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Summer Intensive Course at Kyoto University (Se...

Summer Intensive Course at Kyoto University (Sep. 6, 2021)

Summer Intensive Course at Kyoto University (Sep. 6, 2021)
2021年度前期京都大学開講科目「西洋文化学系(ゼミナールII)」第1回および第2回のスライド

補足:第2巻の接ぎ木の議論について,より詳しくは,高橋宏幸「『農耕詩』第2歌における「接ぎ木」と「多様性」」『西洋古典論集』24, 34-54, 2020を参照(http://hdl.handle.net/2433/246218 ).

Tetsufumi Takeshita

September 06, 2021
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Transcript

  1. 授業の進め方 • 第 1-2 回は⻄洋古典文学 • 授業形態:遠隔,講義形式(Zoom 利用) • 引用資料:PandA

    上に掲載済 • 質問などはチャット欄にどうぞ(適宜拾います) • 平常点課題は授業の最後に案内予定 3
  2. 授業の進め方 第 1 回と第 2 回の予定 1. 第 1 回:導入と概説

    1.1 イントロダクション 1.2 ⻄洋古典学について 1.3 ラテン文学の特色 1.4 ウェルギリウスとその時代 2. 第 2 回:作品の読解 2.1 アスクラの詩をローマで歌う: 『仕事と日』から『農耕詩』 へ 2.2 農業と戦争:変容する「戦い」 2.3 文明の「進歩」と⻩金時代 2.4 疫病と家畜たちの死(割愛) 2.5 蜜蜂の社会と再生:アリスタエウスの物語 2.6 文献案内 4
  3. ギリシア語の場合 最古の文学:ホメーロスの二大叙事詩(紀元前 8 世紀) •『イーリアス』 •『オデュッセイア』 古典期(紀元前 5-4 世紀) •

    歴史‧哲学‧劇‧弁論などに優れた作家が輩出 • ペルシア戦争以後のアテーナイの隆盛からマケドニアのア レクサンドロス大王の東征(前 334 年)まで 7
  4. ラテン語の場合 最も古いラテン語:紀元前 6 世紀以来(ほとんどが碑文) 古典期:前 1 世紀〜後 2 世紀 •

    前 80 年頃〜後 14 年:⻩金時代 • 後 14 年〜180 年ごろ:白銀時代 この時代に,散文‧韻文両分野で主要な作家が活躍 • 散文:カエサル,キケロー • 韻文:ウェルギリウス,オウィディウス 8
  5. 本文批判とクリティカル‧エディション 本文批判(textual criticism) :現存する諸写本の比較 (recension) ,必要な訂正(emendation)を行い,できるだけ 正しい本文を復元する試み 校訂版(critical edition) :上記手続を踏まえて復元された本文

    と,異同の有無や編者の判断を記した資料(critical apparatus) を併せた書物 こうした校訂版は同じ作品であっても編者によって違いが出 てくる 誰の,どんな版を読んでいるのかを意識することの重要性 11
  6. ウェルギリウスについて プーブリウス‧ウェルギリウス‧マロー(前 70-前 19 年) : ラテン文学において最も重要な詩人 主要作品 •『牧歌』 •『農耕詩』

    •『アエネーイス』 後世への影響:古代だけでなくキリスト教中世を通じてもよく 読まれた E.g. ダンテ『神曲』 19
  7. ローマ史の流れ ローマの歴史は大きく 3 つの時代に分かれる • 王政期(前 753-) • 共和政期(前 509-)

    • 帝政期(前 27-) • 元首政時代(前 27-) • 専制君主政時代(後 284-) このうちウェルギリウス(70-19 BC)が生きたのは共和制末期 から帝政初期 22
  8. ウェルギリウスの生きたローマ ウェルギリウス(70-19 BC)が生きた時代:内乱の時代(=ロ ーマ人同士の敵対‧殺戮) • 前 59 年:第 1 次三頭政治(〜前

    53) • 前 49 年:カエサルのローマ進軍(前 48 年:パルサーロス の戦い) • 前 44 年:カエサル暗殺 • 前 43 年:第 2 次三頭政治(〜前 31) • 前 42 年:ピリッピーの戦い • 前 31 年:アクティウムの海戦 • 前 27 年:オクターウィアーヌス,アウグストゥスの称号 を受ける 詩人の作品にはこの時代状況が色濃く反映している 23
  9. 『牧歌』と牧歌的伝統 『牧歌』 (Eclogae) :30 代前半の作 牧歌の伝統:シキリアの詩人テオクリトス(前 3 世紀前半)以 来 •

    シキリアや南イタリアの田園風景が舞台 • 牧人たちの対話や歌比べ,恋愛などが主題 •「田舎」を舞台としつつも言葉は「都会」的に洗練 • =理想化された田園とそこへの郷愁 この伝統をラテン詩の中へ取り入れる試み 24
  10. 北イタリア農地没収事件 ただしウェルギリウスはそれを自分の生きた時代状況の中に位 置付けながら翻案していった 北イタリアでの農地没収事件 • 前 42 年ピリッピーの戦い以来,退役軍人に報いるためイ タリア各地で農地の没収が行われる •

    クレモーナやウェルギリウスの故郷マントゥア周辺もその 範囲に • ウェルギリウス自身も土地没収にやってきた軍人との紛争 に巻き込まれた • 結局オクターウィアーヌスに直訴するに及んで没収範囲の 変更を実現 作中にはこの事件(と背景にある内乱)が影を落としている 25
  11. 『牧歌』第 1 歌 全 10 歌からなる『牧歌』第 1 歌はティーテュルスとメリボエ ウスという二人の牧人の対話 •

    メリボエウス:ローマの内乱のために故郷の土地を奪われ 田園を去る • ティーテュルスはローマの「⻘年」により幸運にも救 われる ウェルギリウスにおける転換 • 牧歌的伝統:田園という理想的世界への憧れ • ウェルギリウスの牧歌:現実の田園世界の危機ないし喪失 26
  12. 『アエネーイス』 ウェルギリウスの詩作:ローマの時代状況の中へギリシア以来 の文学伝統を移植する試み 晩年の 11 年間を費やしたローマ建国叙事詩『アエネーイス』 も同様 • トロイアから逃れた英雄アエネーアースがローマの礎を築 くまで

    • 新しいローマの元首となるオクターウィアーヌス(アウグ ストゥス)の期待に応えて • 前 19 年,旅行に訪れたギリシアで病を得,帰国するも南 伊ブルンディシウムで死去 • 遺稿の焼却が詩人の希望だったが,皇帝の命令により未完 のまま公刊された 27
  13. ローマのヘーシオドス 農耕と牧畜をテーマとする「教訓詩」 1. 穀物栽培 2. 樹木栽培(葡萄,オリーブなど) 3. 牧畜 4. 養蜂

    ローマでアスクラ(=ヘーシオドスの出身地)の歌を歌う (2.176) 時間的‧空間的に隔たったヘーシオドス『仕事と日』をローマ 世界へ移植する試み 30
  14. ヘレニズム時代以後の教訓詩人たち ヘーシオドスと共に,ウェルギリウスにとって重要な参照先と なったのが,ヘレニズム時代に専門知を韻文化した教訓詩 • アラートス(前 315 ごろ〜240 ごろ) : 『星辰譜』

    • ニーカンドロス(前 2 世紀) : 『有毒生物誌』 , 『毒物誌』 • オッピアーノス(後 2 世紀後半) : 『漁夫訓』 散文の専門的テキストを伝統的な叙事詩の「器」に盛る新規性 の方を模索 ウェルギリウスの時代にもローマ人による農事書が書かれてい た(大カトー,ウァッロー) 37
  15. 内容面:序歌に示されたプログラム 第 1 巻の序歌(1.1-42)の冒頭には, 『農耕詩』全体のプログラ ムが示される(資料 A) 1. 穀物: 「何が穀物を豊かに実らせ,いかなる星のもとで,

    大地を耕し……」 2. 葡萄: 「葡萄を楡の木に結びつけるべきか」 3. 家畜: 「牛にはどんな配慮が,家畜を飼うにはどのような 世話が」 4. 蜜蜂: 「つつましい蜜蜂を養うには,どれほどの熟練が必 要なのか」 38
  16. 枠組の変化 農業牧畜の技術を詩で語るという内容‧形式面での踏襲にもか かわらず,それを新しい文脈へ移す試み • ヘーシオドス『仕事と日』 • 弟ペルセースへ • 今あるゼウスの正義 •

    ウェルギリウス『農耕詩』 • オクターウィアーヌスの助言者で文芸保護者マエケーナー スへ • これからあるべきローマの姿 実用的な技術を主題として扱いつつも,専門知に拘泥するので はなく,精神的指針の表示を試みる ヘーシオドスへの回帰あるいはヘーシオドスのローマ的変奏 40
  17. 自然に対する人間の手入れ 農耕を描くにあたり, 「戦い」という比喩が用いられてはいる が,それは決して一方的な攻撃や破壊ではない点にも目を向け る必要がある 人間の技術による手入れと世話によって自然が一層多産になる こと(資料 E, F) その一例としての「接ぎ木」

    (異なるものの混淆‧吸収) : 「た ちまち木は豊饒な枝を広げながら,天に向かって大きく育ち, 新奇な葉と,自分のとは違う果実を驚き眺める」 (2.80-82) 後に『アエネーイス』で語られるローマの支配: 「服従する者 を容赦し,高慢なる者を打ち負かすこと」 (Aen. 6.853) 44
  18. 内乱の記憶 『農耕詩』の中の戦争:ローマ人同士が殺しあった近い過去 の内乱(資料 D) • 前 48 年:パルサーロスの戦い(パルサーロス=テッサリ アの町) •

    前 42 年:ピリッピーの戦い(ピリッピー=マケドニア東 部の町) 武器と農具の対比はまたこうした実際の戦争とともに語られ ている 46
  19. ギリシア文学での例をいくつか • [アイスキュロス] 『縛られたプロメーテウス』 • 人間に火を与えたプロメーテウスと,そこに由来する技術 の数々 • ソポクレース『アンティゴネー』 •「驚くべき」

    (δεινός)な人間の技術の数々と死の不可避性 Cf. 佐野好則「ソポクレース「人間讃歌」 (Ant. 332-375)――人 間の技術的進展に関わる諸テキストの比較――」 『東京都立大 学 人文学報』第 356 号,2005: 1-41. 49
  20. ヘーシオドス『仕事と日』の五時代説話 原初以来の人間の(堕落の)歴史 • 金の時代 • 銀の時代 • ⻘銅の時代 • 英雄の時代

    • 鉄の時代 人間の世代と種族を金属に準えるのはおそらくオリエント由来 ヘーシオドスはそこへギリシア独自の英雄時代を加え,単線的 な堕落史観を避ける 50
  21. ローマの先輩詩人:ルクレーティウス ウェルギリウスの参考にしたであろうラテン詩人ルクレーテ ィウス エピクーロス哲学をラテン語の詩で綴った『事物の本性につい て』 (De rerum natura) 彼もその第 5

    巻で文明史に多くの詩行を割く • 原始人の悲惨さ(その一方で彼らの無知蒙昧さの否定) • 火の発見を頂点としての堕落史観 • 戦争や航海を通してかつてないほどの死者を生む 簡単な評価にまとめるのは難しいが,全体として悲観主義的な 下降史観 51
  22. 「悪しき労苦」の両義性 「悪しき労苦と欠乏が全てに勝利した」という句を少し立ち入 って見てみよう 「悪しき」と訳された improbus(lit. 「probus『適度な,正し い』でない」 )にはいろいろなニュアンスがある •「不断の,不屈の」 :絶え間ない骨折りと逆境のプレッシャ

    ーがすべて(=人間の直面する様々な困難)を打ち破った •「悪しき」 : (⻩金時代とは違って)喜ばしからざる,際限の ない労苦がすべて(=人間の生活の万般)を占めた 楽観主義と悲観主義との解釈が考えられるが,またそのふたつ は必ずしも排他的ではない(ウェルギリウスの微妙な立ち位置) 54
  23. ⻩金時代の喪失か再来か ここで描かれる農夫の生活には,前述の⻩金時代を思わせるも のがある • 大地の「自発性」 : 「大地はみずから,地中からたやすく日 々の糧を注ぎ与える」 • ⻩金時代の種族そのものとの比較:

    「⻩金のサトゥルヌス が,こうした生活を地上で送っていた」 その一方で,⻩金時代そのものでないことも示されている • 正義女神の不在: 「この人々の中にこそ,大地を去りゆく 正義の女神は,最後の足跡を残していった」 • 労働(労苦)の存在: 「一年の労働(labor) 」 , 「……休むこ とさえありえない」 58
  24. アリスタエウスの挿話の概要 • 蜂飼いアリスタエウスは飼っていた蜜蜂を失い,⺟キュー レーネーに助けを求める • ⺟は海の老人で予言者プローテウスを捕らえて尋ねるよう 促す • プローテウスはアリスタエウスの受難が詩人オルペウスの 怒りによるものと告げる

    • オルペウスの冥府降りとエウリュディケーの喪失 • エウリュディケーが最初に死んだのはアリスタエウスに追 われていたときに毒蛇に咬まれたため オルペウスの怒りを宥めるために,⺟の忠告に従い牛を犠牲に 捧げるアリスタエウス 61
  25. 「小さな市⺠」としての蜜蜂たち 蜜蜂は「小さな市⺠たち」 (parvos Quirites, 4.201)と呼ばれる (Quirites「ローマ市⺠」 ) • 蜜蜂の戦争(4.67-87) •

    蜜蜂の王(4.210-218) • 神が授けた蜜蜂の性質(4.149-227) • 子どもを共有 • 都市の家々に共同で居住 • 法の下に生を営み,様々に分業する 蜜蜂の死はローマ(市⺠)の死ないし危機と重ねて理解さ れうる 63
  26. 全体のまとめ 全体(後半)の簡単な振り返り • アスクラの詩をローマで歌う: 『仕事と日』から『農耕詩』 へ • 農業と戦争:変容する「戦い」 • 文明の「進歩」と⻩金時代

    • 蜜蜂の社会と再生:アリスタエウスの物語 ギリシア文学(及び先行するラテン文学)からの継承と変奏と いう特徴 66
  27. テクスト‧翻訳 • Ottaviano, S., Conte, G.B. (eds), Bucolica et Georgica,

    Berlin: de Gruyter, 2013. • Thomas, R.F. (ed.), Georgics, Cambridge University Press (Cambridge Greek and Latin Classics), 1988. • 小川正廣訳, 『牧歌∕農耕詩』 ,京都大学学術出版会,2004 年. • 河津千代訳, 『牧歌‧農耕詩』 ,未來社,1981 年. • 岡道男‧高橋宏幸訳, 『アエネーイス』 ,京都大学学術出版 会,2001 年. 69
  28. 参考書 • 小川正廣, 『ウェルギリウス『アエネーイス』――神話が語 るヨーロッパ世界の原点――』 ,岩波書店,2009 年. • 小川正廣, 『ウェルギリウス研究――ローマ詩人の創造――

    』 ,京都大学学術出版会,1994 年. • K.-W. ヴェーバー(野田倬訳) , 『アッティカの大気汚染―― 古代ギリシア‧ローマの環境破壊――』 ,鳥影社,1996 年. 70
  29. ⻄洋古典文学への入門 • 逸身喜一郎, 『ギリシャ‧ラテン文学――韻文の系譜をた どる 15 章――』 ,研究社,2018 年. •

    葛⻄康徳‧ヴァネッサ‧カッツァート編, 『古典の挑戦―― 古代ギリシア‧ローマ研究ナビ――』 ,知泉書館,2021 年. • L.D. レイノルズ‧N.G. ウィルソン(⻄村賀子‧吉武純夫 訳) , 『古典の継承者たち――ギリシア‧ラテン語テクスト の伝承にみる文化史――』 ,国文社,1996 年. • Hunt, J.M., Smith, R.A., Stok, F., Classics from Papyrus to the Internet: An Introduction to Transmission and Reception, Austin: University of Texas Press, 2017(イタリア語原書は 2012 年初版) 71