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[2026後期火5] 論理学(京都大学文学部 後期 第2回)「量化子の導入」

[2026後期火5] 論理学(京都大学文学部 後期 第2回)「量化子の導入」

科学哲学科学史 (演習) 後期 第2回 論理学 (京都大学文学部・矢田部俊介)
「量化子の導入」
2026年10月13日(火)1645〜1815(予定)

命題論理では「自然数は無限に存在する」から「5より大きい自然数が存在する」が証明できません。公理を足しても、無限に長い文を書いても解決しないことを確かめたうえで、文から名前を抜いた「穴の開いた文」として述語を、型から出てくる全部をまとめて言う記号として量化子 ∀、∃ を導入します。前回の切り裂きジャックを式で書き(K(j)、∃x K(x)、∀x(K(x)→L(x)))、スコープ、束縛変数と自由変数、量化子の順番(∀x∃y と ∃y∀x)を図で見ます。応用編として、ε-δ 論法を「近づく」の概念分析として読み、連続と一様連続の違いが量化子の順番の違いであることを確かめます。

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Shunsuke Yatabe

October 11, 2026

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  1. 科学哲学科学史 (演習) 後期 第 2 回 論理学 量化子の導入 (「すべての」と「ある」を記号にする) 2026

    年 10 月 13 日(火)16:45–18:15 文学部第 4 講義室 担当:矢田部俊介(西日本旅客鉄道株式会社) [email protected]
  2. 本日のメニュー 1. 前回の要約 2. 命題論理で「無限」を書こうとして失敗する 3. 述語。文に穴を開ける 4. 量化子。「すべての」と「ある」 5.

    ジャックを式で書く 6. スコープ、束縛変数と自由変数 7. 量化子の順番 8. 応用編:ε-δ 論法 9. 人間も LLM も、順番で迷う 10. 演習と宿題 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 3
  3. 前回の要約:名前はあるのに、誰なのかわからない 後期の問い 「どれのことか」を決めているのは何か。 切り裂きジャック LLM に聞いた結果 1888 年にメアリ・アン・ニコルズを殺した者は 名前を出すことは、どのモデルもできた。違い いる。

    「切り裂きジャック」という名前もある。 が出たのは、その名前が何を指すのかを保てる でも、その名前が誰を指すのかは決まってい かどうかである。小さなモデルは、名前が一行 ない。 の中で別人になった。 追えている、とは 「ジャック」「犯人」 「彼」を入れ替えてよいと一度引き受けたら、そのあとも守り続けること。 同じものなら置き換えてよい(ライプニッツ)[Leibniz, GP VII 228]。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 5
  4. 前回書けなかった推論を、今日は書く 前回わかったこと:命題論理では書けない P =「ジャックはメアリを殺した」から Q =「誰かがメアリを殺した」は、どう見ても正 しい推論である。ところが命題論理では P も Q

    も原子命題なので、P から Q は証明でき ない(部分論理式原理で確かめた)。 今日やること 述語 K(x)(x がメアリを殺した) 、名前 j(ジャック) 、量化子 ∃ を入れると、 「K(j) から ∃x K(x)」という形で書けるようになる。今日は、まずこの式が読めて書けるところまで進 む。証明の規則は第 3 回(∀)と第 4 回(∃)で入れる。 【要差し替え】宿題の提出方法(KULMS が間に合ったか、メール・紙か)を確定して書く。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 6
  5. 今回の例:自然数は無限に存在する 書きたい推論 P =「自然数は無限に存在する」 Q5 =「5 より大きい自然数が存在する」 中は見えない P P

    から Q5 が出るのは当たり前である。 命題論理では P も Q5 も原子命題で、中身が見えない。 ジャックの P , Q とまったく同じ理由で、P から Q5 は証明できない。 ? Q5 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 8
  6. 対策 1:公理を足す。すると次が出ない P → Q5 を公理にしてみる すると → の除去規則で P

    から Q5 が出る。ところが Q6(6 より大きい自然数があ る)は出ない。P → Q6 を足すと、今度は Q7 が出ない。 公理 P → Qn を足した ✓ ✓ ✓ × × Q5 Q6 Q7 Q8 Q9 ··· 公理を何個足しても、その先がまだ残る 有限個の公理からは、有限個の Qn しか出てこない。もぐら叩きである。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 9
  7. 対策 2:無限に長い文を書く。書き終わらない 「無限にある」=「どの二つも違う」を全部並べる 0 ̸= 1、0 ̸= 2、1 ̸= 2、0

    ̸= 3、……を「かつ」でつなぐ。 0 ̸= 1 ∧ 0 ̸= 2 ∧ 1 ̸= 2 ∧ 0 ̸= 3 ∧ 1 ̸= 3 ∧ 2 ̸= 3 ∧ 0 ̸= 4 ··· どこまで書いても終わらない 問題 コンピュータは無限に長い文字列を扱えない。人間も書けない。そもそも私たち は、無限に長い文を頭の中に持っているわけではない。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 10
  8. では私たちは何を持っているのか Q0 文を生み出す型 Q1 「n より大きい自然数がある」 Q2 .. . 必要になったら

    その場で作る 無限個の文を持っているのではなく、必要に応じて Qn を作れる「型」を持って いる。 この型を記号にするのが述語、型から出てくる全部をまとめて言うのが量化子で ある。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 11
  9. 文から名前を抜くと、穴の開いた文が残る ジャック がメアリを殺した 名前を抜く これが述語 K(x) と書く x がメアリを殺した 述語と変数

    穴の開いた文を述語と呼ぶ。性質や関係を表す。 穴の目印 x, y, z, . . . を変数と呼ぶ。値を入れる場所である。 穴に名前を入れると文に戻る。K(j) =「ジャックがメアリを殺した」。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 13
  10. 穴の数で、何変数の述語かが決まる 穴の数 例 記号 1 x がメアリを殺した K(x) 1 x

    は左利きである L(x) 2 x は y より小さい x < y 2 x は y と等しい x=y 算数の言葉なら、< と = が二変数述語である。x + 2 = 4 も、x に穴の開いた一変数述語 と見られる。 (形式言語では数字を 0̄, 1̄, . . . と書いて区別するが、今日は省略する。) 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 14
  11. 代入:穴を埋めると文になる 書き方 Q[x] は、Q の中の穴 x に注目した書 き方。 Q[t] は、穴

    x を項 t で埋めた文。 Q[x] =「x より大きい自然数がある」な ら、Q[5] が前の Q5 である。 文 Q[0] Q[1] Q[ x ] 型(述語) 二つ以上の穴 R[x, y] =「x < y 」なら R[2, 3] =「2 < 3」。 同じ穴には同じものを入れる。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) Q[5] Q[6] .. . 担当:矢田部俊介 15
  12. 「無限」とはどういう意味か(概念分析) 言い換えてみる 1. 無限とは、限りがないことである。 2. 自然数に限りがある(有界である)とは、ある自然数があって、どの自然数もそれ 以下である、ということ。 3. だから自然数に限りがないとは、どの自然数をとっても、それより大きい自然数 がある、ということ。

    どこで止めても、その先に次がある 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 アリストテレスの可能無限も同じ形をしている。 「その外に何もないものではなく、その外に常に何かが あるもの、それが無限である」[Aristotle, Physics III.6, 206b33–207a1] 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 17
  13. 量化子の定義 二つの記号 記号 名前 読み方 英語 ∀x P (x) 全称量化子

    どんな x についても P (x) for all x ∃x P (x) 存在量化子 ある x があって P (x) there exists x 言語 命題論理の言語に、項(名前・変数)、述語、量化子を足したものを述語論理の言語と呼 ぶ。∀x P (x) も ∃x P (x) も、それ自体が一つの論理式である。だから ∧, ∨, → でつなげる。 ∀ は All の A を、∃ は Exists の E を、ひっくり返した形である。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 18
  14. 絵で見る:∀ は全部、∃ は少なくとも一つ ∀x P (x) ∃x P (x) ¬∃x

    P (x) どの点も P を満たす P を満たす点が少なくとも一つある 一つもない ∃ は「少なくとも一つ」であって「ちょうど一つ」ではない。どの点なのかも言っていない。 この「どの点なのかは言わない」が、ジャックの話でそのまま問題になる。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 19
  15. 量化子で無限を書く 自然数は有界である(偽) ある x があって、どんな y も x 以下である。 ∃x

    ∀y (y < x ∨ y = x) 自然数は無限に存在する(真)。書き方は二通りある 有界であることの否定: ¬∃x ∀y (y < x ∨ y = x) どんな x にも、それより大きい y がある: ∀x ∃y (x < y) 前の Qn も書ける Q[x] = ∃y (x < y)。Q5 は Q[5] = ∃y (5 < y) である。P から Q[5] が証明できるかは、 規則を入れてから確かめる(第 3・4 回) 。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 20
  16. 二つの書き方は同じことを言っているか 書き方は一つではない ¬∃x ∀y (y < x ∨ y =

    x) と ∀x ∃y (x < y)。どち らも「自然数は無限に存在する」のつもりで書 いた。 ¬∃x ∀y (y < x ∨ y = x) 規則しだい (第 6・8 回) 同じだと言えるか それは、量化子にどんな規則を与えるか、自然 数についてどんな公理を認めるかで決まる。 今はまだ、記号を並べただけである。 ∀x ∃y (x < y) 使用説の言い方なら、記号の意味は規則が決める。規則を入れる前の記号は、まだ「意図」 でしかない。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 21
  17. 歴史:量化の記法を最初に入れたのはフレーゲ フレーゲ『概念記法』(1879)§11 一般性(「すべての」 )を、横線の途中のくぼみに ドイツ文字を書いて表した。存在は「すべてにつ いて否定」の否定(¬∀¬ の形)で表した(§12) 。 a Φ(a)

    ほぼ同じころ パースとミッチェル(1883, 1885)も、フレーゲ を知らずに量化を導入した。quantifier という語 はパースのものである。 「どんな a についても Φ(a)」 (模式図) 記号 ∃ はペアノ(1897) 、変数を束縛する使い方はラッセル から。∀ はゲンツェン(1935)から。どちらもフレーゲの 記号ではない。 [Frege 1879, §11–12; van Heijenoort 版 pp. 24–27] 同時代の独立導入と記号の由来は二次資料による(SEP ほか)。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 22
  18. 述語と量化子で、前回の文を書く 記号の約束 K(x):x がメアリを殺した L(x):x は左利きだった j :ジャック(名前) 日本語 式

    ジャックがメアリを殺した K(j) 誰かがメアリを殺した ∃x K(x) メアリを殺した者は、誰であれ左利きだった ∀x (K(x) → L(x)) ジャックは左利きだった L(j) 前回の「P から Q」は、 「K(j) から ∃x K(x)」になった。これで規則を書く場所ができた。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 24
  19. 「誰であれ」と「その人は」は同じではない ∀x (K(x) → L(x)) 「ジャックは左利きだった」 殺した者が誰であっても、その者は左利き。 殺した者がいるとは言っていない。一人だと も言っていない。 ふつうは、殺した者がいて、それは一人

    で、その者が左利き、という意味で言う。 ラッセルの分け方(『数理哲学序説』1919) 「ウェイヴァリーの作者はスコットランド人だった」は次の三つに分かれる。(1) 少なくと も一人がウェイヴァリーを書いた。(2) 多くても一人が書いた。(3) 誰であれウェイヴァ リーを書いた者はスコットランド人だった。三つ揃って元の文が出てくる。どの二つでも 足りない。[Russell 1919, pp. 177–178] ∀x (K(x) → L(x)) は (3) だけである。(2) の「多くても一人」を書くには等号が要る(第 5 回)。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 25
  20. スコープ:量化子が効く範囲 量化子は、直後の括弧の中にだけ効く この範囲を、その量化子のスコープと呼ぶ。 ∃x (K(x) ∧ L(x)) → | {z

    } ∃x のスコープ L(x) |{z} スコープの外 括弧の位置で意味が変わる ∃x (K(x) ∧ L(x)):メアリを殺した左利きの者がいる。 ∃x K(x) ∧ L(x):誰かがメアリを殺した。そして(どこかの)x は左利き。 二つ目の L(x) の x は、∃x と関係がない。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 27
  21. 量化子が二つ以上あるとき 例(書籍の例の括弧を直したもの) ∃x (x = 0 ∧ y = 4)

    → ∀y (x < y)  ∃x (x = 0 ∧ y = 4) → ∀y (x < y) ∨ (x = 5 ∧ y = 2)  ∨ (x = 5 ∧ y = 2) ∀y が効くのは ∀y (x < y) の中だけ。左の y = 4、右の y = 2 には効かない。 ∃x が効くのは ∨ の左側だけ。右の x = 5 には効かない。 オレンジの変数は、どの量化子にも縛られていない。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 28
  22. 束縛変数と自由変数 定義 量化子 ∀x や ∃x のスコープの中にある x を、その量化子に束縛された変数と 呼ぶ。

    どの量化子にも束縛されていない変数を自由変数と呼ぶ。 ∀x ∃y ( x + y = z ) 束縛 自由 束縛 矢印は「この x はあの量化子のもの」という結びつきを表す。z にはどこからも矢印が来 ない。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 29
  23. 束縛変数は、名前を替えてもよい 書き換えても意味は変わらない ∃x K(x) と ∃y K(y) 名前は替えられない K(j) と

    K(m) どちらも「誰かがメアリを殺した」 。束縛 「ジャックが殺した」と「メアリが殺し 変数は、量化子との結びつきを示す印に た」は別の文である。j は名前で、何 すぎない。 かを指す(つもりで置かれている) 。 ∃x K(x) の x は、誰の名前でもない。 「切り裂きジャック」を名前 j として置いてよいのか、x のままにして おくべきなのか。これが後期の問いの形である。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 30
  24. 閉論理式と開論理式 定義 自由変数を一つも含まない論理式を閉論理式(文)と呼ぶ。 自由変数を含む論理式を開論理式と呼ぶ。 論理式 自由変数 ∀x ∃y (x <

    y) なし 閉。真か偽かが決まる ∃y (x < y) x 開。x に何か入れるまで真偽は決まらない K(j) なし 閉 K(x) → L(x) x 開 (書籍原稿の「全ての変数が自由な論理式を開論理式」は、標準の定義に合わせてこう直した。) 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 31
  25. 束縛変数には勝手に代入できない 自由変数には、たいていの項を入れてよい x + 1 = 2 の x に

    1 を入れると 1 + 1 = 2。0 を入れると 0 + 1 = 2(偽)。どちらも文 としては作ってよい。 束縛変数に勝手に入れると、主張が変わる ∃x (x + 1 = 2) は正しい。束縛された x に勝手に 0 を入れて 0 + 1 = 2 とすると間 違いになる。 ∀x P (x) ∧ ∀y Q(y) の両方の変数を同じ x にそろえると、P と Q に同じものが入っ ているという別の主張になる。 いつ、何を代入してよいかを決めるのが、量化子の導入規則と除去規則である(第 3・4 回)。 ジャックの話でいえば、「誰か」に勝手に誰かの名前を入れてよいか、という問いである。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 32
  26. 順番を入れ替えると、主張が変わる ∀x ∃y (x < y) ∃y ∀x (x <

    y) どんな x にも、それより大きい y が ある。 自然数について正しい。 ある y があって、どんな x もそれより 小さい。 自然数について間違い。 x ごとに自分の y 全員が同じ一つの y 0 1 0 1 2 1 2 3 2 3 4 3 y そんな y は ない 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 34
  27. y は x に依存してよい ∀x ∃y (x < y) の

    y x を先に決めてから、y を選べばよい。たとえば y = x + 1。y は x の関数として選べる。 ∃y ∀x (x < y) の y y を先に一つ決めなければならない。そのあとで、どんな x が来ても大丈夫でなければなら ない。x = y が来たら、y < y にはならない。 相手が x を出す 私が y を出す x < y なら私の勝ち 量化子の順番は、手番の順番である 「y をどう選ぶか(関数として何をとるか) 」を言えるかどうかが、第 4 回の存在具体性の話になる。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 35
  28. 日常語の例 ∀x ∃y ∃y ∀x 誰にも母親がいる 全員の母親である人がいる どの出来事にも原因がある すべての出来事の原因である何かがある どの学生も、ある本を読んだ(人に

    よって違う本) ある本を、どの学生も読んだ(全員同じ 本) 日本語の文は、どちらとも読めることがある 「どの学生もある本を読んだ」は、日本語のままだとどちらの意味か決まらない。 式に書くと、量化子の順番でどちらかに決まる。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 36
  29. これがフレーゲの大発見だった ダメットの評価 フレーゲは量化子と変数の記法によって、論理学の歴史全体で初 めて、それまで最も鋭い人々を挫いてきた問題を解いた。アリス トテレスもストア派も、一般性の表現を一つしか含まない文しか 扱えなかった。中世の論理学者も、ライプニッツも、量化子が重 なる推論(多重量化)を扱いきれなかった。[Dummett 1973, p. 8]

    教科書でも 「こうした多重量化を含む論理式を体系的に扱えるようになった ことが現代論理学とそれ以前の伝統的論理学を分けるメルクマー ルなのだ」[戸田山 2000, pp. 168–169] M. ダメット ダメットは、問題が決定的に解かれたので、今ではそれが哲学の問題だったことさえ意識されない、とも書 いている(同 p. 9)。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 37
  30. 「近づく」も言い換えられる 高校で習う言い方 x が a に限りなく近づくとき、f (x) は b に限りなく近づく。limx→a

    f (x) = b。 何が困るか 「限りなく近づく」は動きの比喩である。どこまで近づけば「限りなく」なのかが言わ れていない。「無限」のときと同じで、このままでは推論に使えない。 言い換え(概念分析) どんなに小さい誤差 ε を指定されても、それに応じて幅 δ をうまくとれば、a から δ 以内のどの x についても、f (x) は b から ε 以内に入る。 ∀ε>0 ∃δ>0 ∀x 0 < |x − a| < δ → |f (x) − b| < ε  「限りなく」という言葉も、無限に小さい量も出てこない。有限の数 ε, δ と量化子だけで書いている。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 39
  31. 絵で見る:ε の帯に、δ の帯で入れる 読み方 横の帯:相手が指定する誤差 ε。 縦の帯:私が選ぶ幅 δ 。 縦の帯の中のグラフが、横の

    帯からはみ出さなければよい。 b+ε b b−ε a−δ a x a+δ ε を細くされたら、δ も細くして応じ る。どんなに細くされても応じられ る、というのが「近づく」の中身で ある。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 40
  32. ゲームとして読む:δ は ε に依存してよい 相手が ε を出す 私が δ を出す

    相手が x を出す ∀ε ∃δ ∀x |f (x) − b| < ε なら私の勝ち 例:f (x) = 2x、a = 1、b = 2 |2x − 2| < ε は |x − 1| < ε/2 と同じである。だから相手が ε を出したら、私は δ = ε/2 を出せば必ず勝つ。 ε = 1 なら δ = 0.5、 ε = 0.01 なら δ = 0.005。 δ は ε の関数として選べる。∀x ∃y (x < y) で y = x + 1 と選んだのと同じ形である。 勝ち方(δ の選び方)を具体的に言えることが、そのまま証明になる。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 41
  33. 順番を入れ替えると:連続と一様連続 連続(各点で) 一様連続 ∀a ∀ε ∃δ ∀x (· · ·

    ) ∀ε ∃δ ∀a ∀x (· · · ) a を見てから δ を選んでよい。δ は ε と a に依 存してよい。 δ を先に選び、どの a でも通用させなければな らない。δ は ε にしか依存できない。 例:実数全体の上の f (x) = x2 どの点でも連続である。だが一様連続ではない。a が大きいところではグラフが急なので、 同じ ε に応じるための δ をどんどん小さくしなければならない。すべての a に通用する一 つの δ はない。 ∃δ を ∀a の前に出すか後に置くか、それだけで別の概念になる。∀x ∃y と ∃y ∀x の違いと同じで ある。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 42
  34. ε-δ はいつ、誰の言葉で書かれたか フレーゲより前に、日常の言葉で完成していた ボルツァーノ(1817)が、同じ形の連続の定義を与えた。 コーシー(1823)が、記号 ε と δ を導入した。 ワイエルシュトラス(1861

    年の講義)が、δ を ε の関数として明示した極限の定義 を与えた。 どれもフレーゲの『概念記法』(1879)より前で、「任意の……に対して、ある……が あって」と言葉で書かれていた。 量化子の記法が加えたもの ∀ε ∃δ ∀x という三重の入れ子を、一行で、読み違えようのない形で書けるようにした。 連続と一様連続のように、順番だけが違う二つの概念も、式なら一目で区別できる。 [年代は Sinkevich 2015 (arXiv:1502.06942) による] 「フレーゲが ε-δ を量化子で書いた」という言い方を見かける が、典拠は見つからない。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 43
  35. ∀∃ から ∃∀ へ滑る:量化子シフトの誤謬 誤った推論の形 ∀x ∃y R(x, y) だから

    ∃y ∀x R(x, y) (出ない) 「誰にも母親がいる。だから全員の母親である人がいる」。この誤りは量化子シフトの誤 謬と呼ばれる(名付けたのはギーチ 1958 とされる)。 哲学の古典でも疑われてきた アリストテレス『ニコマコス倫理学』冒頭(I.2, 1094a18–22)について、 「どの行為も何 らかの目的をめざす。だから、すべての行為がめざす一つの目的がある」と推論してい るのではないか、という指摘がある(アクリル、アンスコム、ギーチら) 。そう推論して はいない、という擁護も有力である(ウィリアムズ 1962、ケニー 1966 ほか)。[Vranas 2005, pp. 116–117 の整理による] 疑いが成り立つかどうかを議論できるのは、二つの読みを式で区別できるからである。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 45
  36. LLM はどう読むか ”Every farmer owns a donkey” 農夫ごとにロバがいる(∀x ∃y )とも、全員が同じ一頭を持っている(∃y

    ∀x)とも読め る。人間は、文脈がなければ前者で読むことが多い。 好まれる読みを選ばせると 式に訳させると GPT-4 は人間が好む読みを 98% 選べた (人間どうしの一致は 90%) 。小さいモデル (Llama2-7b)は 58% で、ほぼ当て推量。 ゼロショットでは片方の読みに決め打ち し、もう一方の読みがあることを出さない ことがある。[Stengel-Eskin et al. 2024] [Kamath et al. 2024] 大きいモデルが「区別できない」わけではない。人間も LLM も、曖昧な文をどちらか一方で読ん でしまう。 式に書くことは、自分がどちらで読んだかを、他人に確かめられる形で出すことである。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 46
  37. 演習(5 問) その場で考える (1) 式にせよ:「メアリを殺した者で、左利きでない者がいる」。 (2) ∀x K(x) → K(x)

    の二つの x は、それぞれ束縛か自由か。 (3) 自然数について真か偽か:∃x ∀y (x < y ∨ x = y)。 (4) 束縛変数の名前を替えて、読みやすくせよ:∃x (K(x) → ∀x L(x))。 (5) f (x) = 3x、a = 1、b = 3 のとき、相手が ε を出したら δ をどう選べば勝て るか。 ヒント:(2) は ∀x のスコープがどこまでか。(3) は「一番小さい自然数」があるか。(5) は f (x) = 2x の例をまねる。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 48
  38. 宿題 次の文を量化子で書け。問 1・2 は、自然数について正しいかも答えよ 問 1 どんな自然数にも、それより小さい自然数がある。 問 2 偶数は無限にある(「y

    は偶数」は ∃z (y = z + z))。 問 3 メアリを殺した者は、誰であれ左利きだった。 エクストラ(解かなくても不利にならない) 「誰もが誰かをねたんでいる」の二通りの読みを式で書け(E(x, y):x は y をね たむ)。 解くのにかかった時間も書くこと。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 49
  39. 今日のまとめ 1. 命題論理では、無限も「誰か」も書けない。公理を足しても、無限に長い文を 書いても解決しない。 2. 文から名前を抜くと述語ができる。述語は、無限個の文を生み出す型である。 3. 量化子 ∀(どんな)と ∃(ある)で、型から出てくる全部をまとめて言える。

    4. 量化子が効く範囲がスコープ。束縛変数は名前を替えてよいが、名前(定数) は替えられない。 5. 量化子の順番を入れ替えると主張が変わる。∀x ∃y の y は x に依存してよい。 6. ε-δ 論法は「近づく」を量化子で言い換えたもの。連続と一様連続の違いは量 化子の順番の違いである。 7. ジャックは K(j)、「誰か」は ∃x K(x)。x は誰の名前でもない。 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 51
  40. 参照文献 スライドで引いたもの Aristotle. Physics III.6, 206b33–207a1. Dummett, M. (1973). Frege:

    Philosophy of Language. Harper & Row. pp. 8–10. Frege, G. (1879). Begriffsschrift. §§11–12. 英訳 van Heijenoort (ed.), From Frege to Gödel (1967), pp. 24–27. Kamath, G., S. Schuster, S. Vajjala & S. Reddy (2024). Scope Ambiguities in Large Language Models. TACL 12, pp. 738–754. Leibniz, G. W. Die philosophischen Schriften, hrsg. C. I. Gerhardt, Bd. VII (1890), S. 228. Sinkevich, G. I. (2015). arXiv:1502.06942.(ε-δ 論法の成立史。年代のみ使用) Russell, B. (1919). Introduction to Mathematical Philosophy. Allen & Unwin. ch. XVI, pp. 177–178. Stengel-Eskin, E., K. Rawlins & B. Van Durme (2024). Zero and Few-shot Semantic Parsing with Ambiguous Inputs. ICLR 2024. Vranas, P. B. M. (2005). Aristotle on the Best Good: Is Nicomachean Ethics 1094a18–22 Fallacious? Phronesis 50, pp. 116–128. 戸田山和久 (2000).『論理学をつくる』名古屋大学出版会. 7.1.4 節, pp. 167–169. さらに読みたい人へ Geach, P. T. (1958). History of a Fallacy. 再録 Logic Matters (1972), pp. 1–13.(量化子シフトの誤謬) Russell, B. (1905). On Denoting. Mind 14, pp. 479–493.(確定記述の理論。第 5 回でも扱う) 科学哲学科学史 (演習) 論理学(後期) 担当:矢田部俊介 54