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「科学とは何か」をどのように教えるかー理科教育学の視点からー

Unzai Hiroshi
February 19, 2022

 「科学とは何か」をどのように教えるかー理科教育学の視点からー

2022年2月19日(土)に実施された日本科学振興協会(JAAS 旧・日本版AAAS設立準備委員会)第5回研究会の発表スライドです。

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URL:https://jaas.group/5thmtg220219/

【日程】 2月19日(土)13:00-14:30

【場所】 Zoom開催

【テーマ】 科学教育

【司会】 片桐究(東北大学・特任助教)

【報告者】 雲財寛(日本体育大学・助教)「「科学とは何か」をどのように教えるかー理科教育学の視点からー」

【プロフィール】 2012年広島大学教育学部卒業。2017年広島大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。現在、日本体育大学大学院教育学研究科助教。専門分野:教科教育学、科教育学、科学教育。

【概要】 日本の小学校や中学校の理科カリキュラムにおいて、物理学、化学、生物学、地球科学などの自然科学そのものの学習内容は規定されているものの、「科学とは何か」に関する学習内容は規定されていない。一方、海外の理科カリキュラムにおいて「科学とは何か」に関する学習内容は「Nature of Science(NOS)」という名称で規定されている。様々な先行研究から、日本においてもNoSを導入した理科カリキュラムを検討する必要性が指摘されているものの、いまだ導入にいたっていないのが現状である。このようなNoSに関する研究は、概念の規定、各国のカリキュラムの特徴、子供・教師の認識の実態、指導法の開発など、様々な観点から研究が行われている。本公開研究会では、NoSに関する理科教育学の知見を紹介し、「科学とは何か」をどのように教えるのかについて議論する。
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Unzai Hiroshi

February 19, 2022
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Transcript

  1. NOSに関する研究テーマ 6 NOSに関する研究テーマのカテゴリー(Nouri et al., 2017) (1)学生にNOSを教える方法 (2)教師にNOSを教える方法 (3)NOSに着目した授業実践の分析 (4)評価方法の開発

    (5)NOSの教材 (6)NOSの側面における理論的な考察 (7)NOSと科学コンテンツの関係 (8)科学者や教育者のNOSに対する認識の調査 (9)NOSの側面を伝えるのに役立つトピックや科学コンテンツの分析
  2. NOSの定義について 9 •NOS(Nature of Science)の定義(AAAS, 2001,p.15) 科学的世界観を構成する基本的な価値観や信念、科学者がどのようにして知識を生み出しているか、 科学的営為の一般的な文化を含むもの 例. 科学的調査には多様な方法が用いられる,科学的知識は新たな証拠に基づいて修正される可能性がある

    •研究者間で完全な統一的見解は存在しないが、ある程度の合意が得られているNOSの「側面」は存在する •理科教育学では,科学史・科学哲学などの分野で研究されているNOSをもとに, その教育的価値やカリキュラム構成が検討されている American Association for the Advancement of Science (2001). Atlas of science literacy: Mapping K-12 learning and goals. Washington, DC.
  3. 「すべてのアメリカ人のための科学」におけるNOS 11 •科学的な世界観 ー世界は理解できる ー科学知識は変更を余儀なくされるものである ー科学知識は永続的なものである ー科学はすべての疑問に完全に答えることはできない •科学的探求 ー科学は証拠を要求する ー科学は論理と想像力の融合である

    ー科学は説明し、予測する ー科学者は偏向を特定し、回避する ー科学は権威ではない •科学的営為 ー科学は複雑な社会活動である ー科学はその構成要素となる分野に組織化され、 様々な機関において実施されている ー科学研究の実施に際しては、 一般に受容される倫理的原則がある ー科学者は専門家や市民として公的な問題に 参加する
  4. NOSを教える価値 12 •最初の質問に対する「回答」 ーNOSを教えることを通して、どのような人間を育てたいか? •理科授業でNOSを教える価値(McComas & Clough,2020) ① NOSの理解は 科学そのものを理解する基礎

    となる ② NOSを理解することで,子供の科学に対する興味や関心 が高まる ③ NOSの知識は 学習者や科学者を支援する 。NOSは実用的である ④ NOSの理解は シティズンシップの育成 に不可欠である ⑤ NOSの知識は 伝統的な自然科学の学習・教授 を支援する McComas, W. F., & Clough, M. P. (2020). Nature of science in science instruction: Meaning, advocacy, rationales, and recommendations. In Nature of science in science instruction (pp. 3-22). Springer, Cham.
  5. PISAについて 18 名称 PISA(ピザ) 実施主体 経済協力開発機構 (OECD) 実施年 2000年から 3

    年ごとに実施(最新報告は 2018。79か国・地域が参加) 調査目的 これまでに身に付けてきた知識や技能を、 実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかを測る 調査内容 読解力,数学的リテラシー,科学的リテラシー 対象 義務教育修了段階の15歳児(高校1年生)
  6. PISA2015の「科学とは何か」に関する質問 19 番号 質問項目 まったく そうは 思わない そう 思わない そうだと

    思う まったく そうだと 思う ① 何が真実かを確かめる方法は,実験することだ 1 2 3 4 ② 科学的見解は変わることがある 1 2 3 4 ③ 良い答えは,たくさんの異なる実験から得られた証拠に基づく 1 2 3 4 ④ 発見したことを確認するためには,2度以上行った方がよい 1 2 3 4 ⑤ 科学的に真実だとされていることについて,科学者が考えを変えることがある 1 2 3 4 ⑥ 科学の本に書かれている見解が変わることがある 1 2 3 4 あなたは次のことについてどの程度そうだと思いますか? 1~4の中から1つ選んでください。 少し時間をとりますので,頭の中で回答してみてください。
  7. 【参考】小学校の学習指導要領 理科の目標 22 理科の目標 自然に親しみ,理科の見方・考え方を働かせ, 見通しをもって観察, 実験を行うことなどを通して, 自然の事物・現象についての問題を科学的に解決するために 必要な資質・能力を次のとおり育成することを目指す。 (1)

    自然の事物・現象についての理解を図り,観察,実験などに関する 基本的な技能を身に付けるようにする。 (2) 観察,実験などを行い,問題解決の力を養う。 (3) 自然を愛する心情や主体的に問題解決しようとする態度を養う。 画像:https://www.amazon.co.jp/dp/4491034605
  8. 【参考】中3「科学技術と人間」単元について 26 (7)科学技術と人間 科学技術と人間との関わりについての観察,実験などを通して,次の事項を身に付けることができるよう指導する。 ア 日常生活や社会と関連付けながら,次のことを理解するとともに,それらの観察,実験などに関する技能を身に付けること。 ( ア ) エネルギーと物質

    •エネルギーとエネルギー資源 •様々な物質とその利用 •科学技術の発展 ( イ ) 自然環境の保全と科学技術の利用 •自然環境の保全と科学技術の利用 イ 日常生活や社会で使われているエネルギーや物質について,見通しをもって観察,実験などを行い,その結果を分析して解釈すると ともに,自然環境の保全と科学技術の利用の在り 方について,科学的に考察して判断すること。 日本の小・中の理科カリキュラムには,NOSに関する学習内容が規定されていない
  9. 特徴1.明示的であること 31 •明示的でない指導(暗黙的 / 間接的な指導) ただ探究的活動を実施するだけではNOSの理解は深まらない(Schwarts, Leaderman, & Crawford, 2004)

    →NOSの理解以外を目標とした授業によって,NOSの理解を副次的に深めることは難しい •明示的な指導 ー科学概念を理解させる指導と同じように,NOSの望ましい理解を促す指導を計画・実施することが重要 ー単なる「伝達型」や「教え込み」と呼ばれる授業とは異なることに注意 McComas, W. F., Clough, M. P., & Nouri, N. (2020). Nature of science and classroom practice: A review of the literature with implications for effective NOS instruction. Nature of Science in Science Instruction, 67-111.
  10. 特徴2.反省的であること 32 •反省的(Reflective)とは ー学習者がNOSの側面について自分で結論を出す機会を持つこと(Williams & Rudge, 2016) ー教師の言うことをただ繰り返すのではない •学習者自身が「NOSの側面」と「理科の実際の学習活動 /

    科学者の活動」を対応づけることが重要 •教師は,学習者に対して,NOSについて反省的に考えさせるような質問をする(Clough, 2020) 例.「科学者や科学的知識はどの程度まで客観的で,主観的だと思いますか?」 「『法則』と『理論』はどのような点で異なりますか?」 McComas, W. F., Clough, M. P., & Nouri, N. (2020). Nature of science and classroom practice: A review of the literature with implications for effective NOS instruction. Nature of Science in Science Instruction, 67-111.
  11. NOSを教えるための題材や活動 34 •題材 ー科学史:歴史的・現代的な科学者や特定テーマに関するエピソード 例.ケクレのベンゼン環の夢 など ー社会科学的問題(SSIs: Socio Scientific Issues):自然科学のほかに社会学的要素も含まれた諸問題

    例.遺伝子組み換え食品,地球規模の気候変動,クローンなど •活動 ー論証活動:トゥールミンの論証モデルを基盤に,一連の実験における「主張ー根拠ー論拠」を吟味する活動を行う ー探究活動:特定のテーマについて探究(仮説の設定 → 調査・実験の計画 → 調査・実験の実施 → 結果の考察)を行う McComas, W. F., Clough, M. P., & Nouri, N. (2020). Nature of science and classroom practice: A review of the literature with implications for effective NOS instruction. Nature of Science in Science Instruction, 67-111.
  12. 国内のNOSに関する実践研究(近年) 35 著者 対象 内容 方法 着目したNOSの 側面 中山・小倉(2020) 小学生

    流れる水の働きと土地の変化 ハザードマップの作成 科学の限界 中山・小倉(2020) 小学生 人の体のつくりとはたらき 科学史の導入(杉田玄白) 検証可能性 黄・大嶌(2021) 中学生 ・化学変化 ・原子と分子 科学史の導入(フロギストン 説など) 暫定性 創造性 小林(2021) 高校生 ※生徒ごとに異なる 探究活動 暫定性 理論負荷性 国内においても実践的な研究の知見が蓄積されつつある
  13. 話題提供のまとめ 36 •理論研究:NOSとは何か? ー「科学とは何か」に関する学習内容は「NOS(Nature of Science)」と呼ばれている 例.「科学的調査には多様な方法が用いられる」,「科学的知識は新たな証拠に基づいて修正される可能性がある」など ー現行の日本の理科カリキュラムにおいては,「科学とは何か」を直接的に教える学習内容は規定されていない ー現行の海外の理科カリキュラムにおいては,NOSの複数の段階に分けて到達目標を設定し,教授を行っている •調査研究:学習者や教師はNOSをどのように捉えているか?

    ー学習者も教師もNOSを適切に理解できていない ー教師が「科学とは何か」をある程度理解していても,その理解が授業に反映されない場合がある •実践研究:NOSをどのように教えるか? ー「科学とは何か」を直接的に教授しない暗示的な指導法(例.探究的な学習活動をただ行わせる「だけ」)では,理解は促進されない ー「科学とは何か」を教えるためには,①明示的に教えること,②「NOSの側面」と「理科授業の学習活動 / 実際の科学者の活動」を関連付けること, ③取り扱う文脈を工夫すること,が重要であるとされている
  14. 付記 37 •謝辞 筑波大学大学院の小林優子さん,広島大学大学院の中村大輝さんには多くの資料を紹介・提供していただきました。 また,Science Education Book Club in Japan

    のメンバーには発表内容に対して多くのご意見をいただきました。 ご協力いただいた皆様に深く感謝申し上げます。 •利益相反 開示すべき利益相反事項はありません。
  15. パネルディスカッションに入る前に・・・ 38 なぜ,教育を語ってすれ違うのか? •教育に関する話題は誰もが「一家言持ち」 ー誰もが教育を経験している。経験による語りも重要だが、根拠として妥当かどうかは吟味が必要 ー根拠や価値基準を共有しよう •「部分(事例)の話」 と 「全体(傾向)の話」 が混ざってしまうことが多い

    ー「日本の子供はこういう傾向です」 → 「私の学校はそうではありません」 ースケールの前提を共有しよう •人間の認識・態度・能力の測定がそもそも難しい ー教育を語る指標の1つである「学力」は構成概念でしかない。測定がそもそも難しい。 ー用語の定義を共有しよう
  16. 引用参考文献 40 Achieve. (2013). Next generation science standards: For states,

    by states. Washington, DC: The National Academies Press. American Association for the Advancement of Science [AAAS]. (1990). Science for all Americans. New York: Oxford University Press. すべてのアメリカ人のための科学( http://www.project2061.org/publications/sfaa/SFAA_Japanese.pdf )(2022年2月18日閲覧) American Association for the Advancement of Science [AAAS]. (2001). Atlas of science literacy: Mapping K-12 learning and goals. Washington, DC: Author. 黄苑菱, & 大嶌竜午. (2021). Nature of Science の要素の強調による理科の深い学びの促進. 千葉大学教育学部研究紀要, 69, 77-82. 小林優子. (2021). 高校生における NOS 理解の変化―自然科学と人文社会科学の探究活動に着目して―. 理科教育学研究, 62(1), 95-108. 国立教育政策研究所.(2016).生きるための知識と技能6 OECD生徒の学習到達度調査(PISA) 2015年調査国際結果報告書. 明石書店. Lederman, N. G. (2013). Nature of science: Past, present, and future. In Handbook of research on science education (pp. 845-894). Routledge. McComas, W. F., & Clough, M. P. (2020). Nature of science in science instruction: Meaning, advocacy, rationales, and recommendations. In Nature of science in science instruction (pp. 3-22). Springer, Cham. McComas, W. F., Clough, M. P., & Nouri, N. (2020). Nature of science and classroom practice: A review of the literature with implications for effective NOS instruction. Nature of Science in Science Instruction, 67-111 文部科学省. (2018). 小学校学習指導要領(平成29年告示),東洋館出版社. 文部科学省. (2018). 小学校学習指導要領(平成29年告示)解説,理科編.東洋館出版社. 文部科学省. (2020). 中学校学習指導要領(平成29年告示),東山書房. 中山萌絵, & 小倉康. (2020). 科学の本質 (Nature of Science) の理解を育む小学校理科授業の開発. 日本科学教育学会研究会研究報告, 34(6), 37-42. Nouri, N., McComas, W. F., Saberi, M., & Oramous, J. (2017, January). Focus and trends in nature of science research during the past twenty years. Annual Meeting of the Association for Science Teacher Education. 2017, January. Des Moines, IA 小川正賢.(2014). 科学の教育的価値と理科の教育目的論をめぐって,磯﨑哲夫編,教師教育講座 第15巻 中等理科教育,33-54,協同出版. Schwartz, R. S., Lederman, N. G., & Crawford, B. A. (2004). Developing views of nature of science in an authentic context: An explicit approach to bridging the gap between nature of science and scientific inquiry. Science education, 88(4), 610-645. 清水誠. (2002). 教師が保持する科学観と理科授業の実態. 理科教育学研究, 42(2), 43-50. Williams, C. T., & Rudge, D. W. (2016). Emphasizing the history of genetics in an explicit and reflective approach to teaching the nature of science. Science & Education, 25(3), 407-427.