制約はありません。 しかし、 助詞句の位置によって多少の ニュアンスの違いが生じます。 シャレイア語では、 一番最初にある助詞句はその文の話題を 表していると捉えられます。 上の文では、 最初に a tel という 助詞句があるので、 相手に 「今から私 (tel) について話します よ」 ということを暗に伝えることになります。 残りの助詞句は、 その話題に対する読み手 (もしくは聞き手) にとっての新しい情報になります。 上の文では、 a tel の後に ca ces e dev と続いているので、 話題として提示した 「私」 に対して 「彼に筆記具を貸した」 という情報を与えています。 a tel . ca ces e dev lôqes 話題 新情報
e dev が文末にあるので、 「私が貸し たのは筆記具なのだ」 ということが強調されます。 一方で 2 番目の文では ca ces が文末にあるので、 「私は彼に貸した のだ」 ということが強調されます。 a tel . e dev lôqes ca ces a tel . ca ces lôqes e dev 私は彼に筆記具を貸した。 私は筆記具を彼に貸した。
という情報が読み手 (もしくは聞き手) に与えられます。 そして、 2 文目では e cit が初めに置かれています。 こうする ことで、 1 文目の段階で 「筆記具」 という情報が頭に残って いる読み手 (もしくは聞き手) は、 すんなりと 「次はさっきの筆 記具について何か述べるんだな」 と理解できます。 文章は、 前の文の新情報が次の文の話題になることが多い ので、 新情報を文末側に置き、 話題を文頭側に置くことで、 それを読む (もしくは聞く) 人が流れるように話を理解すること ができるわけです。 . e dev lôqes a tel ca ces e cit séqes ca tel a fax. 私は彼に筆記具を貸した。 それは母が私にくれたものだ。 fax 母
聞き手) の頭に残っています。 しかし、 2 文目は a fax から始 まっているので、 「母親」 という話題を提示していることになり ます。 すると読み手 (もしくは聞き手) は、 「筆記具は置いてお いて今度は母親の話か」 と全く別の話が始まったと勘違いし てしまう可能性があります。 このような順序で助詞句を並べると、 読み手 (もしくは聞き手) は 2 文目が 1 文目の 「筆記具」 について述べていることにす ぐ気づけず、 混乱を招いてしまいます。 . e dev lôqes a tel ca ces e cit séqes a fax ca tel . 私は彼に筆記具を貸した。 母が私にそれをくれた。
2 文目は 1 文目から vo 句が省略されていま す。 したがって 「腕時計を何らかの場所に隠した」 という意味 になります。 同様に 3 文目は 「山奥に何らかのものを隠した」 という意味になります。 qopates a tel . e sokiq 私は腕時計を山奥に隠した。 vo kùd i hinad qopates a tel . e sokiq 私は腕時計を隠した。 qopates a tel . 私は山奥に隠した。 vo kùd i hinad qopat sokiq kùd hinad 隠す 腕時計 奥 山
「何らかの人」 などがもともとはあった と解釈されることを思い出してください。 上のように a tel を省 略すると、 この文は 「何らかの人が公園に入った」 という意 味になるので、 公園に入ったのが 「私」 とは限らなくなります。 したがって、 「私が入った」 ということをきちんと伝えるには a tel を省略してはいけません。 kûves ca naflat acik. 私はその公園に入った。 kûves ca naflat acik. a tel その公園に入った。 kûv naflat cik 入る 公園 その
節で置かれます。 上の文は、 直訳すれば 「私が友達と喧嘩したということが私 を悲しませている」 となり、 それはすなわち 「私は友達と喧嘩 したので悲しい」 を意味しています。 dod baldet 悲しませる 喧嘩する e tel 私は友達と喧嘩したので悲しい。 dodat a kin baldetes a tel e refet .