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中学校理科における環境シティズンシップ教育の実践

佐久間直也
September 18, 2022

 中学校理科における環境シティズンシップ教育の実践

2022年9月18日(日)
日本科学教育学会第46回年会
3G2-04

佐久間直也

September 18, 2022
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  1. 中学校理科における 環境シティズンシップ教育の実践 筑波大学附属中学校 〇佐久間 直也 広島大学 中村 大輝 2022年 9月18日

    日本科学教育学会 @オンライン 全18枚 Mail : [email protected] Twitter : sakunao_rika 日本科学教育学会第46回年会 3G2-04 pp.498-501
  2. 環境問題に対する考え方 ◼ 地球規模の環境問題 ⚫ 国連サミットSustainable Development Goals(SDGs)が採択(2015) • 持続可能な世界を目指す上で種々の環境問題に世界中で取り組む必要性 ⚫

    現代の環境問題の解決には科学技術の向上と国家間の協力が必要不可欠 • 国家の枠を超えた連携が求められている ◼ 環境問題に対する考え方の変化 ⚫ 環境プラグマティズム(Light & Katz, 1996) • 環境倫理思想が環境政策に影響を与えてこなかった。 ➢ 理論の実効性と環境問題の現実的な解決を重視 ⚫ 個人の道徳性の問題に矮小化(ピンカー, 2019) • 環境問題を個人の道徳問題として扱う ➢ 国家の政策・国家間の規制による解決 2 環境問題の解決 個人の道徳問題 科学技術と政策の問題
  3. 環境教育に対する考え方 ◼ 現在の環境教育の課題 ⚫ 家庭におけるこころがけ教育(井上, 2016) • 日本の環境教育は社会の構造的な問題に目を向けることなく推進 ⚫ 環境教育は私的領域の環境主義を強調(Chawla

    & Cushing, 2007) • 政治的なアクションを起こすための準備が重要 ⚫ 環境問題は社会科学的に複雑で議論が多い(Hadjichambis et al., 2020) • 批判的にアプローチする方法を身に付けさせる必要 ◼ 環境問題を個人の道徳問題として扱う傾向がある ⚫ 社会的・政治的問題として扱うことが重要 3
  4. ◼ 環境シティズンシップ(Dobson & Bell, 2005) ⚫ 環境問題に対する態度形成と市民としての社会的・政治的参画が重要 ⚫ 環境問題の現実的な解決に向けて個人的・集団的行動を通して社会に参画し,市民として責任ある 環境保護行動を行うことを目指している。

    ◼ 環境シティズンシップの考え方に基づく環境教育(環境シティズンシップ教育) ⚫ 社会に積極的に参加し,現代の環境問題の解決に貢献できる市民の育成を目指していくべき • 地域の環境問題と行政の関わりを調べ意見書を送ったり,市民活動の計画や参加を行う実践の提案 (Hadjichambis et al., 2020) 環境シティズンシップという考え方 4
  5. 授業実践の概要 ◼ 対象と期間 ⚫ 国立大学法人筑波大学附属中学校第1学年の生徒 205 名 ⚫ 授業実践および調査は,2022年4~6月に実施 ◼

    単元の指導展開 ⚫ 中学校理科,導入単元「水‐水を科学する(全7時間)」 • 前半(1~5時間):身近な生活排水を題材,身近に環境問題が存在 • 後半(5~7時間):本研究の実践 時 単元後半の指導展開の概要 5 ・環境問題である水俣病を題材,環境問題が解決される過程を紹介 ・興味のある環境問題を1つ選択,その問題に関わるステークホルダーを調べる 6 7 ・環境問題の改善に向けた提案を行う手紙を作成する 6
  6. 具体的な環境問題解決の場面(第5時) ◼ (前半)生活排水と環境問題 ⚫ 重金属を含む水溶液が河川に流出,水俣病が発生 ⚫ 水俣病の問題に,専門家や市民団体,環境保護団体,企業,裁判所, 政府など,様々なステークホルダーが関わった ◼ (後半)身の周りの環境問題解決

    ⚫ 個人で身の回りの環境問題を考え,ワークシートに書き出す 学級内で共有 ⚫ 自分が解決したいと思う環境問題を1つ選択 • 選択した環境問題を名簿に記入 ◼ 宿題:選択した環境問題に関わるステークホルダーを調べる 企業 環境 保護団体 裁判所 専門家 国 政府 7
  7. 具体的な環境問題解決の場面(第6時) ◼ (前半)ステークホルダーの決定 ⚫ 同じ環境問題を選択した生徒でグループをつくる,ステークホルダーを共有 例)環境省,JAXA,東京ガス,UNEP(国際環境計画)等 ⚫ ステークホルダーを1つ選択 • 選択したステークホルダーとその理由をロイロノートで提出

    ◼ (後半)手紙の作成 ⚫ 手紙の構成に基づき役割分担,グループで1つの手紙を作成 • 環境問題の調べ学習や手紙の執筆:一人一台端末 • 手紙の作成:ロイロノートの共有機能 ◼ 宿題:手紙の作成 1. 現状の課題 2. 改善策 3. 期待される成果 8
  8. 生徒の活動の様子と成果を把握する方法 10 第5時 第6時 第7時 1.選択した環境問題と 人数 〇(名簿) 2.選択したステーク ホルダーとその理由

    〇(ロイロノート) 3.手紙の例 〇(ロイロノート) 4.環境問題解決に取り組み 一番ためになったこと 〇(ロイロノート) 自由記述式アンケート
  9. 生徒が選択した環境問題とステークホルダー ◼ 生徒が選択した環境問題と人数(n=201) ⚫ 実社会で取り上げられることの多い環境問題(海洋プラス チック,地球温暖化)に多くの生徒が興味 ⚫ その他:地球温暖化による影響である異常気象,海面上昇 大気汚染やごみ問題など ◼

    各班が選択したステークホルダーの類型(n=71) ⚫ 47のステークホルダーを8つの類型に分類して集計 ⚫ 政府や環境保護団体,民間企業が重要だと認識 ⚫ 専門家,地方自治体,マスメディアは重要度が低いと認識 11 類型 内容 件数 1 国や政府,またはそれらが関わるもの 26 2 環境を保護することを目的とした団体 18 3 民間の企業 17 4 国際規模の団体 3 5 研究者や専門家をはじめとした個人 2 6 地方の自治体,またはそれが関わるもの 2 7 テレビ局や新聞社などのメディア 1 8 不明 2 ①海洋プラスチック 50 ⑦宇宙ゴミ 11 ②地球温暖化 21 ⑧水質汚濁 8 ③絶滅危惧種 18 ⑨砂漠化 7 ④オゾンホール 17 ⑩核問題 7 ⑤酸性雨 14 ⑪赤潮 6 ⑥森林破壊 13 ⑫その他 29
  10. 選択の理由 ◼ ステークホルダーを選択した理由の類型 (重複含む n=71) ⚫ 生徒が記述した理由を8つの類型に分類して集計 ⚫ 同じステークホルダーでも,その選択理由は多様 ⚫

    自分たちに親身になってくれるかどうか(類型F) よりも,これまでの活動実績(類型A)や団体の 規模の大きさ(類型B)といった理由が多い ◼ ステークホルダーとしての影響力と環境問題の解決可能性を重視した プラグマティックな考え方が目立った 12 類型 内容 件数 A これまでの活動実績 23 B 団体の規模の大きさ 19 C 信頼できること 14 D 専門的であること 10 E 実行力があること 8 F 親身になってくれそうであること 7 G 活動方針への共感 5 H その他 29
  11. 手紙の例 ◼ 生徒が作成した手紙の例(一部抜粋,下線は筆者) こんにちは.筑波大学附属中学校の◦◦です.環境省の方々には,日本の 環境について考え,改善に取り組んでいただき,本当にありがとうござい ます....数々の環境問題の中から僕がこの大気汚染を選んだ理由は,... 大気汚染の意識が薄くなっているような気がするからです.それに,今も 大気が完全に綺麗になったとは言えないと思います. 僕たちが考えた改善案として,...人々が大気汚染について考える機会を 少しでも増やす必要があると思います....一人一人が意識して解決に向け

    て協力しないと達成できません.だから,まずは知ってもらうことだと思 うのです.それが進んだら,...先進国に先立って電気自動車,また電力供 給スタンドを広く普及させることも課題のひとつだと考えます.そうすれ ば,国際社会からの日本の評価は確実に上がり,さらに有害物質が減る, もしくは,限りなくゼロに近い値にできるということになると思います. ...SDGsに入ってしまうほど環境問題は世界的に大きな課題です.なるべ く近い未来に,環境問題が解決され,未来の環境をある程度保証できる, そんな世の中になることを願っています 現状の課題 改善策 期待される成果 13
  12. 授業後の感想 ◼ 環境問題解決に取り組み一番ためになったことの類型(重複含む n=193) ⚫ 生徒の記述内容を9つの類型に分類して集計 ⚫ 生徒は環境問題の内容(類型ア・オ)だけでなく,環境問題に対する個人的な態度(類型エ・カ) や,市民として問題にかかわり行動していく態度(類型ウ・ク)が身についたと実感していた。 ◼

    環境問題の現実的な解決に向けた行動を起こそ うとする態度が育成されることが示唆された 14 類型 内容 件数 ア 環境問題についてよく知れた 57 イ 環境問題と身近な生活の関連性 29 ウ 行動を起こしてみようと思えた 29 エ 環境問題に向き合えた 27 オ 環境問題の深刻さを実感した 21 カ 個人の意識が大切だと実感した 21 キ 様々な情報から解決方法を考えられた 15 ク 個人でなくみんなで協力することの大切さ 10 ケ その他(23種類) 84
  13. 手紙の送付 ◼ 手紙の送付 ⚫ ステークホルダーのHPより,フォーム・メールを利用(電話番号,住所のみの団体も有) ⚫ 教師が送付を担当,生徒自身が働きかけるよう改善(要事前の指導,教師をCCに入れる等対応) • 教師1人が47の団体と連絡をすることはかなりの負担 ◼

    ステークホルダーの反応 ⚫ 現時点で36の団体に働きかけている。 ⚫ HP上のフォームで連絡(27団体),返信有(20団体) ⚫ メールで手紙を送付(25団体),返信有(9団体),生徒へのフィードバック(5団体) • 作業始めは2022年9月4日,残り11団体はこれから 15
  14. 手紙のフィードバック ◼ フィードバックの内容 ⚫ 全てのステークホルダーが,丁寧な返信をしてくださる • 生徒の実際に行動を起こしていること,環境問題に関心をもっていることを評価していただけた • 生徒の主張が読み取りにくい場合も,意図を想定した上で返信があった •

    生徒の誤った解釈に対して丁寧な指摘をしていただけた • 団体が行っている活動や新たな情報を共有していただけた ◼ 授業改善への示唆 ⚫ 環境シティズンシップ教育を実践するための十分な時間を確保する必要がある。 • 作成した手紙の質を向上するための時間を確保することができる。 16
  15. まとめ ◼ 成果 ⚫ 環境問題のステークホルダーを特定し,問題の改善に向けた提案・交渉を行う 環境シティズンシップ教育を実践した ⚫ 環境問題に興味を持つだけでなく,問題の現実的な解決に向けた行動を起こそうとする態度が 育成されることが示唆された ◼

    課題 ⚫ 環境シティズンシップ教育を実践する授業時数を十分に確保できなかった • 中学校学習指導要領理科編の環境教育の取り扱い ◼ 今後の方向性 ⚫ 本校独自の総合学習理科コースで,環境シティズンシップ教育を継続的に実施する 17
  16. 引用文献 18 1.Chawla, L., & Cushing, D. F. (2007): Education

    for strategic environmental behaviour. Environmental Education Research, 13, 4, 437–452. 2.Dobson, A., & Bell, D. (Eds.). (2005): Environmental Citizenship. MIT Press. 3.Hadjichambis, A. Ch., et al. (Eds.) (2020): Conceptualizing Environmental Citizenship for 21st Century Education. Springer. 4.井上有一(2016):第2章 「環境教育のプラットフォ ーム」というアイディア,今村光 章(編)環境教育学の基礎理論,法律文化社,17–33. 5.Light, A., & Katz, E. (1996): Environmental Pragmatism. London: Routledge. 6.文部科学省(2017):中学校学習指導要領解説 理科編, 学校図書. 7.ピンカー・S(2019)橘明美・坂田雪子(訳):第10章 環境問題は解決できる問題だ, 21世紀の啓蒙 上巻, 草思社. (Original work published 2018)