Upgrade to Pro — share decks privately, control downloads, hide ads and more …

成功に役立つ行動経済学のインサイト

 成功に役立つ行動経済学のインサイト

行動経済学とは、人間の心理学、意思決定科学、経済学を組み合わせた学問領域です。「心理学と経済学(Psychology and Economics)」とも呼ばれ、Daniel Kahneman、Amos Tverskyという二人の心理学者により創始されました。Kahnemanは行動経済学を唱えた功績でノーベル経済学賞を受賞しています。
行動経済学は人間の意思決定についての理解を深めるための、比較的新しい学術におけるアプローチですが、本記事ではその内容を概観しつつ、ビジネスへの応用について考察してみます。

■参考) 成功に役立つ行動経済学のインサイト
https://note.com/masayamori/n/n83b081941772

More Decks by Masaya Mori (森正弥) / CAIO (Chief AI Officer)

Other Decks in Business

Transcript

  1. 成功に役立つ 行動経済学のインサイト 2 0 2 5 / 0 9 /

    0 1 博 報 堂 D Y ホ ー ル デ ィ ン グ ス 執 行 役 員 ・ C A I O 森 正 弥
  2. 社会規範の存在 筆者が好きな海外のTV番組に「Got Talent」があります。プロデューサーの Simon Cowellが2005年にイギリスで制作したパイロットをオリジナルとし、 2006年にアメリカでの「America's Got Talent」、2007年にイギリスでの「 Britain's Got

    Talent」を中心に、世界70カ国以上で展開されている、公開オーデ ィション番組です。審査員の評価と視聴者の投票により、アマチュアや世間によく 知られていないパフォーマーが世に出る機会となっています。 この動画は2017年のBritain's Got Talentで、参加者の一人である当時15歳のSarah が、その持って生まれた凄まじい歌唱力で、名曲の中でも高い難易度を持つ「I'm telling you.」を豊かに歌いあげるもので、「Got Talent」シリーズの中でも筆者 が好きな回の一つです。 https://youtu.be/Mm7gi453¥_Iw
  3. 社会規範的な行動の例 Sarahのパフォーマンスに、観客が興奮とともにスタンディングオベー ションをします。もしこのような場にいたら、スタンディングオベーシ ョンを一度もしたことがない人でも、周りの人と一緒になって若きパフ ォーマーを讃えたくなるでしょう。気がついたら立ち上がり、拍手をし ています。しかし、なぜでしょうか。なぜ、あなたはしたことのないス タンディングオベーションに参加するのでしょうか。 筆者には息子がいますが、息子が1歳のときに、水族館へイルカのショー を見に行きました。跳びはねるイルカの華麗な演技に観客は拍手喝采を して、見ていた1歳の息子も慌てて手に持ったおもちゃをおいて、スタン

    ディングオベーションを始めました。 以下の写真は、片足で眠っているフラミンゴの群れに迷い込んだアヒル が、周りの空気を読んで自らも片足立ちになるところをとらえた写真で す。1歳の赤ちゃんも、アヒルもこのような行動をとるのだとしたらこれ は、集団の中に生きる生物の本能として存在している何かなのかもしれ ません。 この現象は、行動経済学においては「社会規範的な行動」という概念で 説明されています。社会規範とは、行動の基準や期待値のことで、我々 の行動に本質的な影響力を持っています。 This duck thinks he's a flamingo. "When in Rome..."415168 views on Imgur: The magic of the Internet
  4. 社会規範的な行動の活用 ホテルでの実験 宿泊客へ自分が泊まった部屋の前の住人の大 半がタオルを再利用していることを伝えた 社会規範の形成 「この部屋に泊まる人はタオルを再利用する のが当たり前」という社会規範的な期待を知 ることとなった 結果 結果的にほとんどの人が再利用して、再利用

    率は26%も向上した この現象は、行動経済学においては「社会規範的な行動」という概念で説明されています。社会規範とは、行動の基準や期待値のことで、我々の行 動に本質的な影響力を持っています。 社会規範的な行動を期待し促す方法は、この例にあるように、サステイナブルな環境に配慮するような、エコロジーやSDGsにつながるような文脈 で使われることが自然な用いられ方です。まさに社会規範としての使われ方ですが、使い方には注意が必要です。例えば、このようなやり方で、あ る種の価値観の押しつけをしてしまうとかえって強制的な圧を感じさせてしまうこともあります。それゆえに、逆に、「必要のない社会規範」や「 個人を尊重していない社会規範」、「無意識の社会規範」を顧客に要求していないか気をつける必要があります。
  5. 損失が発生することをよしとしない 人の行動や意思決定にはバイアスが存在していることが判っています。 プロスペクト理論の質問例 もし「80%の確率で1万円もらえる」と「確実に7000円もらう」 という2つの選択肢があったら、どちらを選びますか? また、「確実に8000円払う」と「90%の確率で1万円払う」のど ちらかを選ぶという状況ですとどうでしょう。どちらを選びますか ? 人の選択傾向 前者のケースでは、確実に7000円をもらえる方を選ぶ人が多くなり

    ます。よい結果に関する判断では人はリスクを避ける傾向があるこ とが判っています。 後者のケースでは、90%の確率で1万円払うが選ばれる傾向にあり ます。悪い結果に関する判断ではギャンブルに賭けてでもそれをな しにできる方を選びます。 これらはフレーミング効果とも呼ばれるもので、人は自然と、数学的・統計的に合理的な選択ではなく、ある種の偏向性をもった選択をします。
  6. 損失の正しい識別 1 損失回避能力の意識 積極的に人の損失回避能力を意識し、損失の正しい識別を心が けることが大切です 2 セールスでの活用 製品やサービスに投資しなければ被る損失を、適切に洗い出し て顧客と共有します 3

    プレゼンテーションの工夫 メリットや利益ばかりが強調されがちですが、前に進まなかっ た場合に何を失うのか、どのような損失が発生するのかはきち んと考える必要があります 4 顧客との対話 発生しうる損失については、セールスやプレゼンをしている側 の人間には考えが及ばないものがあります。顧客との対話と議 論、検討を深めていくことによって明らかにしていくポイント になります
  7. 異常検知能力 損失回避能力と類似したトピックで、人間の認知能力は、優良な状態を 検知するより、異常な状態を検知する方に長けているという傾向があり ます。例えば、以下はAIによる原料選別の企業事例です。人手でやって いた「不良品」の発見を深層学習のAIに置き換えたというものですが、 その際に、人と同じく「不良品」の発見でやったところ、うまくいかな かったため、「良品」を見つけることとしたというエピソードが言及さ れています。 食品企業が始めた"AIによる原料選別"がすごい理由 “このシステムでは、カメラで撮影した原料の映像を見て、不良品を見つ

    け出す仕組みになっている。 これは、人間が元々、文明以前の原始の昔 において生物としてサバイバルをしなければいけないために、死に直結 しうる異常な状態に敏感であるということを示している。 機械学習の「学 習」(AIに学習させるプロセス、この場合にはどのダイスポテトが正常化 を学習させる)のフェーズでは、100万個以上の原料を学習させ、良品を AIが自動で判別できるようにする。それに該当しないモノをAIが不良品 として認識して弾くという仕組みだ” この異常検知能力への偏りは、人間の生存本能に関わっているとも推測 されます。人間が元々、文明以前の原始の時代においては、生物として サバイバルをしなければいけない過酷な環境にあったために、死に直結 しうる異常な状態に敏感であったという機能がそのまま現代に残ってい るという説です。
  8. 価格ではなく、そもそもの価値を示す プロモーションの課題 企業は製品やサービスを購入してもらお うとするために、顧客に様々なプロモー ションを行います。例えば、それは無料 の試用期間だったり、ディスカウントの ためのクーポンだったりします。 ですが、どのようにこれらのプロモーシ ョンを顧客に提示すれば、最終的に顧客 の購入へとつなげていくことができるの

    でしょうか。 避けるべき表現 肝心なのは、例えば、「今なら無料で3ヶ 月使用できます」「このクーポンを使え ば、キャンペーン期間中は半額です」と いう言い方をしてはいけないとういこと です。一時的にそのプロモーションに参 加してくれたとしても、価格が元に戻っ た際に、顧客は前述した損失回避能力を 発揮してしまいます。無料や半額の特典 が失われて損失が発生してしまうとして 、「正規の価格という損失」を回避すべ く離脱してしまうことになるのです。 効果的なアプローチ 無料やディスカウントの数字にフォーカ スをしたアピールをしてはいけません。 なぜならそれが顧客の判断根拠になって しまうからです。代わりに、提供する製 品やサービスが持つ価値を述べた上でプ ロモーションをしていきましょう。 例えば、見込み客に自社製品の定期購入 を試してもらいたい場合、「5000円相当 の2ヶ月分を無料で提供します」と伝え ます。ここで顧客は5000円という価値を 認識します。
  9. 価格そのものが価値を示す もう少し価格について述べます。価格そのものが顧客に価値を示すこと もあるということは留意点です。 顧客へのセールスにおいては、低い価格をアピールしないことです。低 い価格は、悪い品質を想起させ、顧客の損失回避の本能を喚起してしま うかもしれません。それでも買ってくれる場合は、その発生しうる損失 が許容できると顧客に判断されたためであり、商品の価値を認めてくれ たからではないのです。 カリフォルニアで行われたある研究で、様々な赤ワインを試飲した人々 に、それぞれ異なった偽の価格情報を与えて、脳波をスキャンし満足し

    ている度合いを調べました。結果は、シンプルで、異なったワインであ ろうが、同じワインであろうが、高い値段の情報が与えられた人はより 満足し、試飲したワインを好むようになりました。価格が満足度に直結 するファクターであると示されたのです。 この研究結果は重大な示唆があります。それはつまり、原価計算や需給 の法則をこえて、価値を示す価格とは何であるかということも考える必 要があるということです。それを踏まえて、前述した実際に購入してく れるためのプロモーション戦略を組み合わせ、複合的な戦術を作ること が大切です。
  10. 社会規範による自動操縦の回避 前述した社会規範的な期待の力は強力で、抗いがたいものがあります。意識せずに社会 規範に従い、周りの行動をフォローしてしまうことがありますが、果たしてそれはロジ カルかつ適切な判断たりえているのでしょうか。自らの意思決定がそのような社会規範 からの自動的なものになてしまっていないか常に意識していく必要があります。 自分が属している集団そのものが社会規範に従っているときは注意が必要です。社会規 範的な行動は強力と書きましたが、それゆえに、組織を適切な方向へガイドするときの 大きな障害になりうることがあります。どうしたら組織を暗黙の社会規範による自動操 縦から自由にできるでしょうか。一つには、パーパス(企業の存在意義)の明確化です 。企業が持っている本来の究極的な目標に対して、企業が存在していることを自覚し、

    その実現を確実にするためにビジネスを行っているのだということを経営トップやリー ダー陣が認識している必要があります。そして二つ目は、そのためにデータに基づいた 意思決定を行うことです。企業のビジネス環境や現場のリアルなデータをタイムリーに 収集し、起きていることをきっちり掴み、正しく知ります。データの収集とそれをもっ た意思決定に対する真摯な態度をもつことで、暗黙の社会規範やバイアスに自動操縦さ れることから脱して、将来的に価値を生み出す存在としてあり続けることができます。 現場においてはデータの民主化が大事なキーワードになります。あらゆる部署、役職の 従業員が、実際のデータに基づいて行動することで、企業の目標・存在意義につながっ た活動をボトムアップ的にも実現することができるようになります。
  11. 過信の存在を自覚する 50% 米国の離婚率 米国の国勢調査によると、米国における結婚の 約半数が離婚に至っています 70%+ 起業家の生存確率予測 スタートアップの起業家の大半は、生存の可能 性が70%以上であると回答 100%

    成功確信度 回答者の3分の1は、自分のスタートアップが困 難を乗り越えて成功することを100%確信して いると答えています 不必要な社会規範がもたらす自動操縦から自由になるには、自分のやっていることに信念を持つことが大切になります。そして、自分や自分の 会社・組織を信じることは、社会で成功するための重要な要素です。ですが、時にはその自信が過信となって意思決定に支障をきたすことがあ ります。言い換えれば、自信を持つことは良いことであり、有能な人には必要な特性ですが、自信過剰になると拙速かつハイリスクな決断をす るようになり、物事を破綻させる原因になることもあります。 では、破綻のリスクを高める過信と、物事を有意義に発展させる自信の違いをどこに見出すべきでしょうか。一つは、その自信が創造性を高め るものなのかどうかをチェックすることです。それは、実現困難な目標や複雑なタスクを目の前にした際に、「これをやります」と闇雲に宣言 するか、「これをどうやって達成していこうか」と自らに問うという態度の違いでもあります。それが課題を乗り越える解決策を見つけ、人と 共有して実行できるかどうかの分かれ目になることになります。
  12. サンクコストの誤謬 サンクコストは、失敗のダメージをより大きくしてしまうものであるこ とは知られておきながら、いざというときにはその影響から逃れること が難しい厄介な問題です。個人ではなんとかサンクコストからの誘惑を 断ち切ることはできても、組織においては関係者誰もがわかっておきな がらずるずるとプロジェクトが悪化していくことはよくある話です。 新しい取り組みに多くの時間とリソースを費やしてきたが、データによ るとうまくいっていないことがわかっている。データは方針を変更すべ きであることを示唆している。そんな状況です。プロジェクトを取りや めるべきだとわかっていても、決断は難しい。既に多くの投資をしてい

    るので、リスクを取って、状況を好転させることができるかどうか試し てみたいと思うのが自然な傾向です。しかし、時にその傾向がビジネス へ壊滅的な影響を与えることもあります。 正しい行動をとるためには、まず現状を認識することが必要です。プロ ジェクトを停止できないこのような状況は、「サンクコストの誤謬」と 呼ばれる強力なバイアスの存在を示しています。サンクコストの誤謬と は、ここまで投資したリソースが無駄になることを恐れるあまり、その 努力を続けようとする傾向のことです。つまり、未来ではなく、後ろ向 きに判断することです。 このバイアスの影響力の大きさと本質的な危険性に気づくことで、より 明確に物事を見ることができるようになり、過去ではなく未来に基づい て意思決定を行うために必要な論理的思考へと切り替えることができま す。組織においては、「サンクコストにとらわれるべきではない」「い くら過去に投資したかではなく、どの時点においてもROIはどうなるかで 判断をする」という意思決定における共通の認識となる土台を普段より 築いておくことが必要でしょう。
  13. 筆者紹介 博報堂DYグループが目指す「人間中心のAI」の進化 アクセンチュア、楽天を経て デロイト トーマツにて先端技術・AI領域をリード(APACリード) 日本ディープラーニング協会 顧問 東京大学 共創プラットフォーム開発 顧問

    慶應義塾大学 xDignity センター アドバイザリーボード 森 正弥 (もり まさや) 博報堂DY ホールディングス 執行役員 CAIO(Chief AI Officer) / Human-Centered AI Institute 代表