数を表すことができる • 𝑎進法で表された数𝑏の桁数は、𝑎を底とする𝑏の 対数+1(の整数部分とほぼ同じ値)となる • 例1: log10 100

    = 2なので100の桁数は2+1=3桁 • 例2: log10 400 = log10 100 + log10 4 = 2 + 2 log10 2 ≒ 2.602 (log10 2 ≒ 0.3010) なので、100の桁数は2.6+1=3.6より3桁 • つまり、2進法で表された数𝑏の桁数は、 底を2とする対数を使って表現できる 25
  21. データの量: 対数とbit • Hartley(1928): データの量を測るために対数を使うことを提案 • R.V.L.Hartley「Transmission of Information」 (1928)

    doi:10.1002/j.1538-7305.1928.tb01236.x • Shannon(1948): データ量の単位としてbitを提案 • 対数の底を2とすることを提案 • データを2進法で表したときに必要な桁数 • 「bit」は「binary digit」の略 binary: 2進法の, digit: 数字 • C.E.Shannon「A Mathematical Theory of Communication」(1948) doi:10.1002/j.1538-7305.1948.tb01338.x 26 (参考) C.E.Shannon『通信の数学的理論』筑摩書房(2009, 植松訳)
  22. (参考) C.E.Shannon (シャノン) • 1916-2001 • 論理式と回路の対応 関係を証明(中嶋章 の研究が先行した) •

    「情報理論」の基礎を ほぼ独力で確立 • 単位「bit」を提案 • エントロピーの概念 • デジタル化に関する 標本化定理の証明 • 『通信の数学的理 論』 27 (出典) スウェーデン国立科学技術博物館「43069」(2024/12時点) https://www.flickr.com/photos/tekniskamuseet/6832884236
  23. データの量: bit 2進法の1桁で表せるデータの量が1bit • 例: 2進法表記で「1001」は4bit • 例: 2進法表記で「01001001」は8bit (最上位のゼロは「01001001」

    を「数」だと考 えると不要だが、データとして最上位にゼロがあ るのなら、データの量としては数える必要がある) • デジタル信号でのデータの伝送では、 「1」「0」と電圧の高低を対応付けることが多い 28
  24. データの量: 単位の接頭語 大きな量にはキロ・メガ・ギガなどの語を使用 • これらの語を接頭語(prefix)という • 国際単位系(SI)で定義されている • 正式にはk =

    𝟏𝟎𝟑, M = 𝟏𝟎𝟔, G = 𝟏𝟎𝟗 • 210単位で扱うのは、Windowsなど 一部のOSの慣習であり、正式なものではない • 正式にはキロの「k」は小文字 大文字の「K」を使うのも一部のOSの慣習 29 (参考) 産総研『国際単位系(SI)第9版 日本語版』(2019) https://unit.aist.go.jp/nmij/public/report/si-brochure/
  25. データの量: ビットレートの単位 ビットレート(bit rate): 単位時間あたりのビット数 • ビット毎秒(bit per second, 単位bps):

    • 1秒あたりのビット数を表すときに使う一般的な単位 (「per」は「/」の意味。m/sはmeter per second) • 使用例1: ネットワークの転送効率 (1秒あたりに何ビットを転送できるか) • 使用例2: 音声・動画ファイルの品質 (1秒あたりで何ビットのデータを必要とするか) • ビットレートは、バイト単位ではなくビット単位での 表記が一般的 30
  26. 情報の伝達: そもそも可能であるのか? • 「情報を伝える」ということ: ×: 「表現(データ・機械情報)を」伝える ◦: 「表現だけでなく内容も」伝える • 「内容を伝える」ことは可能なのか?

    • 生命情報・社会情報(=内容)は、 それぞれの生命の内部にしか存在しない • 「情報が伝わっている」というのは、 あくまで送り手と受け手の「思い込み」に過ぎない • では、コミュニケーションはどのようになされるか? そして、社会はどのように成立しているのか? 34
  27. 本日の課題 (任意) 1. 身近で「情報」だとされているものが今回紹介し た情報の定義に当てはまるか、考えてみましょう 2. 上記のものが情報の定義に当てはまる場合、生 命情報・社会情報・機械情報のいずれに当たる か、考えてみましょう 3.

    各自のPCやスマートフォンにある写真・音楽・プ ログラムなどのファイルサイズを調べてみましょう 4. 各自が使用しているネットワーク回線、音楽・動画 ファイルなどのビットレートを調べてみましょう 37 ※この講座では、課題の提出やフィードバックなどを行う予定はありません。