READYFOR's history 2014/7~2019/6
メンバー数が100⼈を突破!READYFORのこれまで
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2014年7⽉ READYFOR株式会社創業メンバーが30⼈に。クラウドファンディングがようやく認識され始めた当時、メンバーのほとんどがプロジェクトを担当するキュレーターだった。2015年4⽉2016年1⽉ ⽶良(現CEO)が出演した『カンブリア宮殿』放送、採⽤への応募者数が急増現在のオフィスに移転。メンバーが50⼈に2016年4⽉2015年1⽉ 樋浦(現COO)がジョイン
現CEO・⽶良が病気のため⻑期休養、樋浦が共同代表に就任2017年6⽉治療を終えた⽶良が復帰2018年2⽉現オフィスに移転した時 オフィスが広すぎて、こんなレイアウトだった
⽶良復帰1⽇⽬、「愛を込めて花束を」コンセプトにメンバーでお祝い3つのコアバリューと7つの⾏動指針を発表2018年7⽉コミュニケーション研修を全社導⼊2018年9⽉メンバーが100⼈に!2019年3⽉
2015年1⽉ 樋浦(現COO)がジョインした時期サービスが開始した2011年から4年弱、当時の主⼒はインターンの学⽣たちです。サービスの成⻑を優先するべきタイミングだったので、組織としては未熟だった部分も。それでも空中分解せずに続いていた理由は、全員サービスへの思いを強く持っていたこと。⽬標に向かってみんなで突き進む、部活のような雰囲気でした。当時を振り返って…ジョインしたばかりの樋浦から⾒た当時のREADYFOR
当時を振り返って…2015年4⽉ メンバー30⼈。ほぼ全員キュレーターだった時期キュレーターは、ゼロから⾃分たちの仕事をつくる職種。その価値を⽇々問われる現場は⼤変でしたが、最もやりがいに感じていたことでもあります。当時は全員が集まるミーティングを毎週設定していました。時には丸⼀⽇かけてプロジェクトを研究し、やるべきことを真剣に考えて共有できる場は、当時の私を⾛らせる⼀つの原動⼒だったと思います。キュレーターの仕事をつくってきた⽥島から⾒た、当時のREADYFOR
当時を振り返って…組織の規模が⼤きくなり、メンバーの経験や価値観が⼀気に多様になりました。「本腰を⼊れて育成の仕組みをつくろう」と思ったタイミングでもあります。キュレーターの研修プログラムを組んだり、プロジェクトについて話し合う時間を毎週20⼈分設けたり。業務改善チームと連携しながら、メンバーに展開できる型をつくろうと必死でしたね。キュレーターチームを率いていた夏川から⾒た、当時のREADYFOR2016年4⽉ メンバー50⼈。中途メンバーも増えてきた時期
当時を振り返って…組織について深く考えたのは、⽶良さんが休みに⼊るタイミング。ちょうど⼈数が増えてきて、優先度が⾼い課題は組織の中にあると思い始めた時期と重なっています。ビジョンに向けて進むことをあらためて考えたときに、組織を強くするのは今だなと思いました。⽶良の役割を引き受けた、当時の樋浦が考えていたこと2017年4⽉ 現CEO・⽶良が病気のため⻑期休養、樋浦が共同代表に就任した時期
社内で定義が共有されている「バリュー」と「⾏動指針」の⾔葉を積極的に使うことを意識するようになりました。例えば⾏動指針にある「巻き込み⼒」「隙⼿間かける」を踏まえて、テキストでのコミュニケーションをできるだけオープンにする。他の⼈が参加しやすくなるだけでなく、いつか誰かが似たようなテーマで困って検索したときに助けになるんじゃないかなと考えています。プロダクト開発チームの江藤さんが、組織の変化を経て今意識していること2019年3⽉ メンバーが100⼈になった時期